闇を知る者(31〜40)

(31)〜客〜

「長いな・・・・・・この階段は」
「ホント、こんなに長かったっけ・・・・・・」
 私もいい加減あきてきた。
この階段って・・・・・・こんなに長かったっけなぁー。
 それにさっきから何度もモンスターが出てくる。
でも、下から上ってくるわけで、すぐにサードに蹴落とされるか、トラップのパチンコが炸裂する。
 私のところからは、モンスターの正体は分からないけど、話を聞くに、ゴブリンとか、
野生のモンスターがたくさん出てきたらしい。
 でも一つだけ不思議なことがあった。
この時は、まだ、気付いてなかったけど。後ろからの奇襲は一度もなかったんだけどね。

「ついたぜ」
 先頭を行くトラップが、私たちに呼びかける。
ちょうど、角を曲がれば入り口だ。
 すっかり私の腕の中で眠っていたルーミィーは、うっすらと目を開けた。
でも、すぐに目を閉じた。
 シロちゃんは、トラップのところに駆け寄った。
もちろん私たちも。
「いいか、俺が先頭で入っていく。状況次第では後ろからの援護をすぐに頼むかもしらない。
ちょうど、飛び道具が一式揃っているから丁度良かったよ」
 といって、私たちに微笑む。
うーん、それって私にも期待してるって事?
 と、思うと、案の定、トラップが口を出す。
「サード、気をつけろよ。敵は後ろにもいっからな」
「トラップ!!!」
 私は叫んでおいて、自分で手で口を閉じた。
まわりの三人はあっちゃーって顔してる。
 あぁぁぁーーーー、私ってバカ、バカばか馬鹿!!!!!!
「そこにいるのは、ボクのお客さんかな?」
 奥の方から爽やかな声が聞こえてきた。
全てを見透かしたような、男の声が。

(32)〜歴史の闇〜

 たぶん20ぐらいの年齢。
青い髪が、丁度肩のところで揃えてあって、髪と同じ色の目が、細められている。
 微笑んでいるらしい。
絵に描いたような美少年ってかんじだ。
 服装は、白い外套と、その中から見え隠れするローブ。
手には杖を持っていて、複雑な彫刻がされてあるが、遠いのでよく見えない。
 そんな彼は、半径十メートルほどの複雑な魔法陣の中央に立っている。
まわりを見回してみると、二年前にあったガーゴイルの像は、全部砕かれていた。
「リーク・ハーゲンだな」
「はい」
 サードの問いに、にこやかに答える彼は、一歩一歩、こちらに歩んでくる。
なんか・・・・・・すっごくいい人っぽい。
 こんな人が、本当に悪魔を召喚しようとしているのかなぁー。
「で、用件は?」
「ちょっと私用でね、あんたが研究している、悪魔の召喚方法を教えてもらうために来た」
「ついでに阻止するために、でしょう」
 まだ顔は笑っている。
サードも、つられるように微笑みだした。
「よくわかったな」
「えぇ、一応勘はいい方でね、サード・フェズクラインさん」
ピクリと動く、サードの眉。
「国王直属の魔原開研の部長に名前を覚えられてるとはね、光栄だよ」
「えぇ、知っていますよ。ちなみに、あなたが神獣と人間のハーフだってこともね」
 稲妻のような衝撃が胸を走った。
その時彼が見せた表情は、何処か寂しげなものだったからだ。
「サード・フェズクライン、神獣狩りの後、方々を彷徨って、傭兵という職に就く。
その実績は、今、最強と言われるまでに至る。ただ、あなたにとっては、
シー・キングに負けたことは屈辱でしたでしょうね」
サードの表情が、険しいもになった。
「なんで知ってるんだよ、おまえが」
「さぁ、それはあなた自身がその得物で聞くことですよ」
といって刀を指さす。
「だったら、こっちからも質問だ」
「何でしょうか?」
その表情は、未だに微笑みを含んでいた。
「なんで、悪魔を召喚しようとしている。それが世界最後の日になることくらい、わかるだろう?」
「あなたも・・・・・・わかっているハズですよ」
微笑みが、哀愁に変わる。
「歴史の闇が、いかに悲しいことか、人間が、いかにくだらないものか、
長年を生きた『闇を知る者』の、あなただったら」
それを聞いたサードの表情は、私たちの知らないサードだった。

(33)〜微笑む男〜

「その言葉を知っている時点で、おまえも同類ってわけだな」
 サードの口調が変わった。
優しく、か弱い動物を見守るような口調。
 でも・・・・・・『闇を知る者』ってなんなのよ。
「えぇ、残念ながら」
「何で・・・・・・知った!?」
「ちょうど、五年前。ボクが国王に魔法師団を勧めた後です。その資料を集めていたとき。
国家図書館の隠し扉を、見つけたのは、まったくの偶然でしたよ。
当時十六才のボクは、好奇心旺盛でしてね。それが、いけなかったんです。
一ヶ月かけて、その全てを読み終えました。それで、『闇を知る者』になってしまったのです」
 まだ微笑んでいる。
でも、それを聞いた後の、彼の表情は、前より少し、捨て猫のようなかんじがした。
「人間で、しかもその年齢で、か」
「さっきから二人の世界に入ってんじゃ・・・・・・・」
「トラップ、静かに」
 と、トラップを止めたのはジェームスだった。
彼の表情も、どこか、さっきとは違ったものがあった。
「ロンザ国家図書館。やっぱり、消しておくべきだったな」
サードが舌打ちをする。
「でも、それでボクは真実を知った。そして、国王から魔原開研の開設の許可をもらい、
そして黙々とこの魔法陣の研究をやったんです」
 最後の方は、もう絶叫と化していた。
ずっと、保ち続けていた微笑みも、少しずつ、崩れていく。
「それで、この世界を滅ぼそうとしているのか」
頷くリーク。
「そうです。どうせ、くだらないモノを処分するだけですから。あなたも知っているでしょう、
人間が、いかに汚れた歴史を築いてきたかを」
銀色の瞳を、真っ直ぐに向けていたサード。しかし、ふと、目をつぶり、
「こいつらにちょっと事情を話す。それから少し自分の気持ちを整理するから、待ってろ」
「はい」
 快く頷くリーク。その表情には微笑みが戻っていた。
そして、サードが振り向いた。

(34)〜悲しき少年〜

「で、説明してくれるよな、事情を」
 トラップが一歩、前に出てる。
しかし、そのまま無視された。
「おっ、おい」
「最初に自分の気持ちから整理させろ、その後だ」
 といって、壁を背にして座り、目をつぶった。
自分、つまりもう一人のサードとも話をするんだろうな。
「ったくよ、勘弁してくれって」
「ところで、君たちは何のよう?」
 と、いきなり横にリークがいた。
いつの間にか、こちらに来てたんだ。
 あぁぁーー、ドキドキドキ。
「えっと、何の用って・・・・・・」
「こいつに付き合っている、ただそれだけだけど」
「相手が悪魔だと知ってて?」
「もちろんよ」
私がそう言うと、別に顔の表情を、変えるでもなく(だから、微笑んだまんま)言葉を出す。
「随分と割の合わないことをするんだね。死ぬよ」
 ・・・・・・この人って、私たちのことを心配してるの?
いい人か悪い人か、なんかわかんないなぁー。
「心配するのは結構ですよ。それより、本当に悪魔を召喚できるんですか?」
ジェームスが聞くと、
「これが初めての実験だからわかんない。けど、いつかは成功するよ」
 自信満々にこたえた。
やっぱり・・・・・・どことなく子供を思わせるこの人の性格。
 誰がどう見たっていい人だ。
「なぁ、リークさんよ、何でロンザ国に仕官してるんだ、その若さで」
「呼び捨てで結構ですよ」
と、トラップを見た後、私たちに向き直った。
「ボクの父親は、ボクが小さい頃からしつけました。物心がつく以前からです。
それが条件反射となって、父親に抵抗することなく、大きくなりました。
父は、ロンザ国の大臣として君臨していましたから、将来ボクを同じぐらいの身分に
つけたかったんでしょう。
十四才の時、自分がとんでもない魔力の持ち主だってことがわかったんです。
そして、自分自身、魔法に興味を持ち、あらゆる魔法を覚えていった。
若干十五才で王宮に仕官、異例のモノだって聞きました。
そして、十六の時に、より、魔法を発達させよう、人々の生活を安定させよう。
そう思って魔原開研を開きましたが・・・・・・。
その人間が、こんなにくだらないって、知ってしまいましたから」
「そう・・・・・・かなぁ」
 私は困惑した。
人間って、そりゃあ、いい人もいれば悪い人もいる。
でも、リークが言うみたいに、捨てたモノじゃあないと思うんだけどな。
「後ね、闇を知る者って、何のことなの?」
「それは・・・・・・れ」
「決が出たぜ!!」
と、リークが言いかけたとき、サードが突如立ち上がった。
「とりあえず、おまえを説得するとすっか」

(35)〜光を〜

「説得、ですか」
 意味ありげな笑みを浮かべる(そりゃあいっつも微笑んでるけど)リーク。
この人って、やっぱわかんない。
「あぁ、そうだ」
「無駄だと思いますよ、自分でも、よく考えた上の行動ですから」
「見たのか?」
その問いに、首を振るリーク。
「たとえ見てなくったって、文献を見れば、大体のことはわかりますよ」
「あめぇな、それが事実だとしても、それが真実だって事にゃならないぜ」
 おぉ、トラップがいいことをいう。
私がマジマジと物珍しそうに見たためか、トラップはフンと鼻を鳴らした。
「それが真実なんですよ、まったく、なにも知らないくせに、口を挟むとは・・・・・・」
 明らかに小馬鹿にした言葉に、ムッとした表情を浮かべたトラップ。
しかし、先に口を開いたのはサードだった。
「なにも、しらねぇーのは、おまえの方だ、ガキが」
「ガキ・・・」
「そう、ガキだ。たかだか二十年しか生きてねぇやつが、二百年以上生きた俺に
意見するつもりか?」
その後に、ちょっと付け加える。
「まっ、好きで生きてるわけじゃあなあったけどな」
不快の表情を浮かべるリーク。
「たしかに、ロンザ国家図書館の隠し部屋にあった本は全て事実を書いていた
俺が実際に見てきたものも、寸分違わぬものだったよ」
「じゃぁ尚更・・・・・・」
「でもなぁ、あいつがこう言ってくれた」
 その時のサードの顔は、とても暖かい笑みを浮かべていた。
今までに一度も見たことがない、サードのこの笑顔。
 ゼフさんの話をしたときにも、こんな笑みはなかった。
「『この世は、悪人ばっか。でも、本気で生き抜いていこうとしている人もいる。
だから傭兵を続けている』ってな。そいつの目標は、全世界の悪人から
懸命に、自分の夢を追い求めて生きている人々を、全て助け出すこと。
馬鹿げた夢だが、俺が今、それを引き継いでる」
そして、ちょっとだけ、笑みを和らげ、
「世界最強になること、自分がこの刀を取らないですむ世界を創ること、そして、
俺の理想郷を創ること。これが、俺が過去に交わした全ての誓いだ」
 その時、やっと私は思いだした。
サードにどうしても聞きたかった事。最後の誓いのこと。
 それが、『自分が剣を取らないですむ世界を創ること』、か。
いったい・・・・・・誰と交わした誓いなんだろう。
「それに、俺はちゃんと見届けたよ」
リークを凝視するサード。
「闇の中にも、懸命に光を追い求めるヤツらをな」
 そして静寂が訪れた。
次に発せられた音は、リークの声。
「そんな・・・・・・そんなこと・・・・・・」
 ホッとしたサードの表情。
しかし、次の瞬間、それは『傭兵サード』の表情に変わる。
「嘘に決まっている!!!!!!」
 目に見えないオーラが、リークの周りに浮き出してきた。

(35)〜死闘(1)〜

・・・・・・・・・・傭兵、サード・フェズクラインの視点で・・・・・・・・・・
「説得は無駄だったか」
 ボヤキながらも刀を抜き、リークを凝視する。
はたから見れば、真剣な顔つきになったに違いない。
 そこで、ふと、あることを思いだし、ジェームズに視線を送る。
「はいはい、わかってますよ」
 パステル達は、いきなり意味不明な言葉を発したジェームズを見ている。
まぁ、わからないだろうなぁ、こちらの都合なんて。
「おい・・・・・・何やってんだよ」
 俺の行動を見たトラップが、呆れた顔をしている。
リークの間合いを詰め、そしてあけ、回り込み、そして、動作を少し止める。
 戦士としての基本、相手の出方がわからない内は、決して無理しないこと。
ましてや、相手は魔法使い。それも一流のだ。
 尚更慎重になる。
「ちゃんと、戦士の基本を守ってますね」
 こいつの笑み、やっぱり油断ならない。
表情からは、何も読みとれない。無論、何を企んでいるかも。
「へぇー、知っているんだ」
「えぇ、うちは優秀な騎士が揃っていますから」
じゃあ、こちらから仕掛けるか・・・・・・。
「リクエストにこたえて、攻撃してやってますよ」
 やってますよ?
もう・・・・・・しかけた・・・・・・!!!?
 途端、急激な熱が、背後から押し寄せてきた。
いや、爆発!!?
 咄嗟に判断、思い切り、前方に跳ぶ。
「甘いですよ」
そう、リークが言った瞬間、着地地点からも、爆発が・・・・・・!!?
「ちいぃぃ!!」
 一気に最初に立っていた地点まで戻る。
駆け寄るパステル達。
「どういうことだよ、あいつ、魔法使ったような素振り全然見せてねぇぞ」
「仕掛けたんですよ」
 そうジェームスが言ったとき、頭の中で何かがひらめいた。
そう、昔、あいつが使っていた魔法。
「ドゥントゥ・ルックボム」
「へぇ、知っているんですか、流石だなぁ」
「そりゃそうだ。シー・キングの秘宝の一つだからな」
「なによ、その、ドゥ・・・なんとかボムって」
「ドゥントゥ・ルックボム、っていうんですよ。別名トラップ・ボム。最大限まで
圧縮された、魔法の爆弾を、辺りに散りばめる。なにかが、触れたときに、
一気に膨張、つまり爆発するって仕組みですよ。
サードが言ったとおり、シー・キングの秘宝の一つ。シーキング本人が
使っていたという魔法で、まぁあ、中の中くらいの価値はありますね」
「ふぅーん」
リークの感心した、って声が聞こえてきた。
「そこのおじさんも、ただ者じゃあないね。ひょっとして、『闇を知る者』なの?」
「他人の観察より、自分の心配をしたほうがいいですよ」
「えっ!!?」
 すぐ目の前に、リークの驚いた顔が出現した。
いや、自分が近づいたんだが。
「はぁぁぁぁ!!」
「クッ」
 リークは、魔法を使うまもなく、杖で刀を受け止める。
魔法使いの弱点、それは接近戦に弱いこと。
 魔法詠唱に入れば、必ず隙が出来る。
かといって、戦士ほどに剣術を磨いてるわけがない。
 一撃、一撃、的確に相手を攻め崩していく。
しかし・・・・・・武器破損を狙っているのだが、ヒビすら入っていない。
 もっとも、さらに奥の手を打ってあるが。
「傭兵、サード・フェズクラインの剣も大したことないですね。戦士としては
うちの騎士隊長より弱い」
「本気出すつもりもないし、それに俺は魔法戦士(マジックナイト)なんだし」
 悪ガキが見せる笑みを浮かべた俺に、リークは、やっと、上空から来る
驚異に気がついたらしい。
そう、走り出すと同時に、魔法を放っていたのだ。
 上に、しかも、リークに命中するように、爆発の魔法を。
直撃する寸前、一発リークに蹴りが入り、すぐに身を引く。
「魔法と剣の時間差攻撃、俺の得意攻撃の一つだよ。これは受け止められねぇだろう」
 さっきまで立っていた地点が爆発した。
「魔法使い相手に、本気で剣を使うつもりはないからな。目には目を、罠には罠を、ね」
砂塵が、リークの前身を覆い、まったく姿が見えなくなった。
「まぁ、死なない程度にやっておいたよ。死んだら悪魔を呼び出す方法がわかんなく
なっちゃうからな」
「心配御無用、ちゃんと生きていますよ。無傷でね」
 驚く俺の目に。
砂塵の中から衣服にすら焼けた後のない、リークが出てきた。

(36)〜死闘(2)〜

「なんでだよ・・・・・・」
 トラップが言葉を絞り出す。
そう言いたいのは山々だ。しかし、冷静に分析しなければ、勝つことは不可能だろう。
「あぁーあ、せっかくの外套が砂まみれだ。お気に入りなのになぁ」
 ぶちぶち文句を言うリーク。
それが、あまりにも意味ありげな言葉なので、すぐにピンときた。
「魔外套かよ、それに・・・・・・魔闘衣まで装備してやがるのか」
「まがいとう、まとうい?」
 頭のまわりにクエスチョンマークを百個くらい並べたパステル。
たしかに、並の人間が知る領域じゃない。
「魔外套は、神具の一つだ。全ての魔法を防ぎきる、っていう伝説を持っているよ。
魔闘衣は、シー・キングの秘宝の一つ。魔法詠唱を、ほとんど省いても
魔法がすぐに硬貨を表すってアイテムだ。たぶん上の下くらいの価値だ。
ったく、そんなにガチガチ固めてりゃあ防ぎきるわな」
苦笑いを浮かべ、
「魔闘衣だったら、即座に魔法防壁をはれる。それを破っても、魔外套で
ほぼ全ての魔法が打ち消される。やっかいなもんだぜ」
「そこまで知っていれば、無駄だってことはわかるでしょう?大人しく退いて下さい」
 相変わらずの笑みだ。
だが、こちらも微笑み返す。
「そうはいかねぇよ。誓いの一つを果たすためには」
刀を握り直す。
「おまえを倒すことが必要だ」
 すぐさま横に走る。
まだ、余裕の微笑みをたたえるリーク。
「ほら、そんなに動くと、ドゥントゥ・ルックボムが作動し・・・」
 語尾を言わずに絶句するリーク。
次々と爆発していく見えない火種は、広い部屋を、灼熱地獄へと変えていった。
「これなら、どうだぁ」
 杖が振りかざされる。
また、火種をまいたらしい。
「はじけろっ!!!」
 一喝、すぐに、爆発していくドゥントゥ・ルックボムは、誘爆しながら、リークを襲う。
一度くらった技を、二度、くらうことはない。
 ましてや、百年前にも、同じ技をくらっている。
「うわぁぁぁぁ」
 魔法防壁が、全てを防ぐ。
−いまだ−
「なっ!!?」
 視界を遮っていた、爆発が全て退いた瞬間、一筋の輝きが、リークを襲う。
 続いて金属音、また防いだのだ、杖で。
・・・・・・おかしいな、普通の杖じゃないぞ、これは・・・・・・
 じっと、観察する。
握るところは普通だ。
 ただ、先端部分に、異様な彫刻が施してある。
黒く輝く水晶の下は、何百もの人が支えている。
 絶望の表情と、苦痛の表情を浮かべたその、一つ一つは、近眼の人間にも
よく見えるように、深く、彫り込まれている。
・・・・・・まるで呪いののアイテムだな。さきに、こちらから壊すか・・・・・
 左手が鞘に触れる。
逆手に取られた鞘は、杖の丁度中心部を的確にとらえた。
「龍・口・閉!!!」
 刀の先端を、鯉口に差し込むように振り下ろす。
ちょうど、杖を挟むように。
 ガキンッ
何かが砕けた音が、部屋中に響きわたった。

(37)〜死闘(3)〜

「おや、なかなか丈夫な刀ですね。何か銘でもあるんですか?」
 余裕しゃくしゃくで、問うリーク。
俺はただ、砕けた鞘に目を落としていた。
 龍口閉は、たしかに完璧にきまっていた。
武器破損術としては、俺の持つ中で最高の技。
 それが、逆に鞘の方が砕けてしまったのだ。
「銘はないが・・・・・・俺の親友の親友からの形見だから、自信はある」
 『自分に自信はないが』、この、言葉は言わなかった。
それを言えば、この勝負、完全に終わるだろう。
「ただ、ドゥントゥ・ルックボムが自然爆発することはないんですよね。
いったい何をやったんですか?」
「ないしょだよ」
 数ある俺の奥の手の中で、実戦向き、なおかつ見切られたことのない
『これ』だけは、言うわけにはいかない。
「教えてくれないのなら、見極めるとしましょうか」
 空間が歪んだ。
もう一度、ドゥントゥ・ルックボムをしかけたのであろう。
──もう一度、今度は──
 右手を前にかざす。
そして、さきほどと同じように火種は誘爆を繰り返し、リークを襲った。
「不可視の魔法、にしては魔法詠唱ナシですね。ちょっとわからないな」
と、いいつつ、刀を受け流す。
「一度うけた攻撃を二度うけることは三流のやることだ。誰の台詞でしたっけ」
ここまではお互いに計算道理。あとは───次の一手次第。
「この至近距離なかわせないでしょう」
 間に空間の歪みが出来上がる。
──やっぱりな
 互いに笑みを交わした刹那、跳躍する。
「上空に逃れたつもりですか、だったら」
 が、次の瞬間、リークが地面に突っ伏す。
きまった、俺の攻撃が。
 魔外套が防ぐかどうか不安だったが、どうやら通じるらしい。
「なっ!?」
「これで、どうだ!!!」
 もう一撃、左腕から『あれ』を放つ。
だが、いきなりリークの体が中に浮いてきた。
「っざけるなっ!!!」
 膝蹴りが、顎から脳天にかけて衝撃を与える。
すぐに、刀を繰り出すが、空を切る。
「フライか!!?」
 洞窟とはいえ、ドラゴンすら余裕で入るこの部屋だ。
人が空を飛ぶスペースくらいゆうにある。
「なかなか実戦経験をつんでいるじゃないか。あの状況じゃあ、フライで
避けようだなんて思いつかないぜ」
「えぇ、それに。こっちからの方が、的に当てやすいので。たとえどんなに離れていても」
 最初は、自分を狙うためだと思っていた。
だが、やつの杖の先端が、自分に向いていないことに気付く。
「しまっ─」
「遅い!!!」
煌めく光が、パステルたちを襲う。

(38)〜死闘(4)〜

・・・・・・・・・・詩人兼マッパー、パステル・G・キングの視点で・・・・・・・・・・
「う・・・そ」
 本当に一瞬だったと思う。
リークの杖から放たれた魔法は、たしかにこちらに放たれた。
 だけど、球状だったその光は、途中で空気に解けてしまうように、消えてしまった。
「へぇ、やっぱり」
 フライの魔法がまだ効いたままらしい。
空中からサードを見下ろしたリークがフムフムと頷いた。
「実際に見るのは、初めてですね。俗に言う『気砲』というものですね」
「へぇ、ばれちゃった、か」
 サードはというと、相当息づかいが荒い。
かなり無理をしたんだろう。
「『気』というと、まったく非論理的な技ですが、実際、それなりの達人もいるようですね。
洞窟内でのモンスターの気配、危機感、まぁ、その他様々な用途があります。
それでも、それを武器として扱える人は、皆無に等しいと聞いていますよ」
「御丁寧な解説、ありがとう。それ以上言う必要はない」
 少しだけ、呼吸が落ち着いてきたらしい。
刀を構え直し、リークを見上げる。
「さっきの、本気でパステルたちを狙うつもりなかったろう」
「えぇ、少々手荒なまねをしたこと、深くお詫びしますよ」
 といって、ペコリ。
本当に頭を下げたのだった。
 やっぱ、この人、いい人か悪い人かわかんない。
私から見たら、とことんいい人だけど・・・・・・。
 トラップなんかは、なんて言うことやら。
「んじゃあ、続き始めるか」
「そうですね。お互い、速くすませましょう」
 今になって気がついた。
なんか、引っかかってたんだよね。
 最初、リークに会ったとき。
そして、サードが彼を説得していたとき。
 そして、彼らが争っていたとき。
今、やっと気がついた。
 私は─
『光よ、幾千もの鋭利なる刃よ、我が手中より、解き放たれよ』
『風よ、互いに交わり、渦巻き、空より我、見下す者、打ち落とせ』
 私は─
『フラッシュ・アロー』
『トルネード』
 この人たちの争いを、見たくはない。

(39)〜お願い〜

 突如、風が強くなってきた。
サードの魔法のせいだろう、たぶん。
 リークの手から放たれた光は、正面から、左右上下から、一気にサードを襲う。
「はぁぁぁぁ!!!!」
 両手に拳をつくり、光の矢が直撃する寸前、サードが吠える。
それに怯えるがごとく、光はすべて散っていった。
「そんな!!?」
 そう言ったリークの体が宙に(浮いてるけど)投げ出される。
そのまま地面に叩き付けられた。
「カハッ」
 背中から思い切り突っ込んだもんだから、呼吸困難におちいるリーク。
だが、サードも先程と同じように、呼吸が荒い。
 どちらも、相当まいっているみたいだ。
「へっ、どーだ。参ったか。物理的攻撃の魔法だったら防ぎ切れねぇだろう」
「なーに、このくらいどうってことありませんよ」
 2人とも笑っている。
とても楽しそうに。
 なんで?
なんでだろう?
「やっぱ、魔法じゃなくて、刀でケリつけるか」
 といって、刀を鞘に納め、そのまま左手で唾よりちょい下を持って
頭の上に持っていった。
抜刀術の縦バージョン、といったらわかってもらえるだろう。
「卑怯ですよ、魔力はそっちが上、剣術もそっちが上ですから」
「ばぁーか、そういいながらその杖はうけとめてるじゃねぇか」
 といって顎で杖を指す。
よくめをこらしてみると、なんとも奇妙な彫刻だろう。
「これですね、その隠し部屋でみつけたんですよ」
懐かしそうに笑う。
「すごい魔力を感じて、悪魔を呼び出そうと決断したとき、持ち出したんですよ」
「俺が見たときはなかったな」
 ふと、首をかしげる。
必死に記憶を遡っているのだろう。
「それを実行するときに、あなたに見つかるとは、不運でしたよ」
「おれは幸運だったね。悪魔を呼び出せる方法が見つかるんだからな」
「やめようよ・・・・・・」
 ビックリして振り向いたサードの顔が目の前にあった。
彼が刀の柄に手をかけようとした右手の腕を必死につかんでいる、私。
「やめようよ・・・・・・」
 同じ台詞をまた繰り返す。
必死に頭の中を整理しようとするんだけど、目からこぼれ落ちる涙がそうさせてくれない。
「パステル、なにやってんだよ」
 トラップが駆け寄ってくる。
リークは、ポカンとした顔で硬直している。
「どうしたんだ、パステル」
「やめようよ、私、もう、耐えられないよ」
 まだ、涙が流れている。
最近は、そんなに泣くことなかった。
 でも、何故か悲しい。
「あなたたちが、争っていると、悲しくて、仕方ないの」
つっかえつっかえ、でも、必死に言葉をつなぐ。
「何で?」
彼の表情は、傭兵サードの顔からいつもの顔に戻っていた。
「わからない、でも、リークだって、悪い人じゃないと思う」
 胸にためてた事を、言うたびに、涙が少しずつ退いていく。
普通は、言えば言うほど、涙が溢れてくるばっかりなのに。
「でも、これ、私からのお願い」
両手でサードのてを掴み、顔を上げる。
「もう、戦わないで」
 私は、精一杯の笑顔を浮かべた。
聞いてくれるよね、私のお願い。
「おーい、リーク」
「なんですか?」
先程まで争っていた2人とは思えない、のどかな声。
「パステルはこう言っている。けど、俺はその気はない」
えっ!!?
「こういう時って、どうすりゃいいのかな?」
 しばらく考え込むリーク。
時々、「うーん」とか「でもなぁ」とかの声が、溜息と共に出てくる。
「そうだねぇ、あんたがその人に気があるんだったらやめた方がいいと思いますよ。
どーでもいいと思うんだったら、続ければいい。
ただ、ボクとしても、こんな半端なところで終わらせたくない。
でも、親父はボクに「女には優しくしろ」って言ってたしな」
 本気で悩んでる。
その動作が、ちょっと可愛かったので、私はクスリと笑ってしまった。
「なんだよ、悩みの種をまいた奴が呑気に笑ってやがる」
苦笑して、
「ここは、中間とって一撃で決めるとすっか」
といって、私の手を振りほどくサード。
「ちょっと、サード」
「笑ったおまえが悪い、そうだろ?」
 そんなことを言われると・・・・・・。
渋々手を引くしかない。
「だーいじょーぶ、殺しはしないよ、任せとけ」
 といって、ニッと笑う。
その笑顔、私を安心させるのには十分すぎた。
「いっくぜ」
「いつでもどうぞ」
と、リークが言った約10秒後、サードが消えた。
「地・断・閃!!!!!!」
 一気にリークのところに詰め寄り、抜刀。
目にもとまらぬ速さで斬りつける、が、それすらも止めてしまった。
 杖に、少しヒビが入ったが。
「ボクの奥の手ですよ」
 といって、リークが魔法詠唱を始めようとしたとき。
サードがまた消えた。
 それはリークの視線でのみ。
私たちには見えていた。
 刀を軸に、前方に跳び、そのまま回転していく。
「龍・牙・砕!!!!!!」
遠心力たっぷりの踵落としが、リークの後頭部に見事きまった。

(40)〜答案用紙〜

 ドサッ
リークが地面に倒れる。
 必死に手とか、頭とか、動かそうとしているのがわかるけど、全然動かないみたい。
「どーだ、龍牙砕。地断閃の威力をそのまま、更に遠心力まで加わってるんだ。
気絶させない程度に抑えたとはいえ、体は動かせないだろう」
「まったく、卑怯ですよ」
仰向けに天井を見たまま、リークが呟いた。
「一撃って自分で言ったくせに、2回もやるんだもんな」
「フェイントってことにしてくれや、地断閃のほうはよ」
 といって微笑む。
私が望んだ結末とちょっと違うとはいえ、まぁ、いっかー、って納得できちゃう。
「ったくよぉー、ヒヤヒヤしたぜ。おまえがリークを殺さないかってよ」
「えっ!!?」
私が驚いたのを見て、トラップはベーッと舌を出した。
「ばーか。俺は盗賊(シーフ)だぞ。宝を見る目と人を見るめじゃ誰にも負けないからな」
 それを聞いてなんかホッとした。
トラップが、リークのこと否定したら、私もちょっと傾きそうだもの。
「人間恨んで、その結果ですか」
「俺も昔は人間恨んでた、いや、今もちょっと、な」
 ・・・・・・さっきの、聞き間違い?
今も、人間恨んでいるって。
「150年くらい前に、1人の男にあった。そいつと会ってから、人間観察始めようって、な。
世界中まわった。傭兵という立場利用して、とことん、な。
いろんな人にあったぜ。気にくわない依頼人、権力振り回す貴族。
暴政に耐えかね、反乱起こした首謀者。国と人民との板挟みに苦悩する町長。
両親の反対おしきって結婚した若夫婦。騎士としての誇りなんざこれっぽっちもない騎士隊長。
金集め趣味の金融屋。生きる糧を求める誇り高き男。いろいろ、な。
悪人も善人も。だから、俺の世界観変わってきた」
 本当に、楽しそうに話しているサード。
いままでの思い出、全部を吹き出しそうに笑ってる。
「だからよ、おまえも世界見てこい。それで滅ぼしたかったら、俺も手伝ってやる」
 本当だぞ、と言わんばかりに親指を立てる。
この調子じゃ、マジでやりかねない。
「でも・・・・・・この国だけは好きになれないと思います。母国ですけどね」
「あっ、それは俺も同感。俺もロンザ国はだーっいきらいだ」
「あなたって・・・・・・」
「ん!!?」
「随分と自分勝手ですね。人の野望打ち砕いて、それで説教なんて。
ホントに・・・・・・」
「わるかったな」
 この言葉を最後に、しばらく沈黙がおとづれた。
リークも、何でも体を起こそうとしているが、いまだに起きれないでいる。
 ふと、思い出したように口を開いた。
「まったく、これで減点ですよ」
「減点?」
ジェームスが眉をひそめる。
「そっ、減点。昔読んだ本の、たしか・・・・・・ミネルバうんたらって名前の
冒険者の詩人の本だったかな。
130年前くらいの作品だったかなぁー。
海を主題とした作品が多い人だった。
その一節にこういうのがあったんですよ。
『人生というのは、答案用紙だ』ってな」
「とうあんよぉし?」
 ルーミィーがリークのまねをする。
まったく、この子もリークがいい人、ってわかったらしい。
「そ。その後に、こう書かれてあった。
『その答案用紙は、予習ができない。もちろんカンニングも。その中で
自分が生きていた時の出来事を全てを記入していく。不思議なことに記入漏れはない。
書き直ししようも、消しゴムもない。鉛筆がつきるまで書き続ける。
そして死んだときに、自分で答え合わせをするんだ。それで満点とれたらそれでよし。
満点とれなかったら、あんたの人生そんなもんさ』
だってよ。最後の一節は無責任だけど、なかなかいいだろう?」
「うん」
「まぁなあ」
私は、心の底からそう思った。
「俺も知ってる。大ファンだったからな」
 サードが笑った。
どうやらホントに大ファンだったらしい。
「だから減点。無責任な一節どうり、俺の人生こんなもんさ」
 始めてみた。
微笑みながら泣く人。
 でも、それが『この人』なんだろうね。
「大ファンだったから、実際に会ったんだよ、その人に」
上を向くサード。
「偶然だったけどな。最初会ったときは、それが発行される前だったけど。
そして、それを読んだ後、また会った。そして言ったよ。
『この無責任な一節は納得いかないな』ってな。
そしたらこう答えやがった。
『そりゃあ、何にも為すすべないけど、特別点くらいはつけたっていいんじゃない?』
てな。まるで他人事のようにだぜ?
思わず笑っちゃったよ」
そこで、リークに視線を落とす。
「減点確実だけどな、特別点をとりにいきゃあ、すぐに巻き返しができる。
もしかすっと、前代未聞の満点以上の得点だ」
そこで、ようやく上半身を起こした。
「だったら、とりますよ、特別点。まずその第一歩だ」
といって、杖をサードに渡す。
「あなたが知りたかったこと教えて、ちょっと巻き返します」

 1999年7月13日(火)20時54分26秒〜7月25日(日)21時16分48秒投稿の、PIECEさんの長編「闇を知る者」(31〜40)です。

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