闇に蠢くもの(1〜10)

〜Erst〜
 いつものことではあるが、マーリンは迷っていた。
 ここはエベリンの街。時間は夜中。正確な場所は分からない。周りは静かな住宅街。
 マーリンは後悔していた。
(くそー、こんなことになるならフロスト君を先に帰すんじゃなかったな……)
 助手のフロストは既に宿に帰ったらしい。

                   ***

 魔道士/錬金術師のマーリン・クロスロードと、助手でファイター/錬金術師のフロス
ト・アイスツァプフェンがエベリンの街についたのは、その日の昼頃であった。彼らはシ
ルバーリーブで妙な事件をやらかして、逃げるようにこの街にやってきたのだ。
「マーリンさーん、これからどーするんですかー?」
「とりあえず、宿を取ろう。それから、いつものとこだ」
 安宿を取った彼らは、「いつものとこ」へ向かった。
 「いつものとこ」とは、大都市エベリンにも1軒しかない魔法石専門店「マギッシュシュ
タイン」。どことなくどころではなく怪しげなその店は、エベリン市街地から少し離れた
ところにある。
 二人はその店に入った。客は彼らだけのようだ。
「おやっさん、いるかい?」
「いなきゃ開いてねーだろうが」
 店の奥から偏屈そうなおやじが出てきた。

〜Zweit〜
「お久しぶりです」
「うん。相変わらずのようで何よりだ」
 言いながらおやじは飲み物を二人分用意している。
「どうです、何かおもしろいものは最近手に入れましたか」
 ミルクティーをカウンターに置きながらおやじは答える。
「そうだな、おもしろいといえば最近ではこれだな」
 おやじは後ろの棚から箱を下ろした。大きさは抱えるくらいで、布がかぶせてある。お
やじはその中から、小さな袋をひとつ取り出した。
 袋から中身を出す。それは、大きさこぶし大の、ひたすら真っ黒の石だった。
「……これは?」
「まっくろですねー」
 マーリンは顔を近づけて眺める。今まで見たこともないような黒さ。まるで、周りのす
べての光を吸収しているかのよう。
「ふっふっふ、これはだな、シュバルツシュタインといってだな、北の果てのドゥンケル
の町の辺りでしか採れないそうだ。どうやら、光を奪うような魔力があるらしい。俺は、
試してないけどな」
「わたしがやってもいいのかもしれませんが、闇の魔法は知りませんから……」
 と、マーリンは残念そう。
「それより、あんたはどうなんだ? 物見遊山で、こっちに来たわけではあるまい」
「そうそう、それなんですよ……」
 といいながら、マーリンはフロストが持っていた背負い袋から何かを取り出そうとした。
……が、
「あれ? えい、くそ! このやろ!」
 べりっ☆
 やっとではがれたようだ。どうやら、袋の縁に凍りついていたらしい。マーリンの手に
あるのは白い鉱石。
「ほう、それは?」
「ふふふ、氷晶石ですよ……」
「なに? ほんとか!」
 氷晶石。氷系の魔力をもち、特殊な条件下でのみ生ずる。そのため、極めて珍しい。
「これ系に関しては、わたしは専門ですからね。間違いないです。ちゃんと、使ってみま
したし」
 使ってどうなったかについては触れないらしい。
「思わぬ効果もありましたしー」
(うるさいっ!)
 げしっ☆
「そうだったな。あんたは、学院時代からなぜかやたらと氷系が得意だったっけ」
 不審に思いながらもおやじは言った。そして氷晶石をのぞき込む。
「そうそう、そういうことなんです」
 いらん事を言いそうになったフロストを背後で蹴飛ばしたマーリンはあわてて取り繕っ
た。
(なにするんですかー)
(うるさいっ! いらん事は言うな! それ以上何か言う前に、宿に帰れ!)
(えー? 大丈夫ですかー?)
(うるさい! 大丈夫だから、さっさと行け!)
 小声で何かぶつぶつ言ってる二人を、しかしおやじは平然とおもしろそうに眺めていた。
いつものことだからだ。
 なんだかんだ言いつつもフロストは背負い袋をしょって宿に帰っていった。
「そう、これは、洞窟の奥の……」
 マーリンの声が聞こえてくる。

                  ***

 マーリンは後悔していた。
 その時は大丈夫だと確かに思ったのだ。たしか、あの角を曲がれば……。
 実際には、その2つ向こうを、しかも逆だったのだが。
 うろうろしているうちに、夜になってしまった。完全に「はまって」いる。
(もう、フロスト君に『大丈夫だ』などとは言えないかもしれんなあ……)
 真夜中、だれもいない住宅地を一人でうろうろするのは、だれでも気味が悪いだろう。
ましてや、迷っていたらなおさらである。
(とりあえず、大通りはどっちなんだ……?)
 そのとき、彼の視界の端を、何か黒いものが走っていった。

〜Dritt〜
(……なんだ!?)
 それを追う。何か黒いものが、屋敷の壁を乗り越えている。
(泥棒か?)
 その背中に、翼のようなものがあるのをみたマーリンは、思わず口に出してしまった。
「インプ!?」
 そのとたん、それはマーリンに気づき、マーリンのほうに飛んできた。
 迎え撃とうとしたマーリンは、愕然とした。杖がない。
(しまった、宿においてきたんだ! それに、石がついてないと増幅が効かない!)
 やむを得ず予備の細身のショートソードを抜いた。
 しかし、基礎は習っているものの、体力に自信があるわけではない。とりあえず、牽制
して逃げるつもりだった。
 向かい合って、牽制し合う。じりじりと位置が変わっていったとき、インプが仕掛けて
きた。
「くっ!!」
 すんでのところでかわすマーリン。
 体勢が崩れたところを、インプは次々と攻撃してくる。
「くっ! ていっ! くそっ!」
 何とかこれを受け止めたマーリンであったが、いつの間にか袋小路に入っていた。もう
あとがない。
 体勢は立て直したものの、体力ももうない。マーリンは賭けてみることにした。
「でやぁああああ!!!」
 ほとんど捨て身で切りかかる。しかし、
 ぶん。
 あっさり躱されてしまった。やはり訓練すべきだったかと思う間もなく、マーリンはイ
ンプの毒にやられ、気を失った。

〜Viert〜
 マーリンは夢を見ていた。
 懐かしい学院の研究室。数年前の光景そのまま。
 エルザがフラスコをもって、何かを混ぜている。

 マーリンは当時そこで、冷却薬の研究をしていた。
 そのときは、助手として3年後輩のフロストのほかに、彼と同年入学のエリーザベト・
フォン・ハイゼンベルクがいた。
 フロストは助手としては当時からかなり優秀なやつで、魔法関係以外の実験ならたいて
いのことはやってのけた。
 しかし、エルザのほうは、魔法の腕はちゃんとあるはずなのに、天性の不器用からか何
からなのか、とにかくその才能を開花させることができてないように思われた。しかも、
実験も失敗ばかり。
 マーリンも彼女が失敗したときはいちおう怒るのだが、彼女のすまなそうな顔をみてい
ると、なぜか怒りが薄れてくるのだった。

 ……あれは、なぜだったのだろうか?

 その気持ちに気づいたのは、マーリンが学院を卒業する時。
 その気持ちは、今でも変わっていないような気がする。
 栗色の髪、神秘的な緑色の瞳、ころころ変わる愛くるしい表情、そのちょっとしたしぐ
さ、そのちょっとしたせりふ。
 そのすべてが気になる。
 それは、甘酸っぱいむずがゆい気持ち。

 マーリンが研究所を開くことになって、卒業していたフロストを呼び寄せたとき、マー
リンはエルザも呼び寄せようとした。しかし、エルザは不器用が災いして、単位をそろえ
ることができなかった。卒業したら、来たかったら来てくれと言ってある。
 ……彼女は、覚えているだろうか?

 ふと見ると、エルザがフラスコの中のものをビーカーに入れようとしている。
「これを、これに入れればいいんですよね?」
「……ちょっと待て!」
 ぽとん。
 その液体が一滴入ったとたん、ビーカーから煙が噴き出てきた。
「きゃ……」
「あぶない!」
 考えるより先に体が動いていた。エルザの上に覆いかぶさる。次の瞬間、
 ドッカ―――ン!!!
 ビーカーは粉々に砕け散る。その破片を背中に浴びながら、マーリンは気を失っていた。
「マーリン先輩! マーリンせんぱーい!!」
 エルザの悲鳴を聞きながら、なぜか奇妙な満足感に酔いしれて……。

〜Fuenft〜
「……リンさーん、マーリンさーん!」
 ふと目が覚めると、そこには見慣れたフロストの顔。
「……ここは……?」
「病院ですよー。ほんと心配しましたー。もう3日間も目覚めなかったんですからー」
 あんまり心配していなかったような口調でフロストが言う。この場合、しゃべりかたの
問題だから、なんという事はないのだが。
「……インプはどうした?」
「えー? インプですかー? そんなのはいなかったそうですー」
 マーリンが気を失った後、近所の人が警備隊に通報したらしく、隊員が駆けつけた。し
かし、そのときには、もう影も形も無かったそうだ。マーリンの傷から、インプであるこ
とは推測されたが、今日現在まだ見つかってないそうだ。
「……そうか……」
 マーリンはつぶやくと、しばらく外を見ていた。まだ頭がぼんやりする。夢のせいだろ
うか。
 ちなみに、あのときは実際は気を失うことはなく、ただ着ていた白衣の背中がシミだら
けになっただけですんだはずだ。そのあと例によって軽く叱ったあとは何事もなかったこ
とにしたのだ。なぜあんな夢を見たのだろうか。
「ところで」
 マーリンはフロストに聞く。
「普通こういう町だったら、インプは何かに操られているのが出てくるよな?」
「まー町に限らないですけどー、そーですよねー」
 マーリンはちょっと考えてからつぶやく。
「……だれが何の目的であんなものを操るんだ?」
「……そーですねー。ちょっと警備隊の人に聞いてきますー」
 フロストはそういうと、病室を出て行った。残されたマーリンは、さっきの夢のことを
ぼんやりと考える。エルザは、今頃どうしているだろう……?

〜Sechst〜
 1時間後、フロストが戻ってきた。
「あのですねー、警備隊の人に聞いたんですけどー、そーゆー怪しげな人間はどーやら報
告されてないみたいですー。
 ただー、最近妙に妖魔のたぐいが目撃されてるだけみたいですねー」
「……そうか……」
 マーリンは考える目をしている。そして、
「ところで、医者は、わたしはあと何日で退院できると言っていた?」
「えーっとー、意識が回復したらー、もー大丈夫だーって言ってましたよー」
「よし、それならすぐに出るぞ。それから、襲われた所に行ってみるか。
 でも、その前に宿に行って杖を取ってこないとな」

〜Siebt〜
 マーリンが襲われた現場は、昼間見るとなんてことのない住宅地。
「なんでこんなとこにいたんですー?」
「こっちが聞きたいくらいだ」
 まわりの家も、特に何ということもない普通の家。
 あたりを見回してみても、怪しいものは何もない。
「……これは、夜歩いてみないと分からないのか?」
 マーリンは残念そうにつぶやく。もっとも、さっき警備隊の人達がいろいろ調べている
はずではあるのだが。
「その前にー、街の人に話を聞いてみませんかー?」
 マーリンははっとした顔でつぶやく。
「……そうだな、情報収集は基本中の基本ではないか」
「何の基本なんですー?」
「そりゃ、RPGに決まってるだろうが」
「…………」

〜Acht〜
 とりあえず、人の多いところでちょっと話を聞いてみようと、街を歩く。ちょっと暇そ
うな人に、声をかけてまわったが、
「え? 知らないですよ」
「ふーん、そうなの」
「…………」(無視して歩いていく)
 あんまりいい手ごたえはない。
「どういうことだ?」
「どーゆーことなんですかねー?」
「やっぱ、あんまり噂にはならないようにしてるのか?」
 二人であれこれ考えながら、大通りを歩いていたマーリンは、ふと近くの露店の男に目
をやった。
「失礼。この辺で妙な妖魔の類いを見たという話、聞かなかったですか?」
 と、その男の目が怪しく光ったような気がした。
「さあ、知らねえな。それより、これ見ていかないか、これ?」
 と、安物のアクセサリーを見せる。
「いや、いらないです。そうか、知らないなら、それでいいですが」
「じゃ、じゃあこれはどうだ?」
 と、男はマーリンに妙な包みを押し付けようとした。
「いらないって言ってるでしょうが……」
 マーリンはそれを押し返そうとした。そのとき、
 がしゃん。
 男はその包みを落としてしまった。いや、落としてしまったというより、マーリンには
わざと落としたとしか見えなかったが。中身が壊れた音がした。
「あ、ああぁぁぁぁ…………」
「おい、兄ちゃん! どうしてくれるんだよ?」
 もう一人いた男が言った。
「これは、この店で一番高い目玉商品だったんだ! あんたが金持ちそうだったから買っ
てもらおうと思ってた、言わば掘り出しもんだったのに! どうしてくれんだよ、十万G
するのに!」
「どうするって、わたしが何かしましたか?」
「壊れたんだぞ! 弁償してもらおうか!」
「冗談じゃない! んな金がありますか!」
「なら、借りてでも弁償してもらわねえと、言い訳が立たねえ! いい金貸しがあるんだ。
そこへ行くぞ!」
「マ、マーリンさーん……」
「……仕方ない。行こう」
 マーリンはとほほな気分になりながら思った。なんだか、最近妙に運が悪いな……。

〜Neunt〜
 連れて行かれたのは、とんでもなく趣味の悪いピンクの建物。「ストロベリーハウス」
と書いてある。
「なんだこりゃ……」
 マーリンはだれに言うともなくつぶやいた。
「すごいですねー……」
 フロストも気味悪そうにうめく。
「ほら、こっちだ!」
 引っ立てられるように、奥に連れて行かれる。
 応接室らしい部屋に入ると、そこにいたのはメガネにスーツ、妙なイチゴネクタイの男。
彼は名刺を出しながら言った。
「あんたですか、うちに金を借りたいというのは」
 名刺には、「ストロベリーハウス 社長 マグ・スワンソン」と書いてあった。
「そうそう、こいつ、おれの店のものを壊したんで、とりあえず弁償してもらおうと思って。
全額とはいわねえ。半分で……、五万Gでいい」
「そうですか。なら、そういうことで、あんた。借用証を書いてもらおうか」
 マーリンはそこでふとあることを思いついた。
「ちょっと待ってください。これを見てもらえませんか?」
 マーリンが取り出したのは気味が悪いくらいに赤いルビー。
「うちは質屋じゃないんだけどな」
 言いながらもスワンソンは興味津々のようだ。
「これはですね、十万Gくらいは価値があるはずです。これで、何とかなりませんか?」
「……ふん。そうだな、おい! ハンスを呼べ!」

〜Zehnt〜
 呼ばれた男がやってきた。
「ハンス! すぐ、これを鑑定してくれ」
 ハンスはルビーを手に取ると、ルーペを当てた。
「ほう、これはすごい。こんなに大きくて、赤が鮮やか。そうですね、八万G位……いや、
十万でもいいでしょう」
「そうか。うん、いいだろう。こんなことはいつもはないが、今回は特別だ。そのルビー
を担保で、五万G貸そう。それでいいな?」
 ぶつかった男もうなずく。それで、とりあえず終わりらしい。
 マーリンはフロストと、逃げるように店を出た。
「いーんですかー?」
「いいんだ。あれは、さっさと処分しようと思ってたんだ。いつものとこで売ろうかと思っ
てたが、すっかり忘れてたんだ」
「えー? なんでですー? あんなにきれーな見事なルビーなのにー」
「うん、実は、あれはな……」
 マーリンは声をひそめる。
「……呪われてたんだ」
「へー?」
「手に入れたときから、なんだか変だと思ってたんだが。どうやら、決定的だな。変な魔
力があって、どうしても試しに使う気になれなかったんだ」
「どーゆー呪いなんですー?」
「多分、運が悪くなるんだ」
「そんなものいつ手に入れたんですー?」
「シルバーリーブにつく前に、ちょっと護衛の仕事をしたんだ。そのときも、妙に災難に
遭ったな。そのとき、金の代わりに受け取ったんだ」
「はー、だから、最近マーリンさんはみょーに運が悪かったんですかねー」
「そう……だろうな。しかし、鑑定士が魔法使いじゃなくてよかった」
 そういうと、二人は弾けたように笑い出した。緊張の糸が切れたらしい。
「いらない時間を費やしてしまったな。そろそろ昼だ。飯でも食うか」
「そーですねー」
 ……このルビーのせいで、スワンソンの運が落ちて、だれかさんにまんまと五十万G盗
られたことは、だれも知らない。ましてや、これからのスワンソンの運は、神のみぞ知る
ことである。

 1998年11月11日(水)11時45分48秒〜12月15日(火)12時57分35秒投稿となっている、わたしの小説第10作目です。まだ続きます。
 ちなみに、題名の横文字は、ドイツ語で1番目、2番目……です。

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