うたかたの風(6)

<五十一>─アンダーソン邸襲撃事件・9『戦況』─

「てめぇらは、オレが殺る」
 ハンドアクスを握り直すアクス。
左腕を肩ごとやられたためだろう、右手一本で斧を持っている。
 総司は、再び刀を構えた。
「待て、総司」
 トラップは総司の刀の頭を持つ。
彼はそのまま、総司の前に歩き出した。
「おまえはとっとと中に行け」
「トラップさん・・・」
「どうやら、あいつらの主要人物は中に入ったみてぇだな。見てみろや」
 トラップはまわりを見るよう、うながす。
その時には、戦局は一変していた。
 騎士たちは、総司とアクスが戦っている間に、まわりを取り囲む。
円を縮めていき、少しずつ戦力を減らしていく作戦に出たのだ。
 捕縛、あるいは戦死していく襲撃側。
生き残りはアクス、ランス他五人程度。
 騎士側は、七十から二十に減る大損害だが、戦局は明かだろう。
「こいつと、門を守ってるアイツ。主要人物がたった二人じゃ、おかしいだろ。たぶん、中の方はもっとヤバイだろうな。
で、おまえが行く。決定」
「どうして私が行くことになるんですか?」
「戦力になるからだ。
っと、ついでに言えば・・・」
「言えば?」
「シロを連れて帰ってきて欲しい」
「はぁ?」
 眉をしかめる総司。
そういえば、連れてきたはずのシロの姿が見えない、と総司が初めて気付いた。
「中に入ってくるデシ、とか言って、止める間もなく入っていきやがった、アイツ。オレは、こっちが片づいたら行くから。先に行ってくれ」
「・・・その前に」
 呟く総司。
トラップを強く押しどけ、自分自身も素早く移動する。
「オレとの決着、つけてからにしな」
 振り下ろされた斧。
アクスが、総司に襲いかかる。

「ここは、通しません」
「あら、あなたに私を止めることができるの?」
 Qは余裕で、クレイに近づく。
クレイは、隙を見せずに、刀を抜く。
「できますよ」
表情も視線も動かさず、クレイが言う。
「ドアに、鍵がかかってますから」
「あら。もっとカッコイイ台詞を期待していたのに・・・。
期待はずれで残念」
溜息をつくQ。
「それで私を止めるつもりだなんてね」
「えっ?」
 風がクレイの横を通り過ぎる。
右手一本で鞭を操るQ。
 彼女はそのまま、無造作にクレイの横を過ぎようとする。
「どうせなら、鋼鉄の扉ぐらいにしなくちゃ」
 無惨に砕け散ったドア。
それでもクレイは、彼女の前に立ちふさがる。
「今度は、オレが相手です」
「・・・やっとカッコイイ台詞が聞けたわね。
後は・・・私の思うがままに倒れてちょうだい」
 鞭を一振りするQ。
それを合図に、クレイが動き出す。


<五十二>─アンダーソン邸襲撃事件・10『一つの変化』─

「どーした? ハートの10。あんたの目的は、内部各欄、それに邪魔者を消すだけだろ? オレの楽しみを邪魔するのまでは入ってないハズだ」
「そうです。けれど、あなたも命令違反を犯している」
 ハートの10は、そう言いながら黒に近づく。
それイコール、ライル─クレイの祖父─に近づいているのだ。
「なにを?」
「己の楽しみを堪能するなんて命令はないハズだ」
「でした」
 手をあげ『黒』はライルを見る。
お互い、同時に手を下げ、武器を下ろす。
「そういうワケで」
「途中で逃げるのか?」
「しょーがないよ。上司の命令は聞かなきゃね」
 笑いながら『黒』はライルに背を向ける。
ライルは後を追わず、ただその背中を見つめる。
「ちゃんと仕事、終わらせてください」
「Qは、怒らせると怖いからなぁ」
 笑う『黒』
それを今、クレイは身を持って体験しているだろう。
「どこにいるか知ってる?」
「先程、二階のB地点で見かけました。
あなたの仕事ですから、見逃しましたけどね」
「ありがとさん」
 『黒』は手を振り、廊下の奥に消えていった。
二人は、その後ろ姿を見届ける。
「追わないんですね」
「次はお主とやれるからの」
再び、ライルは剣を構え直す。
「・・・ライル騎士団長とやれるとは・・・」
 ハートの10は拳を握った。
少し変形した、しかし典型的な拳法の構え。
「光栄です」
 前髪のせいで、目は見えない。
ただ、唯一見えるその口が笑っていたのは、ライルにはっきり見えた。

「うらぁぁっ!!」
 振り下ろされる斧。
総司はそれを紙一重で避ける。
─えっ!?─
 第二撃。
あまりにも早いそれを。
 総司は、紙一重でそれをかわした。
「よく避けたな」
「自分もそう思います」
─弱ったな─
 パワーでも、武器の破壊力でも自分は負けている。
それは、さきほどの闘いでわかっていたこと。
 だから自分は身のこなし、攻撃の速さ。
それで勝つしかない、と思っていたのだ。
 だが、さきほどのあの攻撃。
片手で斧を操っているとは思えない、その速さ。
 刀で受け止めれば、受け流す間もなく、間違いなく折れる。
─懐に入ったって、ねぇ─
 相手が斧を振り回せない距離─すなわち懐─に入れば、相手は斧を触れないのだろうが、自分も刀を振れない。
鍔元では、斬れたところで一寸ほどだ。
 もちろん、峰打ちであれば骨も折れない。
かといって遠い間合いからでは、相打ち止まりだろう。
 向こうは殺す気、向こうは殺さない気で。
結果はわかっている。
 手段がないワケではない。
だが、それを使えば。
─私が死んだら、パステルさんは泣くだろうし─
 なぜかふと、そんな考えが頭をよぎる。
それが、一瞬の隙となった。
「わっ!」
 斧が、頭の上をかすめる。
もちろん、総司がかわした結果なのだが。
─しまった!!─
 アクスがあの大斧を振り回してできた穴。
それに、片足が滑り込む。
 大きくバランスを崩す総司。
アクスが斧を振り上げる。
 その時。
「アクス!!」
怒鳴り声が響いた。
「・・・んだよ、ランス」
 アクスが振り向いたその先に。
扉を守る、ランスがいた。


<五十三>─アンダーソン邸襲撃事件・11『仕事』─

「くっ!」
 足、それに手に一発ずつ。
瞬時に、Qの操る鞭がクレイを襲う。
 一撃一撃が、かなり重い。
「反撃したらどう?」
 言葉と同時に顔を襲う鞭の先端。
今度はそれをかわし、自分の間合いに持ち込もうとする。
「痛ッ!」
 下から襲いかかる鞭をかわすと同時に、上から鞭が降ってくる。
かわすためには、後ろにひくしかなかった。
─ダメだ─
 むやみに間合いを詰めようとすれば、相手の思うつぼだ。
かといって、遠距離で勝てるわけもない。
 円を描いて間合いをつめる方法もあるが、ここは狭い通路。
それもできない。
─どうする?─
 捨て身で突進するか。
しかし、どういう仕掛けかわからないが、鞭の打撃、一つ一つが異様に重い。
 おそらく、剣の間合いに持ち込んだ時には、自分は倒れているだろう。
それじゃあ、退くか。
 それも、できない。
ここを通さないのが、自分の『仕事』なのだから。
「どうしたの? シーモア。私から仕掛けてもいいのかしら?」
 一度、鞭をふるうQ。
クレイはそれをかわし、再び思考に入る。
─・・・えっ?─
 彼の瞳に。
Qを通り越した場所にいる、シロが映った。

「そろそろ中に入れ」
 ランスの言葉。
それに、アクスは思い切り反論を唱える。
「どういうコトだ? 外はまだ片づいていないだろう。
オレは、最後までやるぜ」
「Qの言ったことを忘れたか?」
 その言葉に、初めてたじろづくアクス。
「外がある程度片づいてから、中にはいるのがおまえの『仕事』だ。
忘れたわけではないだろう? この作戦の総指揮であるQの命令は、それすなわちKの命令だ」
「・・・わかったよ」
 斧を肩に担ぎ、総司達の前から、アクスは立ち去る。
騎士団は、ある程度囲んでいるが、それ以上深みに入ることはない。
 彼の間合いに入ることは。
「負けるんじゃねぇぞ」
「誰にその台詞を言っているんだ?」
 すれ違いざま、言葉をかわず二人。
それをただ、見送るしかない騎士団であった。

「総司」
「なんですか?」
 騎士団と同じく、見送る彼ら。
アクスが入っていった後、トラップが口を開く。
「行け」
「・・・やっぱり」
溜息をつく総司。
「人使い荒いなぁ・・・」
「それがおまえの『仕事』だ」
刀を鞘に戻し、ゆっくりと歩き出す総司。
「じゃあ、外の方よろしくお願いしますよ」
「それが俺たちの『仕事』だ」
 と、ノルと目を合わせるトラップ。
ノルは、無言で、力強く頷いた。
「行ってきます」
 それを見て、右手をふる総司。
彼らから顔をそらした総司の目は。
 ただ一点─ハートのランス─を見つめていた。


<五十四>─アンダーソン邸襲撃事件・12『到着』─

─なんでここに・・・─
 Qをじっと見ながら、それでも脇目でシロに目を配る。
なんで、と考えていて、おそらく、に考えがついた。
 おそらく、トラップたちも来ているだろう。
そして、おそらく総司も。
 しかし、シロがここにいるのがなぜか。
それが、彼にはわからなかった。
「かわしてるだけ? それじゃあ、そのシドの剣が泣くわよ」
Qが、口を開く。
「そんなことまで知っているのか・・・」
 言いざま、飛んできた鞭をかわす。
目がなれてきたためか、今では難なくかわせるようになっている。
 だからといって、事態が好転しているわけでもない。
いや、シロの出現によって、クレイの頭の中が混乱しているのだが。
─えっ!?─
 いきなりシロが立ち上がって、身振り手振りでなにかを示している。
そういえば、立てるんだったな・・・思い出しつつ、クレイはそれを凝視する。
 シロが飛び、自分の方を指さして、腕を振る、の繰り返し。
─自分が飛びかかるから、その隙に、かな?─
 おそらくそうだろう。
現に、一歩ずつ、ゆっくりとQに近づいている。
 いつも聞こえるツメの音も、よほど慎重に歩いているためか、聞こえない。
Qも、おそらく聞こえていない。
─いける、かな?─
 多少・・・いや、かなり不安になりながらも、クレイはそれでいくしかないのかもしれない、と思い始めた。
 自分一人では、どうしようもないのだから。
─よし─
 軽く、なるべく自然に頷くクレイ。
一歩、Qが近づくごとにクレイも一歩下がり、シロは五歩進む。
 やがて、シロがグッと踏み込んだ。
─今だ!!─
 クレイが走る、Qが構える。
そして、シロが飛んだ。

「なにをしに来たのかしら?」
「そこを通してもらうために」
 槍をかまえるランス。
総司は自然体で彼女に近づく。
「できるのかしらね?」
「・・・あれ?」
 目を丸くする総司。
怪訝そうにみるランス。
「女の方、でしたか」
「なんだと思っていたの?」
 軽く笑うランス。
総司は、困ったように頭をかく。
「女の方に剣を振るうのは気がひけますね・・・」
 と、いうより、彼にとって初めてのコトである。
彼が生きていた世界で、女が剣を取り、男に立ち向かってくることなど皆無であっただめだ。
 もっとも、そうであっても総司は刀を抜かないだろう。
刀を抜かずとも、ある程度のレベルなら彼は勝てるのだから。
「やむを得ない、かな」
 そう言いながら、総司は刀に手をかける。
抜刀の姿勢を示したまま、一歩、また一歩と間合いをつめる。
 まわりの方も、この状況に一時休戦。
全員が武器を下ろして、この対決を見守っている。
─さて、どうくる?─
 ランスの思考。
槍相手に先手必勝とばかりに突っ込んでくるバカではないだろう。
 そう来るのなら、一突きで串刺しになるのがオチだ。
おそらく、こちらが仕掛けてきたのをかわし、そして懐に飛び込み、刀を抜く。
─だが─
 そう来たとしても、こちらの勝ちだ。
一撃目をかわして、こちらに来ても。
 すぐに槍をひき、二撃目を出せる。
事実、それをランスは出来るし、読んでいるのならなおさらだ。
「行きますよ」
抜刀の姿勢のまま、総司が走った。
「はっ!」
 気合と共に出される一撃。
腰をひねり、それをかわす総司。
「甘い!!」
 瞬時にひかれる槍。
相手はここで止まり、刀を抜く・・・ハズだった。
─えっ?─
 視界から男が消える。
突き出された二撃目は、むなしく空の一点を突く。
「貴様ッ!!」
「女の方に刀を抜けませんよ!」
 叫びながら、総司は開いたままの玄関を走り抜けていった。
あそこで止まり、刀を抜くのなら、ランスの勝ちであった。
 しかし、総司は始めから戦うつもりはない。
そのまま、ランスの横を走り抜け、屋敷の中に入っていった。
 そもそも彼の目的は、屋敷の中に入ることにあったのだから。
「やられたか・・・」
 しかし、それでも後を追おうとしないランス。
彼女は、それでも自分の仕事をまっとうしようとしているのだ。
 これ以上、敵を通さないように、と。

「だだっ広い庭だな」
「そう、だな」
 その頃、アンダーソン邸の入り口で。
白と黒のコートを着た二人の男が、そこにいた。
「オレは先に行って、中に入るから・・・」
「私は、庭の方を掃除しておこう」
「・・・わかってるじゃねぇか、A(エース)」
「ソード、早く行け」
 白いコートを着た男、ソードが走り出す。
その後、ゆっくりと黒いコートを着た男が歩き出す。


<五十五>─アンダーソン邸襲撃事件・13『屋敷内』─

「状況は?」
「それが・・・外へ向かった兵士が、まだ帰ってこないので・・・」
 情けない声が帰ってくる。
「クソッ!」
 地面を一蹴り。
少し考え込んだ後、怒鳴り返す。
「外の部隊に伝令だ。中の守備にあたれと伝えろ!!」
「わかりました!」
 返事に続いて、走り出す音が聞こえる。
彼、アンダーソン騎士団長は、再び考えをめぐらす。
 戦闘が始まって、約三十分が経過している。
 当初の作戦では、外で足止めしている間に、例の援軍を使っての挟み撃ち、さらに中に入っている部隊も出撃、それで終わる・・・ハズだった。
が、それが当初の段階から狂う。
 夜襲がこない、と一番気のゆるんだ朝の奇襲。
さらに庭を一気に駆け抜け、屋敷内の侵入を許し、内部の命令系統は混乱。
 その上、窓(全て閉鎖されている)から見る外の状況は芳しくなく、唯一の出入り口である玄関を固められているため、外との連係も取れない。
 援軍の到着で外の状況はよくなっただろうが、それでも苦戦していることに変わりはない。
 今までに、ここまで苦戦した戦闘はなかった。
自分の考えの甘さ、相手の力量を見余った自分の油断。
 それを悔やむ。
「アンダーソン騎士団長」
「なんだ?」
 振り向いた彼は、そのまま身構えた。
そこに立っていたのが味方の騎士ではなく、ダークエルフだったからだ。
 敵だと、彼は瞬時に判断した。
「なんの用だ?」
 彼はもう一度聞く。
そうすることによって、自分の時間的間合いを取るために。
「あなたをもらいに来たんです」
「私の命を、か?」
 剣に手をかける。
─私のところまで来ているというコトは─
 その途中にいる騎士を、全て倒してきたのだろう。
おそらく、先程連絡に行ったはずの騎士も。
「いいえ、あなたの身柄を、です」
「・・・どういうコトだ?」
「後でじっくり説明しますよ」
 彼、黒はゆっくりと手をあげる。
その手に握られている、投げナイフを華麗に操りながら。
「わたしたちのアジトで、ね」
 一本のナイフが彼の手から放たれた。

「せやっ!」
 間合いを一気につめる踏み込み、そして貫手。
それをかわし、クレイの祖父、ライルはショートソードを突き出す。
 それも空を斬るが、それと同時に、横薙ぎに振られる。
その時には、ハートの10は一メートル後方に退いていた。
「危ないなぁ・・・」
 軽く言葉を吐き出した後、間髪を入れずにもう一度前に出るハートの10。
左に軽いフェイントを入れ、右回し蹴り。
「甘い!」
 半歩退いてかわし、一歩前に出てショートソードを振りかぶる。
と、同時に左方向から来る攻撃をガード。
 慌てて間合いを取る。
「おしいなぁ・・・さっきのは決まったと思ったのに・・・」
 回し蹴りの後、止まらずに後ろ回し蹴りの高等テクニック。
それをやるのも、それを止めるのも至難の業である。
「お互い、迂闊に入り込めませんね」
「そうじゃのぉ・・・」
 額からにじむ汗も拭わず、二人はにらみ合う。
お互い、長期戦になることを予感しながら。

「キャッ!」
 後ろから飛びついたシロが、Qの両目を手で覆う。
─よし!─
 剣を振り上げ、それを振り下ろそうとした、その時。
─ダメだ!─
 心の中で、自分がそう叫んだ。
それと同時に、剣が止まる。
「うわっ!!」
 目の前から飛んできた何かが、モロに顔に当たる。
バランスを失い、倒れ込むと同時に、鞭が飛んでくる。
 三発目を脇腹にくらった後、ようやく立てた。
「・・・危なかった」
 顔を覆い、溜息をつくQ。
クレイは、先程自分の顔に飛んできたシロを拾い上げる。
「お役に立てなかったデシ」
「いや、違うんだ・・・」
─なんて甘いんだ─
 クレイは自分を責める。
あの時、剣を振り下ろせば、それで終わりだった。
─相手は敵なんだ─
 そう自分に言い聞かせる。
けれども、それがどうしてもできなかった。
 相手が自分が知っている人間だから。
自分が人間を殺してしまうことが、怖かったから。
 自分に負けてしまったら。
「シロは、悪くないよ」
「クレイしゃん?」
 クレイの腕の中で、首を傾げるシロ。
クレイは、下唇を噛んで、必死に何かを堪えている。
「もう終わりにしようかしら? シーモア」
 鞭をふるうQ。
こんな自分に、いったい何ができるのだろうか?
 クレイはただひたすら、そう考え続ける。


<五十六>─アンダーソン邸襲撃事件・14『再戦』─

 玄関からまっすぐ通路が延び、目の前に十字路。
奥に見える突き当たりまでに、もう一つ十字路があり、さらにその奥がL字にまがっているのがわかる。
 いつ敵が襲ってきてもいいように、抜刀の姿勢のまま、総司は走り出す。
─複雑な作りっぽいなぁ─
 そう思う総司。
外から見ただけでも、大きなこの屋敷。
 さらに、二階、さらには屋根裏までがあると、トラップに聞いている。
─とりあえず左にまがるか─
 そう思って、右の気配を伺いながら、左に目線を送る。
もちろん、これが正解かどうかはわからない。
 しかし、自分のカンに頼るしかないのだ。
─単独で行動するのは、初めてかな?─
 ふとそう思う。
昔は一人で行動することはなく、さらに相手の居所の見当もだいたいついていたため、挟み撃ちないしは外におびき寄せての撃退ができた。
 それが今回は、自分の意志で動くというものだ。
─こんなコト、今までなかったなぁ─
 ふと懐かしく思う総司。
そして、その思考を中断させる。
「待ってたぜ。おまえが来るのをな」
「あなたでしたか・・・」
 溜息をつく総司。
彼の前に、アクスが立ちはだかっていた。

「後、残ったのは・・・」
「おたくだけ、ってワケだ」
 総司が屋敷内に侵入してから、約十分が経った頃。
外の方では、数の有利にまかせた騎士団が、ようやく襲撃側を追いつめた。
 あるものは捕縛、あるものは死亡。
逃亡したものは、一人もいないという結果。
 そして、後は。
玄関を守るランスを残すだけとなった。
「どうする? 降参するか?」
「別に。負けているワケではない」
 槍を振り回すランス。
常に隙を見せることなく、悠然としている。
「この状況を見て、よく言えるな」
「私がここを通さなければ、それで勝ちだ」
 騎士団の外の方のリーダー格であろう男が、ランスと会話する。
騎士団の中で戦闘が可能なのは十数名。
 負傷、または捕縛した相手を一カ所に集めている人間が後ろの方で待機しているため、実働員がこれだけしかいない。
無論、そのほどんどはアクスなどによって倒されてもいるのだが。
「ふん、すぐにそこを抜いてみせるわ」
 その言葉が合図となり、騎士が一斉に動き出した。
最初に、トラップのパチンコが放たれる。
 見事に騎士団の間を抜いたそれは、ランスの左手に命中する。
が、それにまったく動じない。
「オォォォ!」
 三人の騎士が一斉に剣を振る。
あるいは縦に振り下ろし、あるいは横に振る。
 それを見極めるランス。
「セヤァッ!!」
 一声で三突き。
襲いかかった騎士達は、全員地面に伏すことになる。
「息をつく間を与えるな!」
「オォォォ!!」
 間髪をいれず襲いかかる騎士団。
前に出ている彼らは、気付いていない。
 後ろに待機している騎士達に、危機が迫っていることを。

「誰だ!?」
「アンダーソン騎士団長に用があるんだが・・・」
 白いコートを着た男が、騎士団に近づく。
捕縛された相手をまとめ、負傷した騎士達を手当する後衛の部隊。
「おい、今の状況をわかって行ってるのか?」
「そりゃあもちろん」
 そう言いながら、無理に進む男。
騎士達は気付いていない。
 捕縛された彼らの表情が、明るく輝いていることを。
「ちょっと待て」
「イヤだ」
 そう言うと同時に、コートが後ろに弾け跳ぶ。
いや、それとも彼の前に立っていた騎士が血にまみれて倒れたのが早いか。
 彼の左の腰にある剣が鳴る。
切っ先が少し曲がっている、ちょうど刀のような感じ。
 剣が納まっているコトから、抜刀術らしきものだとわかる。
「貴様!!」
 動ける騎士たちが、一斉に武器を抜く。
そのうちの一人が、彼に襲いかかった。
「甘いね」
 軽く口にする男。
その時、騎士達は確かに見た。
 彼の右腕が微動だにしなかったこと、彼が攻撃をさけるために、彼の左をすり抜けていったのを。
それでも、襲いかかった騎士が、斬られて倒れているのを。
「なっ!?」
 とまどいを隠せない騎士達。
右手を使ってない以上、剣は抜けないハズだ。
 それでも、彼は相手を斬っている。
自分たちにもわからないほどの速さだったのか、それとも何か隠し武器を使っているのか?
この矛盾に、誰もこたえることができない。
「邪魔するなよ」
 そのまま男は歩き出す。
彼、スペードのソードは、振り向きながらこう言った。
「Aが後から来るから。それまで待ってろ」
 捕縛された戦士達の顔に、安堵の色が広がる。
そして、騎士達は彼を追うことなく、ただ呆然と見送った。


<五十七>─アンダーソン邸襲撃事件・15『終止符』─

「なんて野郎だ・・・」
 今、頬を流れたのは冷や汗だ。
そう確信しながら、トラップはそれを拭う。
「もう終わりか?」
 荒い息継ぎ、どうしても強がりとしか思えない言葉。
それでもランスのその言葉は、騎士団を金縛りにあわせるには十分だった。
 そうは言っても、もう五、六人しか地に足をついていない。
そのほとんどが、ランスに倒されたからだ。
 騎士団の連係の取れた集団戦法、一人を数人で囲み、さらに外を囲んだ上に交互に攻撃する波状攻撃。
 その全てを、彼女がおさえたのだ。
 玄関という背後からの不意打ちをくらわない位置とはいえ、数という圧倒的不利を正面から打ちのめしたその強さ。
 半端な強さではできないことだ。
「終わりかと聞いているんだ」
 もう一度口を開くランス。
少しずつ呼吸を整えられるのが目に見えてわかる。
─マズイな─
 他のザコは全部カタがついている。
後は、彼女だけなのだが。
─総司に合わせる顔がねぇよ─
 総司が今、中でどうなっているのかなどわからない。
だが、彼が生きて、何かをやってくれる。
 それだけはわかる。
「・・・ったく」
「トラップ?」
 歩き出したトラップ。
彼は手にしていたパチンコを、ダガーに持ち替えた。
「トラップ」
 もう一度呼ぶノル。
「ノル」
 振り向くトラップ。
「まかせとけ」
 親指を立てるトラップ。
彼はランスの前に歩み寄る。
「おまえが相手か?」
「そうみてぇだな」
 ダガーを構え、間合いを詰めるトラップ。
 ランスも、それにこたえる。

「じゃあ、私はこれで・・・」
「おい! 待て!!」
 怒鳴るアクス。
本当に後ろを向いて歩き去る総司。
「勝負しろよ!」
「そんなヒマ・・・」
 と、言いかけて総司は考えた。
─そもそも、自分が此処に入ってきた理由は─
 中に入ってなんとかして計画を止めるコトだ。
しかし、彼はあまり事態を飲み込めていない。
 敵が誰かすらもわからないのだ。
そして、アクスは敵だろう。
 このまま放っておけば、内部の驚異になる。
ならば、足止め、または動けないようにするのが自分の仕事では?
 その考えに至った総司。
「しょーがありませんね」
 と、刀を抜く。
「まぁ、とりあえず一勝一敗、って所か」
「そんなコトあるわけないでしょう」
 否定する総司。
「勝負は常に一本勝負だけですよ」
「・・・なるほど、じゃあ、これは続きだな」
 軽く斧を操るアクス。
 彼らの長い闘いに、終止符が打たれる。

「クソッ!」
「守っていて勝った戦はない。騎士団長の息子であるあなたなら、よく知っているコトよね」
 鞭をふるうQ。
疲れたクレイは、それを為す術もなくくらう。
 下半身、特に膝を中心に打たれているクレイ。
もう、足は使いものにならない。
「クレイしゃん」
 シロが懸命にQに飛びつこうとする。
しかし、その全てはQに阻まれる。
 鞭に打ち落とされるたび、立ち上がり、向かっていくのだ。
「もう邪魔をしないでくれる? こっちもあまり時間がないのよ」
 Qは彼の横を通ろうとする。
 が、それでもクレイはそれを阻む。
「シーモア・・・」
「諦めが悪いかもしれない。けれど、それでも・・・」
 もう、半分倒れかかっているクレイ。
「私はあなたに用はない。奥にあるものに用があるの」
─そうだ─
 オレが守らなければいけないのは図書館ではない。
 その図書館にある、彼らが目指しているモノなのだ。
それが何なのか、どこにあるのか、自分は知らない。
 けれど、それを取るその瞬間、必ず隙が出来るはずだ。
「シロ!」
「なんデシか?」
「こっちに来い」
 走り出したクレイ。
そのまま図書館に駆け込み、後をシロが追う。
「いったいなんなの?」
 訝しそうに顔をしかめるQ。
「まぁ、いいわ」
 鞭を直しながら、Qは歩き出した。
彼女の仕事を終わらせるために。

「イカナクチャ」
 彼女はいったい、何を感じたのだろうか?
ただ、そう呟く。
「イカナクチャ」
 彼女はいったい、何を思っているのだろうか?
それは誰にもわからない。
 ディメンが動く。

「そろそろ、か」
 彼はいったい、何を感じたのだろうか?
ただそう呟いた。
「もうすぐ終わる」
 彼はいったい、何を根拠に言っているのか?
それは誰にもわからない。
 K(キング)が動く。

「まずいな、これじゃあ・・・」
 彼はいったい、何を感じたのだろうか?
ただそう呟いた。
「しかたがないか」
 彼はいったい、何をやろうと言うのか?
それは誰にもわからない。
 グランが動く。

もうすぐこの事件に
終止符が打たれる
それはほんの近くの話だが
この時を過ごす彼らにとっては・・・


<五十八>─アンダーソン邸襲撃事件・16『決着』─

「おっと!」
 一撃目をかわし、二撃目をダガーで止める。
休む間もなく仕掛けられ、時間差、フェイントを織り交ぜられた攻撃。
 その全てをかわすトラップ。
「どうした? もう終わりか」
 返事の変わりの一突き。
 後ろに退いて、それをかわすトラップ。
「しつこい・・・」
「だったら黙らせたらいいだろう」
 トラップがランスに挑んでから、およそ五分が経過。
お互い、傷は一つもない。
 理由は二つ。
トラップが攻撃をまったく仕掛けないこと。
トラップが攻撃を全てかわしきっていること。
 この二つだ。
「いつまで逃げるつもりだ?」
「あいにく、勝つためには手段選ばないんだよ」
 ランスも彼の狙いはわかっている。
自分に攻撃を仕掛けさせ、持久戦に持ち込み、体力を奪う。
 わかっているのだが、そうせざるおえない。
これ以上、屋敷の中に人を送り込ませないために。
 それをわかっているから、トラップはまた近づいてくる。
「そろそろ限界か」
 まともにやりあっては勝ち目はない。
トラップはそう思っている。
 自分が相手に勝っているだろう点、身軽さと体力。
相手はもう三十分以上戦い続けているのだ。
 かなり体力を消耗しているだろう。
こちらは来たばかりで、体力もありあまっている。
 ならば、その勝てる二つの点で、相手を負かしてやればいい。
 傷を負わせるコトができなくても、かわし続けることならできる。
そう考えたトラップ。
「うるさい!」
 声と共に突きが繰り出される。
最初のようなキレは、もうない。
「うっしゃ!」
 ランスが突きだした槍を足で踏みつけるトラップ。
思いも寄らない行動に、槍を離してしまうランス。
 いや、もう握力がなくなってきたと言った方が正しいか。
「うらぁ!」
 拳を握り、渾身の一撃を繰り出すトラップ。
それが見事、ランスのみぞおちに決まる。 
「オレの勝ちだ」
 やったぞ、総司。
その言葉は、口に出さないでおいた。

「うらぁ!」
 振り下ろされた斧が空を斬り、床を割る。
 その次の瞬間には、それは総司の前をかすめていった。
「速いなぁ・・・」
 かわしながら、総司は軽く呟く。
あれを受け止めれば、刀は折れて、自分が死ぬ。
 当然のコトを考える総司。
「どうした? 逃げてばかりか」
 攻撃は休む様子もない。
 一気にたたみかけようというハラだろう。
「しょーがない・・・」
 立ち止まる総司。
「少し、本気を出させていただきます」
「ふざけろ!」
 振り下ろされる斧。
地面に打ち下ろされると同時に、それは刀に押さえつけられる。
 同時、いや、それよりも速く、総司は間合いを詰めた。
斧が振り回せない距離。
─だが、甘い─
 それはイコール刀が振り回せない距離でもある。
咄嗟に判断したアクスは、斧を手放し、拳を握る。
 非力な総司相手、武器を用いないでの勝負なら勝てると判断したからだ。
事実、そうだろう、が。
「ッガ!!」
 眉間を打ち付ける打撃。
後ろに退くと同時に、急所である肝臓にさらに打撃。
 急激な脱力感が襲ったのは、総司との間合いを十分に取った後。
いや、正確には彼が追うのをやめたあとだ。
「てっ、てめぇ・・・」
「人体急所の眉間と肝臓をほぼ同時に入れました。
しばらくは身動きできないハズですよ」
 刀を手放していない総司。
 彼は、一撃目を柄の頭で行ったのだ。
たしかにそれならば、ゼロ距離に等しくても、打撃が繰り出せる。
 刀を離さない上、成功すれば次の打撃に移りやすい。
 たとえ、次の二撃目が峰打ちでも、だ。
「私の勝ちです」
 とりあえず、自分の仕事をやってますよ、トラップさん。
総司は、大きく溜息をついた。


<五十九>─アンダーソン邸襲撃事件・17『アンダーソン三代』─

「広いわねぇ」
 見渡す限りの本、本、本・・・。
 高いところを見渡していると、首が痛くなりそうになる。
「今度はかくれんぼなのかしら? シーモア」
 返事はない。
 もちろん、返事をするほどクレイはバカではない。
「私が鬼かしら。こんな美人を鬼にするなんて・・・」
 溜息をつくQ。
 そういいながら、図書室の中をずっと歩いている。
場所はわかっている。
 地図は事前に入手している。
この屋敷の隠し部屋も全てわかるという地図を。
 それを頭の中にたたき込んでいる。
そして、この図書室での隠し部屋は一つ。
「ホント、イヤな男」
 鞭を一振り。
器用に本棚の角を曲がったそれは、そこにある何かを捕らえる。
 続いて足音。
どうやら、クレイにあたったらしい。
「気配を消すようなコトはできないみたいね」
「盗賊じゃありませんからね」
 クレイの声が返ってくる。
もう隠れる必要はない、と思ったのだろう。
 Qの前に現れた。
 大量の本を抱えて。
「うらぁっ!!」
 本をQに投げつける。
あるいはかわされ、あるいは鞭に打ち落とされる。
「クレイ・ジュダの軌跡」「セフレイ兵法」「ロンザ国の歴史」「武器百選」「家庭料理入門」あげたらきりのない本の数々。
 それを全て確認するコトができるQの余裕。
最後の本をかわすと、そこにいないクレイの姿。
 さすがに、それには気付かなかった。
「どこに・・・」
 言いかけたQの口が閉じ、体が百八十度回転する。
鞭をふるいかけて、一瞬ためらった。
 クレイと思われたその気配が。
ホワイトドラゴンの子供であったから。
 決着をつけようと顔を打ち付けようとしたのが、仇になってしまった。
「しまっ・・・」
 慌てて目を閉じるQ。
光のブレスが視界を遮り、身動きをとれなくさせる。
 しばらく続いたそれが終わると同時に。
後ろから再び気配。
「すみません」
 あやまりながら、鞘に納めた剣を振りかざすクレイ。
それが、今、振り下ろされる。

「・・・小僧が」
「ご隠居様は、大人しくしていた方がいいですよ」
 両者とも、荒い息継ぎ、さらに所々のケガ。
ハートの10の場合はそれが切り傷であって、クレイの祖父、ライルの場合は、それが打ち身、内出血などであるのだが。
 まさに激闘。
10分以上続いているその闘いは、今、まさに終止符を打とうとしていた。
「まいったな・・・まさか自分が老人と同じ体力とは思わなかったですよ」
「そちらは体力、こちらは回復の仕方の巧みさじゃ。間違えるな」
 軽口を叩く余裕などない。
どんな時でも、自分のペースを崩すことをしないために、このようなコトを言っているだけにすぎないのだ。
「じゃあ、そろそろ終わりにしますか」
 両拳を打ち付けるハートの10。
 ライルは再び、ショートソードを構えた。
「言っておきますが、次は・・・」
「命の保証はないぞ」
 同時に間合いを詰める二人。
ライルが突きだしたショートソード。
 ハートの10がかわす前に引かれたその剣は。
再び、彼の体をめがけて飛ぶ。
「セァッ!」
 ハートの10の拳がショートソードを打ち付ける。
折れる剣、前へ踏み出すハートの10。
「三牙!!」
 再び口から吐かれる気合。
霞むように見える拳が眉間を貫き、地面に突き刺さる折れた剣。
 二撃、三撃と追い打ちをかけるように喉、みぞおちを射る。
止まる二人、膝をつくライル。
 彼らは、同時に倒れた。

「そろそろ、隠し武器が無くなってきたんじゃないか?」
「流石はアンダーソン騎士団長。勝つ手段を二つ、三つと用意されている」
 軽口を叩く『黒』
言葉とは裏腹に、彼は焦りの表情を浮かべない。
 ポーカーフェイスがうまいのだと、アンダーソンは思っている。
 彼の計画では、こう。
戦闘開始からさまざまな隠し武器(投げナイフ、チャクラム、含みバリetc)を使用してきた『黒』
 もちろん、無限に隠せるワケもなくそれが尽きるまで、が一つ。
 持久戦、または無数にばらまいた隠し武器に相手がつまずく、などあらゆる可能性を考えているアンダーソン。
 もちろん、自力で斬り伏せるコトも考えている。
「こちらもこれ以上、あなたにおつきあいしている時間がないので・・・」
 そう言いながら『黒』は懐から複数のナイフを取り出す。
 今までとなんの代わり映えもしないナイフ。
「あまり使いたくなかったのですが・・・これが最後です」
 いいながら、黒はナイフを投げる。
「甘いわ!!」
 それを楽にかわすと同時に、別方向から飛んでくるナイフ。
投げたら移動し、また投げる。
 これの繰り返しである。
「これが最後の一本」
 投げたナイフは、彼には届かず、彼の足下に刺さった。
「どうした? もう終わりか?」
「えぇ、私の勝ちですよ」
「なにを・・・」
 歩きだそうとしたアンダーソンの足が止まる。
いや、何かに引っかかったために動けない、というふうに見える。
 実際、そうなのだ。
「ナイフの尻に糸をつけているんです。
それをあらゆる方向から投げて、あなたを中心にまとわりつくようにすれば、あなたは逃げられなくなる。
もちろん、剣で斬れないような特注品です」
 最後の一言は、それをやっているアンダーソンへの言葉。
 『黒』は天井を仰ぎ、大きく溜息をついて、呟いた。
「任務完了」


<六十>─アンダーソン邸襲撃事件・18『三幹部』─

「殺せ」
 刀を納めた総司に言ったアクスの言葉がこれ。
「イヤですよ」
 大きく溜息をついた総司が、アクスに言った言葉がこれ。
今すぐにでもここから立ち去って、他の敵をくい止めたい気分だろうが、それでも総司はこの場から立ち去らない。
 このままアクスを放っておけないからだ。
「少し前の私なら迷わずそうしたでしょうが。
すみません。今はそうすることができないんですよ」
 頭を下げてどうなる問題ではない。
それでも、彼の性格上、そうせざるおえない。
「なんでだよ」
 少しためらったあと、総司は口を開いた。
「約束ですから」
 その目はアクスに言っているようで言っていない。
 約束をした彼女にそれを言っているようだ。
「なんだよ、それは」
「約束は約束ですよ」
 ひねくれてやがる。
 アクスはそう思った。
 だから、他の言葉を使った。
「これは勝負で、一度きりだと言ったのはおまえだろうが」
 たしかに言った。
 少し考えた後、総司は口を開く。
「試合と殺し合いと勝負の違い、わかりますか?」
「なんだそれは」
 さっぱりわからんという風のアクス。
 少し笑った後に、総司は口を開いた。
「試合は文字通り試し合い。制限や規則に縛られたものです。
殺し合いはそのままです。制限や規則もあったものじゃない。なんでもアリの闘いです。
そして勝負。制限や規則はありませんし、勝敗がはっきりします。
けれど、それは心の中での勝敗です。もちろん結果が死亡という事もありますし、相打ちという事もあります。
けれど、お互い死なないという結果もあるんです。
あなたが私を殺したかもしれない。
けれど、私はあなたを殺すことをしなかった。
これが勝負の結果ですよ」
「てめぇの勝手なこだわりだな」
「かもしれませんね」
 お互い笑っている。
総司はもう大丈夫だろう、と確信した。
「殺し合いはやりたくありませんから。
今度やるときは、試合をやりましょう」
 振り向いて、立ち去ろうとする総司。
「待て」
 そんな総司を引き留めるアクス。
「これからおまえはオレら組織と戦うことになるだろうな。
オレを負かしたおまえだからな。他のヤツにも負けられたくはない。だから、これだけは言っておく」
「なんですか?」
「ソードとA、それからQの三人には気をつけろ」
 聞き慣れない言葉。
 最近では少しずつ慣れてきている総司だが、やはりなじめない。
「はぁ・・・」
「戦って一番怖いのはソードだ。戦って勝てないのはA。
それからQだがなぁ。あいつとは絶対に戦わないようにしろ」
「どういう意味ですか?」
「殺さないつもりであいつに挑むのなら、あいつには絶対に勝てない」
 意味不明な言葉。
 しかし、総司はなんとなくその意味を掴めたように思えた。
「ご忠告、ありがとうございます」
 頭を下げて、走り去った総司。
 彼の忠告を聞いて、なにかイヤな予感がしたからだ。
「ったく・・・」
 斧を地面に突き立てて、アクスは呟いた。
「完敗だな」

「さ、て。通してもらおうか」
 トラップがランスに歩み寄る。
「ふざけるな」
 槍を杖に立っているランス。
 かなりの呼吸困難に陥っているようだ。
「なにをそんなにムキになって・・・女だろ?」
「これはK(キング)の意志だ」
 Kと聞いて、それが頭の名前なのだろう。
そう瞬時に判断したトラップ。
「あの人のためなら、命もいらない」
「・・・やめろ、それ以上は」
「そうだぜランス。これ以上はやめとけって」
 不意に後ろから声。
 まったく気配を感じなかったトラップは、すぐに振り向いた。
目に見えたのは金髪、長身、白いコートを来た男。
 ところどころに返り血が見え、前をあけたコートから、柄が見えている。
「ソード、どうしてここに・・・」
「助けに来たに決まってるだろうが」
 無防備にトラップの横を通るソード。
 そのまま、トラップに背を向けてランスと話し始めた。
─・・・ノル!!─
 次の瞬間、トラップは再び振り向いた。
 そこに見えたのは、累々と倒れている騎士団。
そして、その中に立っている一人の男。
 金髪の男とは対照的な黒のコート、黒の髪。
外見で唯一いっしょなのは、長身であるところ。
「ノル!!」
 叫んだトラップが見たのは、倒れているノル。
過去のある記憶がよみがえり、走り出すトラップ。
 首筋に手をあてて、ホッと溜息をつく。
脈はあるし、呼吸も正常だった。
「てめぇ・・・」
 黒いコートの男をにらみつけるトラップ。
「んだよ、A。もう来てたのか?」
 白いコートの男が、軽口を叩く。
「おまえが道を掃除していたからな」
 軽く手をならすA。
「さて、形勢逆転、だな」
 Aの後ろに立っていたのは、騎士団に捕らわれた男たち。
 全ての人間が無事なわけではないが、それでも戦える者が何人もいる。
「さすがに、この人数はきつい、かな?」
 冷や汗が背筋を流れる。
 しかし、彼の心の中に絶望はない。

「どうしたのかしら、シーモア」
 剣を握ったまま、クレイは後ずさる。
体中に冷や汗が流れ、寒気が走る。
 それでも喉がカラカラで、無理矢理しめらせる。
「このまま追い込めば、あなたの勝ちよ」
 あきらかに折れているQの左肩。
それでも、Qは平然としてクレイに近寄る。
「どうして・・・」
 鞘に納めたまま剣を殴るとはいえ、頭では死ぬかもしれない。
だから、わざと肩を狙って剣を振り下ろした。
 だが、それをまったく感じさせないQ。
「普通の人ならうずくまるところね。けれどね、私は痛みを感じないのよ」
 鞭をふるうQ。
元々、右手一本で操っていたモノだから、支障はない。
 けれども、振るたびに痛みを感じるはずだ。
「クソッ!!」
 本棚の影に隠れるクレイ。
まわりこみながら、シロがいた位置まで走る。
 そこでシロを拾った後、彼はさらに走った。
「ちょっとおとぎ話を話しましょうか」
 よく通るQの声。
逃げながらクレイは、それに耳を傾けた。
「むかしむかし、ある国に王女様がいました。
いろんな事に恵まれて、国民からうらやまれる存在だった幼い王女様。
そんな彼女は、塔の最上階から見える町に憧れて。
年に一回、王族や貴族のパーティーがある時に、仕えていた召使いに頼み込んで城を抜けだし、町に出たわ。
初めて見る外の世界に夢中になった王女様は、何度も脱走を繰り返したわ。
そんな事を繰り返しているものだから、お目付役の騎士をつけられたの。
それがはじまり」
 近づいてくる足音。
クレイは震える足を拳で打ちつけた。


 2000年8月10日(木)22時05分〜10月21日(土)22時39分投稿の誠さんの長編小説「うたかたの風」(6)です。

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