錬金術師の憂鬱

(1)
「ところで、シルバーリーブはどっちなのよー!」
「こっちだ」「こっちだろ」「こっち」「こっちです」四人の声がそろった。でも、方向
はみんな違う。
 どうやら、完全に迷っちゃったみたいね。

 なんて。いきなり始めても、何のことかわかんないわよね。
 ここは、ズールの森だって事までははっきりしてんだけど、でも正確にどこだかは分か
らないの。木が鬱蒼と茂ってるうえに、今日は曇ってるから、太陽で方向を見るわけにも
いかないし。
 しかも、わたしが持ってた方位磁針、さっき転んだときだかになくしちゃったのよね。
 ……どうせ方向音痴だけど。でも、それにしたって変だと思わない? まぁ、あの歩き
方なら無理もないかもね。いくらわたしみたいに方向音痴じゃなくても。
 ……ううう、なんだか悲しくなってきちゃった。

                  ***

 ことの発端は、例によって猪鹿亭。その日も、いつも通りにお昼ご飯を食べに行ったら、
リタが話しかけてきた。
「ねねね、最近ひま?」
「うーん……。暇と言えば暇だけど」
 クレイが答えた。
「ちょっと仕事の依頼があるの」
「どーゆー依頼かにもよるぜ」
 と、トラップ。
「えっと、護衛ね。ズールの森に行くのに、モンスターなんかが出たら困るからって。
 そんなにレベルは高くなくてもいいし、安いほうがいいって言うから、今度あんたたち
が来たときに話してみようと思ってたのよ」
「ふーん……。ね、悪くないんじゃない? ズールの森なら、何とかなると思うし」
「で、依頼人は?」
「えーっと……もうすぐお昼を食べにくるはずだけど……あ、あのひとあのひと」
 リタが指した先には、まだ若い……そうね、わたしたちよりはちょっと年上の、すっき
りした服を着た、かわいいという感じの女の人。
「へ〜え。あの人が。ズールの森に、何の用なんだろ」
「それは、直接聞いてみるといいかもね。じゃ、呼んでくる」
 リタは席を立つと、その人のほうへ行って、ときどきこっちを見ながら話をしている。
そして、その人がこっちにやってきた……そのとき。
「きゃっ!」
 ズテッ!
 彼女は床のちょっとした段差につまずいて、転んでしまった。それも、普通、あんなの
には引っ掛からないわよねーっていう低ーい段差に。
「おいおい、大丈夫なのかよ……」
 トラップがつぶやいた。わたしも、このときちょっとやな予感はしてたのよねー。

(2)
「あたし、エリーザベト・フォン・ハイゼンベルクっていいます。エルザって呼んでね」
 栗色の髪に、神秘的な緑の目が印象的な彼女はそういうと、リンゴジュースを口にした。
「ちょっとお聞きしたいんですが、ズールの森にはどういう御用なんでしょう?」
 クレイが聞いた。
「別に、ていねいなしゃべりかたじゃなくてもいいわ。それで、目的は、材料探し」
「何の材料なの?」
「うん。えっとね、あたし、これでも錬金術師なの。アルケミスト」
 へえー。こんなに若い人なのに。わたし、錬金術師っていったら、ちょっと怪しげなお
じさんしか浮かばないのに。ちょっとイメージがかわったな。
 ちょっと驚いた顔をしてるわたしたちに、エルザは照れたみたいに付け加えた。
「といっても、まだ卵よ。学院を、卒業もしてないの。卒業のために一年間試験があって、
そのための材料を探してるの」
「学院というと、どちらになるんでしょうかねぇ」
 キットンが口をはさんだ。
「ストーンリバー学院よ」
「ほう、ロンザ国では最高と名高い、あそこですか」
 キットンったら、なんでそんなことを知ってるんだろう。わたし、そんなこと全然知ら
ないのに。
「それで、何のための材料を探してるんです? いや、それによってズールの森に行く意
味がなくなるもので」
「あたしは、薬を作ろうかなって思ってるの。どうかな?」
「それなら、たぶん大丈夫ですねぇ。あくまで、たぶんですけど。うひゃひゃひゃひゃ」
「はあ……」
 エルザはあっけにとられたみたい。まあ、無理もないか。
「そ、それで、報酬のほうなんですけど」
「そう! それによっては、受けねーかもしんねーなぁ」
 トラップが言った。あとは、彼の独壇場。
「5千Gで……」
「へ〜え。おれたち六人、命をかけておたくを護衛して、その報酬が5千。ちょっと、命
安く考えてんじゃねーか?」
「でもあたしも予算ってもんがあるのよねー」
「6千でどうだ?」
「それはちょっと……」
「5千5百。それと……」
「ぱぁーるぅ、ルーミィ、おなかぺっこぺこだおう!」
「ここの昼飯代な」
「とほほ……」
 と、いうわけで。わたしたちは彼女の依頼を受けることにした。

(3)
「ズールの森には往復で何日くらいかかるの?」
「えーっと、ズールの森なら往復2日ってとこかしらね」
 エルザに聞かれて、わたしは地図を見ながら答えた。
 その日の午後。早速わたしたちはズールの森に旅立った。まぁ、そんな旅なんてたいそ
うなものじゃないけどね。いちおう、みすず旅館に寄って荷物は持ってきたけど。
 その道の途中。
「何かいるわよ!!」
 ずっとキットンと何か話してたエルザが叫んだ。見ると、目の前にグリーンスライム…
…それもかなり大きいやつがいた。大きさ……そうね、50センチくらいの、それも、3
匹……っていうよりこの大きさだと3体っていったほうがいいかな?
 すぐに、クレイとノルがそれぞれの武器を構えてかかって行った。
「でぇぇぇぇい!!」
 すぱっ!
 ざくっ!
 お見事!
 クレイのロングソードとノルの斧で、スライム2体はまっぷたつ!
 エルザは呪文を唱えた。そして、木の杖を振りかざす!
「あたってぇぇぇ!!」
 ぱしゅーん……
 ま、確かに雷はあたったけど……ね。威力は、そんなになかったみたいで、あんまり効
いてないみたい。
「ていっ!」
 すぐにクレイがとって返した剣できりつけ、倒したけど。
「うわあっ!」
 ズテッ!
 クレイはちょうど足をついたところにあった穴にはまって、転んでしまった。あーあ。
せっかくかっこよく決まったのに。
「いてててて……」
 やっと起き上がったクレイに、トラップがひとことつぶやいた。
「おめぇ、ほんっとーに運ねーのな。なんでだ?」
 クレイはむっつりしながらも言い返した。
「そのうち使うんだよ」
「…………」
 さすがのトラップも返す言葉がない。
「やれやれ。図鑑を調べる必要もありませんでしたねー」
 キットンがつぶやく。でもさすがに、グリーンスライムは調べる必要はないと思うけど
なぁ。
 ふと見ると、エルザはスライムを調べていた。
「……あった!」
「それなに?」
「え? これ? スライムの核。結構役に立つ材料なの」
 いつの間にかエルザは、どこからともなく取り出した大きなカゴをしょっていた。どこ
にそんなものしまってたんだろう……?
 彼女は手際よくカゴにそれを入れると、立ち上がった。
 もう森はすぐそこにある。

(4)
「とりあえず、この辺でキャンプして、あした森に入ろう」
「そうね。もうすぐ日も暮れるみたいだし」
 ズールの森の入り口で、わたしたちはキャンプを張ることにした。みんな慣れたもので、
それぞれ用意を始める。
「ね、これ使ってみない?」
 たき火の用意をしていたわたしに、エルザが何かを持って話しかけてきた。
 エルザの手にあるのは一束の薬草みたいな草。
「それ、なに?」
「えへへへへへ。これね……」
「ほう。エンザルですな。疲れを取る効果がある」
「きゃっ!」
 びっくりして後ろを見ると、キットンがいつのまにか立っていた。
「あら、よくご存知ね。あたし、夜遅くまで調合なんかするわけ。そんなときに、疲れを
取るのに使うのよ。すっごく効くんだから」
「キ、キットン、あなた、水は?」
「すぐそこでしたからね。汲んできましたよ」
 あーびっくりした。
 とりあえず、今日はお断りすることにした。そんなに疲れてるわけじゃないのに、もっ
たいないもの。まぁ、疲れてないって言ったらウソになるけど。
 狩りに行っていたクレイとノルも帰ってきたけど、めぼしいものは捕まえられなかった
みたい。簡単なものを作って、その夜は見張りを決めて寝ることにした。

(5)
 あくる朝。
「さーて、いろいろ探すわよ!」
 と、いうわけで、採集開始!
 ……とは言うものの、めぼしいものは見つけられないまま、そろそろお昼かしら。今日
は曇ってるからわかんないけど。
「きゃっ!」
 ズテッ!
 振り返ってみると、エルザが足元の根っこに引っ掛かって転んでいた。
「あらら……。大丈夫?」
 近寄っていこうとしたとたん!
「きゃっ!」
 ぶにゅっ!
「くぇ……」
「あたたたた……」
「パ、パステル……、お、重いわ……」
 あ、あらららら……。わたし、エルザのうえに落ちちゃったのね。おもいっきり、乗り
重なっちゃって……。
「あ、ご、ごめん!」
「けほ、けほ……。あー、死ぬかと思ったわ」
「ほんと、ごめん!」
「なにやってんだよ……」
「あーあー、仲のいいこって……」
「まぁ、何はともあれ、けががなくてよかった! ぎゃっはっはっは」
 …………。
「とっほっほっほ……」
 もう、二人で泣くしかないわね……。
 と、その時。
 ゴン。
「あいた……」
 ノルが木の枝に頭をぶつけた。そのとたん!
 ブーン
 ブワーン
 ワーンワーンワーン……
「きゃあああああああ!」
「や、やべえ! 蜂の巣だ!」
「ひょえええええええ!」
「あー! 走っちゃだめですぅ!」
 エルザが走り出しちゃったから、みんなもついていく羽目になった!
「ひょわわわわわ! 来るなぁ!」
「見ろ! 池だ!」
「飛び込んでくださあい!!」
 ザパザパザッパーン……
 ワーンワーンワーン……

(6)
「へっくしっ!」
「あ、風邪を引いたらまずいので、これを飲んでください」
 キットンがみんなに風邪の予防薬みたいなのを渡してる。
「あ、あたしは自分のがあるからいいわ」
 エルザは自分の道具袋から薬みたいなのを取り出して飲んでいる。
 とりあえず、風邪を引くといけないから、たき火をしてみんなであったまることにした。
「あのなぁ、蜂にあったらその場で伏せてやり過ごすっての、常識だぜ? ったくよー。
とんだ目にあっちまった」
「すみません……」
 消え入りそうな声でエルザが謝る。
「ま、今度から注意してくれればいいんだよ。な、トラップ?」
 と、クレイ。
「けっ……」
「それより……、あの蜂の巣、取りたいんだけど……」
「ええええっ! ったく、本気かよー。まーた、ひでー目にあわす気じゃねーだろうな?」
 憮然とした顔のトラップ。
「よく言うわ! 真っ先に一番遠くまで逃げておいて……」
 と、これはわたし。
「それはそれ。おれ、盗賊だもん」
「それで、何でまた蜂の巣を取りたいと?」
 と、キットン。
「蜂の巣も、立派な材料になるのよ。あ、大丈夫! ちゃんと、眠らせ方とかは知ってる
から!」
「おめぇ一人でやれよ」
 と、トラップの冷たい声。
「トラップぅー、そういう言い方ってないんじゃないの?」
「いいのよ。どうせ、一人でやるつもりだったし」
 なら……と、みんなが腰を浮かせかけた時。
「ぱぁーるぅ、ルーミィ、おなかぺっこぺこだおう!」
 だああああ……。
 みんな、腰砕けになってしまった。

(7)
 ルーミィの意見を取り入れて、昼食を食べた後、いよいよ蜂の巣を取りに行くことにし
た。
 そろそろと蜂の巣があった所に近づく。
「みんなはここで待ってて」
 エルザのいうとおりに、少し離れたところで待つ。
 エルザは風向きを見ながら、そろそろと蜂の巣に近づいていき、ちょうどわたしたちと
反対側になったところで止まった。
「蜂蜜を取るときは普通煙でいぶしてから取りますよね」
 キットンがつぶやく。みんなもうなずくが、エルザは火を起こす気配もない。まぁ、森
の中で火を起こすのはほんとは危ないんだけどね。
 と、エルザが杖を構えた。そして、呪文を唱える。
「ナシネン、ネダコイヨ、ハコノ、コヨリロ、コオヨリ、ロコンネ、ンネ……」
 エルザの杖から薄紫色の煙が出てきて、風に乗ってふわふわと蜂の巣のほうへ向かって
いく。
 煙に囲まれたとたん、まわりを飛んでいた蜂がポトポト落ちていく。
「おお、すごーい!!」
 パチパチパチパチ。
「へえー。スリープの呪文か……」
「それはいいんだけど、だんだんこっちに向かってないか? あの雲」
「い、言われてみれば……」
 その雲は風に乗って、だんだんこっちに向かって来て……。
 その先は覚えてない。

(8)
「……テル、パステル……」
 どこかでわたしを呼ぶ声が聞こえる。もう少し寝かせてよ……。あと5分だけ……。
「……パステルってば!」
 あれ? わたしって、今どこにいたっけ……。あ!
 そうだった。わたし、今ズールの森にいて……。なんで寝てたんだろう……?
 あ、エルザのスリープの呪文にかかって……。
 とたんに、頭がすっきりした。今までのことを思い出した。
「あ、目が覚めた?」
 エルザが声をかける。
「……目が覚めた? じゃないでしょう? いきなりスリープなんて……。少し位警告し
てくれてもよさそうなのに……」
「……ほんっとごめんなさい!」
 ふとあたりを見回すと、他の連中はまだ寝てる。クレイなんて幸せそうな顔で……。見
ててなんだか笑えてくる。ルーミィなんてよだれ垂らしちゃって……って、
「なんでわたしだけを起こしたの?」
「他の人を起こしたら何言われるかわかんないじゃない」
「…………」
 確かに、これで、トラップなんかを起こしてたらきっとさんざんにいろいろ言うんだろ
うなぁ……。
「それに、ちょっと二人で話をしたかったし。ちょうどいいわ」
「……あなた、それをねらってスリープをかけたの?」
「……別にそういうわけじゃないけど……」
 これで、ねらってたんだとしたら、かなりな策略家ね。
「じゃ、話ってなんなの?」
「う……ん。はなしにくいことなんだけど……」
 エルザはそう言うと、しばらく黙っていた。森の鳥たちの声が、なんだかやけに大きく
聞こえる。
 そして、エルザはちょっと沈んだ顔をしながら、ぽつりぽつりと話しだした。

(9)
「あたしってさぁ、ものすごくどじだと思わない?」
 た、たしかに。あれは、どじ以外の何物でもないだろう。
「いっつもそうなのよ。調合をすれば材料の量を間違えるし、間違えなければ器具を倒し
てだいなしにしちゃうし、そうでなくてもちゃんと欲しいものが手にはいるかどうか怪し
いものだし。
 こんなあたしでも、一応卒業試験は受けられるのよ。それでも、こんなだとちゃんと合
格できるかどうか……。合格できても、ちゃんと錬金術師としてやっていけるかどうか…
…。
 はじめのうちは、あたし自身こんなにどじだとは思わなかったのよね。ちょっと実験の
失敗が多いかな……って程度だったんだけど。でも、そのうち他の人と比べても明らかに
失敗が多いような気がしてきたの。進み方も格段に遅いし。
 遅れる分は魔法の授業で取り返せ……って思っても、あれって向き不向きがあるでしょ
……あるのよ。どうも、魔法使いとしてもあんまり上手なほうじゃないんじゃないかな…
…って。特に、攻撃魔法がだめね。さっきも見たでしょ? あれじゃ、モンスターは倒せ
ないわ……」
「でも、さっきのスリープに呪文は? あれ、結構すごいと思ったけど」
「あれもねー。風が強いときとか無いときとかは使えないの。あれに引っ掛かるのって、
それこそ虫か相当まぬけなやつくらいかしら」
 ぐさ。
 おとなしそうな顔をしてるのに言うことはきついのね……。
「……あたし、このままでいいのかしら……」
 わたしは驚いて、エルザの顔を見た。彼女は、相当沈痛な表情をしている。けっこう、
悩んでたんだろうなぁ……。
 ふと、わたしは思った。
「そんなの、やってみなけりゃわかんないじゃない!」
 あちゃー。つい、大きな声になっちゃった。エルザはびっくりしてこっちを見た。
「多分、わたしはあなたより年下だけど。でも、これだけは言えるわ! あきらめたら、
それでおしまいってこと!
 わたしだって、冒険者やってるけど、これがほんとにわたしに向いてるのかなんてわか
んない。特技も何もないから、もしかしたら向いてないかもしれない。
 でも、自分でやりたいと思って選んだんだもん。後悔したくないじゃない?
 だから、わたしは冒険者をしてる。方向音痴のマッパーでも、がんばってる。
 あなたも、錬金術がやりたいと思って始めたんでしょ?」
 エルザはこっくりうなずいた。
「だったら、納得がいくまでやってみればいいじゃない。あ、これは向いてないなぁって
思ってからやり直しても、別に遅くないと思うわ。わたしが昔読んだ小説の作家さんはこ
う言ってたわ。『今からでも、おそくない!』って」
 …………。
 エルザはしばらくうつむいていたが、ふと顔をあげた。
「……そうね。そのとおりよね。やれるだけやってみないで、簡単にあきらめるなんて、
それこそもったいないもんね。ありがとう! やる気がでてきた!」
「ごめんね、偉そうなこといっちゃって」
「ううん。聞いてもらってよかったわ。それにしても、さすが冒険者ね! 命を毎日かけ
てる人の言うことって、違うわー」
「……そうかな? あんまり、命かけてますっていう自覚はないんだけど……」
 照れ笑いを浮かべながらふとあたりを見ると、なーんとなく暗くなってるような……。
「そろそろみんなを起こした方がよくない?」
「……そうかも」
 すぐにみんなを起こす。エルザがトラップにさんざんに言われたのは言うまでもない。
でも、彼女の表情がさっきよりちょっと明るいような気がするのはわたしの気のせいだろ
うか。

(10)
 みんな起きて、さて帰ろうとしたとき、ふとあることに気がついた。
「ところで。シルバーリーブはどっちなのよー!」
 ……やっと、冒頭につながった。

                   ***

「ま、迷ったことは仕方ない。それより、夜になってしまうことのほうがこわいから、こ
のあたりでキャンプにしよう」
「ぱぁーるぅ、ルーミィ、おなかぺっこぺこだおう!」
 お二人の意見(?)を取り入れて、キャンプすることになった。あしたになれば、晴れ
て方角も分かるようになるかもしれないしね。
 そうこうしてる間に、あたりはどんどん暗くなる。みんな急いで、キャンプの準備をし
た。
「はい、ぱーるぅ、たきぎだおう!」
 ……ルーミィ……。気持ちはうれしいけど、青い草を持ってきてくれてもねえ……。
「うーん……。ありがと。それより、茶色い木の枝が落ちてたら、渡してくれる?」
「わかったおう!」
 と、エルザがいきなり目の色を変えて、
「ちょっとまってルーミィちゃん!」
「なんだおう?」
「……それ、どこにあった?」
「そこにあったおう!」
 ……ルーミィが指した先には、何の変哲もない草しかないみたいだけど……?
「こんなとこにあるなんて思わなかったわ……。これ、グラーゼンよ……」
「なにそれ?」
「錬金術以外ではあんまり使わないから、有名じゃないんだけど、これ、めったに見つか
らないのよねー。おまけに、こうゆうのに限って結構使う材料だし。
 うふふ……。これだけでもここに来たかいがあったわ……」
 …………。
「ぱーるぅ、ごはんまだか?」
 ……いっけない! ついぼーぜんとしちゃった。だって、ちょっと怪しかったから……。
「……って、エルザは?」
「草取りにいったんじゃねーの?」
 と、しっかりサボリをきめこんでたトラップ。こりゃご飯抜きね。
「ふーん……。まぁ。だいじょうぶか」
 とつぶやいて、たき火にパンをかざしたとたん!
「きゃー!!」
 悲鳴が聞こえてきた。

(11)
 トラップと顔を見合わせ、悲鳴が聞こえてきたほうへ走る。
 駆けつけてみると、エルザが何かに襲われてるみたい。
「きゃー! きゃー! 来るなー!」
 杖を振り回してるエルザの前にいるもの……あれは、ドッペルスライム!?
 ……間違いない。妙な色に光る触手がうごめいている。ときどき、不気味な音がするし。
ついでに、なんだかエルザみたいな格好をするじゃない!
 ……懐かしい……なんて、思ってる場合じゃない!
「トラップ、いくよ!」
「おうよ」
 二人で、周りの小枝やら何やらをスライムにぶちまける。んで。すきをみてエルザをス
ライムから離す。わたしとルーミィが助けてもらったときと同じ方法だ。
「きゃー! きゃー! きゃー!」
 まだパニクってるエルザの手を取って、わたしたちは一目散に走った。キャンプしてる
ところへ戻る。
「はあ、はあ、はあ……」
 やっとで、キャンプまで戻ってきた。
「きゃー! きゃー! きゃー!!」
 夢中で気がつかなかったけど、エルザはまだ絶叫マシンと化している。
「ねえ、ねえ、エルザってば!」
「きゃー! きゃー! きゃ──!!」
「……しゃーねーな……」
 トラップは立ち上がると、エルザの頬を軽くたたいた。ショック療法ってやつかしら。
 エルザはしばらく呆然としていたが、ふと目に光が戻った。
「ス、ス、スライムは?」
「もういないわよ」
「よ、よかった……」
 ふっと気を失いそうになるエルザ。わたしはあわてて肩を揺すった。
「ね、なにがあったのよ」
 エルザはまたぼーっとしていたが、気を取り直したように、
「あ……、うん、あたし、ルーミィちゃんが取ってきた草のあるところに、カゴをもって
行ったのよ。
 たくさん生えてたわ。あたし、根っこを取らないように、夢中になってそれを摘んでた
の。そしたら、なんだか妙な地鳴りが聞こえるなーと思ったとたん、スライムに襲われた
の! ……びっくりしたわ……」
 と、やっと安心したようにほっとため息をつく。
「ほう、ドッペルスライムですか」
 と、キットンが聞く。
「うん。あれは、間違いないわね」
 かわりにわたしが答えた。
「そうですか……。うーん、見たかった!」
「やめときなさいね」
「やめといたほうがいいわ」
 ドッペルスライム経験者二人が口をそろえる。
 そんなこんなで、夜は更けていった。
(わたしがかざしておいたパンが真っ黒だったのは、まぁおいとくことにしよう。……と
ほほ……)

(12)
 次の日は、快晴だった。
 でも、周りは木におおわれていて、どっちから太陽が昇ってるかなんて全然わかんない。
「……どうしよう……」
 途方に暮れていると、いきなり、
「ピーチュクチュク、ピーピー、ピーチュク?」
 ノルが空を見上げて鳥の鳴き声をした。すると、一羽の小鳥が舞い降りてくる。
「ピーチュク、ピーチュクピー、チュクチュク」
「ピー、ピーチュクチュク、ピピピ」
 ノルは鳥と話しはじめた。やがて鳥は一度上に舞い上がると、また戻って来て、
「ピピ、ピーチュク、ピー」
「こっちから、太陽が昇ってると、いってる」
 ……なるほど。ノルに頼んで鳥か何かに聞けばよかったんだ。何でそんなこと思いつか
なかったんだろう……なんて、落ち込んでる場合じゃないわよね。
 その鳥に、お礼にパンのかけらをあげて、わたしは地図をのぞき込んだ。
「えっと、この辺はズールの森のこのあたりのはずで、太陽が昇ってくるのがこっちだか
ら、こっちのほうに歩けば街道に出られるはずよ」
「ほんとかー?」
「た、多分……」
「うん、一応マッパーのパステルが言うんだし、それにしたがってみよう」
 クレイは『一応』というところを強調して言った。ううう、そこまで言わなくてもいい
じゃないかぁ。というか、クレイにもトラップの意地悪が移ってきたのかしら!?

 とりあえず、わたしが示したほうに歩くことになった。……ちょっと不安ではあるけれ
ど。
 と、エルザが、
「ねぇ、ヒールニントって、ここから遠いかな?」
 ヒールニントってのは、ここから北にある、湯治場としてそこそこ有名な村。って、い
うまでもないかな。
 わたしは地図を見ながら答えた。
「うーん、ここからだと歩いて5〜6日ってとこかな」
「そうかあ……。じゃ、そう簡単には行けそうもないわね」
 エルザはそういうと、ふっと短くため息をついた。
「でも、なんでヒールニントなの?」
 ってわたしがきいても、エルザは薄く笑うだけだった。うぅー、気になる。
 なんて話してたら、いきなり目の前が明るくなった。よかった! 街道に出たんだ。

(13)
 シルバーリーブについたのは、それから1日後。
 エルザは、すぐにストーンリバーに戻るみたい。
「えー? 1日くらい休んでってもいいんじゃない?」
「そうなんだけどね。すぐに戻らなきゃ。予想以上に、時間をくっちゃったからね」
「そうかあ……。じゃ、元気でね!」
「試験、頑張ってください!」
「がんばるおう!」
「うん! ありがとうございました!」
 といって、エルザは乗合馬車に乗り込んだ。そのとき、
「ちょっとまて!」
 トラップがエルザを呼び止めた。
「なあに?」
「報酬。まだだったよなあ?」
「あ、いっけなーい! 忘れてた!」
 だああああ……。
 せっかくのお別れがどっちらけだ。
 というわけで、エルザは馬車に乗って帰って行った。

 数ヶ月後。
「なあ、もしかしてさ」
 暇つぶしに冒険時代を読んでたクレイが言う。
「あのヒールニントの温泉水、頼んだのってエルザなんじゃないか?」
「あー、確かにそうかもしんない。だってあの人、わたしにヒールニントのことを聞いて
たもん。あ、次の小説はそのときのことを書こうっと」
「エルザって誰デシか?」
「あ、シロちゃんは知らないわよね。いいわ。そのときのこと、話してあげる。
 えっとね……。                          END

 1998年9月01日(火)14時50分28秒〜10月13日(火)15時38分59秒投稿となっている、わたしの小説第7作目、長編ならば2作目の作品です(ま、本にしたらこれくらいでちょうど短編なんだけど)。エリーザベト・フォン・ハイゼンベルクは、この小説が初登場です。正直いって、あるゲームの影響をもろに受けてます。
 ……どうも、これだけなのにやたら時間がかかるのは、なんでなんだろう……?

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