闇を知る者(131〜140)

(131)〜アシとダッシュ〜

「どうぞ」
 別に、ノックをされたわけでもない。
ただ、ドアの外から気配がしたから、言ったまでだ。
 ちょうど、こちらの準備が終わったところだ。
外を見ると、太陽が丁度、真上にきている。
「いちおう、こっちの準備はできた」
ショウが中に入ってきた。
「ありがとさん」
礼を言い、ベットから立ち上がる。
「それと、一つ聞きたいことがある」
「ん?」
「本当に、いいんだな?」
「後悔するな、と言ったのはおまえだ」
「そうだった、な」
納得したようなショウ。
「ただ、な」
「ん?」
「アシの方は用意できてない」
途端、サードの顔が険しくなる。
「なんで?」
「言っただろ?諜報のヤツらを各地に放ってるんだ。その時に、馬を全部持っていかせたんだ」
「ったく、非常事態ってヤツを、考えないのか?」
「考えてるさ」
 不敵に笑うショウ。
なぜか、背筋に寒気を覚えるサード。
「これ」
「なんだ?」
 一枚のメモを渡される。
そこには、ある魔法詠唱が書いてあった。
「これは?」
「元々は海の上を駆ける魔法だったが、陸上用にオレが改良したんだ」
「へぇ〜」
「外に出ろ」
 二人して外に出る。
そして、ショウがサードに、魔法を言うように促した。
『風よ 疾風となり 我と共に大地を駆け抜けよ ダッシュ』
 何気なく呟いたその魔法。
次の瞬間、画面が一気に変わった。
 かと思うと、木と正面衝突。
「ふむ、やはりコントロールは難しいらしいな」
と、いいながら、懐から出したメモ帳に、なにやら書き込んでいる。
「おい、ショウ、まさか・・・」
「あぁ、一度も実験したことがない」
 立ち上がり、ショウに向かうサード。
そのサードに、ショウが一言。
「サード、鼻血」

「んじゃ、いってくる」
 何度かの練習の後。
サードは、どこかに消えた。


(132)〜計画開始〜

「ねぇ、それ、ホント?」
「あぁ、本当、らしいな」
 レイが頭をかく。
ケルンが頭を抱える。
「そう・・・」
 それだけ言った後、沈黙が続く。
たしかに、さっきレイに言われたことは、とんでもないことである。
「でも、そしたら、ミネルバが・・・」
「だから、ほれ、これ」
 そう言って、メモ用紙をケルンに渡す。
そのメモに、一通り目を通したケルン。
 上げられた顔は、笑顔で満ちあふれていた。
「・・・いいわよ」
「さっすがケルン。物わかりがいい」
レイは手を打ち、立ち上がる。
「あとは、姉貴を騙すだけ、だな」

「どうぞ」
 ノックの音がした。
そろそろ来る頃だと、思っていたところだ。
「あの、ミネルバです」
 と、言いながら入ってくる。
かなり、思い詰めた表情だ。
「待ってて、コーヒーを入れる」
「あっ、いいです。すぐに終わりますから」
 立った時に言われたこの台詞。
自然、立った状態で話が始まる。
「あの、サードのことなんですけど」
「なんだ?」
「あの人、誰か女性の方とおつきあいしてるんですか?」
 そう聞かれて、眉をひそめた。
─告白した後で、言う台詞か?─
 と、思いながらも、真面目に答える。
「いや、いない」
「昔は・・・」
「ずっと一人だ」
 先手をうたれたコトに、ムッとするミネルバ。
だが、その表情もすぐにおさまる。
「それだけですから・・・」
「あぁ、ちょっと待って」
 そのミネルバを呼び止める。
マジマジと顔を見た後、追い返した。
「ふぅ・・・」
 コーヒーをいれ、一息つく。
─あの時の赤ん坊が、あれほど大きくなるなんて─
 それでも、自分は老いない。
─皮肉なものだ─
 このままいけば、先のあの娘が死ぬ。
それでも、オレは生きているだろう。
─時が、これほど重いモノなんて─
この時ほど、実感したことはなかった。

「あぁ、姉貴。おかえり」
レイが、椅子に腰掛けている。
「セルフィーユは?」
「ケルンは出かけてる」
「どこに?」
「散歩、だってさ」
 ではない、と、レイは知っている。
だが、あくまで騙し続けなければならない。
「へぇ・・・」
 別に怪しむ様子はない。
実際、ケルンには散歩の習慣があるから、この役目にあてたんだ。
「それじゃ、私も出かけるか」
「サードのところにか?」
 振り向いた姉の背中が、びくっと震える。
かなり動揺しているようだ。
「行くのは勝手だけど」
 その続きは言わなかった。
姉貴が走って去っていったからだ。

「えっ!?」
 ミネルバが歩いていった道。
その道の遥か前方を、横倒しになった木が防いでいる。
「ちょっと、これ・・・」
「あぁ、ミネルバさんか」
 森の中から出てきた男。
ラーガである。
「これ、なに?」
「いや、修行しててさ。その時に・・・」
「折っちゃったわけだ」
 呆れてモノも言えない様子。
横倒しになっても、太いこの木。
 有に十メートルはある。
「どうしようかな・・・」
「どうしたんですか?」
「うん、サードの所に行こうと思ったけど・・・道が・・・」
「それだったら、遠いけど、回り道ありますよ」
「えっ!?」
「ショウさんの家の脇に、道があるから。そこから、サードさんの家に行けるよ」
「あっ、ありがとうございます」
 と、言うが、なにがありがたいのか。
その回り道に行くのは、道を教えたラーガのせいなのだから。
「いえいえ、大丈夫ですよ」
走って去っていくミネルバ。
「単純というか、純粋というか・・・」
森のおくから、ショウが出てきた。
「世話になったな」
「どういたしまして」
彼、ラーガも『協力者』の一人なのであった。
「準備だ、行くぞ」
「はぁ〜い」
 もう一人、森から出てきた人物。
それは、ケルンであった。

「やっと、ついた」
 出発してから約三十分。
ようやく、ガイゼルン自治領、鉱物学部に到着したサードであった。


(133)〜計画進行中〜

「これで、よし」
 準備が終わり、一息をつく。
サードの小屋、ここに、ある仕掛けを施したのだ。
「終わりましたね」
 隣で、ケルンが座る。
かなり疲れた様子だ。
「あなた、けっこうやるわね。宮廷魔術団の方から、スカウトとか来なかったの?」
「来るわけがない。一応、ここの頭領だからな」
 ぶっきらぼうにこたえる。
女と話すというだけで、なにか居心地が悪いのだ。
「でも、ミネルバ、遅いね」
「そりゃ、遅いはずだ」
 森の中に入る。
見届けなければならないのだ。
「どうして?」
後ろから折ってくるケルン。
「あの道は、な」
意味ありげな苦笑いを浮かべるショウだった。

「なんなのよ、この道・・・」
 何度目かの休憩をする。
ラーガから紹介された、この道。
─そりゃ、遠回りとは聞いてたけど
 いくらなんでも、これは遠すぎる。
道を歩き始めて1時間。
 未だ、サードの山小屋は見つからない。
「これ、辛すぎる・・・」
 体力には自信のある方だ。
だが、この道。
 山道は、普通、登ったり下ったりするものだ。
しかし、この道は登りオンリー。
 それも、けっこう急だったりする。
「あっ・・・」
 と、その時。
山小屋が視界に入った。
「やった」
 こうなると、現金なもので。
走り出すだけの体力がいきなりみなぎってきた。

「あっ、来た来た」
隣ではしゃぐケルン。
「静かにしろ」
 うんざり顔でこたえるショウ。
この男、そうとうの女嫌いなのである。
「あっ、入った」
「よし、帰るぞ」
入ったのを見届ければいいのだ。
「えっ!?最後まで見届けなくちゃ」
「必要はない」
そう言って、勝手に歩き出すショウ。
「あたしは残ってるからね」
「勝手にしろ」
本当に帰るショウ。
「さってと。やっぱり、暴れるのかな?」
 そんなショウのことは、もう忘れているケルン。
彼女は、好奇の目で、小屋を見ている。

 山小屋の中に入り、サードがいるかどうかを、確かめた。
が、どうやらいないらしい。
「やっぱり・・・」
 昨日の答え、ということだろうか?
勝手に解釈して、ドアノブに手をかけるミネルバ。
「あ、れ?」
 ドアノブはまわる。
が、ドアが開かないのだ。
「ちょっと、これって・・・」
 室内にある窓二つも確認する。
が、開かない。
「こうなったら・・・」
 叩き割るしかない、と思った彼女。
室内の椅子を持ち上げ、思いっきり窓に叩き付けた、が。
 椅子の方がハデに壊れたのである。
「うそ・・・」
 窓には傷一つついていない。
その後、あらゆるところから、脱走を心がけるが、全て失敗に終わる。
「なに?どうして?」
呆然とする彼女であった。

「うまくいったみたいね」
 ほくそ笑むケルン。
彼女と、ショウの魔法の成果、である。
 一種のトラップ・マジック。
一度、中にはいると、中からはどうしようが開かない。
 が、外から簡単に開く仕組みだ。
第一級犯罪者の監獄につかわれる魔法らしい。
「さってと。レイのところにでも行ってこよっと」
遊び気分で駆け出すケルンであった。

「うまくいったんすか?」
 部屋にはいると、ラーガとレイがいた。
ここで、結果待ちをしているらしい。
「オレがやったんだ。大丈夫だよ」
余っている椅子に腰掛ける。
「でも、これで失敗したら・・・」
 気弱なラーガ。
どうやら、このあたりには疎いらしい。
「失敗はないだろ」
「でなければ、協力した意味がない」
「ですね」
 静まる男性陣。
と、その時。ドアが開いた。
「あぁ、やっぱりこっちにいたんだ」
 入ってきたのはケルン。
全身で喜びを表すかのような歩き方である。
「で、どうだ?」
「ばっちりよ」
レイの問いに、こたえるケルン。
「これで、あとは」
ラーガが、誰に言うでもなく言う。
「あの二人次第だ」
静かにショウが呟いた。

「ありがとさん」
「いえ、頭領の命令ですので」
研究員の一人が挨拶する。
「じゃ、いくかな」
大きく深呼吸する。
『風よ 疾風となり 我と共に大地を駆け抜けよ ダッシュ』
 消えたサード。
目指すは、彼の山小屋である。


(134)〜星が〜

「どうしよ・・・」
 八方ふさがり、とはまさにこのことだ。
あらゆる手段を使ったが、結局、ここを脱出するには至らなかった。
─いったい、私が何をしたのよ─
 そう叫びたいくらいである。
だが、その叫ぶ気力すら、もう残っていないのだ。
 そこで、原因を考えてみた。
そして、気がついた。
 全員が、グルだということに。
考えてみれば、おかしな話である。
 ラーガが、木を倒したこと。
修行をして、どうして木が倒れるのか。
 それと、なんで、回り道を知っているのか。
たった一ヶ月、この自治領の全ての道を、知っているわけがない。
 それに、レイの態度。
ケルンの行動。
 全ては、今日から始まったことだ。
─謀られた!!!─
 と、思った時。
次に浮かんだ疑問。
─誰が、なんのために?─
 ただのいたずらにしては、度が過ぎる。
誰かが、何かの目的のために、自分をここに閉じこめた。
 閉じこめた方法は、おそらく魔法。
けど、ケルンが出来るコトではない。
 と、すれば・・・。
─たぶん、あの人─
 ショウ・カートゥコメイ。
魔法を使える、とは聞いていない。
 けど、サードの関係者。
ただ者なはずがないのだ。
─けど、動機は?─
 それだけは、わからなかった。
けど、それが、1時間後にわかるのであった。

 コンコン
ノックの音がした。
「えっ、はっ、はい」
 思わずうろたえる。
─サードの関係者かな?─
と、思ったが、違った。
「入るぞ」
サード本人である。
「えっ!?あっ・・・」
本人の返事もまたず、入ってくるサード。
「待たせたな」
 待たせた、って。
─それじゃあ、これを計画したのは─
 そういう予想が、頭の中にうかんでくる。
が、その予想に確定の印を押す前に。
「ちょっと、外にこい」
と、サードの言われたのだった。

「うわぁ・・・」
 外に出て、おもわず感嘆の息を漏らすミネルバ。
一面の星空。
 いつの間にか、夜になっていたのだ。
「綺麗だな」
 ビクッっと震えるミネルバ。
すぐ隣に、サードがいたのである。
 考えてみれば、自分から告白してから、初めて会うのである。
緊張するのも当たり前だ。
「で、なんなの?」
 赤くなった顔を隠すように、サードとは別の方向を向く。
風が、その顔を冷やしていった。
「話が、あるんでな」
「・・・昨日の答え?」
「それも、ある。いや、最終的に、おまえに決断して欲しいんだ」
 言葉の意味が分からない。
顔を、おもわずしかめる。
「座れ、たぶん、長くなるから」
 地面に座るサード。
ミネルバは、サードと背中合わせに座る。
「オレはな、実は・・・」
 十分な間を取るサード。
あまりにも長いので、ミネルバの顔がさらに赤くなる。
「神獣、なんだ」
 その言葉を、何度も確かめるミネルバ。
そして、口から出た言葉。
「嘘、でしょ?」
「冗談は言う。けど、嘘は言わない」
「じゃあ、冗談よね?」
「冗談でもない」
「冗談っていうのが冗談よね?」
「言い直す・・・」
溜息をつき、サードは言う。
「本当だ」
 しばらく、沈黙が時を支配する。
そして、サードの口が開いた。
「いや、正確には、人間と神獣のハーフだ」
「なに?それ・・・」
「人間と神獣との間に生まれた子供なんだ」
「そう・・・」
 それ以外、言葉が見つからない。
何を言えばいいのだろう?
 同情の言葉?驚愕の声?それとも罵声?
何の言葉をかけようと。
 彼を救えない気がしたのだ。
「そういうわけで、オレは世間から追われる身」
ここで、一呼吸おく。
「こんなオレに、ついていってくれるのか?」
 何度も、その言葉を噛み締めるミネルバ。
それが、プロポーズの言葉だと、気付くのにあまり時間はいらなかった。
「うん・・・」
 後ろで、サードがうごく気配がした。
が、ミネルバは動かない。
─泣いているのだ
「これ・・・」
 首から、なにかがかけられる。
それは、クリスタルのペンダント。
「プレゼント、結婚の記念に、な?」
照れくさそうに言うサード。
「バカ・・・」
泣きながら笑うミネルバ。
「普通、指輪でしょ?」
「そうか?知らなかった」
事実、この男は知らなかったのである。
「そんなこと、どうでもいいや」
 後ろから抱きつくサード。
彼の胸の上で、彼女と同じ、クリスタルが踊っている。
「二人だけの結婚式、か。誰も見てないのに、認められるかな?」
「大丈夫だよ」
サードの手を、優しく包むミネルバ。
「誰も見ていなくたって、星が全てを見守っているから」


(135)〜一時の休息〜

 空は晴れている。
風は優しく森をいたわり、森はそれにこたえる。
「ホントに来るのか?」
「さぁ、けど、ジェームスの情報だ。確信はある」
 その森を縦に割る街道。
ちょうど、山に挟まれているそこ。
 そこに、大きな関がある。
全長、約三十メートル、高さ、十数メートル。
 両方の山をつなぐように存在するそれは。
戦略的に、大きな意味を持つものだった。
「けど、ガイゼルンで革命戦を起こしたばっかりだ。そんなに兵力があるとは・・・」
「あるんだよ、それが」
 その上にいる二人の男。
ショウとサードの二人である。
 あれから三年。
お互い、まったく年を取った様子はない。
 ただ、一つ。
サードの腰に、刀がない。
「ロンザが攻めてくる、か」
まるで、明日の天気を予想するようなサードの口調。
「勝てるのか?」
「さぁ、な。戦に絶対はない」
「けど、勝てない戦はしないんだろう?」
二人が、顔を見合わせ、ニヤリと笑う。
「大軍が移動できるのは、この街道だけだ。ここに兵器をいくつかおけば、搦め手は、白兵戦でつぶせる」
「で、オレは?」
少し、沈黙する二人。
「好きにしろ」
「ありがとさん」
 苦虫を潰したような表情のショウ。
どうにもできない理由が、彼にはあるのだ。
「そういえば、クリスに連絡とれたか?」
「まったくだ。よほど遠いところに行ってるらしい」
「戦に、あいつは必要か?」
ふと考えるショウ。
「虐殺をやりたいなら、な」
「違いない」
頭を抱える二人であった。

「おぉ、警備お疲れさん」
 帰ってきた二人を出迎えるレイ。
ちなみに、ここはショウの家だが、今は町の主要人物の溜まり場と化している。
 つまり・・・。
「レイ、明日はおまえとラーガだからな」
「はいはい、わかってますって。上官の命令はちゃんと遂行します」
 手を振るレイ。
今の彼の肩書きは、自治領軍第三部隊隊長である。
 ショウは自治領頭首兼総隊長。
サードは第五隊副隊長で、ラーガは第一部隊隊長である。
 まぁ、あくまで肩書きであって、この四人の関係が崩れるわけではない。
それに、この肩書きも、ロンザ進攻に備えての、臨時の肩書きで、半年前につけられたモノなのだから。
 およそ一年前。
ガイゼルンで革命が発生、それに乗じたロンザが、一気にガイゼルンを急襲。
 みごと王城を落とした勢いで、ケルアイニスに向かっている、というのだ。
それに対して、さきほどの関─ガライ関─を建設、さらに、民間に兵を募った。
 元々、シー・キング海賊団の男たちで、好戦的である彼らは、軍隊に参加。
さらに、彼らの子供らも、遺伝を受けてか、はたまた、幼い頃の訓練で武芸に長じたからか、これに参加。
 参加した五千の兵士を、十に分けた。
一部隊五百ずつ。
 普段は、家で普通道理の生活を送っていれば、いざ戦になれば、兵隊として参加する。
「で、ジェームスさんは?」
「あいつは、もう一度ロンザに走ってもらったよ」
「慎重だね」
「当然だ」
椅子に腰掛けるショウ。
「いくら、シー・キング海賊団でも、陸の戦は初めてだからな。まずは情報戦から。これで負ければ、戦も負ける」
「難しいことは、わからん」
 頭を振るサード。
彼にとって、戦うことは職業でも、戦略はまったくわからない。
 その点、ラーガとレイは吸収がいい。
一を聞いて十を知る、を言葉のままにやった二人。
 対して、サードは十を聞いて一を知る程度。
このため、彼は副隊長に落ち着いた。
「オレは、帰るは。んじゃ」
「バイバイ、お父さん」
 レイの皮肉を背中に受けて。
サードは、苦笑いを浮かべながら、その場を去った。

「ただいま」
あの山小屋に、サードは帰ってきた。
「おかえりなさい」
 洗濯物をたたんでいるミネルバ。
相変わらず、この山小屋を使っているサード。
 中を見て変わった点が、三つある。
一つ、本棚が増えたこと、二つ、サードの刀が、壁に立てかけられていること。
 そして、もう一つは─
「どうだった?」
「異常なし」
サードが帰ってくるたび、この会話が交わされる。
「レイは?」
「相変わらずだよ」
 苦笑いを浮かべるサード。
まさか、あんなことを言われたなど、言えるわけがない。
「に、しても・・・」
「どうしたの?」
洗濯物をたたみ終わったミネルバ。
「まさか、本当に軍隊として参加するとは、思っても見なかったよ」
「傭兵やってて、一度も?」
「軍に協力しても、戦争は、一度もない」
「そう・・・」
少し目を伏せるミネルバ。
「でも、死なないでね。この子のためにも」
「わあってるって」
 そう言って、ベットに手をやる。
そこに、一人の赤ん坊が、眠っている。
「セインのためにも、な」
銀髪の赤ん坊が、泣き声を上げた。


(136)〜戦争の始まり〜

 セインが生まれたのは、およそ半年前。
人間と神獣のハーフと、人間との間に生まれた子供は、銀髪をしていた。
 それが元で、レイにからかわれたモノの、神獣の血が流れている、というコトで、納得されている。
そして、名前だが─
 これは、ミネルバがつけた名前。
理由は、聞かなくともわかっていることだ。
 だから、あえてサードもそれに従った。
一応、クリスの存在については、レイにだけは話している。
─わかった、とりあえず、姉貴には話さないでおく─
 それが、その時のレイのこたえだった。
「ねぇ、サード」
「なんだ?」
夕日が沈みかけた頃、ミネルバが口を開いた。
「戦争が起こったら、私、どうすればいいの?」
少し、考えたサード。
「とりあえず、避難所に。セインと避難しててくれ」
いくら戦力になるからと、ミネルバを戦場に連れて行くわけにはいかないのだ。
「なんにもなければ、いいけどな」
沈んだ夕日を見届け、サードは溜息をつく。
「それとさ、これ」
「ん?」
 紙の束を差し出すミネルバ。
それを見て、ふと思い出したサード。
「あぁ、〆切近かったな」
そういって、その紙をあらためる。
「わかった、明日、渡しておく」
 そう言って、机の上に置くサード。
実のところ、サードは傭兵としての活動を、行っていない。
 かといって、生活を送るには、金が必要だ。
サードは、とりあえず町の警備員に落ち着いた(今は前述の通り)が、ミネルバは、趣味で書いていた詩を出版。
 それが、かなりの売れ行きで、詩人、ミネルバ・アランが誕生した。
旧姓を使ったのは、とりあえず、元の自分を描いたモノだから、らしい。
「本当に、何もおこならければ」
地平線に浮かんできた星空を見て、サードはもう一度、溜息をつく。

「敵襲!!?」
翌日、印刷屋によったその足でショウの家着いたサードが聞いたのが、それだ。
「今朝の話だ。諜報員が、ガライ関から十キロいったところで、敵の偵察兵を見つけたらしい。その場を少し探ったら、どうやら五百の兵が、待機している、だそうだ。今、一番隊がガライ関に向かっている」
「でも、他に搦め手もいるだろ・・・」
「それはわかってるけど、主力はどうせガライ関だ」
「他の国の状況は?」
「おおむね良好の状態だ。まず、心配はないと思う」
と、言ったところで、ドアが開けられた。
「報告!!!ガライ関より、西に五キロの山頂に、ロンザ国の軍隊発見。さらに、ガライ関より十五キロの地点に、敵の本営を発見しました」
それを聞き、ショウが的確に指示を与える。
「敵の兵力を正確につかめ。それと、七番隊に、ガライ関に迎え、と伝令しろ」
「了解!!」
「それと」
退こうとした、報告官を、ショウが呼び止める。
「一、七番隊以外の部隊長、副隊長を集めろ、至急にだ!!」
「了解しました!!」
 今度こそ去っていった報告官。
そして、ショウが机に拳をつきたてる。
「戦争の、始まりだ」


(137)〜計略戦〜

「いいか?敵の主力、一万はガライ関に向かっている」
 ショウが地図をさしながら言う。
十分後、集まった一番隊、三番隊の隊長、副隊長の面々。
 どの顔も、緊張を帯びていた。
「今、一番隊と七番隊が待機している。そこで、九番隊、十番隊もそこに救援へ行ってくれ。倉庫の中のモノも、な。それと・・・」
 何事かを四人に耳打ちする。
それを聞き、多少イヤな顔をする四人。
「ちゃんと、一番隊と七番隊にも伝令してな」
「了解」
「行ってくれ」
返事も言わず、出ていく四人。
「で、二番隊はケルアイニスとガライ関の間で待機。軽装兵を五人、常に用意しておくこと。それと・・・」
 また、二人に耳打ちをするショウ。
それを聞き、ちょっと複雑な表情をする二人。
「ちゃんと、道具を持って行けよ」
「了解」
と、今度はすぐに立ち上がり、扉を出ていく」
「他の隊は、ここで待機だ」
 と、言ったか言わないか。
扉が開いた。
「伝令!!!ロンザ国の搦め手、千がアラカイ山の方から迫ってきております!!!」
「来たか・・・」
口を開こうとしたショウを、報告官が拒む。
「なお、搦め手の総大将は・・・猛将ジラカルイ!!!」
「おいでなすったか・・・」
 なぜか嬉しい顔のショウ。
そのまま、少し考え込む。
「レナード、ちょっと耳かせ」
 元シー・キング海賊団の一番隊隊長。
それが、今は五番隊隊長、つまり、サードの隊の隊長だ。
「いいか、山頂に・・・」
 何事かを呟くショウ。
最後まで聞き終えたレナード、次第に、顔が明るくなってくる。
「わかりました。行きましょう、サードさん」
「あっ、あぁ・・・」
 刀を抱えて立ち上がる。
そして、ふと、ショウの方を振り返った。
「なぁ、ショウ、なんて言ったんだ?」
「いろいろ、な」
 不敵に笑うショウ。
それを見て、聞いても無駄だと悟ったんだろう。
 サードは、レナードの後を追う。
「ショウさん、なんつったの?」
「いろいろ、な」
 また、笑うショウ。
それは、勝利の確信を得た、改心の笑みだった。

「撃ち方よ〜し」
 間抜けな声が、戦場に響く。
ロンザ国の軍隊の攻撃。
 フック付きロープが関にぶら下がり、兵士たちが登ってくる。
対して、ケルアイニスの男たちは。
 一番隊の兵士百名が、手に手に火をとる。
そして、彼らの前に並ぶ、少々変わった筒のようなモノ。
 残りの四百の兵士は、それぞれ手に弓や石を、登ってくる兵士たちに打ち落としている。
「3・2・1・・・」
 叫んだ男は、一番隊副隊長アラケル。
元シー・キング海賊団兵器開発部部長である。
「打てぇ!!!」
 一斉に火を導火線につける兵士たち。
火は導火線の上を走り、それぞれが、本体の筒に届いた。
 と、同時にもの凄い爆音が、あたりに広がる。
下にいる兵士たちが、あるいは吹き飛び、あるいは火傷を負う。
「待て!!逃げるな!!!」
 戦意を失い、逃げ出す兵士たち。
それを必死に止める指揮官たち。
「七番隊、あとはたのんだ!!!」
上からのうのうと、声を出すラーガ。
「しようがないですねぇ」
 下にいた男。
七番隊隊長の、メリアス。
 彼は、シー・キング海賊団ではないが、この町でも腕利きの青年。
多少、不思議な青年で、天然なのか、落ち着いてるだけなのか、わけのわからない青年。
 普段はクールなショウだが、彼の前では顔をほころばすほどだ。
「七番隊!!行くぞ!!!」
 一気に変わる表情。
門が開かれ、敗走する兵士を、追いかける。
 次々に重ねられる、人間の山。
「九番隊、十番隊のみなさん、手伝って下さいね」
 まわりに、立っている人間がいなくなった。
すると、城門から、千人の人間がまた、出てきた。
「おぉい、一番隊もこい!!!」
「オレらは、見張りだよ」
 九番隊隊長キラセイの言葉をかわすラーガ。
舌打ちしたキラセイは、すぐに全体に命令を出した。
「今すぐ、けが人を全て運べ!!後ろで二番隊が待機しているハズだ!!!」
 千人もの兵士が、運び出されていく。
そう、そのほとんどの兵士が、ただ気絶しているだけなのだ。
 死んだ人間は、最初のアレに不運にも直撃した者たち、十名ほどである。
「ったく、正面から叩きつぶせばいいものを」
 キラセイが呟く。
─昔と、変わったな─
「ん?」
城壁の上のラーガが、あるモノに目を付けた。
「おい、伝令らしいぞ」
二番隊の報告官が、運ばれているケガ人をかいくぐりながら、走ってくる。
「伝令!!!」
「どうしました?」
七番隊隊長のメリアスが、近くによる。
「それが・・・」
 何事かを呟く報告官。
それを聞いて、メリアスが微笑む。
「ラーガさん」
上に叫ぶメリアス。
「なんですか?」
ラーガも叫び返す。
「今度は、あなたの仕事です」


(138)〜善戦と謎の男〜

「ふんふん、で・・・」
「その後・・・」
 隊長、副隊長の話し合いを、面白そうに聞く兵士たち。
その誰もが、ショウに言い渡された作戦を聞き、勝利を確信しているのだ。
 今している話は、レナードの笑い話。
誰もが声をあげて笑い、手には何と、酒のビンが握られている。
「で、その時に、だな」
 と、その話が終わるまで、このアラカイ山の地形を紹介しよう。
山自体は断崖絶壁、道は、ジグザグに登っていくようになっている。
 その道が山頂に達すると後はケルアイニスまで一直線の下り坂。
その山頂が、ちょっとした広場になっていて、そこにレナード、サード率いる五番隊が陣取っているのだ。
 絶壁はかたく、地面は固い。
そして、その広場に施された数々の仕掛け。
「たいちょ〜」
一人の兵士が声をあげる。
「なんだぁ〜、どうしたぁ〜」
声を返すレナード。
「敵軍で〜す」
 かなり出来上がってる様子。
それでも、隊務を忠実にこなしているのは立派なものだ。
「んじゃ、ショウさんの言うとおり・・・」
 レナードがビンを投げ捨てた。
それが合図のように、他の兵士たちもビンを投げ捨てる。
 今、相手の兵が登ってきている方向に。

「うわぁっ!!」
 何人かの兵士が、声をあげる。
上から、なにかが振ってきたのだ。
「何事だ!!!」
「上から、なにかが落ちてきたようです」
 その部隊の指揮官、ジラカルイ。
その横にいた兵士が、落ちてきたモノを拾う。
「・・・ビンです。酒の」
「酒の!?」
 思わず高い声をあげるジラカルイ。
すると、全軍に命令した。
「上のヤツらを叩きのめせ!!!!」
「オォーーーーー!!!!!」
 千の兵が声をあげた。
そのまま、走って山頂を目指す。
 だから、気付かなかったのだろうか。
その途中、橋があったことを。

「んじゃ、よろしく」
 さっと手をあげるサード。
それににこやかにこたえた兵士が、一本のロープをナイフで切る。
 それと同時に、仕掛けが発動した。
「第一、落石」
 レナードがにこやかな顔で言う。
その言葉が現実になった。
 凄まじい音と同時に、十数個の岩が、落ちていったのである。
兵士たちの上じゃない、橋の上に、だ。
 すると、結果は想像通り。
橋が、落ちたのである。
「指揮官!!橋が・・・」
「わかっておる!!!」
そして、ジラカルイは猛将と言う名の通りの行動に出る。
「退路は断たれた!!生きる道は、前しかない!!!」
 まさに背水の陣。
崖から落とされても死、退いても死。
 生き残るには、前に進み、勝つしかない。
「さすが猛将。尊敬に値するね」
レナードがうそぶいた。
「けど、第二、木の壁に、どう太刀打ちするかな?」
 また、レナードの言ったことが現実となる。
高さ三メートルにもおよぶ木を十本横に並べた木の壁。
 用意していたのだ、落石も、木の壁も。
これも、ショウの計略だ。
「えぇい、上にロープを投げろ。意地でも登るんだ!!!」
「その三、柔い土」
 投げられたフック付きロープ。
が、その全ては柔い土に拒まれ、ズルズルと落ちていった。
「だめです、隊長!!!」
「えぇい!!!」
持っていた剣を、木の壁に突き立てる。
「これで」
レナードが呟く。
「オレらの仕事は、終わりだな」
 サードが、その言葉の続きを言う。
あとは、彼らの慌てようを見学するだけだった。

          そして夜

「ラーガさん」
「どうした?メリアス」
 顔だけをメリアスの方向に向けたラーガ。
彼は、弁当を片手に、座っている。
 今は、夜食を食べる時間となっているのだ。
今、夜警をしているのは九番隊と十番隊である。
「そろそろ、どうでしょうか」
「そうだな、暗くなったし」
 立ち上がったラーガ。
そして、上に叫ぶ。
「お〜い、キラセイさ〜ん!」
両手を口に当て、叫ぶ。
「なんだ〜!?」
 上から、野太い声がかえってくる。
少し遅れて、無骨な顔が上から出てきた。
「もう、いいんじゃねぇか?」
「あぁ、そうだな・・・」
顔を引っ込めるキラセイ。
「だってよ、コーセ。どうする?」
 コーセと呼ばれた男は、ただ頷いた。
十番隊隊長鋸の男は、顔の目以外の場所を、布で覆い隠している。
 口が聞けないので、頷く、首を振るぐらいのことしかできない、が。
武芸はかなり秀でていて、その実力は隊長十人の内、三本指にはいるくらいだ。
 サッと手を振るコーセ。
すると、昼間に使った筒に、十人の兵士が、火をつける。
「さぁて、これでロンザ国の重役さんたちは、地団駄踏むだろうな」
 楽しそうに笑うキラセイ。
そして、花火が上がった。

「まさか、あれは・・・」
 呆然と呟く重役の一人。
昼間、主力を退却に追いやったあの轟音、爆発。
 あれは、今上がっている花火。
「まさか、花火を人に向けるとは・・・クソッ、やつらに常識はないのか!!!」
 と、言うのもヘンであろう。
自分たちが仕掛けた戦争、守る方も必死なのに、花火を使うことくらいどうだと言うのだ。
「落ち着きたまえ・・・」
そう言って、重役をなだめる総大将。
「どうします?このまま退却をしますか?」
「ならん!!それだけは!!!」
勇猛なだけが取り柄の将軍が叫ぶ。
「ならば、どうする?」
冷静に呟く総大将。
「あの関を落とすのは容易なことじゃない。それに、相手はなかなかの戦上手。花火を戦争に使う、という発送も、な」
「ならばこちらも使えば・・・」
先程の将軍が叫ぶと、
「向こうは下に打ち下ろせばいいが、こちらは上に打ち上げるだけ。狙いも定まりませんよ」
学者風の将軍が冷ややかにこたえる。
「では、どうしますか?」
ニコニコと笑う老将軍が言った。
「ジラカルイから、夜には連絡するように、と言ってるモノの、その連絡がこん。と、いうことは、全員とらえられたか、あるいは殺されたか・・・」
ざわめく室内。
「まず、ジラカルイの安否を確かめる。救出できるのなら、救出をする。然るべき後に退却だ」
「しかし、将軍。国王には・・・」
気弱な、世襲というだけの将軍が顔を青くして呟いた。
「それは、私が処理するからよい」
苦々しい顔で呟く総大将。
「勝ちたいですか?」
 いきなり、声が響いた。
その場にいた全員が、まわりを見回す。
 すると、総大将の後ろから、男が出てきた。
いつの間に、後ろをとられていたのだ、という顔で、総大将は慌てる。
「勝ちたいですか?」
 もう一度言った男。
目深にかぶったフードの下から、笑みがこぼれる。
「なんだ、貴様は!!」
「怪しいモノじゃありませんよ」
 いや、怪しい。
その場にいる全員がそう思った。
「用件はなんだ?」
もう冷静を取り戻した総大将が聞く。
「勝ちたいですよね」
男の笑みが、いっそう深まる。
「どんな手をつかっても」
 その冷たい笑みに、その場にいた全員が凍り付いた。
ただ、総大将だけは口を開くことができた。
「話を、聞こう」
 男の笑みに暖かみが戻る。
その時、誰もの背筋に冷ややかな汗が流れていた。


(139)〜嵐の予感〜

「痛ッ!!」
不意に、耳に痛みが走った。
「どうしました?」
心配そうにレナードが問い返す。
「いや、耳がいきなり、痛くなって・・・」
「どんなふうに?」
「ピィィィーーっていったんだよ。耳の中で何回も繰り返すみたいに音が・・・」
「そんなのは聞こえなかったが・・・」
と、首をかしげるレナード。
「帰ったら、医者に見せましょう」
心配そうに顔を覗くレナード。
「大丈夫だ。もうおさまった」
もう平気と言わんばかりに、サードが立ち上がる。
「だったらよかった」
 と、彼は下を見下ろす。
そこには、まだ、ジラカルイの軍勢がいるのだ。
「メシは、食ってたのか?」
「あぁ」
 そう、いくら戦争をしている相手でも、無用な殺生は避けたい。
それが、彼らの切実な願いだ。
「しっかし、さっきの音、なんだったんだ?」
 この時、彼らは知らなかった。
この時の音が、後に大惨事を引き起こすこと。
 そして、彼が。
一生癒えない傷を負うことなど。

「やっとついた・・・」
 大きく伸びをする彼女。
見下ろされる見慣れた町の風景は、少しだけだが変わっていた。
「戦争中、ってのは嘘じゃないらしいな」
 視線を、別の方に向ける。
そこには、見慣れない関と、その向こうに、軍勢。
 彼女は、かかげられている旗が、ロンザ国の国旗であることをその優れた視力によって知っている。
「さて、一騎当万にあたる兵士がやってきたのはいいが・・・」
彼女の優れた視力は、また、街道を歩いていく文官らしき男をとらえた。
「どうやら、その必要もないらしいね」
彼女は、その場に居座り、昼飯を食い始める。
「うまくやってるようだな、ショウは」
 大好物の唐揚げを頬張りながら、呟く。
彼女は、知らなかった。
 あまりにも大きな驚異が、今、まさに迫っていることを。

「休戦、か」
 ショウが呟く。
その顔は、何を考えているのかわからない。
「はっ、そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが・・・」
 文官がヘコヘコと頭を下げる。
おそらく、あまり刺激しないように、と頼まれているのだろう。
「わかった、休戦をうけようと思うが・・・その調印は?」
「はい、ガライ関からこちらに一キロほど向かったところに、明日、天幕を張っておきますので」
「そちらから向かうのは?」
「はい、総大将、ガルゼリア様と・・・」
「いや、護衛の数を聞いているんだ」
 冷ややかに言うショウ。
その時、文官は背筋に寒気を覚えた。
「はっ、おそらく十名の護衛がつくと・・・」
「では、こちらも十名の護衛をつれていく。依存はないな?」
「はっ、つきましては・・・」
「わかってる。ジラカルイの軍勢は、無傷だから」
先手を打たれ、今までより深々と頭を下げる文官。
「それでは、明朝、お忘れなく」
「わかっておる」
 文官はホッとしたようにその場を去った。
そして、近くにいた兵士を一人、呼び寄せる。
「全隊を、ケルアイニスに集結させろ」
「はっ!!」
 去っていく兵士。
その場にいる全員を、退かせ、仮面を脱ぎ去ったショウ。
「とりあえず、当分は平和が続きそうだな」
 その笑みは、安らぎに満ちていた。
彼もまた、知らない。
 今、自分たちに迫っている驚異を。
そして、彼の最善と思われた判断が。
 大惨事を引き起こすことを。

「に、しても・・・」
 解せんな。
続きの言葉を、この軍の総大将、ガルゼリアは飲み込んだ。
 昨日のあの男の話。
その場にいた全員が、一笑すると、男は去っていった。
─よもや、現実に起こるとは思わんが─
 あまりにも、現実離れしたその話。
いや、それを引き起こすなど、不可能なのだから。
─が、あの時の、あの表情─
 確信を持っていた。
そして、最後の台詞。
─では、こちらで勝手にやらさせてもらいますが、よろしいでしょうか?─
─好きにすればよい─
 その時は、冗談だと思っていたからだ。
だから、笑いながらこたえた。
─では、後悔しませんように─
 あの時の冷たい顔。
思わず、身震いしたほどだった。
─もし、ヤツがそれを本当に、できるのなら─
頭を振り、その思考を追い出す。
─何も考えるな。明日のことだけを考えろ─
 必死にそう、言い聞かせる。
彼は、予感していたのだ。
 明日起こる、大惨事のことを。
だが、あまりにも強大なその陰謀を。
 彼は、阻む術すらしらないのだ。

「これで、よし」
 もう、私がするべきことは終わった。
これで、明日、必ず大惨事がおこるハズだ。
「さて・・・」
 一つ跳び、岩の上に飛び移る。
─ここから、高見の見物といくか─
 その場に、誰かいたなら、腰を抜かしていただろう。
その男から放たれる、邪悪な気に。


(140)〜悲劇の序章〜

「で、以上の十人がオレの護衛だ」
「随分と贅沢な護衛だな」
 その場にいた二十人が一斉に笑う。
その護衛の顔ぶれが、いずれも一騎当千の強者だったからだ。
 隊長クラス七名、副隊長クラス三名。
この中に、もちろんサード、レイ、ラーガの名前も入っている。
「まっ、用心に越したことはないだろ」
「あんた一人で十分だって」
 事実、ショウは大陸一二を争うほどの魔導師。
むこうの護衛がどれほどであっても、彼の魔法の前には無意味だ。
「もし、相手が大軍を伏せていたら、と思ってな」
「慎重だな」
呆れた風にサードが言う。
「明日朝五時には起こすから。はやく寝とけよ」
「りょーかーーい」
 全員が声を合わせて、外に出る。
誰もの顔に、笑顔が広がっていた。

「ただいま」
「おかえりなさい」
 微笑みをかわす二人。
すっかり、板に付いた夫婦だ。
「どうなったんですか?」
「むこうが休戦を申し込んできたよ」
笑いながら、サードが言う。
「よかった・・・」
「しばらく、平和が続くな」
溜息をつくサード。
「いいんですか?」
「なにが?」
「傭兵を、やらなくって」
 ピタッと止まるサード。
あらためてミネルバを見直し、言った。
「言っただろ?おまえとの生活を、大事にしたいって」
「でも・・・」
「そりゃ、この三年間、刀を取ることはあっても抜くことはなかった。けど、オレは戦闘狂じゃないんだぜ?」
「それは、そうだけど・・・」
「いいんだよ、本当に」
 窓を開けるサード。
冷気が、室内を満たしていく。
「いいもんだな、平和って」
「あなたに似合わない台詞ね」
 クスクスと笑うミネルバ。
仏頂面を浮かべるサード。
「でも、そこまで平和でもないのよね」
「どして?」
「世界のどこかで、人が戦ってるのよ、必ず」
「なにを当たり前のことを」
サードが一笑する。
「人は、戦わなくては生きていけない、どっかの有名な哲学者が言ってたよ」
「だったら・・・」
ミネルバが、一呼吸おく。
「いつの日か、人が剣を取らなくていい世界が、来るといいのにな」
「それが無理だって」
 苦笑いを浮かべるサード。
明日起こる、悲劇も知らずに。

            そして翌日
           運命の日が来た

「ケルアイニス代表者の皆様が参りました!!」
「うむ」
 頷いて、座り直すガルゼリア。
ここでこじれれば、後年の驚異になる。
 そう思っているからだ。
「どうも、失礼します」
 入ってきた男。
年は二十代後半だろうか。
 どう考えても、頭首をやるには若すぎる男。
後ろから、十人の護衛がついてきた、が。
 どれも、自分の得物しか持っておらず、防具を一切つけていない。
よほど、腕に自信があるのだろう。
「今から休戦の調印式を行いたいが・・・よろしいでしょうか?」
 ロンザ国文官の言葉に無言で頷く二人。
お互い、相手の目をじっと見据えている。
「では、今回の戦争の原因として・・・」
 紙を取り出し、それを読み始める文官。
それは、客観的に、しかも自国の非を認め、謝罪しているようでもあった。
─さて、これは弱気なせいか、それとも作戦か─
 ショウは、文官の顔色をうかがう。
だが、汗は一粒も流れてなく、顔色も変わっていない。
 ただ、文章に強弱をちゃんとつけて、呼んでいるだけのようだ。
─この文は、誰が─
と、思ったところ、こたえがすぐに返ってきた。
「これは、我が軍の指揮官ガルゼリア様のお言葉です」
つまり、ガルゼリアの書いた文章、ということだ。
「さて、私がそのガルゼリアだが・・・。改めて謝罪しよう」
と言って、頭を下げるガルゼリア。
「頭をお上げ下さい。こちらにも、非のあったことですから」
 わざと、相手を持ち上げるショウ。
その台詞を聞いて、ケルアイニス側の護衛の数人が、顔をしかめた。
─この大ウソツキが─
これがその数人の心の言葉である。
「では、休戦の条件として・・・」
そう言って、ガルゼリアが話し始める。
一、賠償金として二百万ゴールドをロンザ国が払うこと
二、ガライ関の存続は自由としてよいこと
三、一年後、今度は同盟の場をつくりたいこと
それを、遠回しに話す。
「以上です」
 頭を下げるガルゼリア。
今度は、ショウが言う前に、頭を上げる。
「それでそちらがいいのなら・・・」
 その時、メリアスが剣を地面に突き立てた。
その音に、誰もが振り向く。
「やだなぁ、ネズミですよ」
 といって、突き刺した剣を引き抜き、剣の先についたネズミを、ショウに見せる。
が、それを見て、ショウは表情を変えた。
「チャグデスだ・・・」
 ざわめく室内。
その時、ガライ関の方から、馬が駆けてきた。
 慌てて降りてきた兵士は、一気に叫ぶ。
「大変です!!頭領!!!」
「どうした」
立ち上がるショウ。
「チャ・・・チャグデスの大軍が押し寄せてきます!!!!」


 2000年1月3日(月)22時32分〜2000年1月18日(火)14時28分投稿の、誠さんの小説「闇を知る者」(131〜140)です。

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