第四十一話〜第五十話

第四十一話「疲れゆく体」
  ゆっくりと通路を進んで行くと、突然後ろの方で、ガン!  と大きな音がした。
「な、何だ!?」
  素早く後方を見たが、通路は暗く、遠くまでは全く見えない状況だ。
  仕方なく通路を後戻りすると、いままであるはずの無い物がそこにはあった。つ
まり、壁があったのだ。
「くそっ、戻る事は不可能って事かよ」
  俺は、何度か壁を叩いてみたが、崩れるわけでもなかった。
  仕方なく通路を引き返すと、罠が無いかを確認しながら、ゆっくりと進んで行く
と、通路は右折れになっていた。
「ふむ、まったく、ここは曲がり道が多いの……」
  確かにそうだな。だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。何としてで
も食料庫を発見して、食べ物を食わないと、腹が減って飢え死にしちまう。
  通路を曲がり、更に進んで行むと、また長く続く直線の通路であった。
  ディト爺は腹が減っている為だろうか、歩くペースが遅いな。もし、ローリング
ストーンの罠があったら、大変な事になる可能性があるな。
  俺はディト爺の歩くペースに合わせながら、罠がないかを慎重に探しながら、ゆっ
くりと進んで行った。
  ディト爺の歩くペースに合わせるのはちょっと面倒だが、ディト爺がいなければ
俺の死は決まった様なものだ。
「ディト爺、大丈夫か?」
  俺がディト爺に声を掛けると、ディト爺は少し苦しそうな顔をしていた。
「う、うむ、何とか大丈夫じゃ……」
  ディト爺は、何とも苦しそうで、歩く事も辛そうだった。
「お、おい、本当に大丈夫かよ?」
「う、うむ、何、たいした事ではないわい」
  仕方なく俺はディト爺を背負おうとした刹那、カチリ、と何かボタンを踏む音が
足元でした。
「え、何だ?」
  ゆっくりと足を上げると、俺は小さなボタンを踏んでいた。
  何のボタンかはわからないが、罠が発動する事は確かだ。今の内にディト爺を背
負って素早く通路を走り出した。
  すると、懐かしく、そして嫌な音が聞えてきた。
  ゴンゴンゴン……。
  も、もしかして……。
  少し不安げに後ろを振り返ると、そこには大きな玉が転がって来ていた。
「は、ははは……。またかよ」
  走りながら、その玉を確認すると、出来るだけ速度を上げた。何しろ、速度を上
げ過ぎて疲れてしまっては死を意味するからだ。
「ディト爺、確りと掴まっていろよ!」
  そう言うと、玉より出来るだけ速く走り、玉から距離を置いた。
  更に、床に罠がないかをチェックしながら走って行った。
  しばらく走っていると、少しづつではあるが息切れがしてきた。
  やべぇな。このまま速度を保ち続けたら俺の体が持たねぇ。それどころか待って
いるのは死だな。更にディト爺も同じく死だな。俺のせいで死ぬなんて、そんな事
はさせねぇ!
  前方を確認すると、そこにはあってはならない物があった。それは、壁だった。
  おいおい、嘘だろ。何でこんな所に壁があるんだよ!  逃げ道はないのかよ!
  必死になって壁や床を調べるが、スイッチらしき影は全く見えなかった。
  こ、これは、ピンチだな……。

第四十二話「意地悪い通路」
  ディト爺を背負いながら必死に走る俺は、前方の壁を見ながら危機感を感じてい
た。何しろ、時間がない上に逃げ道すら見当たらない。このままでは死を覚悟する
しかない。
  ただ、このダンジョンは必ず脱出口をある事は今までの経験でわかっている。つ
まり、今回もぎりぎりの所に何かスイッチや逃げ道がある可能性は大だ。そのかわ
り、もしかしたら見付かり難い所にあり、そのまま見過ごす可能性もある。
  色々考えながら走っていると、とうとう壁にぶつかってしまった。
「やべぇな、一体何処に逃げ道があるんだ?  このままじゃ、潰されちまうぜ」
  壁や床を必死に調べるが、全くそれらしき影は見付からなかった。
  玉の方に目を向けると、すぐそこまで迫って来ている事がわかった。しかも、後
数秒ぐらいしか持ちそうにない。
「すまねぇな、もう駄目かもしんねぇ……」
  俺は、少し弱気な声を出した。
「ふむ、儂はお主と共に死ぬ事が出来るのなら、儂は思い残す事は何も無いわい」
  そう言って、ディト爺は俺の肩に手を置いた。
「俺は、おめぇと一緒に死ぬ気はねー!」
  思いっきり叫ぶと、俺は前方に迫り来る玉を睨み付けた。
  頼む、後退してくれ!
  と、少し情けないが心の中で祈った。
  すると、どうした事か、床がガタガタと揺れ始めた。
「な、何だ!?」
  突然揺れ出した床は、少しづつ傾いていった。
  俺はただその場で立ち尽くした。
  しばらくすると、床の揺れが止まった。
  床は、前方の壁の方に傾いたのではなく、反対の方向に傾いた。つまり、玉が今
まで迫って来ていたが、今では玉が少しづつではあるが引き返している。
「ふむ、どうやら床が傾いた様じゃな」
「ああ、玉が自然に引き返してるしな。何とか助かった様だな。」
  俺は、一息つくと辺りを見回した。
  まずは壁を調べてねぇとな。もしかしたら、また床が傾くって事もありえるしな。
  俺が壁を調べようとした刹那、後方で、ドシーン!  と何か大きな物が床に落ち
てくる音がした。
  慌てて振り替えると、そこには巨大な玉がゆっくりとだが迫って来てた。
「おいおい、またかよ!」
  俺はその玉を見るなり走り出した。
  くそ、何でこう玉が多いんだよ。このダンジョンの罠は、完全に嫌がらせがな。
  だが、少し走っていると、ある事に気が付いた。それは、前方にも同じく玉があ
る事だ。つまり、完全に逃げ道がないって事だ。
  走り過ぎても前方の玉に逃げ道が塞がれていて進みようがないし、遅すぎても後
方の玉に追い付かれてしまう。
  何とかして、逃げ道を見付けねぇとな。力尽きたらそこでお終いだ。早く逃げ道
を見付けねぇと死んじまうぜ!
  俺は走りながら、壁や床を細かく調べた。
  とは言っても、走っている為に見付けるのは至難の技だろうな。そうそう見付か
るものじゃねぇ。
  などと考えながら走っていると、壁に小さな出っ張りを見付けた。
  もしかしたらスイッチかもしんねぇ!  早くあのスイッチを押さねぇと!
  手を伸ばしてスイッチらしき物を押したが、何も変わりはなかった。
「ディト爺、何か扉の様な物はあるか!?」
「いや、全く見当たらぬわい」
  くそ、一体何の意味があったんだよ!  もしかして、全くの無意味だったのか?
いや、そんなわけがない。絶対に何かあるはずだ。
  そう自分に言い聞かせながら通路をひたすら走り続けた。

第四十三話「それで良いのか?」
  俺は玉を追いかけながら、そして玉に追いかけられていた。いや、正確に言えば
玉を追いかけていたわけではない。ただ、第三者から見ればそうなる。
  ただ、俺は必死に走っている事には違いない。
  更に、走り過ぎて力を使いは果たさないようにしてた。何しろ、ここはまだまだ
続きそうな気がするからだ。
  ディト爺を背負いながら走るという事は体力をかなり消耗する。だが、ディト爺
を見捨ててこのまま先に進む事は出来ない。ディト爺なしではこの先の罠を果たし
て無事にクリアー出来るだろうか?  多分、いつかは無理が出てくるだろうな。そ
の時にディト爺の力が必要になってくる。だからこそ、ディト爺を置いて行くわけ
にはいかねぇんだ!
  俺は後方に迫る玉を睨み付けると、前方を再び見た。
  ただ、この玉がこのまますんなりと止まるわけでもない。いや、前方の玉が止まっ
た時点で俺に訪れるのは死か……。
  不吉な事を考えながら走っていると、突然床が揺れ出した。更に、前方の玉が止
まってしまった。
  多分、壁にぶつかってしまったんだろうな。これで、逃げ道はなくなった。
「どうすれば……」
「ああ、せめて、お主と一緒に暮らしたかった……」
「暮らしたかねー!」
  背中にいるディト爺の頭を殴ると、後方に迫る玉を見た。
  すると、さっきの揺れが更に酷くなり、大きく揺れ出した。
「これは、床が傾いている様じゃな」
  そう、床は少しづつ傾いている。つまり、またしてもあの玉と一緒に通路を走ら
なければならないって事だよな。
  そうこう考えていると、床の傾きが止まり、玉が再び動き出した。勿論、俺のい
る方向に向かってだ。
  これはやばいと思い、通路を引き返すと、前方にまだあの玉が残っていた。
「ちょっと待てよ、何でまだ止まってんだよ!」
  玉は通路の途中で止まっていた。しかも、後方からは玉が迫って来ていた。
  ただ、まだ動き始めたばかりだから、速度は速くはなかった。
「くそ!  何とかしねぇと!」
  玉を蹴ってみるが、中々動く気配はなかった。
「どうすれば……」
  俺は玉を押したり蹴ったりしたが、時間の無駄だった。
  後ろを見ると、玉が更に迫って来ていた。
「ディト爺、どうする?」
「ふむ、こうなったら、あの禁断の技を使うか……」
「禁断の技だと?」
  ディト爺は、俺の背中から降りると、突然俺の方を見た。
「さあ、今こそ、あの必殺の究極トラップスーパーツッコミじゃ〜!」
「わけりわからねぇ事を言ってんじゃねー!」
  ディト爺を思いっきり蹴飛ばすと、ディト爺は見事に止まっていた玉に直撃して
しまった。
  ティト爺は、苦しそうな顔をしながら俺に近付いた。
「快感……」
「苦し紛れに言うなー!」
  更にディト爺を蹴り飛ばすと、またしても玉に直撃した。
「そんな貴方が好き……」
「五月蝿い!」
  追い討ちを掛けるようにディト爺を蹴ると、突然止まっていた玉が動きはじめた。
「おいおい、こんな展開でいいのかよ……」
  俺は少し呆れながら見ていたが、自分が今いる状況をすぐに思い出し、動き始め
た玉を押しながら、玉を少しづつではあるが加速させた。
  後方に迫って来ている玉はすぐそこだ。
  俺は、更に玉を押して加速させた。

第四十四話「届かない!」
  俺は、玉を追いかけるように走っていた。何しろ、後方に迫る玉との間隔は短い
からだ。もし、ここで少しでも後退しようものなら、玉に潰されちまうぜ。
  後方の玉に気を付けながら走っている為か、周りを見ている余裕がねぇな。もし、
小さな穴があっても全く気付かないかもしれねぇな。
「ディト爺!  怪しい物を見付けたらすぐに言えよ!」
「ふむ、承知した」
  さて、これでよしと。後は走るか!
  後方の玉との間隔に気を付けながら、暗く、そして長く続く走って行った。
  何処までも続くようにも思われる通路を、ディト爺を背負いながら走るのはかな
りの体力を消耗する。その為、俺の体力は確実に残り少ないものとなってきている。
  このまま走り続けたら、俺は途中で倒れてしまう可能性があるな。何とかして抜
け道を見付けないと。その為にはディト爺の協力が何よりも重要となってくる。今
は周りを見るより後方の玉に気を付けなくては潰されちまう。ディト爺がどれだけ
注意深く壁や床を見ていてくれるかが、ここを脱出する為の鍵となってくるだろう
な。
  しかし、毎回の事だがあの玉、何とかなんねぇのか?  せめて破壊出来たらな。
まあ、無理か。ディト爺は剣技が完全に使えねぇ状態だしな。ディト爺に頼る事は
出来ないな。せめて、破壊するような便利な道具でもあればな。
  走りながらそんな事を考えていると、ある事を思い出した。
  そうだ!  ディト爺は発明家だったんだよな。何かいい発明品を持ってるかもし
んねぇ。
「ディト爺!」
  俺が背中にいるディト爺に向かって呼びかけた。
「何じゃ?」
「ディト爺、この状況を切り抜けるような事が出来る発明品はないか?」
  すると、ディト爺はごそごそと袋の中を探り始めた。
  頼むぜ、ディト爺!
「ふむ、これなんぞどうじゃろうか?」
「何だ?」
  ディト爺は俺の顔の前に靴のような物を出した。
「これはじゃな、走る速度を上げるという凄い靴なのじゃ。軽く走るだけで速く走
れる、つまり、スタミナの消費も少なくてすむのじゃ」
  おっ、ディト爺がまともな発明品を出すなんて珍しいじゃねぇかよ。
「ただし、使い慣れていないと、あまりの速さに燃え尽きてしまう事もしばしば」
「燃え尽きてしまうような速さを誇る靴なんているかー!」
  思いっきり殴ろうとしたが、今の状況では殴りようがなかった。
  ディト爺、後で殴るぜ……。
「他にないのか?」
「ふむ、そうじゃな……」
  すると、ディト爺はまた袋の中を探り出した。
  その間も、俺は走り続けていた。少しづつ体力が減ってきているのがわかった。
  ディト爺、早くしてくれ!
「ふむ、これはどうじゃ?  使用すると、どんな物でも破壊する事が可能じゃ」
「よし、ディト爺、早くそれを渡してくれ!」
「ただし……」
  俺は、ディト爺のただしという言葉を聞いた瞬間、全く良い物ではないという事
を確信した。 
「ただし、半径一キロ内に多大な衝撃波が走り、そこにいる生きるもの全ては完全
に死んでしまうのじゃ」
「んな物いるかー!」
  だが、ディト爺には完全に手が届かない状態で全く手が出せない。
  くそっ!  ディト爺、後でぼこぼこにする!
  俺は、後でディト爺をぼこぼこにする事を心に誓い、通路を走りつづけた。

第四十五話「届かない手」
  俺はディト爺を背負いながら通路を走っていると、背中にいるディト爺が、突然
俺の背中を叩いた。
「トラップ!  少し先に行った所の壁をよく見るのじゃ!」
  ディト爺の言葉通りに少し先の壁を見ると、そこには少し見え難いが小さなボタ
ンがあった。
  さっき俺が押した物とは違うな。確か、あれは一度押すと完全に凹んだままだっ
たしな。となると、あれは絶対に押していないボタンだな。
「ディト爺、よく知らせてくれたな」
  俺が少し走ってそのボタンに近付いた刹那、突然、後方の玉の速度が増してきや
がった。
  立ち止まる事は許されねぇな。仕方ない、このまま走りながらボタンを押すか。
  俺がボタンに手を伸ばしたその時だった。
「はっくしょいぃぃぃぃぃ!」
「うわっ!」
  突然、ディト爺が背中で大きなクシャミをした。それによって、俺の手元が狂っ
てしまい、ボタンを押す手が外れてしまった。
  やべぇ!  外れた!
  慌ててボタンを押そうとしたが、ディト爺は俺の背中を叩く。
「駄目じゃ!  早く先に進むのじゃ!  時間がない!」
  後方を見ると、そこには巨大な玉が目の前にあった。
「どわぁぁぁ!」
  もう駄目だ!  ボタンを押す暇なんてねぇ!
  俺は仕方なく通路を走り出した。
  くそっ!  ディト爺のクシャミさえなければ、絶対にボタンを押す事が出来たの
によ!
  今の所、ボタンや隠し通路のような物は全く見付かってねぇ。つまり、あのボタ
ンが逃げ道を開くという可能性は高い。折角見付けたというのによ。
「ディト爺!  何でクシャミなんてするんだよ!」
  俺はディト爺に思いっきり怒鳴りつけた。
「ちょっとお茶目な爺チャン!」
「何がお茶目だ!」
  だが、ディト爺を殴る事は出来なかった。くそっ!  絶対に後で殴る!
  俺は通路を走りながら後方の玉を見てみると、すぐそこまで玉は迫って来ていた。
  走る速度を上げて、後方の玉とのある程度の距離をとると、壁や床にボタンがな
いかを調べるが、全く見付からなかった。
  あのボタンを押していれば、今頃はこんなに走っている事はなかったのによ!
  しかし、体力がそろそろやべぇな。少しずつではあるが息をするのが辛くなって
いやがるぜ。
「ディト爺!  絶対に変な事をするなよ!」
「変な事?  ああ、お茶目な行為の事かな?」
  何がお茶目だ!  ふざけやがって!
  走りながら、ディト爺への怒りを感じながら、通路の先を見ていた。
  前方の玉までの距離はさっきより短くなっている。速く走っていたからか?  い
や、違う!  前方の玉の速度が落ちてきているんだ!
  後方の玉を見ると同じく距離は短くなってきている。
  やべぇな。このままだと、挟まれちまうな。
「ディト爺!  何か良い発明品はないか?」
「ふむ、どういった物が必要かな?」
「あの玉の速度を少しでも遅く出来るような物だ!」
  ディト爺が、俺の背中でごそこぞと動き始めたと同時に、後方の玉の速度が突然
速くなってきやがった。
「ディト爺!  早くしてくれ!」
  だが、ディト爺はまだ袋の中を探っている様子だ。
  時間がねぇ!  早くしてくれ!
  後方の玉は更に迫って来ている。前方と後方の玉との距離は更に狭くなってきて
やがる。
  ディト爺!  早くしろよ!

第四十六話「今度こそ」
  俺の後方には巨大な玉が。そして前方にも巨大な玉が。
  玉と玉との距離が短くなってきている。このままでは死んじまう!
「ディト爺!  早くしてくれ!」
  ディト爺は、まだ袋の中をごそごそと探っていた。
  次第に距離は短っていく。
  俺の体力にも限りはある。これ以上、体が持つかどうか……。
「見付けたわい!」
  素早くディト爺が中を俺の目の前に出した。
  それは、四角い形をした何かの塊だった。
「で、これは何だ?」
  俺はディト爺の出した物を手に持ちながら聞いた。
「ふむ、それは、床に置くのじゃ。もちろん、あの玉が通る道筋にな」
  それを聞くと、俺は素早くその物体を床に置いてみた。
  すると、すぐさま後方の玉がその物体をひき潰したと、同時に、大きな爆発音が
した。
  走りながら後ろを振り返ると、玉があった所は物凄い煙に覆われていた。
「へ〜、凄いじゃねぇかよ!」
  俺は感心したように言った。
  ディト爺も、初めからこんな物を出してくれていれば良かったのによ。ようやく
安心して進めるってもんだな。
  だが、何かが変だった。
  何故なら、まだ後方からあのお馴染みの音が聞えていたからだ。
「お、おい、ディト爺。何か後方で嫌な音が聞えるんだが、気のせいか?」
「ふむ、それは気のせいではないじゃろうな」
  気のせいではない?  もしかして……。
  俺は嫌な予感がして、意を決して後ろを振り向いた。
「う、嘘だろ!」
  そこにあった物はあの巨大な玉だった。しかも、全くの無傷だ。
「な、何で玉が無傷なんだよ!?」
「ふむ、実はじゃな、あれは一種の煙玉なのじゃ」
「んな物出すなー!」
  俺はディト爺に向かって思いっきり叫ぶと、後方の玉を見た。
  ん?  さっきより少しだけ速度が落ちているような気がするな。
「ディト爺!  他に発明品はないのか?」
「う〜む、どうじゃろうかな?」
  くそっ!  何か良い手はないのか?
  走りながら色々と考えてはみたが、全く良い考えは浮かばなかった。
  どうにかして、この状況を切り抜けないと、このままでは死んじまう!
  後方の玉は、さっき少し速度が遅くなっていたが距離はまた短くなってきていや
がる。
  このままでは……。
  走れば走る程状況は更に悪化して行く。
  完全に追い込まれているな。今のままでは、もう数分も持たないだろうな。
  もう、駄目なのか?
  後方の玉と前方の玉見て、完全に逃げる事は無理だという事を確信した。
  諦めるか?  いや、こんな所で死んでたまるかよ!  絶対に生きて、ここから出
てやる!  そして、メレンゲのヤローをぶん殴ってやる!
「ディト爺!  何か変わった物はないか!」
「ふむ、見当たらんわい」
「絶対に何かあるはずだ!  見落とすな!」
  俺は決して諦めようとはしなかった。それは、メレンゲに対する恨みがそうさせ
たのかもしれない。
  何処かに必ずこの状況を切り抜ける事が出来る何かがあるはずだ!  絶対にな!

第四十七話「ようやく…」
  俺が必死に走っているにも関わらず、ディト爺は何故か落ち着いていやがる。い
や、寝ているのか?  ディト爺の姿を確認している暇は全くない。この状況でディ
ト爺に変な事をされたら、ちょっとやばいな。発明品に頼る事は止しておいた方が
身の為だな。また変な物を出されたら命が危ないしな。
  走りつつ、辺りを見るが何処にも変な物はなかった。
「お〜い!  もう駄目かもしれんぞ!」
  ディト爺の言葉を聞いて後ろを振り返ると、すぐそこに巨大な玉が迫って来てい
た。距離は、一メートルといった所か。
  駄目だな、このままでは……。前方の玉までの距離も一メートルぐらいだしな。
  何か良い手段はないのか?
  だが、全く何も思い浮かばないまま、玉が限界まで迫って来ていた。
「ディト爺!  この場合、どうする?」
  俺は前方の玉を見ながら言った。
「ふむ、人間、何とかなるものじゃよ。まあ、ここはお茶でも飲んで落ち着こうで
はないか」
  ディト爺、何を呑気な事を言ってやがる。
  と、ディト爺が俺に一杯のお茶を差し出した。
「ほれ、これが最後の晩餐じゃ」
「そんな物いるかー!」
  ディト爺が差し出したお茶を殴ろうとしたが、ディト爺は素早くお茶を退けてし
まった。
  走りながら、強い一撃を繰り出したのだが見事に外れてしまい、体勢を崩してし
まい、そのまま壁に激突してしまった。
  すると突然、壁が動き出し、俺とディト爺は別に通路へと入って行ってしまった。
  思いっきり顔面を打った俺は、落ち着いて辺りを見回した。
  少し前方には壁があり、右折れに通路が続いている。
「こ、ここは……」
  そう、俺が今いる所はあの通路ではない、別の通路だった。
「う〜む、どうやら壁が一回転したようじゃな」
  またしても偶然かよ。ディト爺がお茶を差し出していなかったら、今頃俺達は死
んでしまっていただろうな。
  しかし、一回転する壁か。しかも、走っているから見落とす確率は高い。
  まあ、何にせよ、ようやく助かったんだ。ちょっと一休みでもするか。
「と、その前に……」
  俺は背中のディト爺を降ろすと、腕組みしながら考えた。
  さて、どうやって殴るかだな。まあ、最低五回は殴るとしてだ。
「ディト爺、どういったメニューが好きかな?」
  俺はにやりと笑いながらディト爺に聞いた。
「ふむ、やっぱりここは、フルコースがいいの〜!」
  意味がわかっていないディト爺は適当に答えたんだろうな。だが、答えたからに
はそのメニュー通りにするしかないな……。
「じゃあ、ディト爺。ご要望に答えてやろうじゃねぇか!」
  俺は素早くディト爺を殴ると、今度は蹴りをする。
「変なボケをしやがって、俺が必死に走っているってのによー!」
  更に蹴り、続いてパンチ、お次はアッパー!
  だが、俺の体も疲れている為、そろそろ終わりにする事にした。だが、ディト爺
は全く何もなかった様に俺を見て、にやりと笑った。
「今夜も激しいのね」
「黙ってろ!」
  ディト爺を思いっきり殴ると、俺は疲れをとるべく寝る事にした。ディト爺も同
じく寝るようだな。
  まあ、この先何があるかわかんねぇしな。ディト爺にも休んでもらわねぇと。
  俺はしばらく床に転がっていると、いつしか長い眠りについていた。

第四十八話「全ては無駄足」
  俺は眠っていた。いや、そう思っていただけなのかもしんねぇ。中々寝付けない
な。
  俺は床に横たわって目瞑っていただけだった。
  腹が減って寝れやしねぇぜ。体の疲れは少しはとれたのが何よりも救いだな。
  そろそろ行くか……。
  ゆっくりと体を起こすと、横にはディト爺が座ってお茶を飲んでいた。
「ん?  何じゃ、もう起きたのか?」
  ディト爺は何かの本を読んでいた。
「何の本を読んでいるんだ?」
「ん、これはじゃな、『ボケはタイミング!』という本じゃよ」
  何でこんな時にそんな本を読んでいられるのやら……。
  俺はゆっくりと立ちあがると、通路の先の方を見てみた。通路には罠があるよう
には見えなかった。
  それにしても、いつも殺風景な通路だな。飾りの一つもありやしねぇぜ。
「おい、そろそろ行くか?」
  ディト爺に呼びかけると、俺はゆっくりと歩き出した。
  通路には罠は全く見付からなかったが、油断は出来ないな。
「ディト爺、注意しろよ。何処に罠があるかわかんねぇしな」
  かなりの時間を通路をゆっくりと歩き続けていたが、全く罠という罠は無かった。
  こうも罠がないと逆に不気味だよな。今までが罠の連続だったからな。落ち着い
ていられる時間は少なかったからな。
  それにしても、今まで忘れていたが、ディト爺は一体何者なんだろうか?  ただ
のボケ爺って事はないな。あの発明家とは言っても、何か怪しさが残るな。変な発
明品は多いが、まだ、何か大きな発明品があるような感じがするんだよな。
  それにあの剣技、見た事も聞いた事もない。あの威力、化け物か?  人間業じゃ
ねぇな。
「う〜む、長いのぅ、この通路は……」
  確かに長いな。罠がある気配は全くないしな、少しは安心出来るな。
  かなりの時間を歩いていた俺達は、全く罠がないので安心して進む事が出来た。
  そして、ようやく行き止まりが見えてきた。
  俺は素早く壁を調べると、左側の壁に扉がある事を発見した。
  扉に罠がないかを確認すると、ゆっくりと扉を開けてみた。
  ギギギギ……、と音を立てながら扉は開いていく。
「ん?  まだ奥に扉があるな」
  扉を開けて、少し進んだ所にはまたしても扉があった。
  俺はその扉を罠がないかを調べると、ゆっくりと開けてみた。
  ギギギギ……、と音を立てて扉が開いていく。
「ここ、一度見た事があるような気がするな」
  俺達の目の前には壁があり、左右には通路が続いていた。
「ふむ、多分、儂等は一周して来たようなものかもしれんな」
「おいおい、つまり、俺達は単に走らされていただけだって事なのかよ?」
  ディト爺はうなずいた。
  くそっ!  誰がこんなダンジョンを作ったんだよ!  製作者呼んで来い!
  俺は心の中で激しく叫んでいた。

第四十九話「いつも…」
「現在いる所は、あの通路だよな。この地図によると、ここから右方向に向かって
歩いて行けばあの扉があり、そのまま真っ直ぐ行くと十字路に出るって事だな」
  ディト爺が書いていた地図を確認しながらディト爺に確認をする。
「ふむ、このまま真っ直ぐ行けば、まだ行った事の無い所じゃな。もしかしたら、
この先に食料庫がある可能性があるな」
  ディト爺は地図の未完成部分を指して、丸印を薄く書き込んだ。
  確かに、可能性はあるな。だが、果たして何事もなく行く事は出来るだろうか?
今までの事を考えると、食料庫にも何か罠があるはずだ。だが、この状況では、罠
を乗り越える事が出来るだろうか?  ディト爺の剣技も使えない状況だし、発明品
は全く役立たないしよ。
「そろそろ行くかの?  考えていても何も始まらないじゃろ?」
「ああ、そうだな」
  ゆっくりと歩き出すと、ディト爺は俺の後ろについて来る。
  通路を真っ直ぐ進んでいると、偶然見付かったという扉が見えてきた。
  だが、そこで俺が見た物は……。
「ちょ、ちょっと待てよ、何でこんなのがあるんだよ!」
  俺は後ろを向くと、ディト爺に向かって叫んだ。
  何故なら、壁にはあからさまに怪しい人がぶつかったような後がくっきりと残っ
ていたからだ。
  しかも、ご丁寧に名前までいつの間に壁に彫ってあった。
「ふ、な〜に、ちょっとした爺心ってやつよ」
「わけのわかんねー事を言ってんだよー!」
  素早くディト爺の頭を殴ると、ディト爺はにやりと笑った。
「お主も一緒に写らんか?」
「いらん!」
  更に殴ると、ディト爺を無視して先へと進むべく扉を開けた。
  重い扉を開けると、扉をすぐに閉じた。
「さらばだ、ディト爺……」
  俺は、扉を押さえてディト爺の封印を試みた。
  ディト爺はあまりにも危険過ぎる。この存在は封印すべきなんだ!
「儂も手伝おうかの?」
「ああ、頼むよ……、って!  ディト爺!?」
  素早く振り替えると、そこにはディト爺がさり気なく立っていた。
「おんどれは、いつの間に入って来たんだー!」
  ディト爺の頭を思いっきり殴ると、落ち着いて考えてみた。
  俺はさっき、確かにディト爺よりも先に入り、扉を閉めたよな。とすると、ディ
ト爺は何故ここにいるんだ!?
「おめぇは一体何者なんだよ!」
  ディト爺を指差すと、突然、はいていた靴を脱いで俺に見せた。
「これはじゃな、いつか見せた物凄い速さで走る事が出来る靴じゃよ。使いこなせ
ばこんな事も出来るのじゃよ」
  そう言って、にやりと笑った。
  大きくため息をつくと、ゆっくりと先を進む事にした。
  しばらく歩いていると、十字路に出た。
「確か、ここを真っ直ぐ進めばいいんだよな」
  後ろを振り返って、ディト爺に言った。
「ふむ、このまま真っ直ぐじゃ。そうすれば、何かがあるかもしれん」
  ディト爺の言う通り、何かあるに違いない。もし、何もなければ、この階を一か
ら調べないといけねぇ。そうなったらやべぇな。
  十字路を真っ直ぐと進むと、前方に何かが見えてきた。
  どうやら、扉ようだな。
  鍵がかかっていたらやべぇな。このダンジョンの扉は、俺の技量で開くような扉
じゃねぇ。罠の解除なら可能だがな。複雑というより、何かの魔法がかかっている
ようだな。
  扉の前まで来ると、罠がないかを調べてみた。
「どうやら罠はないらしいな。行くぞ、ディト爺」
  ゆっくりと扉を開けると、少し広い部屋に出た。
  あまりにも殺風景だな。殆ど何もないな。
  部屋の中を見回していた俺は、部屋の隅の床に何か落ちいてるの物を見付けた。
早速近付いてそれを見ると、それは鍵だった。
「どうやら、これで何処かの扉が開くらしいな」
  俺は少し安心しがらディト爺を見た。だが、ディト爺は上を見ながら、真面目な
顔つきになった。
「ふむ、じゃが、上を見るのじゃ」
  ディト爺の声に反応して上を見ると、天井がゆっくりと迫って来ているのがわかっ
た。しかも、かなり速いな。
「ディト爺!  すぐに逃げるぞ!」
「ふむ、了解した!」
  走って扉まで行くと、扉を開けようとした。
「ん?  何だ?  変だな?  開かないぞ!」
  何度開けようと力を込めても、びくともしない。
  これは、もしかして閉じ込められたのか?  しかも、また天井が迫って来ている
なんて!  何でいつもこうなるんだよ!

第五十話「探せ」
「ディト爺!  何か扉を壊すような物は!?」
  急いでディト爺に聞くと、袋から何かを取り出した。それは、小さな箱のような
物だった。
「で、それは?」
  俺が聞くと、ディト爺はにやりと笑った。
「これは、半径五キロメートル以内の物を全て破壊するという強力な……」
「いるかー!」
  素早くディト爺の頭を殴ると、一人で考える事にした。
  部屋の中を見回すと、何も置かれていない事に気が付いた。つまり、物による仕
掛けはないって事だ。
  更に、扉は完全に閉まっていて、扉からは絶対に逃げる事は出来ないな。
  となると、この部屋の中の何処かに逃げ道があるって事だよな。
  だが、一体何処にあるんだ?  部屋の中でありそうな所って言ったら壁か?
「ボケとは、緊迫した状況でしてこそ面白味というものがあるのである。ただ、い
くらボケても、突っ込み役がいなくては面白くはない。突っ込みとボケ、この二つ
がそろってこそ、本当の力が出てくるのである。そして、タイミングというものは
難しく、慣れている者でも必ずしも上手くは出来ないのである。ただ、周りがどの
ような状況であるかを正しく判断し、如何にしてボケるのかが鍵となってくる」
  突然、ディト爺は、ぶつぶつと言い始めた。
  な、何だ?  何を言っているんだ?
「ディト爺?  何言ってんだ?」
  ディト爺を見ると、ディト爺は本を読んでいた。その本の題は『ボケたれ!  必
勝法!』という訳のわからない本だった。
「人が真剣に考えているのに、変な本を読んでんじゃねぇ!」
  思いっきりディト爺の頭を殴ると、俺は壁を調べる事にした。
「ディト爺、お前も手伝えよ」
  壁を調べながらディト爺にそう言った。
「ふむ、じゃが、天井はもうすぐそこまで迫って来ておるぞ」
「何だって!?」
  素早く天井を見ると、後三メートル程で床に接すると思われる高さまで迫って来
ていやがった。
  こいつはやべぇな。予想以上に速いな。このままだと、潰されるのは時間の問題
だな。
「ディト爺!  早く見付けろ!」
  ディト爺にそう言ってはみたが、期待はしていない。今、頼りになるのは自分だ
けだからな。
  とにかく、何としてでも見付けなくては。
  必死に壁という壁を調べたが、結局何も見付からずだ。ディト爺と手分けして探
してはいるが、何も見付かりやしない。
  一体何処に逃げ道があるんだ?  早く見付けないと、死んじまうぜ!
「ディト爺!  何か変わった物はあったか!?」
「う〜む、全く見付からんわい」
  一体、何処にあるんだ?
  天井を見上げると、後ニメートル程で床に到達してしまう!
  手を伸ばせば届いてしまう程だ。
「ディト爺!  早く見付けるんだ!」
  俺は必死に壁を調べながら叫んだ。
  一体何処にあるんだ?  無いとは言わせねぇ!  絶対に何処かにあるはずだ!
  迫り来る天井を見ると、俺は再び壁を調べだした。

 1998年5月18日(月)21時18分48秒〜06月17日(水)20時13分30秒投稿の、帝王さんの小説第四十一話〜第五十話です。ピンチの連続! うーむ。

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