−躯−(第2部)(1)

「1話・寂寥」

「なぁ、おっちゃん。父ちゃんと母ちゃん、何でココにおらへんの?」
 生まれてすぐ、今まで世話になってた家に預けられたオレは、親との生活を知らんで
育った。
「葉平の両親は遠いところにいるんだよ」
「会えへんの?」
「…うーん、難しいなぁ」
 小さい頃は毎日のように考えとった。
 何でオレには親がおらんのやろう…って。

 鬼の怪物の件以来、みんなの生活が変わった。
 パステル達が現れたときは夏。もうすぐ秋をむかえようとしている。
 みんなそれぞれ興味を持ったことを、今やっている。
 パステル・クレイ・トラップは昌紀の通う大学へと入っている。キットンは代々海棠家に
伝えられてきたことを調べ始め、ノルは屋敷の裏に広がる緑の中で寄ってくる動物たちと
たわむれており、ルーミィとシロちゃんは少しずつだがメイド達と遊びだし、時が流れて
いっている。
 海棠3姉弟たちはというと…久神子は社長としての仕事を順調にこなしている。ちなみに
もう一つ付け加えると、あの一件からクレイとのラブラブな生活を送っていたりする。
 昌紀は夏休みもおわり、今は大学の勉強・イベントで大忙しである。
 そして、あともう1人。
 この第2部での主人公(?)…葉平はというと……。
 少し風が冷たくなりはじめた秋。
 学校の屋上で1人の少年がぼ〜っと空を眺めていた。
 やる気のなそうな顔。何かさびそうな姿がなんとも言えない哀愁をただよわせている。
女の子が見たらおもわず抱きしめてやりたくなるような感じだ。
 でも彼の心はある女性にむけられていた。
「そろそろ会いとうなってきたなぁ…」
 葉平の目には遠い日が思い出されていた。
「ただいまぁ〜」
 玄関をそうじしていたメイドが慌てて駆け寄ってくる。
「お帰りなさいませ、葉平様。…どうなさったんです? 顔色がすぐれないようですが」
「大丈夫や、何でもあらへん。それより他のみんなはどないしたん?」
 メイドが答えようとしたとき、後ろのドアが開いた。
「あっ、お帰りなさいませ。久美子様」
「ただいま。あら、どうしたの葉平。こんなとこに立って?」
 葉平の顔を覗き込むと、いつもと違うことに気がついた。姉としては、ほっとくわけにも
いかない。
「葉平、あとで私の部屋にきて」
「えぇーっ、何で」
「何でもよ。分かったわね」
 そう言うとスタスタと行ってしまった。
 何の事やら分からずの葉平は「しょうがない」と思いながら、並べてあるスリッパに履き
かえ久神子の部屋へと向かっていった。

「2話・啓蒙」

 部屋の数が30以上あるこの屋敷。
 久神子の部屋は3階の右端にある。
 制服を脱ぎ、普段着に着替えると葉平はさっそく久神子の部屋へと足をはこんだ。
 部屋の前に立ち、ドアを3回叩く。
 トントントン
「どうぞ、入って」
 その声を聞き、ドアを開けた。
 デスクに座っている久神子にはなんだかの貫禄がある。
 このごろやっと見慣れた葉平は手前にあるソファに腰掛けた。
「何か用事でもあるん?」
 部屋に来てくれと言われた葉平。
 久神子はかけていたメガネをはずし、葉平の目を見て言った。
「…悩み事があるみたいね」
 肩が少し動く。
 それを見逃さなかった。
「当たりだったようね。ほら、話してみなさいよ。相談にのるわよ」
 言って本当に大丈夫だろうか? 葉平は考えたが、誰にも相談することはできない。
ならば、ここで久神子に相談したほうが楽になるかもしれないと思い話すことにした。
「…会いたい人がおるんやけど」
「誰? 友達…?」
「……」
「…もしかして、彼女…?」
「…うん」
「ええっ!! うそ!? ホントにぃ!!」
 久神子の驚きかたにはちょっと傷つく。
「そんなん驚くことやあらへんやろ!」
「だって聞いたことなかったもの。…でも、葉平にもいたなんて」
 それを聞いた葉平はすっかりスネてしまった。
 それを見て
「今のはごめん。…はっきり言うけど、私としては親の代わりでもあるから心配なのよ。
私の知らないとこで危ないことになっていないか、心境としては姉と親。どちらともある
から、それは分かってほしいの」
 そう言われては、スネてはいられない。
「…真面目に考えてるんでしょ。 どこに住んでるの彼女?」
「…鹿児島」
「鹿児島って…九州の一番南にある?」
「そうや」
 東京に来るまで、千葉に住んでいた葉平がなぜ鹿児島にいる女の子と?
 それを察したのか葉平が話し始めた。
「オレ、14歳のときの夏休みに一人で旅行したんや。北は北海道、南は沖縄。1人できま
まな旅行やったから、行き先も分からずのままいろんな所へ行った。休みも終わりに近く
なったし、ほな帰ろうと思ったときには、金がすっからかん。困ってたときに彼女に会うた
んや。」
 嬉しそうに話す葉平。
「最初は何も思っとらんかった。年上やったし、オレはまだ14歳のガキやったしな。そのと
きは、お金だけ借りて帰って行った。数日経って、金を返しに行ったんやけど…なんか
めっちゃ嬉しくて…会えた、いや、また逢えたことが…。そんときのオレはなんか不思議で
いつの間にか『オレと付き合ってくれ』って言っとった」
「…彼女の返事は?」
「…『うん、いいよ』って」
「でもスグ、帰ってしまったのでしょ?」
「…1年近くは手紙や電話でやりとりしとったんや。でも、鹿児島の大学を受けるって言うて
から、めっちゃ忙しいいらしくて連絡してもらえへんかった」
「もしかして…それっきり?」
「…そうやねん」
 少しあきれ気味の久神子。
 自分だったら絶対に耐えられないだろうと考えていた。
 もちろん、それを葉平が望んだわけではないが1年近く音信不通を続けていたのには
何が何でも辛すぎる。
 それがたまったのだろうか? 逢いたい…身体が求めているかのように。
「電話番号知ってるの?」
「まぁ、それは…」
「だったらスグ解決するじゃない。今スグ、電話しなさい」
「…そんなん簡単に言われても」
 いつもの葉平とは違う、弱い葉平がそこにはいる。
 
 こんな弱い葉平を久神子はどうするのだろうか。

「3話・躊躇」

 恋とは悩み苦しみ、それを乗り越えて本当の愛につながるのだろうか。
「ねぇ、葉平。私に足らなかったモノって何だったか分かる?」
 急に聞いてくる。
 考える。葉平の目から見て、完璧のような久神子にそんなものがあるのか不思議なく
らいだ。
「…人を心の奥から愛すること。それまでの私は違った久神子が存在していたのかもし
れない」
 今度は少し顔を赤らめて
「クレイに逢って、それを知ったの。今までの自分はどこへ行ったんだろうって思えるくらい
別の私が生まれていたわ。それからの私は彼を見るだけでも嬉しかった。…でも、その分
胸も締め付けられる様な感じだった…でもね、それが大事なんだって思えたの」
「苦しむことが?」
「本気だから、苦しむの。軽い付き合いなら苦しむことなんてないわ。葉平も本気だから
苦しんでいるんでしょ? …たまには自分の気持ちに素直にならなきゃ」
 素直に…。
 本当は、何度も何度も電話をかけようとした。
 でも、どこか心の奥で『怒っているんじゃないか』『もう忘れられてるんじゃないか』という
思いがあってできずにいた。
 だが、ここでしなければ…オレは男じゃない!
 そう自分に言い聞かせ、部屋をあとにした。

「4話・不通」

 夜9時。
 シャワーをあびて汗を流す。
 髪を拭きながら冷蔵庫にある缶ジュースを取り出すと、ベットの上に投げた。
 ゴンッ
「…あちゃ〜っ、やってもうた」
 ベットの上には雑誌やらたくさんの物でおおにぎわい。
 見かねて一つ一つ片づけていっていると、ある物を手に取ると動きが止まった。
 そのある物とは――携帯電話だ。
 久神子に相談してから、まだかけられずにいる。
「オレらしくもないよなぁ。」
 自分がまだ動けずにいるのに驚いているくらいだ。
「ぐずぐずしててもしゃーない。男や、やらなあかんねん」
 自分にそう言い聞かせると、一つ番号を押していく。
 少し震えているその指は押しおえると、ゆっくりと耳のほうへともっていく。
 プルル プルルル
 長く感じる…この何秒かが葉平の心臓をよりドキドキさせる。
『カチャ』
 受話器の上がる音が聞こえた。
 生唾をごくりと飲むと、少し裏返ったような声を出してしまう。
「も、もしもし…」
『ただいま、お客様のおかけになった電話番号は現在使われておりません―』
 そのセリフが何回も続く。
 やっとかけれた電話は話すことすらできなくなってしまった。
 何とも言えない悔しさがこみ上げてくる。
「…タイミングが悪かったんやろか…」
 なかなか切れずにいる電話からは機械音の声が虚しく部屋に響いていた。

「5話・困惑」

 葉平が電話をかけて一晩がたった。
 何をしなくても朝がきて、日が昇る。そんな光景を彼はどんな心境で向かえたのだろう。

「お早うございます。久美子さん」
「おはよう、パステル。今日の髪型すっごくかわいいわよ」
「そうですか? ありがとうございます」
「ぱぁーるぅ、かわいいよぉ」
「えへ、ありがと、ルーミィ」
 変化無く交わされる会話。
 みんなぞろぞろと起き始め、朝食をとりに1階へと降りてきている。
 ちなみに今日のメニューは和風。ご飯にお味噌汁。焼いたシャケのいい香りがして、ホー
レン草のおひたしがちょこんと添えられている。
「まだトラップと葉平が起きてないみたいね」
「あの2人、似たもの同士ですもんね」
 そう噂していると、だるそうにトラップが起きてきた。
「ふあ〜ぁ…」
 大きなあくび。顔はまだ眠そうにしている。
「もう、トラップ! 何回言ったら分かるのよ。7時にはみんなでゴハン食べようって言っ
てるのに!!」
 プンプンとパステルが注意するのをめんどくさそうに聞きながら席につくと、まだ1つだけ
空席があるのに気づいた。
「なんだよ、まだ誰か寝てやがるのか?」
 もう先に食べていたクレイが『そうだよ』と頷く。
 付け加えるかのようにキットンが一言。
「葉平君ですよ」
「ふ〜ん。ほら、見ろよパステル。最後じゃないんだぜ」
 トラップが『どうだ』と反抗していると、食事の準備をしていた1人のメイドが久神子のもと
へと近づいてきた。
「あの、葉平様なら6時頃にお出掛けになられましたが…」
「えっ!? 葉平が…」
「はい。……こんなこと申し上げていいのか…失礼かもしれませんが、何か思い詰めて
いらっしゃるようでした」
「……そう」
 久神子は思った。
 昨日、きっと電話したのだろう。どうなったかはわからないが、結果は予測できる。
(…連絡がつかなかったのか…もしくは振られてしまったのかしら)
 不安になってくるが、これは葉平のこと。
 本人に任せるしかない。
 その間の久神子の顔を見ていて、トラップは悟った。
(葉平のやつ…何かやりやがったな)
 今日の食卓は、いろんな考えが渦巻いていた。

 キ〜ン コ〜ン カ〜ン コ〜ン
 学校の授業開始のチャイム。
 葉平は1年機械工学科2組の出席番号31番。
 9月から転入生としてきたので一番最後なのだ。ちなみに男だけのクラスである。
 そのクラスの教室にバタバタと威勢のいい走りっぷりでくる男が、今まさにドアを
開けた。
「グッモ〜ニング! みんな元気かぁ? ん〜っ?? オレは今日もハツラツ!
オロナミンCだぜ!!」
 そう言い終えたあと、いつもならツッコミが入るのだが今日はシーンとしていた。
「…お〜い。葉平はどうした?」
 誰かは不明だが返事が返ってくる。
「葉平のやつ、まだ来てないぞ」
「な…ななななな、なぬぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーー!?」
 まさに今の彼には『ムンクの叫び』という表現がピッタリだろう。
 そして少し狂い始めた。
「あぁぁぁーー、今日のオレはどーすりゃい〜んだぁ!! あぁ、教えて、マリア〜」
 今度は『どーしたらいいんだろうネ? さっちゃん♪』の舞いを踊り始めた。
 そうなのだ。ここでいつもならツッコミを葉平がしてくるのだが、今日はその葉平が
いない。
 また、誰もツッコミをいれてくれない。
 彼の踊りはさらにグレートアップされていく。
 どこから出したのか『やかん』を取り出し、『ちょびヒゲ』をつけた。
 いったい、何がやりたいのだ!!
 誰もがそう、心の中で思っている。だが、誰も言わないでいる。
 そしてさらにグレートアップ2が加算されていく。
 また、どこからわき出たのか『黒子』(歌舞伎なんかで黒い服着てる人)がライトの
準備をせっせとしている。
 今まで『どーしたらいいんだろうネ? さっちゃん♪』の舞いを踊っていた彼の動き
が止まった。
 …ごくり
 みんな何が始まるんだろうと唾を飲み込む。
 ゆっくりと動き出すと同時にライトがつけられる。
 彼を見て、ビックリ!!
 お腹に何か書かれていた。
 黒子の1人が叫んだ。
「おぉ、あれこそ『秘伝! 誰にも真似できるもんじゃないよ。僕の腹芸見てみたい?
うん、見てみたい。な〜ら、みせてあげるネ』の舞いだぁ!!」
 なぬっ!?
 長ったらしい名前も気になるが、その踊りから目がはなせなかった。
 詳しくいうと、放したかったが放せなかった。
 その視線の中、彼の踊りはグレートアップ3が加算されてしまった。
 その合図がでると黒子たちはライトをさらに増やした。
 次は何をやるんだと、みんな視線はさらに集まる。
 いままで舞っていた体が急にバタリと倒れた。
 みんな『大丈夫か?』と駆け寄ろうとしたとき、赤い光が映し出された。
 なんとも妖しいムード。
 その中、一つの光が彼を映した。
 そしてまた、黒子の1人が叫んだ。
「あぁ、ついにやってしまうのですね。『あ〜〜ん。もう課長も好きねぇ! しょうがないわ
ね…見せて、あ・げ・る♪』を見れるなんて、オレはなんて幸せなんだぁ!」
 そ、そんなにすごいものなのか!?
 みんなの脳裏には何が起こるのか予想できなかった。
 どこからともなく音楽が…そう、この曲は…。
 彼は上半身をくねらせて
「…ちょっとだけよ〜。あら、あんたも好きねぇー」
「「………」」
 みんな絶句。
 そこにちょうど担任が入ってきた。
「………」
 何も言えないでいる先生。
 それに気づいた彼も、やっと自分のしていることに気がついた。
 普通ならここで叱られるはず。だが、先生からこんな一言が出た。
「そこはやっぱり『ハゲヅラ』かぶんなきゃ駄目だろうが」
 みんな忘れていた。
 この先生は無類のお笑い好きだったことを。
 そうそう忘れていたが、さっき舞いを披露してくれた彼。
 自称(?)葉平のライバルで有名な男である。
 彼があの後、どう処理したかは…あまりにも恥ずかしいので語らないでおこう。

「6話・行方」

 カッカッ…
 チョークで黒板に書いていく。
 緑の板に白いチョークで書くのに違和感はない。白いノートには黒い字で書くのに。
 当たり前のこと。
 でも、今日はそんな当たり前なことに疑問をもった。
 彼の寂しい気持ちがそんなことを考えさせたのだろうか。
 キ〜ン コ〜ン カ〜ン コ〜ン
 4時間目終了のチャイムがなる。それと同時にみんなの足は購買部のパン売場に直行
していく。
 見慣れた風景の1つだ。
 彼もまたいつもならその中の一員なのだが、どうしても元気が出ない。
 自動販売機でジュースを1本買うと、外のテラスへと向かっていった。
「…ごくっ…ごくっ…ごくっ…」
 彼には珍しい一気飲み。
 これは炭酸類だときつい。
 いつもなら気づくはずのことなのに、…見事に炭酸であった。
「…ぶはーーーっ」
 おもわず顔をしかめる。
「おめぇ、何やってんだよ?」
 後ろからバコッと叩かれた。
 見てみるとトラップが立っている。
 今にも泣きそうな顔で飛びついていった。
「トラップさーーーーーーーーんっっ!!」
 ぎゅゅゅぅぅぅぅぅ
 今にもあばら骨が砕けそうなくらいに抱きつく。
「放せって! オレにその気はない!!」
「…トラップさんの意地悪」
 離れるとイスに座り込む。
「葉平はどうしたんだ」
 それを聞いて目がうるうるになってくる。
 今度はしがみつく様に
「トラップさーーーーーーーーんっっ!!」
「またかぁ! いいかげんにやめとけ!!」
 今度はしぶしぶに離れていく。
「…んで、何かあったのか?」
 彼のとなりにあるイスを引っぱり出しながらテーブルに置いてあるジュースに手を
伸ばす。
 そういえば、なぜトラップがここにいるかというと…葉平が通う高校と昌紀たちが通う
大学は隣り合わせの姉妹校。外のテラスは自由に使えるようになっている。
「…それが今日、葉平のやつ来てないんですよ」
「マジで?」
「こんなときに冗談なんか言ったりしません」
「……やっぱなんかあったんだな。今朝の久神子の様子でそんな予感したのは間違い
じゃなかったのかよ」
 考え込む。
 てっきり学校へ行ってるもんだと思っていたトラップ。確かめれば良かったと後悔
していた。
「…ほかの方はどうしたんです?」
 いつも4人で来ているのだが今日はトラップ1人だけ。
「あぁ、クレイはちょっち用事があって遅れるってよ。パステルは課題がまだ残ってる
らしいから、それ終わらせてくるらしい。昌紀は講師に呼ばれてたみたいだけどな」
「…そうなんですか」
 落ち込んでいくのが分かる。
 いつもは冗談ばかりやっている彼だけに逆に怖い気もする。
 彼の雰囲気はまさにダーク色へと染まっていく。
「すごい空気になってるな」
 声をかけてきたのは昌紀だった。
「……この状態を見ると葉平は来てないみたいだな」
「知ってたのか?」
「トラップも今朝、不信に思わなかったか? 葉平は楽天的に考える。それを知っていれ
ば、何も言わず出ていくのは不自然すぎる」
「なら、あんとき言えばいいじゃねぇか!」
「今日1日くらいの時間を与えたほうがいい。考える時間をな」
「…心配じゃねーのか?」
「海棠家の血だろうな。危ない事には足がいかない。それに嫌な状態で死にたいか?」
「……そりゃ納得してから…」
「そうだろう。それにその原因もあいまいすぎている。…あいつは…」
 昌紀が話している途中に口をはさむ。
「知ってんのか!?」
 ちょっと驚く昌紀。
「…姉さんから電話があったんだ、ついさっき。葉平の行きそうな場所を知らないかって。
原因も聞いた。……彼女との連絡ができないらしい」
「…女いたのかよ、あいつ」
 ちょっと悔しがる。
「それも複雑みたいでな。事を大きくしたくないらしいから、姉さん1人で探しているらしい」
 今、久神子は葉平を探している。
 今朝、メイドから聞いて不安を感じた久神子は会社を休み、手当たり次第探して
いたのだ。
 それを聞いたトラップと葉平のライバルの彼。
 体がムズムズし始め、居ても立ってもいられない。
 そして、2人は立ち上がった。
「オレ達も探しにいくぞ」
「お供します、トラップさん!!」
「…おい! 授業はどうするつもりだ」
 昌紀が言うのも聞かずに2人は学校を出ていった。
 葉平の行方を探しに…。

「7話・発見」

 葉平は何を考えていたのだろう。
 学校をサボってどこへ行ってしまったのか。
 ―――この行動は異変の始まりを意味しているのだろうか?
「あいつの行きそうな場所、知らねぇのかよ」
 探す宛もなく、トラップと葉平のライバルの彼は走っていた。
 人に聞いても『知らない』と言われ、それらしい姿も見えない。
 始めは明るかった空も、オレンジ色を映している。
「あ〜っ、もうやめた!」
 誰もいない河原の草の上に寝ころぶ。
「トラップさ〜ん」
 諦めきれないライバルの彼はそこでも、それらしい姿がないか探した。
「これ以上、どこ探せっていうんだよ」
「…あいつも動いてるんですよ。仕方あり……!!」
 話しかけてた言葉が途切れた。
「んぁ? どうしたんだ」
 彼が見ている方を見ると信じられない奴の姿が見えた。
「…あっのやろ〜、いやがった!!」
 その後の2人の行動はチーターのごとく素早い走りで、河原をはさんだ向こうへの
道に向かった。距離は約300mで普通なら走っても1分はかかる。それを30秒で
走りきった彼らの目は血走っていた。
 トラップたちの反対側の道をブラリと歩いていた葉平。
 ぼけ〜っとしていても、後ろから熱い威圧感を感じて、振り返ってみる。
「……何やねん、あれ」
 こちらに襲いかかる様に走ってくるトラップとライバルの彼の姿が、まさに近づいて
くる。
「動くんじゃねぇ!!」
 半ば脅し気味。
 だが、葉平はこう言われて動かない男じゃない。フラリと前を歩き出した。
「よ〜へ〜い……『次の2次方程式を解け。(x+2)(x−5)=0』に答えてくれ」
 いったい何を言い出すんだとライバルの彼を見たトラップ。
 答えるわけねぇなと思っていたが、さすがライバルと名乗る男。葉平の性格をよく
知っている。
「…『5、−2』」
 トラップたちの方を見てしっかりと答えた。
 チャンス!! と、ばかりにライバルの彼は素早い動きで近づき腕を掴んだ。
 その動きを見逃さず見ていたトラップは彼を初めて一人前の高校生と認めた。
 今までは葉平にじゃれる猫的存在としか思っていなかったのだ。
 普通、そんなところに目はつけないのだが…葉平の性格が移ったのかもしれない。
 一方、腕を掴まれた葉平は、くっついているライバルの彼を引き剥がそうと悪戦苦闘
している。
「放さんかい!」
「ダメだ。ここで放したら逃げる可能性100%」
「……トラップ、いいかげんにコレ放してくれ」
 見ているトラップに頼むが、動こうとしない。
「お前、心当たりあるだろ」
「へっ? 何が??」
「今までどこ行ってやがったんだ」
「…あ〜」
 まずいとばかりに目線を外す。
「言ってみ」
 仰向けになるくらいに目線を外す。
「お前なぁ、久神子のこと考えろよ。あいつ探してたんだぜ。それにこいつもお前がいない
と変だしな」
 まだくっついている彼を指さしながら、葉平を一発叩く。
 いつもなら「なにすんねん」と返ってくるのが、今日は違った。
「…すまん。心配かけて」
 素直に謝ってくる。
「オレらより先に久神子に謝れよ。一番心配したのはあいつなんだからな」
 そう言って歩き出す。
「おい、帰るぞ」
 ためらってしまう葉平。
 でも、少しずつ足は前へと進んでいった。
 いまの気持ちを表すかの様に。

「8話・沈黙」

 複雑な年頃である葉平。
 人に甘えるという行為を知らずに育ってきたからであろう。
 素直になることができないでいた。

「…葉平っ!!」
 トラップと一緒に帰ってきた葉平を見るなり、久神子は葉平に駆け寄り抱きついた。
「どこ行ってたのよぉ…」
 普段より弱々しく見える久神子に葉平は戸惑ってしまう。
 部屋の奥から昌紀がコーヒーを持ってきた。コーヒーからでる湯気が入れ立てである
ことを思わせる。
「トラップ、ご苦労様だったな」
 靴を脱ぎ捨て座っていたトラップにコーヒーを手渡す。
「おっ、サンキュ!」
 受け取ると一口飲む。
 冷えていた体に熱気が流れ込んでくる。
「2人共、いつまでもそんな所にいないで奥へ行こう。話は一息ついてからだ」
 立ちつくしていた葉平と久神子を玄関からすぐ近くの広間に連れていった。
 9人と一匹、みんなで食事をとる。
 でも少しぎこちない会話が交わされていく。
 葉平は少しだけ手をつけると、自分の部屋へと行ってしまった。
「あいつが静かだと不気味だよな」
 奥へと行ってしまった葉平を見ながら、そんな一言がでてしまう。
「今は、そっとしといた方がいいかもしれないわ。みんな心配かけてごめんね。疲れた
でしょ。ゆっくり休んでちょうだい」
 みんなバラバラに部屋へと戻っていく様子を、久神子1人で眺めていた。
 いろんな部屋があるこの屋敷には、地下にカウンターバーがある。
 そこに2つの影があった。  
「…長年、離ればなれだった姉弟に素直に相談できないわよね」
「でも、姉さんに相談はしたんだろ?」
「男の子なのよ。今、どんな気持ちかなんて分からないわ。昌紀と葉平じゃ違いすぎる
から訊いても無駄でしょ」
「確かに。俺とは正反対だからな。…身近にいないこともないと思うけど」
 昌紀の目線が後ろを向く。
 いつの間にそこにいたのか、赤い髪が暗い電灯の中、目立つ。
「ん? 何だよ」
「トラップなら適任だろ」
「…あいつの『おもり』でもしろって言うのか?」
「葉平の気持ちを一番分かってくれるのはトラップだと思うの」
「…気持ち…か」
「命令とかじゃないわ。トラップが嫌だと言うのなら仕方ないもの」
「…しゃーねぇな。やってやるよ」
「ありがと、トラップ」
「聞き出せるか分かんねーぞ」
「それはおまえの腕しだいだな」
「…まっ、成功を祈ってくれや」
 大きく響いていた音も次第に小さくなっていった。
「あいつなら上手くやってくれるだろう」
「…そうね」
 グラスの中で溶けていく氷の音が部屋に広がる。
 沈黙の会話を交わすかのように。

「9話・決心」

 葉平の部屋は3階の右角にある。
 趣味のメカ造りのせいで部屋はゴミだらけ。
 そのゴミだらけの中に葉平は埋もれるようにしていた。
 コンコンッ
 葉平の部屋のドアを叩く、トラップ。
「おーい、葉平」
 呼んでも返答はない。
「開けろってんだよ」
 トラップの声だけが響く。
「…開けねーつもりか? 上等じゃねぇかよ」
 ポケットの中を探り、取り出した物は『鍵開け』。
 盗賊の七つ道具だ。
 ガチャガチャッ…ガチャリ
「盗賊の手にかかりゃ、こんなもんだな」
 ドアを開くと
「うわっ! 何だよこりゃ…」
 目をこらしてよく見るとゴミである。
 部屋という状態ではない。
 葉平の姿を探してみる。
「入ってみるか」
 足を上げながら進むと、何かぐなゃりと踏んでしまった。
「…嫌な予感がする」
 そろりと見てみると下には葉平の背中があった。
 うんともすんとも言わない。
「おまえいるならいるって…言えねぇ状態だったか」
 とりあえず転がっている葉平をベットに上げ、トラップもベットに腰を下ろした。
「そんな状態になる前にどうにかできなかったのかよ」
「……………」
「そんな連絡もない女なら別れればいいじゃねーか」
「……………」
「ろくな女じゃねぇな」
「…彼女の悪口は言うな」
 初めて口をきいた。
「オレが悪いんや。彼女は悪うない。全部オレのせいやねん」
「ずっと自分を責めてるってわけか。おまえらしくないことやってんじゃねぇか」
「オレらしく…ない?」
 トラップは後ろの壁に背中を倒す。
 葉平の顔が見えるように。
「その程度のことで壊れるおめぇじゃないだろ。いつも行動的に事を進めるのがおまえ
の性格だ。悩んだって解決はしやしねぇ」
 トラップの言ったことは当たっている。
 いつも考えるより行動してしまう葉平。
 そのせいか失敗をすることもあるが彼らしい1つだ。
「まず、その女を探せばいいじゃねぇか」
 考え始める葉平。
 そんなことを考える前に落ち込んでいったのだ。
「……そうやな。そうやった。一番大事な事を忘れとった」
 葉平の顔に明るさが戻ってくる。
「おっしゃー! 葉平君復活や!!」
 いつもの葉平がそこにはいた。
「やれやれ、やっと終わったぜ」
 ホッとした反面、複雑でもあった。
 葉平の彼女がもし見つからなかったら、またこうなってしまうかもしれない。
 そんなことを考えながら、トラップは部屋を出ていった。
「上手くいったようだな」
 いつの間にいたのか昌紀がそこに立っていた。
「あいつの女を探すのに苦労しそうだぜ」
「それぐらいは苦労じゃない。手助けだ」
「…そうだな」
 2人の足は静かに遠のいていった。

「10話・探索」

 人を捜すとき最初、何をしたらいいんだろう?
 今、どこにいるのか分からない彼女を捜すには。
「どないしたら見つかるやろか?」
「大学に行ってんだろ? そこに問い合わせてみればいいんじゃねーか」
「オレの嗅覚をつかって捜してみるっていうのはどう?」
「「却下」」
 葉平、トラップ、そして葉平のライバル君の3人が集まっていた。
 もちろん話の中心は葉平の彼女をどう捜すかだ。
 早くてすぐ会える方法を話し合ってから1時間がたとうとしていた。
「う〜ん…どないしたらええやろなぁ」
 コンコン
 葉平の部屋のドアが叩かれる。
「どうぞ、入ってきてええで」
 ドアを開けたのは昌紀だ。
「どないしたん? 兄貴?」
「どうしたも……話し合って1時間ぐらいたったのにまだ動こうとしてないからな」
「この2人がいるとすぐ漫才やりたがるから進まないんだぜ」
 ちょっと呆れる。
「いい情報を教えてやる」
「いい情報?」
「家にあるコンピュータ室にいけばいい」
「コンピュータ室? …………そうや! そうやった!! すっかり忘れとった!!」
 海棠家の屋敷にはいろんな設備も整っている。
 冬でも泳げる温水プールや金の茶室など一般家庭にないものがどっさりある。
 その中でも自慢できるであろう、コンピュータ室。
 世界の株から世界情勢、日本人の全てのデータなどがインプットされている。
 ここを管理しているのは久神子であり、家でも仕事ができるようにと造ったもので
あったので普段に使う人はいなかった。
 一番奥深く、地下5階に造られているコンピュータ室へ葉平の足は直行した。
 ギギギィィィ…
 大きく重いドアを開けると、巨大スクリーンが目に入る。
「やっと気づいてくれたみたいね」
 葉平たちを迎えたのは久神子であった。
「ようこそ、私の仕事場ルームへ」
 画面に向けていたイスを後ろに回すと、社長・久神子の姿がお目見えする。
「姉貴〜っ、最初から気づいてたんなら教えてくれてもええやんか」
「そりゃあ、私がこれで捜して葉平に資料を渡せば、スグ見つかるでしょうね。
でも、それじゃ探し出した実感がないじゃない。悩んで考えた末、ここにたどり
着いた。その方がいいでしょ?」
「おめぇらの話しはいいからよ、早く捜したらどうだ? オレも早く楽になりてーしな。」
「トラップさ〜ん…オレの方向いて言わないでくださいよ」
 葉平のライバル君がトラップにすがった。
「そうや、早く捜さんと!」
「私に任せてちょうだい。名前と以前に住んでいた場所を入力。後は勝手にコンピュータ
が捜してくれるわ」
 カチャカチャっと打つと画面に『しばらくお待ち下さい』という文字が映し出された。
 しばらくの沈黙。
 ピコーンピコーンピコーン
「出来たみたいね」
 葉平の彼女が現在、住んでいる場所が映し出される。
「…へっ?」
「こんなところに住んでたんッスか?」
「……良かったじゃない、葉平。今スグ、会いにいきなさいよ」
 ボー然とする葉平と日本の地理が解らないトラップ。
 この後、葉平は悔しさのあまり叫んでいた。
「オレの…アホーーーーーーーーっ!!!!!!」
 そんな葉平の横でライバルの彼が『行方が解って良かったね』ダンスを踊っていた。
 
 波瀾万丈。
 葉平…君はまだこれからだ。

 1998年12月08日(火)18時49分27秒〜1999年2月13日(土)11時06分47秒投稿の、みすなさんの小説「−躯−」第2部1〜10話です。「葉平のライバル」くんのモデルは、ふぁんたずまさんだそうです。

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