冬の日の幻想

「ふーっ……」
 わたしはため息をついて、ワープロをたたいていた手を止めた。ちょっと疲れた目を、
目の間を揉んで休ませる。
 夜もかなり遅く。11月23日。古代、新嘗祭が行われていたとされる日である。
 そして、わたしが21になった日でもある。
 この時期になるとこの地域は、ほとんど毎日くもっていて、ときどき雨が降る憂鬱な天
候になる。今日も例によってくもりときどき雨。きっとわたしが生まれた日も、そうだっ
たんだろう。
「21かぁ……」
 誰に言うともなくつぶやく。21。もうそろそろこの先のことについて、いろいろ決め
なければならない。現に、そういうものもたくさん届き始めている。
「わたしは、いったい何がしたいんだろう……」
 なんとなく学校にいって、なんとなく勉強して、なんとなく実験をしている。
 ほんとは何がやりたいのかが見えてこない。実験をするのもいいし、こうやって小説を
書くのも面白い。また、もしかしたら別のことに向いてるのかもしれない。
「わたしはいったい何をやっているんだろう……」
「あら、これ小説? あなたが書いてるんですか?」
 急に右側から声が聞こえて、びっくりした。今まで気づかなかったが、部屋のわたしの
席の右側に、女の子が立っている。ここにいるのはおかしいはずなのに、なぜか違和感が
全くない。金色に近い茶色の髪に、茶がかったはしばみ色の瞳。
「ええ、そうですよ」
 ちょっと戸惑いながらも答える。
「わたしも、ちょっとした小説を書いてて、それ、結構評判がいいみたいなんですよねー。
えへへ」
「わたしも、それは読んだことありますよ」
 そのあとしばらくどうでもいいようなことをしゃべっていたら、会話が途切れたところ
で不意に彼女がきりだした。
「……もしかして、何か悩んでるんですか? さっき、なんだか暗い顔でつぶやいてたみ
たいで、だから、その……」
 彼女はちょっと言い過ぎたかな? という顔で赤くなりながらこっちを見ている。
 わたしはにっこり笑って――というかほとんど苦笑いだったかもしれないが――気がつ
くとさっきちょっと悩んでいたことをしゃべっていた。彼女には、そういう悩み事を話し
やすい雰囲気があったのかもしれない。
 一通りわたしが話し終わったあと、彼女はつぶやいた。
「ふーん……。わたしもそういうことで、悩んでたわ。でもね、悩んでても、仕方ないん
じゃないですか?
 結局言ってしまえば、わたしはわたしなんだし、あなたはあなたなんでしょ?
 わたしも、実のところ自分が今やってることって、向いてないんじゃないかと思って、
悩んでたこともあるの。つい最近までね。
 でも、必死で何とかやってたら、いつの間にかなんとかなってた。まだ続けたいって、
思ってた。
 それにさ、そういうことで悩んで迷うのも、あなたらしくっていいんじゃない?
 昔誰かにこういうことを言ったことがあるわ。『そんなの、やってみなけりゃわかんな
い』って。あと、『あなたは、あなたで、それでいい』みたいなこと。
 これ、わたしにも当てはまることなんだけどね」
 彼女はそういうと、くすっと笑った。
「あ、あとね、逃げちゃだめよ。逃げたら、そのうち自分の居場所がなくなる。
 それよりも、なんでもいいからやってみるの。やってるうちに、何か見つかるんじゃな
い? わたしもそうだったし。
 とにかく、あんまり思い詰めないほうが、いいんじゃない?」
 わたしはしばらくうつむいていろいろ考えていた。そして、
「そうだね。きっとそうなんだろうね。うん。いろいろやりたいことをやってみることに
するよ。
 ありがとう……って、あれ?」
 そのとき、目が覚めた。どうやらいつの間にか寝ていたらしい。
「夢だったのか……」
 と、ふとワープロのディスプレイに目をやると、4倍角でこう書かれていた。
『今からでも、遅くない』
「…………」
 21。今から、これからのことを決めていく大事なとき。
「……ありがとう、パステル」
                                   END

 1998年11月24日(火)12時31分21秒投稿となっている、わたしの短編第6作目です。21歳になった記念に書いたんですが、今読むと……恥ずかしい。うむむ。

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