Wish's (1)

─はじまりは夜明けに─

    ─あなたの願いは─
          ─何ですか─
             ─叶えられない─
                 ─ものですか─

 星が空を支配し、月が見守る深夜。
静かな街の一角が、戦場と化していた。
 闇を染める赤い血。
暗闇を切り刻む鈍い銀色の光。
 静寂を破る叫び声。
それでも、そのまわりはいつもの夜が過ぎていく。
 ハァ・・・
最後に、この溜息を残し、静寂が戻ってくる。
 いつもの夜が流れていった。
猫たちは戯れ、虫たちは歌い、人は静かに眠る夜。
 ただ、何気ない朝だけは訪れなかった。

「おはよぉ〜ございまぁ〜す」
 あくび混じりの声は、二階の窓から響く。
その、いかにもルーズそうな声とは裏腹にその少女の美貌は目を奪うものがあった。
 赤い巻き毛に紫水晶の瞳。
いかにも上品な寝間着を着込み、宿屋の主人に挨拶する少女。
「あぁ、おはよう、アニエス」
 アニエスと呼ばれた少女は、精一杯の笑顔を浮かべた後、窓に首を引っ込めた。
そのまま、すぐに普段着に着替える。
「さってと」
 そう言って、部屋を出る少女。
すぐ後に、階段を転げ落ちる音が宿屋に響いた。

「いったぁ〜い」
「なにやってるの?アニエス」
 階段をちょうど降りたところ。
金髪の少年が、少女を見下ろしていた。
 さきほどまで、あくびをしていたのだろう、目には涙が溜まっている。
「あぁ、デュアン、おはよう」
 デュアンと言われた少年は、それ以上はなにも聞かず、宿屋の食堂に向かった。
アニエスは、そんな彼を追わず、宿屋の外に出る。
 今日は晴天。
ちょうど、彼女のような明るい天気だった。
「おはよう、クノック」
 馬小屋にいたクノックと言われた雪豹。
彼(いや、深くは言うまいが、今後はそう呼ぼう))は、軽く首を傾げると、大あくびをかき、また眠ってしまった。
「まったく、せっかく人がこんな朝早くに来てるのに」
彼女は軽くそう言うと、そこから見える大通りに目を向けた。
「あれっ!!?」
 半ば嬉しそうな声で、そこをじっと見つめる。
人だかりができていて、そこの中央でなにかが起こってるらしい。
「行ってみよっと♪」
楽しそうにそう言うと、そのまま、そこに駆け出した。

「どいてくださぁい」
 ちょうど、大きな木がある下の所。
見ていた人の大半が、悲鳴を上げ、どこかに走っていく。
「お嬢ちゃん、見ない方がいいよ・・・」
 途中、中年の警備員に止められる。
だが、一度進み出した彼女はとまらない。
 どんどん、その中央に進んでいく。
「あの、いったい、どう・・・」
 それを見て絶句した。
何人かの騎士の人たちが、それのまわりで、ある人は口を塞ぎ、ある人は目に手を当てながら、それを始末する。
 それ、とは。
死体の山。
 四名ぐらいの冒険者らしい格好の若者が、無惨に切り刻まれていた。
そのどれもが、血まみれで、肌の色すら見分けがつかないくらいであった。
 悲惨な戦場の一部、といったかんじだった。
「キヤァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
 もの凄い大絶叫が、その場で木霊する。
と、それと同時に!!
 バキッ・・・ベキッ・・・ガサガサッ・・・ズサッ・・・・・・ドサッ。
「いってぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!」
別の絶叫が響いた。


─あなたの名前は?─

         ─あなたの願い─
           ─それは、なに?─
              

 あまりにも突然の出来事であった。
いや、アニエスの悲鳴という前ぶりがあったとしても、これには意表をつくものがあった。
 死体が転がっていたのはちょうど木の下。
その、ちょうど横に人が落ちてきたのだから。
 いや、人じゃない。
黒い肌、黒い髪、そして、髪から飛び出た耳。
 黒いローブを、全身に羽織っている。
これって、誰が見たって・・・・・・。
 ダークエルフでしょ。
「うわぁぁぁっ!!!」
野次馬の一人であったおじさんが、悲鳴をあげた。
「やっばっ!!」
 即座に、騎士に囲まれる。
軽装とはいえ、相手は立派なプロだ。
「しょーがない・・・」
 かるく呟き、大きくジャンプ。
木の枝につかまると、その枝に乗り、騎士の頭の上を跳ぶ。
 そして、着地した場所。
アニエスの真ん前。
「悪いけど、人質になって」
「えっ!?」
そう言って、あっという間に抱えられた。
「ちょっと、なっ・・・」
「黙って」
耳元で、呟くダークエルフ。
「無駄な抵抗はよせ!!」
「抵抗はしない、ただ、逃げるだけだから」
ただ、それだけ言うと、アニエス片手にその場を去っていった。

「オルバ、あれって・・・」
「あぁ、た・し・か・に、姫さんだったよな」
 アニエスが、第一の悲鳴を聞いたとき、すでに、その現場が見えるところまで来ていたのだ。
なんせ、食堂の窓から、そこが見えるのだから。
 つまり、ことの一部始終を見ていたというわけだ。
「どーしよう、オルバ!!!」
「どーするも、こーするも、仮にも一国の王女だからな、放っておくわけにもいかんだろ」
フォーク片手に、オルバがボソッと呟く。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!!早く追わないと!!!!」
「追って、どうする?今からじゃあ、とうてい遅いし、どうせ騎士に捕まるんだ。ほっとけば、すぐに戻ってくる」
「それは、そうかもしれないけど・・・・・・」
それでも、不安は消えない。
「だいたい、プロのやってることに、素人が手出ししても、足引っ張るだけだろ。それより、メシだ、メシ」
 半ば無理矢理デュアンを納得させるオルバ。
だが、彼自身、不安を感じずにはいられなかったのだ。

「ちょっとぉ、どうしようっていうの!!?」
「どうもしねぇよ。ここ抜け出したら、ちゃんと離してやる」
 ある、廃屋の一室。
そこで、アニエスと男は、一息ついているのであった。
「ところで、なんで逃げたの?あんた」
「ダークエルフは全員、いいヤツだろうが悪いヤツだろうが、お尋ね者同然なんだよ」
アニエスにしても、それくらいはわかっている。
「木の上に寝たのが失敗だった。まさか、あんな悲鳴がいきなりおきるなんて・・・」
 その悲鳴を起こした当人は、顔を真っ赤にする。
どうやら、彼女の悲鳴とは、まだ、気付いていないようだ。
「それより、あの死体、あんた、なんか関わってるの!?」
「死体!?」
「とぼけないで。あんたが落ちたとき、横に転がってたでしょ!!」
すると、みるみるうちに、顔色が変化していく(いや、黒のため、大きな変化はみられないが)。
「本当に?」
「本当よ!」
すると、がくりと膝を付く男。
「まさか、殺人の容疑までかかったんじゃないだろうな」
「やったの?」
「まさか」
軽く言い放つ男。
「本当にやったんだったら、自分が殺したヤツの上で、寝ようなんざ思いはしない」
 それもそうだろうな、とアニエスは納得した。
どう考えても、殺人者はその現場から離れようと思うはずだから。
「とんだ濡れ衣だ。こりゃあ、お嬢さんには、地獄まで付いていってもらわなくっちゃあ、いけないか」
「えっ!!?」
「冗談だよ、お嬢さん」
思わずホッとし、思わずムッとなるアニエス。
「お嬢さんとか呼ばないでください。ちゃんと、名前、ありますから」
「なんての?」
「アニエス・・・」
 そこまで言って、アニエスは気付く。
─なんで、自分を人質にとった男に、自己紹介してるの─
「アニエス。どっかの王女の名前と一緒だな」
─それは自分のこと─
心の中で、そう思いながらも、別の言葉をぶつける。
「あなたの名前は?」
 冷静に、落ち着きを取り戻しながら言ったため、思わず綺麗な言葉になってしまった。
そのことに、なにか気味悪さを感じながらも、男はこたえる。
「セイン・アランだ。よろしく」


─そしてはじまる─

        ─打ち明けてくれない願い─
            ─あなたは孤独に生きて─

「まったく、大変なことになったな・・・」
「やっぱり、あの時追っておくべきだったね」
 後悔しても後の祭りだ、そんなこと、この二人にはわかっている。
けど、やはりグチらなければ気が済まないのだ。
 あの後、朝食を終え、騎士の方々に「アニエスは?」と聞いたところ「誰ですか?それは」と返された。
事情を説明すると、返答はこう「すみません、どこに逃亡したか、見当もつかなくて」だ、そうだ。
 オルバの罵声が騎士駐屯所に響いた後、二人と二匹で探しに出た、というわけだ。
「考えても見ろよ。仮にも一国の王女だぜ?それを、なくしたなんて言ってみろ」
「首が飛びそうだね」
 冗談でないことを冗談気味に返すデュアン。
そんな彼らの不安をよそに、そのころ、アニエスは・・・・・・。

「幸せな寝顔だこと」
 それが、ダークエルフ、セインの感想だった。
あの後も、かなり警戒していたアニエスだったが、そのうち、眠くなってきたのだろう、ウトウトし始めた。
 「眠いのか?」と聞けば「全然!!」と強情をはるこの少女。
─まるで子供だな─
 事実、子供なのだが、少し大人びたものだとセインは思っていた。
そのうち、体を寝せたかと思うと、スースー寝息を立て始めたのだ。
 自分が、人質であることをすっかり忘れているが如く。
しかし、セイン自身もアニエスが人質であることを忘れているのだが。
「さて・・・」
 壁の隙間から、まわりの状況を見てみる。
何度もこの廃屋には騎士が来たが、どうやら隠れ通せたらしい。
 事実、もうこの廃屋のまわりには、兵士の姿が見えない。
「んじゃ、と」
 不意に立ち上がり、アニエスを起こすことなく、入り口に立つ。
このまま、逃げる気だ、が、しばらく思案にふけた。
─・・・しゃーないなぁ─
懐から、メモ帳と鉛筆を取り出し、それに、何事かを書くと、そのページを破り、アニエスの横に置く。
「次は、フィアナにでも行くか・・・」
軽く呟き、ダークエルフは闇の中に消えていった。

「ん・・・」
 どのくらい時間が経ったのだろう。
いや、ここはどこだっけ?なんで、こんな硬いところに眠って・・・。
 上体だけ起こし、まわりを見渡す。
ぜんぜん見覚えのない、いや、微かに覚えている風景。
 ただ、なにかが足りない。
「えっと・・・」
 今日の自分を思い出す。
起きて・・・挨拶・・・階段から落ちて・・・デュアンと会って・・・クノック・・・人だかり・・・死体・・・叫んで・・・落ちてきて・・・黒い、人!!?
「あぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 もし、まわりに人がいたら、このいきなり変化に驚いただろう。
全て思い出したのだ。
「えっ、ちょっ、ちょっと・・・」
 そこで、足りない物に気付いた。
あのダークエルフがいないのである。
 捕まった、のなら、自分を放っておくわけはない。
逃げた・・・・・・。
 五分ほどの思案の末、その結果に辿り着いた。
「そっか・・・」
 ホッとしたような、残念だったような、複雑な心境。
ただ、残念だったという感情を押し殺すアニエス。
─なんで残念なのよ─
 ふと、手になにかが触れた。
見ると、それは、メモ帳ほどの大きさの紙。
「なんだろう」
 ただ、暗くて見えない。
窓から、かすかに月明かりがあって、そこまで移動するアニエス。
─そっか、もう夜なんだ─
 初めてその事実に気が付く、が、焦りはしない。
ただ、その紙を読みたい、その一心だった。
『眠っていたから、いちおう手紙だけ。
     人質になってくれてありがとな
                      セイン・アラン』

「礼儀ってやつ、知らないんだねぇ」
 そう言うと、アニエスは気付く。
仲間たちが、自分のことを心配してるだろう、ということを。

            そしてはじまる
           不思議なストーリー


─フィアナへ─

「えっ!?」
「なんだって?」
 デュアンとオルバ、二人とも、耳を疑った。
突然と言えば、突然の話だし、その上、二人には考えられない話だ。
「うん、だからね、一回、お父様とお母様に、あなたたちを紹介しようと思って」
「で、フィアナに行こう、ってか?」
「うん」
 呆然としている。
仮にも、一国の王であるアニエスの父だ。
「アニエス、それは、ちょっと・・・」
 遠慮したくもなるものだ。
モンスターを倒した、人民を救った、そういう理由で王様と会うのなら、まだ、いいだろう。
 しかし、ただ、自己紹介のためだけに、行くのだ。
気がひけるというモノである。
「いいじゃない、別に。遠慮しないで」
「あのなぁ、遠慮したくもなるって」
さすがのオルバも遠慮気味である。
「そっか〜・・・」
 三十分ばかりの話の結果、いかない、ということになったのだった。
ホッとするデュアンとオルバ。
 しかし、この後、どうしてもいかなければならないことになるとは、この時、誰も知る由もなかった。

「号外!!号外!!!」
 街の中央で、威勢のいい声が聞こえてくる。
そこでは、数人の男子が、号外の新聞をばらまいていた。
「なんだろ・・・」
何気なく拾ってみるデュアン。
「おい、なに書いてあるんだ?」
 ちなみに、この場にアニエスはいない。
買い物の途中で、アニエスだけは、別行動をとっているからだ。
「えっと・・・」

『昨日、フィアナ国の大臣数名に、あの『黒の死神』からの暗殺予告状が届いたのが、フィアナ国外交官の口から発表された。この件に関し、フィアナ騎士団は、全力で警護に当たるとのこと。なお・・・・・・』

「おい、こりゃあ・・・」
「うん、たぶん・・・」

 数日後、デュアン一行は、フィアナへと旅立った。


─彼女の願いは─

「お父様、ただいま帰りました」
「うむ、久しぶりだな」
 宮廷の玉座の間。
そこに、デュアン一同は、神妙に控えていた。
 さすがに、この時ばかりは、アニエスも敬語を使っている。
他の二人はというと、ただただ、固まっていた。
 常人の反応である。
「で、そこの二人が、アニエスと共に旅をしている者か」
「はい、わたくしは、オルバ・オクトーバともうします」
 何度か傭兵経験をつみ、貴族の前にも出たことのあるオルバは、なんとかそう答えられた。
かわって、デュアン。
「えっ、ぼっ、ボクは、デュアン、デュアン・サークです」
「そのように固くならなくてもよい」
その一言が、よりデュアンを固まらせた。
「それと、お父様。今回の帰国は、それだけではないのですが・・・」
 それだけ言えば、すぐにわかる。
例の、『黒の死神』の件だろう。
「まぁ、大丈夫だろう。こちらも万全の警備はしておるから」
「でも・・・」
「アニエス、大丈夫だ。心配ない」
そう念を押されると、黙るしかないアニエスだった。

「なんか、大変みたいだね」
男二人に用意された客室に荷物をおいたデュアンが言う。
「たいへん、どころの騒ぎじゃねぇよ」
ベットに腰掛けながら、オルバは言う。
「黒の死神と言えば、そっちの世界じゃ最高の名前だ。なんせ、失敗したのは一回だけだからな」
「へっ!?」
 少し拍子抜けたデュアン。
最高の名だ、のところで、おそらく失敗はなかったのだろう、と思ったからだ。
「その時、捕まらなかったの?」
「捕まらなかったから今存在するんだ」
 そりゃごもっともだ。
しかし、それでも腑に落ちない。
「でも、失敗して、それで最高の名だなんて・・・」
「まっ、その辺は複雑だな。どっかの暗殺組織に組みするワケでもなく、孤独一匹狼で生きてきて、それでいて、だからな〜」
「それにしてもオルバ、詳しいんだね」
「金のなる木のことはな」
不愛想にこたえるオルバであった。

「ふぅ・・・」
 ようやく一人になったアニエス。
あの後、母に自分の元気な姿を見せ、その後場内を廻っていったのだ。
 そして、今、自分の部屋にいる。
「なぁ〜んだか、ねぇ・・・」
 わけもわからず呟く。
そして、鞄の中から、一枚の紙切れを取り出す。
 あの、ダークエルフ、セイン・アランの書いた手紙だ。
「ホント、礼儀知らずだなぁ」
 いったい、何回この台詞を呟いてきただろう。
あのダークエルフと別れれてからずっとだ。
「また、会えるかな」
それが彼女の願いだった。


─暗殺日、当日─

      ─わたしのコトなんか─
          ─見向きもしない─

「冗談じゃねぇぞ!!!」
 オルバが叫ぶ。
王城の中とはいっても、この部屋にはデュアン、アニエス、オルバ、そしてチェックしかいないのだ。
 三人はテーブルで向かい合い、一匹はその上のお菓子を食べている。
「オルバ、声、声」
下げて下げて、という手振りをして、オルバを落ち着かせる。
「お願い!!ねっ?」
 アニエスは必死の思いで両手を合わせ、片目をつぶっている。
この二人によって、少しは平静さを取り戻すオルバ。
「でも、なぁ・・・」
「ボクだって、無理だと思うよ。でも・・・」
 その先は言わない。
言わなくても、オルバはわかっているのだ。
─国王直々の頼み─
 という名目なのだから。
オルバも、必死に反対はしていても、やはり折れるしかなかった。
「で、どういう役割なんだ?」
「ん、とね。まっ、後方支援、ってやつ」
「まっ、正規の騎士を押しのけたら、さすがにいけねぇだろかな」
前線に立つ、というのではないので、安心している。
「で、アニエスは?」
「お父様に必死に頼んだけど、ダメだった」
「けッ、あんたは悠々とお留守番か」
「そ〜んなつもりはないわよ。でね、デュアン。チェックをかして欲しいのよ」
「ぎぃ〜っす?」
チェックがはじめて口を開いた。

「おぉぉ、機敏に動いてる」
「オルバ、働いてよ・・・」
 オルバは悠々と壁に背中を預け、デュアンは一抱えもある武器の山を抱えている。
この日が、予告当日で、デュアンは武器を運んでいるのだが、オルバはいっこうに働こうとしない。
「んな、焦るなって。どうせ、見習い騎士たちがやってくれる仕事だ」
「そんなコト言って、もう・・・」
 溜息をつきながら、またどこかに歩いていくデュアン。
オルバは、ただその場で、考えにふけっていた。
─来るとすれば、夜。たぶん、準備が終わって、全員が配置につくとき─
 そう予想している。
暗殺が行われやすいのは、暗闇に紛れて、それと、類似したなにかに化けて、だ。
 一つの条件はすでに満たしている。
そして、二つ目。
 類似した何か=騎士たちだ。
おそらく、その中に紛れて、くる。
 そう、思いながらさっきから廊下を通る騎士たちを観察している。
─身分が上の騎士は、顔を見知られているから、すぐばれる。化けるとすれば、見習い騎士、それも、新入りという形で─
 該当するような人間は何人も見つけた。
後は、『最後の条件』に当てはまる人間を探すだけだ。

「チェック、頑張って」
 窓越しのチェックにエールを送るアニエス。
今、アニエスは一つの部屋に閉じこめられている。
 国王、すなわち、彼女の父に、だ。
今回の作戦に、アニエスはかなり参加をの意志を表明していたのだ。
 それを断固反対し、その作戦当日、この部屋に軟禁したのである。
ドアは外から鍵がかかっており、窓には鉄格子、ではなく、外から鍵がかかる(ハシゴを使ってかけたらしい)窓である。
 二階ということもあり、油断したのだろう。
それが、そもそもの過ちだった。
 チェックが、外から鍵をかける。
アニエスは、ありったけの布をかき集め、ロープをつくったのだ。
「よし、ありがと、チェック」
「ぎぃ〜っす」
 かなりお疲れのようで、クタっとベットに寝入ってしまった。
起こすのも申し訳ないので、アニエスは、一人、部屋を後にした。

「たいちょ〜、重いです〜」
「弱音を吐くな!!新入り!!!」
「だってぇ〜」
「やれやれ、剣術はできるのに、なぜ腕力がない」
「しかたないですよ〜」
 さきほどから、荷物の前で四苦八苦している騎士たち。
ご苦労なことだ・・・。
「さってと〜」
 だいたいの見取り図はわかった。
あとは、ここから脱出するだけなのだが・・・。
 要所要所に、騎士がいて、そこから出ようとすると、ひきとめられる。
トイレは、すぐ近くにあるし、ヘタないいわけも通じそうにない。
 このまま、予告の時間と同時に、切り込むか・・・。
「おい!!」
 不意に背後から声をかけられた。
黒髪の、長身の男から声をかけられたのだ。


─駆け引き─

       ─そんなあなたの後ろ姿を─
          ─私はずっとずっと、見ていた─

「おい!!」
 ついに『最後の条件』に見合う人間がいた。
オレの言う『最後の条件』それは、必ず一人で行動していること。
 普通の見習い騎士なら、先輩の騎士につきそって、どこをどう、こういう時はこう、というのを、見ていかなければならない。
だが、忍び込んだアサシンなら話は別だ。
 一人で行動しなければ、いざという時、迅速に行動できなくなる。
前の条件、そして、この条件に合う人間は、そういない。
「なんでしょうか?」
「おまえ、何やってる?」
 単刀直入のようだが、これが一番効果的な言葉だ。
ここでうろたえれば、いっきにたたみかけ、素直になにか応えても、その事実関係を他の騎士に聞けばいい。
「いえ、これから部隊長の所に、命令を聞きに行くところです」
─うまくかわしやがった─
 心の中で舌打ちする。
これでは、手の出しようがない。
「あの、それで・・・」
「いや、な。ちょっと・・・」
 曖昧に言葉をにごす。
と、その時。
「オルバ!!!」
デュアンがやってきた。
「あぁ、デュアンか・・・」
「あぁ、じゃないよ!!オルバも働いてって」
「わかったわかった。少し黙れって」
そこで、騎士見習いの方をむく。
「あぁ、すまねぇが・・・・・・」
 ここで、思わず絶句した。
さっきまでいた男が、いない。
「デュアン、オレの前に立っていた男は!?」
「えっ?誰かいた?」
 まずいっ!!
オレの中で、警報ランプが最大に鳴り響いた。
「デュアン、ついてこい!!!」
 おそらく、デュアンの方には行っていない。
オレは、逆の方向へと走り始めた。

「ふぅ・・・」
 あぶなかった。
さっきの、ファイター風の男。
─我ながら、芝居がうまいと思う─
 あの一瞬、取れかけた仮面を、すぐにかぶり直した一瞬。
あのファイター、あらゆる経験をかなり積んでるらしいな。
「おい、予告時刻まで、あと五分だぞ!!!!」
 どこからか、そんな声が聞こえてきた。
─もう、そんな時間か─
 頭の中にたたき込んである地図を、もう一度見直す。
騎士の配置、部屋の位置関係、そして、ターゲットの位置。
 どこがダミーで、どこが本物か。
そのすべてを、たたき起こす。
─あそこだ、な─
 侵入するルート、戦闘方法、そして、退却のルート。
万が一に備えての秘策、その全てを、頭の中で何度も繰り返す。
─これで、いいハズだ─
 確信があった。
これで、大丈夫のハズだ。
「おい、てめぇ!!!」
 振り返る。
さきほどの男が、こちらにかけてきた。
 後ろからは、ひ弱そうな美男子も。
「お疲れさま」
 その時、仮面を外した。
暗殺者『黒の死神』の顔が、そこに、あるはずだ。
「てめぇ!!!」
「無駄な殺生は、省きたいんですよ」
 まさか、作戦を実行する前に、来るとは思わなかった。
─作戦、変更ですね─
 右の壁に手をつく。
そして、放つ。
 『気』を。
「グッバイ」
後は、粉々に砕け散った壁しか見えなかった。


─中庭─

      ─手を伸ばそうとしても─
         ─あなたは走っていってしまう─

 壁が抜けた先。
そこは、広く開けた中庭。
 ここが、円状になっていて、あらゆる所に繋がっている。
もちろん、騎士はいるが。
「侵入者だ!!!全隊、守備配置につけ!!!!」
 リーダー格らしい男が叫ぶ。
それと同時に、自分を囲んでくる騎士たち。
「命を、粗末にしたいらしいな」
 そこで、変装をとく。
それを見て、唖然とする騎士たち。
「だっ・・・ダークエルフ!!!」
 それを見て、何人か逃げ出す人間たち。
─そう、命を粗末にするんじゃねぇよ─
「おのれぇっ!!!!」
そのうちの一人が、襲ってくる。
「えぇい、静まれ!!!」
 おもいきり叫ぶ。
すると、いっぺんに静まる中庭。
「我は、今宵、この国の賊を討ちに来た。汝ら、祖国を思うなれば、我に道を譲れ!!!」
「なにを、たかが暗殺者が!!!」
指揮官らしい男が、突っ込んできた。
「命知らずが・・・」
 その一瞬、なにがおこったか正確にわかるものはいないだろう。
ただ、指揮官が横にたおれ、池に落ちたという事実以外は。
「ちっ・・・」
そのまま、中庭を横断する。
「待ちやがれ!!!」
 後ろから、声が聞こえた。
そこに、さっきの男が、立っている。
「汝、我を止めるか」
「あたりまえだ。ほら、おまえら。ボーっとしてねぇで、囲め!!!」
 その声を聞き、慌てて囲み始める騎士たち。
─へぇ、こいつ・・・─
指揮官がいなければ、ただ混乱するだけの騎士を、まとめ上げた。
─多少強引だが、否応なしに、人を動かす、か─
「さて、囲まれたな。どうする?」
「道をつくればよい」
そう言って、懐から、あるものを出す。
「どうするつもりだ?」
「かくれんぼ、ですよ」
そう言って、煙球をばらまいた。

「ケホッ・・・コホッ・・・」
 たぶん、五分ほどたっただろう。
ようやく、煙がはれてきた。
「あいつがいない!!!」
 誰が叫んだのだろう?
それが波紋を呼び、一斉に室内へと、騎士たちはかけだす。
「野郎!!!」
 オルバも、追いかけようとした、が。
その手を、デュアンがつかむ。
「デュアン?」
「オルバ、そこに、隠れてて」
そう言って、木の陰に押しやる。
「おっ、おい」
「いいから」
 いつになく強引なデュアンに、ただただ従うオルバ。
そのうち、騎士たちが全員、その場からいなくなった。
「へぇ、よくわかったね」
 声と共に、池の中から男が出てきた。
手に、さきほど落とした指揮官もいる。
「だって、このままだったら、誰もいなくなるでしょ?『黒の死神』がいるのに」
 笑顔でこたえるデュアン。
─ここでうろたえたら、全部台無しだ─
「で、仲間は呼ばないのかい?坊や」
さっきとは違って、少し子供っぽい口調。
「呼んだら、どうするんです?」
「困る」
正直な感想である。
「でも、坊や一人で、どうにかなるの?」
「一人じゃ、ありませんから」
後ろで、草を踏む音が聞こえる。
「たしかに、この人がいたら、ねぇ」 
するどい目つきで、後ろを睨む。
「ここは、通しはしない」
「通らせて、とも言ってないけどね」
「で、どうする?」
「逃げるんですよ」
そう言うと、デュアンの方向に駆け出す。
「デュアン、そいつを止めろ!!!」
「やってみる」
 ショートソードを抜き、彼を迎え撃とうとする。
が、次の瞬間!!!」
「邪魔だよ、坊や」
 そのまま、デュアンの横を走り去っていく。
彼の、ショートソードを奪って。
「ちっ、いくぞ!!!」
「わかった」
 そして、デュアンは気付く。
自分の手が、血に濡れていることを。


─一つの結果─

       ─私の願いの事なんか─
          ─なんにも知らないくせに─

「まいった、な」
 右手から流れる血。
それを、おさえながら走っていく。
 あの瞬間。
素手の状態で、敵の武器を奪う─いわゆる無刀取りを実行したのだが。
「いい、太刀筋だった」
 おもったより、あの坊やの剣の振りが速かったのだ。
半分取り損ね、右手を傷つける始末。
─さて、どうする?
 先程から、いったい何人の騎士に囲まれただろうか?
だが、そのたびに、なんとか脱出した。
 ターゲットのいる部屋まで、あと十メートルと近づいた。
─けど
 相手は、もう、防御態勢をはっている。
たいがいは、奇襲で事済ませるのだが、今回はあの二人のせいで、うまくいかない。
「こっちだ!!来たぞ!!」
 前方から、騎士が来た。
後ろからも、足音が聞こえてくる。
「しかたない・・・」
窓を突き破り、外に出る。
「外に逃げたぞ!!!」
 そういう声が聞こえた。
─ご苦労さん
 驚いた騎士の顔が、目の前に飛び込んできた。
窓をつきやぶり、隣の窓から、ターゲットのいる室内に侵入した。
「うらっ!!」
 窓からの侵入に備えていたのだろう。
騎士の二人が、槍を繰り出してきた、が。
「邪魔だ!!!」

「うっ・・・くっ・・・」
 ターゲットの焦った声が聞こえる。
室内にいた騎士全員が、地面に顔をつけている。
「暗殺予告、果たしに来ました」
悠然と呟く『黒の死神』
「まっ、待て。何故儂の命を狙う?」
「ジグレス334年、でしたね」
それを聞いて、びくっと震えるターゲット。
「なっ、なぜそれを?」
「いろいろと、独自のルートがあるんでね」
 剣を構える。
二メートルのロングソードを。
「フィアナ国のためと思って、死んで下さい」
「待った!!!」
 入り口の方から、声が聞こえる。
さっきの、黒髪の男の声だ。
「遅かった、ですね」
剣を振り上げる。
「やっ、やめてくれ!!!」
 怯えるターゲット。
それを止めるべく、走ってくる男二人。
 振り下ろされる剣。
「待ちなさい!!!」
 不意に、窓の方から声が聞こえてきた。
そちらの方に顔を向け・・・剣を止めた。
─ま・さ・か・・・─
 その顔を確認する。
紛れもない、あの時の顔が、そこにあった。
「ちっ!!」
 ショートソードを投げる。
と、同時に、天井の方に『気』を放ち、外に脱出した。
 そして、予告状を投げ捨てる。
「まさか、あの時の娘が・・・」
 フィアナの王女とは・・・。
この語尾は、飲み込んだ。
─多少、計画を変更する、か─
心の中で、そう呟くのだった。

「遅かった、の?」
 呆然とするアニエス。
部屋から脱走した彼女は、外から一部屋一部屋、見回っていったのだ。
 そして、見つけた部屋。
だが、その時には、すでに・・・。
 首に突き立てられたショートソード。
もう、絶命している。
 おそらく、『黒の死神』が投げたモノだろう。
「このショートソード、ボクの・・・」
 デュアンも、呆然としている。
あの時、自分が止めれば、ショートソードを、奪われなければ─
 自分の無力さが呪われる。
「ちくしょう!!!」
 壁に拳をたてるオルバ。
あの時、意地でも引き留めておけば─
 自分のツメの甘さを思い知る。
「これ・・・」
 呆然としたアニエスが、地面に落ちている紙を取る。
─あれっ!?─
 どこかで、見たことのある筆跡。
─気のせいだろう─
 そう、決めつけた。
「アニエス、それは?」
呆然としたデュアンが、問う。
「これ・・・」
それは、新しい暗殺予告だった。


─それぞれの願い─

           ─私の願い─
          ─それはあなた─

「ふぅ・・・」
 双眼鏡で、状況を見直す。
─これはやっかいなコトになりそうだ─
 心の底からそう思った。
まず、要所要所にある落とし穴。
 窓には、おそらく糸を張ってある。
しかも、粘着質のあるやつで、あれに捕まれば、脱出するのに十分以上はかかるだろう。
 さらに、以前より警備が増加している。
─伊達に中立国じゃないな─
 ここフィアナは、隣国から中立の立場をとっている。
そのため、ほぼ全ての兵力を、注げるわけだ。
─それに─
 あの時の少女。
あの少女が、まさか本当にこの国の王女だとは─
「できることなら」
 その先は言わなかった。
言えば、おそらくそれとは逆のことをやってしまいそうだから。
─もう二度と、失敗は許されないのだから─
 あの時の失敗。
それを、もう一度犯すわけにはいかない。
─できることなら─
 その先の言葉。
それが、今の願いだ。

「どうだ?」
「異常なしです」
 警備の兵に、いちいち状況を聞く。
─昼間から、そんなコトしても、意味ないことはわかってるが─
 こうでもしなければ、落ち着かないのである。
あの時の失敗。
 それで、人一人が殺された。
そう、不思議なことに、それ以外の死者はいない。
 あの時、池に落ちた指揮官も、落とした本人の手で助けられている。
そして、その後の調査でわかったこと。
 暗殺された伯爵は、隣国との貿易の欠陥を見抜き、それを修正するどころか、それを利用し、甘い汁を吸っていたのである。
これは、偶然だろうか?
─少なくとも、単なる快楽殺人者じゃない─
 頭が恐ろしいほどきれる。
さらに、かなりの戦闘センス。
─だが、今度はうまくいかせねぇ─
それが、彼の願いだった。

「ハァッ・・・」
 小休止をとる。
あれから五日が経った。
 その間、ずっと、剣の訓練をしている。
騎士の人たちを捕まえては、いろいろと質問する。
─このまえは─
 自分のショートソードが、殺しに使われた。
そのショートソードを取られた自分の無力、止められなかった自分の無力。
 それを考えると、居ても立ってもいられない。
─もっと、強くなる─
 いままで、いろいろな理由はあった。
兄さんに立派な冒険者として、会いたいため、オルバの足手まといになりたくないため。
 少しでも、仲間の力になりたいため。
だけど、今は少し違う気がする。
─人を、守るため─
それが、彼の願いだった。

「嘘よ、ね」
 あのメモ─あの時、自分を人質にとったダークエルフが残した─を見て、愕然とする。
まったく、筆跡が同じなのである。
─もしかして─
 と、いう気持ちが強くなってくる。
けど、考えられないことだ。
 あの時の彼の表情、仕草、言葉、口調、笑顔─
ダークエルフというだけで、警戒した自分が恥ずかしいくらいだった。
─それなのに─
 あの時。
あのアサシンは、自分を見た。
 暗い中の表情。
見えなかったけど、明らかにうろたえていた。
─もし─
 もし、彼があのアサシンだったら。
私は、どうするんだろう?
─うんん─
 その考えを、頭から振り切る。
彼じゃないはずだ、絶対。
 そうあってほしい。
それが、彼女の願いだった。


 1999年11月20日(土)21時35分〜2000年1月7日(金)20時30分投稿の、誠さんの小説「Wish's」(1)です。

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