闇に蠢くもの(11〜20)

〜Elft〜
 近くの店に入る。その店の名前はメインクーン亭。
 ちょうど昼前の店はちょっと混んでいる。
 ウェイトレスがやってきた。これがまた、やたらとダイナマイト(古い……)! 二人
とも、つい凍りついてしまった。
「ご注文は? 決まった?」
 はっとして、あわてて二人は答える。
「わたしは……Bだな」
「僕もBでいーですー」
「はーい! B定2つね!」
「あ、そうだ。最近、この辺で妖魔のたぐいを見たとかいうお客、いなかった?」
 マーリンが聞くと、彼女は少し考え込んで、
「そうね、確か、常連さんの一人が、夜中それらしいものを見たとか見ないとか……」
「その人、どこにいる?」
「えーっと……。その人は……ジェファーソンさんっていうんだけど。ちょっと待って」
 そう言うと彼女は、店の奥に入っていき、何か紙切れをもってきた。
「ここに住んでるの。この人、ちょっとした小説を書いてるんだけど……」
 マーリンにもフロストにも言われてみれば心当たりがある。確か、「冒険時代」に連載
している小説家だ。
「うん、ありがとう。昼飯の後にでも、行ってみるよ」

〜Zwoelft〜
 そのウェイトレスが教えてくれた家は、「ウィントリー診療所」と看板が出ていた。ど
うやら、ジェファーソンはこの3階に住んでいるらしい。1階と2階が診療所で、3階と
4階はアパートになっているそうだ。
 場所は、マーリンが襲われた所からそう離れていない場所にあった。
(ウィントリー……どっかで聞いたことあるな……?)
 マーリンはふと思ったが、どこで聞いたかまでは思い出せなかった。
 裏手にまわりこんで階段を昇り、教えられた部屋をノックする。なぜかドアの横にモッ
プが立て掛けてあった。
「はい?」
 若い──年の頃はフロストくらいか?──男の人が出てきた。
「えぇっと、こちらはジェファーソンさんのお宅でしょうか?」
「はい、そうですけど……?
 と、彼は怪訝そうな顔をしながら答えた。
「あのですね、メインクーン亭のウェイトレスのおねーさんに聞いてきたんですけど、ちょ
っとお聞きしたいことがありまして……」
「はあ、何でしょうか……ああ、こんなとこじゃ何なので中へ……」
 中へ入ると、部屋の中は資料やら何やらでかなり散らかっている。机の上には原稿用紙
があって、その周りを取り囲むように大きな本が積み上げられている。
 案内された応接室らしい部屋に入ると、テーブルには「冒険時代」が置いてあった。な
ぜか壁に舵輪が飾ってあったり、熊の一刀彫が置いてあったりして、やはりかなり雑然と
している。
 ジェファーソンは二人を応接室に招きいれると、台所へ行った。
 マーリンは「冒険時代」を手にとって眺める。パラパラと拾い読みしてても、パステル・
G・キングの小説はつい読んでしまったりする。ジェファーソンの小説も載っていた。
 しばらくして、ジェファーソンがトレイに湯気を立てているカップを3つ乗せて持って
きた。
(熱そうだな)
 二人はつい思ってしまう。二人は猫舌なのだ。
「ああ、それにわたしもちょっとしたものを書いて載せてもらってるんですよ」
 マーリンの手にある雑誌を見てジェファーソンが言った。
「わたしも、エベリンにくるたびに買ってるんですよ……って、そんな話をしに来たんじゃ
ないな」
 マーリンはそう言って軽く苦笑した。
「ところで、聞きたいことというのはなんでしょうか……?」
 ジェファーソンも苦笑しながら聞く。
「実はですね、先日あなたが妖魔の類いにあったという話を聞きまして、ぜひそのときの
状況をお聞かせ願いたいと……」
「はぁ、それはまあいいんですけど、なぜそんなことを聞こうとするんです?」
 ジェファーソンは首をかしげた。
「いえね、わたしも出会ったんですよ。しかも、やられたんですよ、不覚を取って。その
リターンマッチという目的もありますね。
 あと、なぜエベリンの町中をあんなものがうろうろするようになったか、知りたいと思
いまして。ちょっと異常な事態ですからね、警備隊だけには任せられないでしょう。任せ
ておけばいいって話もありますが。そんなとこですか」
 それに、やられっぱなしだとエルザに顔向けできないし、とマーリンは声には出さずに
つぶやいた。
 ジェファーソンはそれで納得したらしい。
「なるほど。では、お話ししましょうか」

〜Dreizehnt〜
「あれは、確か二日前の晩でしたね。ちょっと夜遅くまでメインクーン亭で飲んでて、帰
る途中でした。
 ふと見ると、何やら塀を登ってるんですよ。最初は泥棒かと思って、警備隊を呼ばなきゃ
と思ったんですが、よく見ると背中に翼が生えてました。
 一応知識がありましたから、あれは妖魔だと思ったんですが、なにぶんわたしには戦う
ための心得はなくって。青くなりながら遠くから見てるしかなかったんですよ。情けない
ことに」
「いや、いい判断でしたよ」
 マーリンはそう言ってうなずく。心得のない人間はめったなことはしないほうがよい。
「それで、その後はどうなりました?」
「いやね、塀を越えたと見てからすぐに逃げ帰ったんで、どうなったかは分からないんで
すよ。すみません」
「いえいえ。で、その場所は?」
「えっとですね、ちょっと待ってください」
 というとジェファーソンは奥に行って何やら大きな紙を持ってきた。どうやらこの辺り
の地図のようだ。
「たしか、この辺だったと思います」
 ジェファーソンが指した辺りは、マーリンが襲われた辺りからそう離れていない、メイ
ンクーン亭とウィントリー診療所の中間付近だった。
「ふむ……。あ、それから、他にそういう妖魔の目撃者、ご存じないですかね?」
「さあ……。わたしはそれ以上は……。あ、そうだ。あの人なら知ってるかもしれないな。
エベリンの情報なら、たいていあの人に入るはずですよ」
「といいますと?」
 ジェファーソンは地図の一点を指した。
「ここにいらっしゃる、≪タイドスワップ≫と呼ばれてる人ですよ。本名は不明、情報源
も不明ですが、なぜか、そういう裏のほうの情報に詳しいんですよ」
「……盗賊ギルドの関係者ですか?」
「いや、そうではないらしいんですが。むしろ、盗賊ギルドより詳しいとか」
 ふむふむ……と、マーリンはメモを取る。フロストも、意味もなくうなずいている。
「わかりました。じゃ、つぎはそこに行って聞いてみることにしますよ」
 と、ドアをノックする音が聞こえてきた。

〜Vierzehnt〜
「今日はお客が多いな。だれだろう……?」
 つぶやきながらジェファーソンは玄関へと歩いていき、ドアを開けた。
「はーい……げ……」
 目の前にいた人物を見てジェファーソンは絶句してしまった。
「はいるわよ」
 ジェファーソンを押しのけて、二十代半ばくらいの女性が入ってきた。
「ウ……ウィントリーさん……。どのようなご用件でしょうか……?」
「どのようなもくそもないでしょ? 今月分の家賃、まだ頂いてないんですけどね。私が
どういうことをやってるかわかって滞納してるの? この仕事だって、道楽とか副業とか
そういうのじゃないのよ!
 私だって生活がかかってるんですからね。早く払ってちょーだい! ……あら? お客
さん? これは、失礼したわね」
 ウィントリーと呼ばれた女性はそこまで一気にまくし立てると、今気づいたかのように
マーリンとフロストを見た。
「あなたは……」
「ここの下の、『ウィントリー診療所』所長のウィントリーさん。昔どっかの病院で働い
ていて、最近独立して、格安の料金で、町の人の病気やけがなんかを見てらっしゃるんで
す。魔法は使えないんですけど、腕はいいんですよ。
 普通医者なんかにかかれないような貧乏な人を相手にしてるから、自分もいつも貧乏な
んですよね。だから、アパート経営をして食いぶちを稼いでるんですよ」
「わかってるんじゃないの……」
 ジェファーソンの答えにウィントリーはジト目で彼を見ながら応じた。
「なら、さっさと払いなさい! 払わないと、ホータイグルグル巻きの刑にするわよ!」
「ちょっと待ってくださいよぉ! 原稿料まだ頂いてないんですから……」
「ならさっさと原稿を出してお金もらってきなさい!」
「だって締め切りはまだですし」
「締め切り前に出してなんぼのもんでしょうが! 自慢じゃないけど私はいつも真っ先に
出してるわよ!」
「締め切りが近づかないとエンジンがかからないんです!」
「いばって言うことじゃないわよ! さあ書け、さっさと書けぇ〜」
「ひえぇぇ〜〜。勘弁してくださいよ〜」
「あのぉ〜。そろそろわたしたちは失礼しますぅ……」
「お仕置きだっちゃ!!」
「それはキャラが違いますよ……あぎゃ〜」
 どんがらがっしゃーん☆
 ウィントリーの持つ何かから電撃が出て、ジェファーソンに当たった。
(あれはエレキテライトだな……)
 マーリンは口には出さずにつぶやいた。
「どーも、ありがとーございましたー!!」
「フロスト君、きっと聞いてないよ」
「まーこーゆーのは気持ちの問題ですからねー」
「ま、そうだがね。さて、≪タイドスワップ≫さんのところに行くか!」
「はいー!」
 二人は、まだ騒ぎが続いているジェファーソン邸を後にした。

〜Fuenfzehnt〜
「あ、そうか!」
「なんですー?」
「ウィントリーって、どっかで聞いたことがあると思ったら、あの人も「冒険時代」の作
家さんだ!」
「あー! そーいえばー!」
「やれやれ。こういう、どっかで聞いたことがあるんだけどなーっての、気分悪いと思わ
ないか?」
「そーですねー。それにー、ほっとくと惚けるという噂ですしー」
「お前、つまんないこと知ってんのな……」
 二人がついた家には、特に看板はかかっていなかった。外見も目立たないようになって
いて、教えられていなければ分からなかっただろう。
 マーリンはさっそく呼び鈴を押した。
「ごめんくださーい」
 フロストが言うと、
「はーいです」
 中から二十代なかばくらいの女性が出てきた。
「えっとですね、≪タイドスワップ≫さんはご在宅でしょうか……」
「はいはい。いますですよー」
 というと彼女は二人を中に招きいれた。

〜Sechzehnt〜
「ここに来たということは、何か情報を欲しいということですね」
 気持ちいいパステルカラーに統一された応接室に入ってきた≪タイドスワップ≫は、い
きなりそう言うと、傍らにいたさっきの女性に声をかけた。
「≪キャットウォーク≫さん、お二人にお茶でもお出ししてくださいね」
「はいです」
 ≪キャットウォーク≫と呼ばれた彼女はそう言うと部屋を出ていった。
 マーリンは改めて目の前にいる人物を見る。
 年の頃は≪キャットウォーク≫と呼ばれた彼女と同じくらいだと思われるのだが、性別
は、男性と思われるがはっきりしない。ちょっと伸びたショートカットで、言葉遣いも声
も中性的だ。その≪タイドスワップ≫は物知り顔で続けた。
「さて、どのような情報がご入り用なんですか?」
「はあ……。わたし、そんなこと言いましたっけ……? まあ、そのつもりなんですが」
「言われなくても、ここにくる人はみんなそうだからね。めんどくさいから、前置きは抜
きにしてるんですよ」
 と、≪キャットウォーク≫がお茶を持ってきた。そしてそのまま≪タイドスワップ≫の
横に座る。
 マーリンは怪訝そうな顔で、
「この方は……?」
「ああ、≪キャットウォーク≫さんね。この人は、私とある意味一心同体なんですよ」
「結婚なさってるんですか?」
「いえ、そういうわけじゃなく、むしろそれ以上」
「よろしくおねがいしますです」
「???」
 マーリンとフロストの上に?マークが飛び交っているのが見えるようだ。
「ま、そんなことはどうでもいいじゃない。それより、本題に入りましょう」
「……そうですね。じゃ、さくっと本題に移ります。
 あのですね、ここ最近、妖魔の類いに襲われたという人を探してるんです。その妖魔を
探してまして。それで、襲われた場所とか状況から、居場所が推測できると思ったんです
が、そういう情報、お持ちでないでしょうか? 警備隊に聞いても、教えてくれないです
からね」
「はあはあ。それはまた何故」
 マーリンはさっきジェファーソンに話したような理由を話した。
「なるほどねー。うーん。私の情報が当てになるかは分からないし、妖魔を相手にするの
はできれば避けてほしいんだけど、まあそういう事情なら仕方ないですね。
 いちおう、そういう情報も入ってきてます。ちょっと待ってください」
 ≪タイドスワップ≫はそういうと奥の部屋に入っていった。

〜Siebzehnt〜
 数分後、書類の束を持って≪タイドスワップ≫は戻ってきた。
「一応、出没地点と時刻、状況を書いたものはこれくらい。個人情報は入れてないからそ
のつもりで」
 見ると、場所はある一点を中心としたごく限られた地域の住宅地に限定されている。一
番最初がマーリンの襲われた場所らしい。それから、一晩に二〜三回目撃されている。
 時刻も、夜に限られているようだ。またそれに付随して、その地域ではちょっとした盗
難事件が起きているらしい。盗まれたものは下着や洗濯物などつまらないものばかりでこ
れといった大きな被害は報告されていないが。
 と、
「これは何だ?」
 マーリンはその盗まれたものに妙な共通点を見つけた。なぜか、青いものばかりが盗ま
れている。青いマント、青い下着、青いシャツ、青いバケツ、青いペンキ……。
「これは、どういうことだ……?」
「何で青ばっかなんですかねー?」
 フロストも一緒に首を傾げている。
「情報の分析までは私のところではやってないから、あげられる情報はそれくらい。もち
ろん、ボランティアじゃないですよ」
「はい、分かってますよ」
 マーリンは規定の情報量を払うと、礼を言ってその家を出ようとした。そのとき、≪タ
イドスワップ≫が呼び止めた。
「ちょっと待って。これは私の忠告。最近、怪しげな団体が怪しげな活動をしてるみたい
だから、注意して下さいね。これは、ただでいいですよ」
「ほんっと、気をつけて下さいです」
「……ご忠告、ありがとうございます」
 マーリンは深々と頭を下げた。何か心当たりがあるのだろう、少し何かを考え込んでい
るようだ。
「どーかしましたかー?」
 フロストが怪訝そうな顔をしてマーリンに声をかける。
「いや、なんでもないよ。じゃ、どうもありがとうございました」
「うん。これからも何かあったら、よろしく」
 ≪タイドスワップ≫はにこにこしながら手を振る。マーリンとフロストは礼をして、そ
の家を出た。

〜Achtzehnt〜
「さて、と。どこかにこれをゆっくり見られるとことはないかな」
 フロストに持たせた書類の束の茶封筒を見やりながらマーリンはつぶやいた。
「そーですねー。喫茶店とかあればいーんですけどー」
 と、急に声がかかった。
「お! マーリン! マーリン・クロスロードではないか!?」
 呼び止められたマーリンはギクリとして辺りを見回す。その視線が、ある一点で止まっ
た。そこには、さっぱりとした格好に黒いマントを羽織った男がいた。
「エルンスト!?」
「そう、エルンスト・フォン・ハイゼンベルク。久しぶりだな、マーリン・クロスロード。
お、フロスト・アイスツァプフェンも一緒か」
「お久しぶりですー、エルンストさんー」
「相変わらずのようだな、エルンスト。そのフルネームで呼ぶの、やめてくれと言ってる
のに……」
「よいではないか、マーリン・クロスロード。おれの趣味だ」
(これさえなければいいやつなのにな……)
 マーリンは胸の中でつぶやいた。続けて聞く。
「何でここに……ああ、エベリンの……なんていったっけ、なんとか研究所に勤めてたっ
け」
「エベリン魔法および付加道具研究所。魔法の力を何かに有効利用できないか、またいわ
ゆるマジックアイテムを研究製作しようという目的で設立された研究所だ」
「そうだった。んで、こんなところで何やってんだよ」
「依頼を受けて、マジックアイテムらしい物質の分析を行っていたのだが、それを依頼主
に返却しに行った帰途だ。マーリン・クロスロードとフロスト・アイスツァプフェン、そっ
ちこそこのような場所で何をやっているのだ」
「うん……。ちょっとした捜査をしててな。あ、そうだ、エルンスト。お前、この辺りで
妖魔の類いを見なかったか?」
「いや、おれはこの付近の住人ではないのでな。残念ではあるが、目撃したことは無いな。
なんだ、マーリン・クロスロード。妖魔を相手に、何をしようと目論んでいるのだ?」
「ま、ちょっと……な」
「……そうか。まあ、マーリン・クロスロードが言いたくないのであれば聞かないでおこ
う。ところで、我が妹、エリーザベト・フォン・ハイゼンベルクは元気か?」
 マーリンの心の中のどこかがズキンと鳴った。
「……多分、元気だと思う。最近、ちょっとストーンリバーを離れて長いからな」
「久しくエベリンに居たのか?」
「いや、ズール地方にいたのは確かなんだが……。シルバーリーブとかその辺にいたな」
「シルバーリーブか……。おお、そうだ。その周辺に、『エレキテライト・ハンターズ』
という連中は居なかっただろうか?」
「『エレキテライト・ハンターズ』……」
 マーリンはちょっと渋い顔をした。彼らにはちょっといやな思い出があるのだ。
「その反応は、知っているという反応だな」
「ああ。確かに、そう名乗る連中がいたな。多分、北のほうに行ったと思うが」
 ほんとは記憶があやふやで、はっきりとはしないのだが、この答えが正鵠を射ていたこ
とは、神ならぬマーリンには知り得べくもない。
「そうか、了解した。いや実はな、急にエレキテライトが必要になったのでな。店にも無
いからして、それを採取する連中の助けを借りなければならない」
「ふん。なるほどね」
「では、おれはすぐ戻って、シルバーリーブ村に向かうことにする。達者でな」
「ああ。おまえもな」
 マーリンとエルンストは、手を振って別れた。しかしマーリンがフロストを促して、歩
き出そうとしたとたん、
「うわっ!」
 ずてっ☆
 振り返ると、エルンストは、マントの裾を踏ん付けて転んでいた。
(兄妹だな……)
 マーリンは、それを見ながら思った。やはり血は争えない。エルンストも、優秀ではあっ
たがどこか抜けていたのだった。
「あー、ここなんかいーんじゃないですかー?」
 フロストが小さな喫茶店を見つけたようだ。

〜Neunzehnt〜
 ドアにぶら下げてあるベルが、マーリンとフロストの来店をカランコロンと告げる。
 小さいといっても、ちゃんとカウンターのほかにテーブル席もある、大通り沿いの気持
ちいい喫茶店。店内には初夏らしく、涼しげな雰囲気が漂っていた。テーブルの上には白
い一輪挿しに白い花がすっと生けてあった。
「いらっしゃいませ」
 エプロンを掛けた、初老のマスターが声をかける。奥のテーブルでは、若い女性が本を
読んでいた。カウンター席には誰もいない。
「テーブル、いいですか?」
「はい、どうぞ」
 マーリンとフロストは、向かい合って座り、テーブルに書類の束を置いた。とりあえず
メニューを見る。
「わたしは、コーヒー」
「僕もコーヒーでいーですー」
「かしこまりました」
 ふとフロストがマーリンに声を掛ける。
「あれー? マーリンさんがコーヒーだなんてー、珍しいですねー。いつも紅茶を飲んで
る印象しかないんですがー」
「ふふふ。こういう店では、コーヒーを頼むのが正しいのだ」
「そーゆーもんなんですかー?」
 いつもコーヒーのフロストはいまいち腑に落ちない様子。
「そーゆーもんなの! ……そうか。一緒に喫茶店に入るのも、珍しいな」
「そーいえばー、そーですねー」
 と、フロストはちょっと意地悪そうな顔になって、
「エルザとはー、一緒に行ったことあるんですかー?」
「からかうな……」
 マーリンは顔を赤くして、マスターのほうに顔を向けた。フロストは、にやにやしてい
る。
 マスターは棚からミルを取り出して、丁寧にコーヒー豆をその中に入れると、ゆっくり
と丁寧にハンドルを廻し始める。しばらくして蓋を開け、粉になったコーヒーをフィルター
にあける。アルコールランプの炎が、サイフォンの底を照らす。中のお湯が、沸騰して逆
流する……。
「しまった。つい見とれてしまった。本題に入ろう」
「そーですねー」
 フロストはそういうと、茶封筒を開けて中の書類をテーブルに広げだした。コーヒーの
香りが、店内にあふれている。
(こーゆーところで、エルザとゆっくりしてもいいな……)
 マーリンは、その香りを楽しみながらぼんやりととりとめのないことを考える。
「……リンさーん、マーリンさーん!」
 はっと我に返った。
「マーリンさーん、とりあえずこのくらいですー。何ですかー、ぼんやりしてー。そんな
年でもないでしょうにー」
「うるさいな。ちょっと考え事をしていただけだ」
「おーかたエルザのことでも考えてたんでしょー?」
「…………」
 こいつに漏れたのは、やはり一生の不覚だったな。と、マーリンは思った。迂闊にこー
ゆー事を人に漏らすもんじゃないと、マーリンは堅く心に誓った。
 マスターがコーヒーを二つトレイに載せてやってきた。

〜Zwanzigst〜
 例によって熱くて飲めないコーヒーを脇に寄せ、二人は資料をのぞき込んだ。出没地点
を、その地区の地図にプロットしていく。ついでに、ちょっとした盗難事件の発生場所も
プロットした。
「うーん」
「うーん」
 二人は、プロットが終わった地図を見て呻いた。見事に、ある地点を中心に円の範囲で
発生している。
「どう考えても、この辺りのどこか、順当に考えて、この真ん中が本拠地だな」
 マーリンは言うと、コーヒーカップを口許に持っていったが、顔をちょっとしかめると、
口をつけずにすぐに戻した。
「となると、この中心に乗り込めば、出くわす可能性は高いわけだ」
「でもですよー。今夜そこに現れるかは分からないじゃないですかー。毎日というわけじゃ
ないみたいですしー。いきなりそこに乗り込んで空振りだったらー、間抜けじゃないです
かー」
「それもそうだな。ふむ。それじゃ、まだ被害に遭ってない、この辺に張り込んで、出て
きたところを追いかけるか何かして、本拠地を突き止めるか」
 マーリンは円の範囲の中の、比較的被害が少ない地域を指さしていった。
「そーですねー。そのほーがー、まだいーと思いますー」
 マーリンの指さす、その地域は、メインクーン亭周辺。
 マーリンは再びカップを取ると、今度はコーヒーを少しずつすすりながら言った。
「よしよし。今夜あたり、この辺で張り込みだな。フロスト君、毛布を用意しておくよう
に。多分、まだ夜はかなり寒いぞ」
多分、まだ夜はかなり寒いぞ」
「はいー、わかってますー」
 マーリンがコーヒーをすするのを見て取ったフロストは、カップを取りながら言った。
(ちゃっかりしてるな……)
 マーリンはふと思った。

 1998年12月25日(金)13時59分29秒〜04月14日(水)22時01分14秒投稿となっている、11〜20話です。まだ続いてます。
 この回の登場人物の一部には、モデルになった方がいらっしゃいます。すべてネット上での方々です。どうもありがとうございました。

(21〜28)に行く

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