うたかたの風(2)

(十一)─エベリンの日々─

「身元が、わからない、だと?」
Kは顔を上げた。
「えぇ、そうです」
「しかも、三人とも、ねぇ」
 スペードのJが、息を吐く。
タバコの煙が、宙に舞う。
「まず、彼らの中でソウジと呼ばれている男。彼の場合、珍しい名前なのですぐに見つかると思いましたけど、該当する人物はありませんでした」
「他の二人は?」
「赤ん坊の方は、名前すらも割れなかったので、無理でした。それと、彼らと一緒に行動していたグランという男も・・・」
「ダメ、か」
「どこまでさぐった?」
Aが、Qに問う。
「大陸中、全部です」
「Qが調べてわからないんだ」
Kが、溜息をつく。
「無理だってワケだ」
「どうします?」
「別に、変わらない」
「だろうな」
 Jが、左手でタバコを握りつぶす。
まったく熱がる様子もなく、タバコを地面に落とした。
「オレ、エベリンに行ってくる」
「なぜだ?」
「買い物」
言い残すと、Jは部屋から出ていった。
「いいんですか?」
「いいさ」
Qの問いに、Kはこたえる。
「何をしに行ったか、わかるだろうに」
Aは溜息をつく。
「カリがあるからな」
「そうそう、一つ言い忘れていましたわ」
Qが、思い出したように振り返る。
「ダイヤからの報告です」
「なんだ?」
「明日、決行する、と」

「いらっしゃい・・・あら」
たくさんの服の中から頭を出したマリーナ。
「やっほー」
「ちょっと待っててね」
頭がひっこみ、少し経って、マリーナが出てきた。
「パステル!」
「マリーナ!」
飛び込んできたマリーナを、わたしは受け止めた。
「久しぶりだね」
「うん」
わたしたちが再会を喜んでいるのをよそに、トラップと総司は、とっとと室内に入っていった。
「ちょっとぉ〜」
「なんだよ」
「幼なじみなんだから、普通、再会、喜ばない?」
「この間まで、一緒にいたじゃねぇか・・・」
 そう言われれば、そうだ。
エベリンで別れて、それから乗り合い馬車に乗って(その時に、総司とグランに会った)それから、五日間、向こうで過ごしたんだから・・・。
 一週間とちょっと、ってくらいなんだよね。
「いいじゃない、別にねぇ」
「ねぇー」
「ねぇー」
 と、わたしの口まねをしたのは、もちろんルーミィ。
彼女のすぐ近くで、シロちゃんが尻尾を振っている。
「ったく、女ってのは・・・」
「あら、トラップ。そんなこと言っていいの?」
「いいんだよ」
「なんですってぇ〜」
「仲がいいんですねぇ・・・」
苦笑いを浮かべているのは、総司。
「パステル?」
「あぁ、この人は・・・」
「いいですよ、パステルさん。自己紹介くらい、自分でします」
と、総司はマリーナの前に歩み寄る。
「はじめまして、沖田総司です」
 と、右手をさしのべる総司。
どうやら彼は、これがあいさつの仕方だと思っているらしい。
「どうも」
と、手を握るマリーナ。
「そういえば、今日は、何のよう?」
「それが・・・」
「こいつの服、見繕ってくれねぇか?」
わたしの言葉を続けるトラップ。
「・・・言って、いいのかしら?」
「何を?」
マリーナが、遠慮がちに口を開いた。
「トラップに負けず劣らずのハデ好きねぇ・・・」
「オレのだよ」
ふてくされたような顔で、トラップはベーッと下を出す。
「どうりで」
「悪かったな!」
 ますます、不機嫌に顔をしかめるトラップ。
わたしたちはというと、クスクスと笑っていた。
「とにかく、こいつの服、よろしくな」
スタスタとわたしたちの横を通り、ドアに行くトラップ。
「ちょっと、どこ行くの?」
「買い物」
「財布、わたしが持ってるのよ」
「どこに?」
 と、トラップが手をあげた。
そこには・・・。
「あぁ〜!!私の財布!!!」
「さってと、カジノでも行くか」
 すかさずドアを出ていくトラップ。
すぐに、階段を下る音が聞こえてきた。
「さっきスったんなぁ〜」
 怒りがこみあげてくる。
百万ゴールドのうち、九十万は預けているけ、クレイたちの五万渡しているとはいえ・・・。
 まだ、五万ゴールドもあるのよ?
「ゴメン、マリーナ。また、後で来る」
「はいはい」
 いってらっしゃい、と手を振るマリーナ。
それを見届けてわたしは、トラップを追った。

「仲がいいんですね」
「そうでしょ?」
マリーナが、おおげさに溜息をついた。
「仲がよすぎて、困るくらい」
「困りはしないでしょう」
微笑む総司。
「そうそう、私はマリーナ、よろしくね」
「こちらこそ」
 今度は、マリーナが差し伸べた手を、総司が握る。
その時、マリーナは、あることに気がついた。
 が、あえて、それは言わなかった。
「さ、て。服、見繕ってあげるね」
「よろしくお願いします」
「それと、ルーミィとシロちゃんは、奥にお菓子あるから、食べてて」
 それを聞くと、目を輝かせて、奥に走っていくルーミィ。
無事、転ぶことなく、奥まで駆けていった。
 後を追うシロちゃん。
「そういえば、他の三人は?」
「別の買い物、だそうですよ」
 そう言いながら、総司は服を見定めている。
と、いっても、どれがいいんだか、さっぱりわからない総司であった。


<十二>─彼の事実─

「ふむ・・・なるほど」
「どうした?キットン」
 クレイが、キットンをのぞき込む。
正確に言えば、キットンが見ていた本を、のぞきこんでいるのだが。
「もしかするとですね・・・」
「なんだ?」
「総司は、この世界の人間ではないかもしれません」
「はぁ?」
訝しそうに、クレイが問い返す。
「ここに来てから二日間、ずっと探してたんですよ」
 そう、エベリンに来て、もう二日が経っている。
一日目は、夕方についたこともあって、宿屋をとっただけだが、キットンだけは、昨日から本屋に行っていたのだ。
「この記録を見て下さい」
と、キットンが示したページを、クレイは読む。
「えっと・・・」
目でソレを読むクレイ。

『・・・まったくの偶然だったが、こうして未知の世界の人物と出会えた。
いままで、世界のあらゆる人物と会ってきたが、それらの人とは、あきらかに違う人種。もちろん、モンスターでもない。
 彼は、自分の世界について、よく語ってくれた。
自分が、まったく違う世界に来たという、信じられない真実を全て受け止めて。
 まったく違う世界観が、そこにあり、私のノートも、半分余っていたものの、全てを黒く埋め尽くしたぐらいだ。
 だが、どこをどう調査しても、その異世界間移動は不可能に近い。
いったい、どのような偶然が重なり合って、その移動は可能にされたのか。
 私はこれから、その調査に乗り出したいと思う』

 世界的に有名だった冒険家(冒険者とは違い、純粋に冒険を楽しむ方)の著作で、世界的にも有名な本。
その一節を、クレイは見た。
「つまり、これと同じで、総司は違う世界の人間、ってことか?」
 半信半疑のクレイ。
この男が微塵も疑うというのも、珍しいが。
「えぇ、その可能性が大だと思います」
「どうして?」
「生活習慣が決定的に違います」
「まぁ、そうだけど・・・」
 クレイも、思い当たる節は、いくらでもある。
しかし、異世界と言われても、ピンとこないのが現状。
「まぁ、だからと言って、何が変わる、と言うワケじゃありませんが・・・」
「が?」
「いつか、この違いが、我々との間で、マイナスにならなければいいんですが・・・」
「二人とも」
と、ここでノルが話しかける。
「ここにいると、迷惑だ」
と、本屋の真ん中で立ち読みをしていた二人を注意した。

「こんなモノ、かな?」
「どうですかね・・・?」
「似合ってるよ」
 と、マリーナは彼の服装を、もう一度見た。
白のブラウスに、黒のズボン。
 その他に、地面には青のセーター、紺のジーンズもある。
まだ、他にも服の山はあるが、結果的に、これらを選んだらしい。
「これは、動きやすいですね」
と、総司は体をいろいろと動かしてみる。
「そうでしょう?ズボンの方は、冒険者にも人気なの」
「ぼうけんしゃ、っていうと・・・クレイさんたちと同じ人たちですね」
 たどたどしい言い方。
それに、マリーナは首を傾げる。
「そういえば、あなた・・・何をやってるの?」
「浪人です。今のところ」
「へぇ〜。じゃ、その刀は?」
「飾りモノみたいなものですよ」
と、ごまかす総司。
「嘘は言わないの」
 と、マリーナは総司の腰から、刀を抜いた。
慌てた総司だが、結局大人しくそれに従う。
「・・・やっぱり」
「わかり、ますか?」
 総司の表情が、少し変わった。
彼が、こちらに来てから初めて、微笑みが消える。
「えぇ、握手したときに気がついた。すっごい竹刀ダコね」
「そちらこそ。普通の呉服屋にしては、鋭い観察力ですね」
 呉服、と言ったのは、総司のこだわりだろうか。
どちらにしても、第三者から見ればただものじゃない。
「威張れる職業じゃないけど・・・」
マリーナは、後ろを振り向きながら、言った。
「詐欺師よ、私」
 初めて会った人物に、こんな話をするのも、おかしいだろう。
けど、それでも、安心できるのだ、この人間は。
「そう、ですか」
「私も言ったんだから、そっちも言いなさいよ」
 と、マリーナはつめよる。
刀を総司に返しながらも、目だけは総司を見ている。
「私は・・・」
刀を鞘に戻しながら、総司は言う。
「あなた方が言う、騎士です」
「へぇ・・・立派なものじゃない」
「けど─」
「けど?」
 訝しそうにマリーナは眉をよせる。
そして、次の言葉を待った。
「そちらが言うもんすたーなんかを斬るんじゃなく」
 総司は、刀を見た。
そう、この刀で斬ってきたのは─
「人間を、斬るんです」


<十三>─長き夜の始まり─

「嘘、それともホント?」
「本当です」
 真っ直ぐに、マリーナを見つめて言う総司。
マリーナは、彼の瞳から読みとった。
 彼は、嘘をついていない、と。
「けど、誰かのために、それをやったんでしょ?」
「そうです、けど・・・」
「けど?」
「人殺しは、人殺しです」
 彼女が言うことは、たしかにそうだ。
けど、それでも、そこにある事実は変わらない。
 自分が、人を殺したという事実は─
「お姫様の護衛?それとも、戦争で?」
「京都、と言ってもわからないでしょうから・・・。まぁ、あるところの治安の維持をやる、といったコトです」
「治安維持のために、人を殺すの?」
「そのようにしなければならない、と言っても・・・」
総司は、溜息をついた。
「こんな平和なトコロに住むあなたたちには、わからないかもしれませんね」
「そうかもね・・・」
 二人とも、店長と客、という立場で話していない。
詐欺師と、一介の剣士が、互いに真剣を抜きはなって話している。
 まさに、それに等しい。
「パステルたちは、この事・・・」
「知りません」
「言うつもりなの?」
「ないと、思いますよ」
「どうして?」
「私は、刀を抜くことはないでしょうから」
 なぜだろう。
そう思っていても。
 いつか、自分が。
刀を抜くときが、来ると思えるのは。
「そうね、あなたは、優しいから・・・」
「優しくはないですよ・・・」
 自分が優しいハズがない。
その気になれば─あの人たちから命令をされれば─
 彼らさえ、殺してしまうだろうから。
「優しいって言葉が似合うのは、彼らに一番ふさわしいと思いますよ」

「遅いな・・・」
「そうですね」
 夕食に向かう準備も、もう既に出来ている。
後は、パステル、トラップ、ルーミィ、シロ、総司の帰りを待つだけだ。
 ここは、エベリンでも中堅レベルという宿屋。
百万ゴールドが入り、リッチになった彼らは、記念に、というコトで、ここに止まっているのだ。
「マリーナの所、行くって、言ってたから」
「盛り上がってるのかもしれませんねぇ」
 ノルとキットンの言葉。
それからしばらく、また沈黙が続いた。
「オレ、見てくる」
「じゃあ、オレも行くよ」
 ノルが立ち上がった。
クレイも、シドの剣を片手に、立ち上がる。
「じゃあ、私は留守番でもしますかね」
 と、言いながら、自分のリュックの中から薬草とメモ、それに鉛筆を取り出している。
この調子なら、たぶん大丈夫だろう。
「じゃあ、行こうか」
「あぁ」
クレイとノルは、ドアを出ていった。

「送っていくよ」
「大丈夫ですって」
ルーミィを背中に背負いながら、総司は言った。
「迷うわよ?」
「大丈夫ですよ」
 と、総司はドアを開けた。
足下を、シロちゃんが通り過ぎていく。
「初めてなんでしょう?エベリンは。だったら、絶対迷うって」
 この口論。
長い間待ったモノの、まったく帰ってこないパステルとトラップ。
 夕日も落ち始める時刻に入り、いい加減帰らないと、いけない時刻。
帰ろうと言い出した総司を、送ろうとマリーナが言い出したが、それを総司が断っているのだ。
「道は覚えましたよ・・・」
「わかった、道案内はやらない」
 と、マリーナが退いた。
ホッと一息ついて、総司はドアを出た。
「そのかわり、ついていく」
「・・・わかりましたよ」
 と、諦めた総司。
一本とった、とばかりに、マリーナはガッツポーズを決める。
「うわぁ・・・」
ギシギシ軋む階段を下り、総司は簡単の声をあげた。
「そうしたの?」
「凄い人だなぁ・・・」
 と、総司は歩き出す。
人の波に乗り、どんどん歩いていった。
「こんな人ごみ、見たことないの?」
「ありますけど・・・」
 と、総司は再びまわりを見回した。
すると、ある一カ所に、人がたまっている。
「なんだろ・・・」
「野次馬」
「なんですって?」
マリーナの一言に、総司は振り向く。
「なんでもないよ」
「・・・そうですか?」
 解せない様子の総司。
しかし、それよりも人ごみの方が気になるようだ。
「どれどれ・・・」
 ルーミィを(彼女は眠っている)負ぶい直し、シロちゃんを、手の上に乗せる。
そのまま、器用に手に乗せたまま、肩に移した。
「あれは・・・」
 チラッと見えたその光景。
それを一目見て、総司はひとごみをかき分けていった。
「ちょっ、ちょっと」
 慌てて追うマリーナ。
総司が切り開いた道をついていく。
「トラップさん!!!」
 人ごみの中央。
倒れ込んでいるトラップ、脇にいる警官が数名。
 マリーナも、すぐさま彼らに近づく。
「どうしたの?」
「わっ・・・ワリィ・・・」
 と、そこまで言って、トラップがせき込んだ。
慌てて、彼の背中をさする警官。
「どうしたんですか?」
総司が、トラップの前にまわりこむ。
「・・・パステルが、さらわれちまった」


<十三>─決意と不信─

「いってぇなぁ〜。ホントに使うワケないだろ」
「わたしが追ってこなかったら、使ったんじゃないの?」
「ハハッ、んなことねぇよ」
 慌てて手を振るトラップ。
そんなトラップを、ジト目で見るパステル。

「まぁ、とりあえずダガーは買ったし」
「よかったね、安いのがあって」
「でも、選ぶのに時間かかったなぁ・・・」
「はやく行かないと、総司たちを残してるんだから」
それから、十分後の出来事。

「あの」
「なんですか?」
「パステル・G・キングさん、ですか?」
 人の良さそうな男。
後ろにも一人、大男がいる。
「悪いですけどちょっと、来ていただけないでしょうかね?」
「えっ?」

 話しかけてきた男が、パステルの口にハンカチをかぶせる。
大男が、トラップのみぞおちに軽くパンチを当てる。
 気を失うトラップ。
最後に見えたのが、抱えられて、どこかに連れていかれるパステル。
 全ては一瞬のこと。
エベリンの雑踏の中に、それは不自然なほど自然にとけ込んでいた。

「本当に、すまねぇ」
「トラップがあやまるコトじゃないよ」
 マリーナが、トラップをなぐさめる。
彼は、まだ具合がわるいらしく、腹をおさえながら、ベットに横になっている。
 そうしながらも、彼は話をした。
「いったい、誰が、何の目的で・・・」
「それは・・・」
と、クレイは総司を見た。
「これに書いてある、ということですね」
 と、総司が一枚の紙切れを示した。
メモ帳の一ページを破ったのだろう、そこに、バカ丁寧な字が書かれてある。
「なんて書いてあるんですか?」
「読めませんよ」
 と、総司。
それを聞き、クレイがその紙切れを強引に奪い取る。
 彼も、相当焦っているらしい。
「読むからな。『あなたがたの仲間は預かった。返して欲しければ、七十万ゴールドを持ってこい。ただし、人を指名する。
クレイ・S・アンダーソン、それにソウジと呼ばれる男。
 この二人で、深夜零時に、エベリン十五番地の廃墟に来い。
多少の遅刻は見逃すが、人員の変更、人数の増減、また、ホワイトドラゴンの子供は連れてくるな。
どれかを一つでも破れば、人質の命はない』だと」
「・・・ってちょっと待て。なんで、シロがホワイトドラゴンだって知ってるんだよ」
読み終わった直後、トラップが指摘する。
「それに、我々がキスキンから大金を頂いたこと、それに、総司のコトも知っているようですね」
 キットンも、冷静に分析している。
たしかに、シロの秘密は、彼らだけが知っていて、他にも知っている人間はいるが、全部信頼できる人間だ。
 さらに、キスキンでのコトも知っているらしい。
新聞の記事にもなったが、それでも彼らは実名で出ていない。
 いったい、どうやってそれらを知ったのか。
彼らは、しばらくそのコトで話し合った。
「そんな悠長なコト、言ってる場合じゃないでしょ」
 総司が口を開いた。
その言葉を聞き、全員が彼を向く。
 いや、性格には彼の声を聞き、だが。
声の調子が、まったく違うのだ。
 いままでの、春の風のような暖かみはない。
冬の凍てつくような吹雪のような声。
 それが、彼の口から出てきたのだ。
「クレイさん、その、七十万ごーるど、用意できるんですか?」
「いや、今の時間は、銀行も閉まってるから・・・」
「無理なんですね?」
「あっ、あぁ」
 こたえているクレイの声がうわずる。
総司の雰囲気に、のみこまれているのだ。
「じゃあ、しょうがない・・・」
 総司は、刀を腰にまわそうとして、止めた。
いつものようにある帯が、そこにない。
 いつものクセでそれをやり、総司は、まだ自分が、忘れていないことに気が付いた。
─あたりまえか─
頭をふり、気を取り直す。
「すみません、なにか、腰に巻くモノを貸して欲しいんですけど」
「これで、いいか?」
 トラップが取り出したのは、ロープ。
彼にしてはめずらしく、かなり慌てている様子だ。
「ありがと」
 短く言った総司は、器用にロープを腰にまき、刀を差し込む。
白と黒の組み合わせ、それにロープと刀という、かなりアンバランスな格好。
 しかし、本人は気にしていない。
「クレイさん、行きますよ」
「行く、って言っても、金が用意できてないのに・・・」
ためらうクレイ。
「なんのために、これを持っていると思うんですか?」
 と、総司は刀の頭をたたく。
チャリッと鍔の音が鳴った。
「・・・まさか・・・」
 そんなハズはない。
そんなコトを、総司が考えるはずがない。
 そう、クレイは願った。
「表で待っています。すぐに準備をしてください」
 ドアを開け、総司は出ていった。
残された彼らは、複雑な表情で、彼の後ろ姿を見送った。


<十四>─闇夜─

「大丈夫なの?本当に」
気遣わしそうなマリーナの顔。

「相手が条件提示をしているのなら、それに従うしかありませんね」
名案も浮かばず、頭をかくキットン。

「くれぇー、ぱーるぅ、どこら?」
起き出したルーミィの顔。

「大丈夫デシよ、ルーミィしゃん」
隣に寄り添うシロ。

「クレイ、頼むぞ」
必死な顔のトラップ。

「クレイ」
ただ一言で、全てを語ったノルの言葉。

「遅かったですね」
出迎えた総司の声。
「アーマー着るのに、手間取って・・・」
 クレイは、実家から持ってきたアーマーを着込んでいる。
左手にシドの剣を持ち、カンテラを二つ、右手に抱えている。
「へぇ・・・」
 興味深そうに、クレイのアーマーを見回す総司。
が、それもホント少しの間のコトで、すぐにクレイの顔を直視した。
「時間は?」
「あと、三十分くらい・・・」
宿屋を出るとき、確認した時刻を言う。
「どのくらいかかりますか?そこまで」
「大体、歩いて二十分くらいだと思います」
「時間は、あるんですね」
「十分時間はありますよ」
「そうですか・・・」
 どうやら、時間の単位も理解していないらしい。
が、決してそれがどのくらいの長さかを聞かない。
 用は、時間が足りていればいいのだ。
「じゃあ、案内して下さい」
「あっ、その前に・・・」
と、クレイはカンテラを一つ手渡した。
「これは?」
「ちょっと待って下さい・・・」
 ポケットから火種を取り出し、自分のカンテラに火を灯す。
同じく、総司の方にも火を灯した。
「これで、ほら。照らせるんですよ」
「へぇ・・・」
 しばらく、まわりの方を振り回していた総司。
クレイが黙って歩き出すと、総司はその後ろに続いた。
 夜のエベリンは、なお明るい。
が、それは街の中心の話であり、これから向かう十五番地は、民家の集合地帯。
 この時間になれば、夜は暗い。
さらに、この日は月どころか、星すら見えない夜。
 そんな、闇夜の中。
沈黙の中で、クレイのアーマーの音が響く。
 これから向かう廃墟は、元富豪の家で、かなり広い(しかも有名)
人が住まなくなり、また、分解工事も着手されていないため、ところどころ、老朽化が進んでいる。
「そうだ・・・」
思い出したように、総司は呟いた。
「その廃墟、足場はしっかりしてますか?」
いいながら、クレイと並ぶ。
「えっ?老朽化が進んでいるから・・・ところどころ、破損してるかもしれません」
「じゃあ、広さは?」
「廊下は狭いでしょうし、部屋も、狭いところは狭いでしょう」
「じゃあ、一応教えておきますね」
 総司は突然刀を抜いた。
思わず、クレイは剣に手をかける。
「狭い廊下や狭い室内では、なるべく剣を寝かして、敵が来たら、大袈裟に剣を振らずに、なるべく突いてください」
「はぁ・・・」
 納得したのかしてないのか。
総司は、さらに続ける。
「狭いところで刀を振り回したら、天井や壁に剣が突き刺さって、抜けなくなるんですよ。その隙に、斬られてしまいます」
 たしかに・・・。
と、妙に納得するクレイ。
「室内では、なるべく壁を背にして戦ってください」
「えっ?でも、それじゃあ、逃げられなくなって・・・」
「逃げることなど、できませんよ」
クレイをキッとにらみつける。
「パステルさんを、見殺しにするつもりですか?」
「・・・すみません」
 素直に頭を下げるクレイ。
─そうだ─
 自分の目的を忘れたのか?
金が用意できない、それで向こうは納得しない。
 だったら─
「さっきの続きですけど」
 クレイは、総司に目を向ける。
お互いの視線が、ぶつかり合う。
「壁を背にすれば、背後からの攻撃はできません。前から来る敵、それと横から来る敵を相手にするだけでいいんですから」
「・・・はい」
「それと、戦闘に入ると思ったら、すぐにそれを消して下さい」
と、カンテラを指さす。
「けど、それじゃあ、敵が見えなくなってしまうんじゃあ・・・」
「大丈夫です」
 総司が、少し笑う。
クレイは、それ以上、聞くことができなかった。
 また、二人は歩き出す。
民家の明かりは、もう、どこにもついてない。
 ただ、二人のカンテラの光が、闇を切り裂いている。
「・・・ここです」
 クレイの足が止まる。
少し遅れて、総司の歩みも止まった。
「お待ちしてました」
 急に、背後から声がかかる。
同時に二人が振り返ると、そこに、人の良さそうな─それでいて、何を考えているか、わからないような─男がいた。
「少し早いですが・・・ささっ、中に」
 うながされるまま、クレイは中に入っていった。
総司は、男に注意をはらいながら、中に入っていく。


<十五>─スタンバイ─

「今頃、作戦を実行しているのかしら?」
「たぶん、な」
 Qが、優雅にワインをあおる。
美しい唇がグラスにふれ、白い首が少し鳴り、甘い吐息がはかれる。
 一方、Kは、豪快にワインを一気飲みした。
「一つ、質問してよろしいでしょうか?」
 と、彼らの中に、もう二人、誰かがいる。
一人は、彼らと同じく、ワイングラスを手にしているA。
 そして、もう一人は─
短い黒髪、大きな瞳は黒く輝いている。
 スラッとした白で統一された服装。
少しの胸の膨らみと、声の高さから、女だと分かる。
「なんだ?」
Kが問い返す。
「人質を取るのはわかります。エベリンという大都市の真ん中で、ファイターを生け捕りにするのが、どれだけ大変かは」
「だから、わざわざパステル・G・キングを誘拐した」
Aがこたえる。
「けど、なぜ、あのソウジという男を指名したのですか?」
「わからないからだ」
Kがこたえた。
「わからない、とは?」
「まぁ、別に理由もある。あの盗賊の男なら、隙を見て、人質だけを助けることもできる。巨人族の男がくれば、大きな戦力になる。
あのキットン族の男も、その知恵と、新しく加わった魔法をつかえば、救出することは可能だ。
まぁ、失敗はないと思うが、それでも危険はある。
だとすれば・・・」
「残ったのは、その男、ってコトよ」
Qがこたえる。
「なるほど・・・」
女が、感心したように言う。
「それに、あの男の身元がわからないコトにも理由はある」
「謎があって、逆に気味悪くないか?」
「そういう意見もあるな」
「しかし、可能性としては、そちらが高い、と言うことですか」
「まぁな」
女の言葉に、Kは頷く。
「・・・なるほど」
 Aが、微かに笑った。
しかし、部屋の中にいる全ての人間が、聞き取れるくらいの笑い。
「なにがだ?」
「スペードのJのカンが、あたるかもしれないな」
 Aは、初めてワインをあおった。
彼の顔には、まだ、微笑みが残っている。

「足下に気をつけて」
 先を歩いていく男。
後ろに続くクレイと総司のカンテラの光が、室内を照らす。
 典型的な大広間、中央の大階段、まわりにある扉。
貴族の屋敷はこういうモノだ、そう言わんばかりの手本のようなつくり。
 歩くと時折、コツンと聞こえるのは、中に散らばっている小石のせいだろう。
ところどころに穴が開いており、その近くを通る度に「気をつけて」という男。
 彼らが今歩いているところは、階段。
足下に気をつけて、とは階段を上り始めた頃の台詞。
「こちらです」
 黙って頷きあう三人。
階段を上ってすぐにある。大きな扉。
「さて、準備はよろしいでしょうか?」
「どうぞ・・・」
 ギィィィィ・・・
扉が開けられ、音が響く。
 室内から、明かりがこぼれてきた。
「お客様が到着しました」
 すぐさま、道案内をしていた男は、中に入っていく。
その部屋だけは、まるで人が住んでいたように綺麗になっていた。
 総司が、瞬時に中の人数を確かめる。
中に入っているのは、十人。
 その誰もが、武器を持っている─ある二人をのぞいては。
「パステル!!」
 クレイが叫んだ。
と、同時に、パステルも声を出そうとした。
 が、出せなかった。
「その猿ぐつわ、外してくれませんか?」
「その前に、取引だ」
 と、言ったのは、おそらくリーダー格の男。
銀、というより、どちらというと灰に近い髪の色。
 意志の強そうな金色の瞳、三十は過ぎているだろう、顔。
そして、着込んでいる黒装束─よく見れば、彼ら全員(案内者を含めて)─を着ている。
 ちなみに、もう一人の武器を持っていない者とは、彼である。
「金は、用意できたのか?」
「出来ていない」
 即座に、総司がこたえる。
少しざわめく室内。
「どういうつもりだ?」
「金は、全部銀行に預けている。おまえたちの手紙を読んだ時には、銀行は閉まっていた」
「じゃあ、しょうがない・・・」
リーダー格の男は、溜息をつき、手を挙げた。
「それでは、K(キング)がお望みの品だけを、持って帰るか」
 振り下ろされる腕。
と、同時に、灯りが消される。
「クレイさん!!」
 総司の声が早いか、クレイの行動が早いか。
クレイは、カンテラの灯りを消した後、カンテラを捨てた。
 星も出ていない夜、灯りのない街。
これで、室内は暗闇に包まれる・・・ハズだった。
「総司!?」
 クレイは、声をあげた。
と、同時に、剣を受け止める。
 本来なら、闇夜に浮かぶハズの火花は、灯りに消されていった。
「ほら!!こっちこっち!!」
 総司の叫び声が聞こえる。
刀を両手に持ち、灯りのついたカンテラを腰に下げながら。


<十五>─彼らの戦い─

「総司!!火を消して」
クレイは、壁を背にしながら、懸命に総司に近寄る。
「クレイさん」
 囲みをくぐり抜け、総司はクレイの方に向かう。
すれ違う一瞬、クレイに囁きながら。
「今のウチに、パステルさんを」
 すぐに、総司は離れていく。
カンテラの光から死角となったクレイは、敵に囲まれない。
─そうか─
 彼は、囮になろうとしているのだ。
ワザとカンテラを消さず、自分が囮になり、そのうちに、自分がパステルを助ける。
─だったら─
 壁添いに、ゆっくりと歩き出す。
もちろん、シドの剣を片手に。
 いつ襲われるか、わからない暗闇。
ただ、総司のカンテラの光だけが、見える。
─慌てたらダメだ─
 音を出せば、それでわかる。
アーマーの音が響くが、それよりも、剣と剣がぶつかりあう音の方が、激しい。
─たしか・・・─
 どのくらい歩いただろう。
次の角を曲がれば、おそらくパステルの元に辿り着く。
 そして、指の先が、壁に付いたとき─
「こっちには行かせないぜ」
 声が聞こえてきた。
その声は、先程話しかけてきた、リーダー格の男。
「そらっ!!」
闇の中から、鋭い刃の光が見えた。
「わっ!!」
 かろうじて避けるが、次の二撃目はかわせなかった。
ガァァァァン
「アーマーか」
 軽く舌打ちする男。
─この隙に─
 一歩踏みだし、剣を振る。
ガッ
 今度は、短い金属音。
─盾!?─
 槍の上に、相手は盾まで持っているらしい。
剣を、再び、構え直す。
 キィン
次の瞬間、今度は剣で剣を弾かれる。
─腕が三本あるのか?この人は─
 たしかに、さっきのは剣だ。
そして、最初のは槍、剣を止めたのは、盾。
─一回退くか?─
─けど─
 ここで退けば、再び槍の餌食になる。
だったら、退かずに、このまま攻撃を加える。
「たぁぁっ!!」
 再び、剣を振り上げた。
ガッ!!
 急に、剣が重くなった。
手ごたえでわかる、剣が、天井に突き刺さったのだ。
「チェックメイト」
─狭いところで剣を振り回したら、剣が天井や壁に突き刺さって、抜けなくなるんですよ─
総司の言葉がリフレインする。
─バカ!!─
 自分で自分をしかる。
が、その間にも、槍の穂先が迫って・・・?
「王手」
 冷たい言葉が、男の後ろからかかってきた。
総司が、刀の切っ先を、男の背中にあてているのだ。
 カンテラの光が、総司の顔を下から照らし出す。
「いいのか?こっちばかりにかまってて」
「えぇ、八人全員、眠ってますからね」
 彼の後ろの方は、照らし出されていない。
さらに、そこからは何の音も、声も聞こえてこない。
─まさか─
同じ考えが、クレイと男の間で起きる。
─一人で、八人を殺したのか?─
しかも、時間的に言えば、ほんの一分かそこら。
─その間に、あいつらを殺したと─
 男も、かなり驚いている。
が、すぐに冷静を取り戻した。
「全員、殺したのか?」
「はい」
「じゃあ、おまえも死ぬな」
 少しの沈黙。
男が、冷や汗を流す。
 その間に、クレイは天井から剣を抜いた。
「そうそう、一つ、言い忘れていました」
「なんだ?」
「天井裏のネズミを一匹、殺しておきました」
「ネズミを一匹、か」
男は、溜息をつく。
「偉いでしょう?」
「あぁ、なんせ・・・」
男は、微笑んだ。
「虎を逃がしていてくれたんだからな」
 ドンッ
急に、天井が落ちてきた。
 慌てて、総司とクレイは散った。
総司が照らす空間に、埃がたち、視界が悪くなる。
 次第にはれてきた視界。
そして、男が二人、立っていた。
「ありがとよ、黒」
「今回は、Kの予想が、外れたようですね」
埃を払いながら、黒装束をきた二人が、歩いてくる。
「どうやら、大きな虎を、逃がしたようだ」
 総司が溜息をつく。
そして、クレイの視点は、ある一点にとどまっていた。
 それは─男が持っている武器。
「アダーガ・・・」
「なんですって?」
「彼の武器ですよ」
クレイは、左手で剣をかまえ、右手で指さした。
「・・・なんですか?あれは」
 総司も、その武器を見る。
男が手にしている武器─
 大きな円状の盾、その中心から、垂直に五十センチほど、剣が伸びている。
さらに、盾の後の方に、槍が伸びているのだ。
 かいつまんで言えば、槍の途中に、盾がついており、剣が生えている、そういうかんじ。
「随分と、めずらしい武器ですね・・・」
そして、思い出したように、ふと、笑った。
「原田さんが喜びそうだ」
「えっ!?」
 今一瞬、総司の表情が戻ったような気がした。
が、彼が見たときには、総司の表情は、暗かった。
「黒、帰ってKに報告しておいてくれ」
「なんて?」
 黒、と呼ばれている男は、アダーガを持っている男を見た。
その黒は─その名の示すとおり、肌が黒い。
 総司にはわからないが、クレイにはわかる。
─ダークエルフ─
 その証拠に、耳が尖っているのだ。
「任務は失敗だ」
「わかったが、おまえは、どうする?」
「オレは・・・」
男は、アダーガをかまえた。
「ケジメをつける」
「・・・わかった」
 次の瞬間、黒は窓を開けた。
振り返りもせず、夜の闇に消える。
「さて、始めようか」
「じゃあ、遠慮なく」
 総司は、カンテラを投げ捨てる。
地面に落ちると同時に、消えるカンテラの灯り。
「・・・クレイさん・・・」
「わかってます」
 自分が出来る、最善のコトをやる。
クレイは、そう、心のなかで自分に言った。


<十六>─暗闇の戦い─

 ジリッ
お互いの間合いが、一歩迫った。
 総司が半歩、男が半歩。
それぞれ、総司は刀を下段に、男はアダーガの槍を構えている。
「そういえば・・・」
総司が口を開いた。
「なんだ?」
「お互い、自己紹介もまだでしたね」
 これから斬り合う人間にでも、名乗りをあげるもの。
昔のクセが、今も少し、残っているようだ。
「先に名乗れよ」
「私は、沖田総司です」
「オレは、ダイヤのJ(ジャック)だ。または、ダイヤのアダーガ」
「おかしな名前ですね」
「そっちが、な」
 総司は、刀を上段まで上げた。
Jは、一歩、さらに間合いを狭める。
「じゃあ・・・」
「いきますか」
 Jが、槍を繰り出した。
ヒュッ
 紙一重でそれをよけ、剣を振り下ろす。
天井ギリギリを通る切っ先、それはJの頭上を襲う。
 カァン
すかさず切り返し、盾でそれを防ぐJ。
 そのまま、剣が総司を襲う。
「チッ!」
 半身をひねり、それを避ける。
そのまま、半月を描くような動きで、再び刀を振る。
 が、その時には、Jは三歩後方にいた。
「やるもんだな」
「そっちこそ・・・」
 お互い、汗一つかいておらず、また、傷一つ負っていない。
ただ、さらに驚くべきコトがある。
 先程消えた総司のカンテラの光。
これで、この室内は、暗闇になっているのだ。
 星すらもでていない夜。
事実、二人はクレイの位置、相手の顔どころか、自分の武器すら見えない状態。
 その状態で、あれほどの攻防を繰り広げ、傷一つ負っていない。
この二人の実力のほどが知れる。
 何も見えない暗闇。
もちろん、総司は、Jが、今、槍を繰り出したコトなど、見えていない。
 だが、それを見ているがごとく、避けた。
「!?」
 総司は、横にステップをふんだ。
─二段突き!!─
 最初によけた後、さらに、何かがきた。
それが、槍の切っ先であるコトを、総司は知っている。
 視覚に頼らず、聴覚と、カンだけで、それを知る。
「タァァッ!!」
 口からほとぼしる気合。
攻撃をするタイミングは読まれるが、微かな刀の音をかき消す効果もある。
 カァン
が、それでも、Jは盾でそれを受ける。
 タイミングをよめば、後は、自分のカン。
ただのヤマカンではなく、百戦錬磨の戦士だけが持つ、特有のカンで。
 それを、防いでいる。
シュッ
 下から襲ってくる剣。
総司は、それをはじいた。
「うらぁっ!!」
 Jが、槍でも剣でもなく、盾を押し出した。
予想だにしなかった攻撃に、総司はそれをまともに顔にうける。
「もらった!!」
 バランスを崩した総司。
そして、Jの槍が、彼を襲う。
 その、一瞬。
「あなたには、感謝しますよ」
 総司は、呟いた。
そして、その言葉全ては、Jの耳に届く。
「私に、戦い方を思い出させてくれた」
 戦うことしか知らない自分。
自分が戦うことをやめざるおえなくなって、一年以上が経っている。
 体は元に戻っていても、実戦のカンが戻っていない。
それが、さっきのウチに、戻ってきた。
 そして─
「それに・・・」
 槍の切っ先が、迫ってくる。
それでも、総司は続けた。
「私に、戦う理由を見つけさせてくれた」
 今まで、あの人たちと一緒に歩んできた道。
自分は、ただ、ついていっていただけだった。
 それがいつか、自分の戦う理由になっていた。
けど、あの人たちは、いない。
 ここに来て、戦う理由がなくなってしまった。
けど─見つけた。
「ハァァァァァァ!!!」
 キキン
Jは、驚愕した。
─バカな─
 きまったと思った槍。
それが、下にはじかれた。
 どころか、それが。
一瞬にして、上にはじかれたのだ。
─突きが来る!!─
 刀の鍔鳴りがなる。
その位置が、おそらくヤツの右脇付近。
 と、すれば、おそらくは─突き。
カァン
 盾で、それを防ぐ。
そして、剣を繰り出そうとした、その時。
 シュッ
盾のほんの一センチ上を、突きが通過していった。
─速い!!─
 あまりにも速く、二撃目の突きが襲ってくる。
首の皮一枚が、斬れた。
─だが!!─
 刀による突きの後は、大きな隙ができる。
二撃目をかわした、自分の・・・!?
「バ・・・カ・・・な・・・」
 アダーガ落とした。
すさまじい金属音が、室内に響く。
「三段突き、だと?」
 右肩を貫いた刀が、引き抜かれる。
総司は、刀を片手に立ちつくし、Jは、地面に膝をついた。


<十七>─長い夜の終わり そして─

 クレイは、おそらく、パステルがいるだろう場所にたどりついた。
一分近くかけて、ようやく、辿り着いたのだ。
「パステル」
 なるべく声を出さぬよう、クレイは囁いた。
声の主がわかったパステルは、声のした方を向く。
 しかし、そこには暗闇しかない。
「ちょっと待ってろ」
 まず、クレイがパステルの頭をさわった。
そこから、頭をなでるように手をおろし、さるぐつわを外す。
 息をはくパステル。
続いてクレイは、肩から腕をつたい、ロープをさがしあてる。
「じっとしてて」
「うん」
 うなずくパステル。
お互い、声をひそめているが、聞き取っている。
「・・・・・・よし」
 ショートソードで、ロープを切ったクレイ。
パステルは、立ち上がり、まわりを見回した。
 が、もちろん、何も見えない。
「カンテラは?」
「ゴメン、今、持ってないんだ」
「えっ?」
 クレイは、苦笑いをうかべる。
くどいようだが、もちろん、パステルには見えていない。
「さっきのウチに、落として・・・」
「・・・総司は!?」
 思い出したように、パステルは声をあげた。
慌てて、クレイが口を塞ぐ。
「わからない」
首をふるクレイ。
「・・・声、聞こえる」
クレイが手をどけると同時に、パステルが呟いた。
「・・・ホントだ」
「行ってみましょう」
 パステルは、ゆっくりと歩き出す。
クレイは、そんなパステルを制し、彼女を守るように歩き出した。

「まさか、負けるとは思わなかった」
「そうですか・・・」
 ダイヤのJは、アダーガを手探りに探しだした。
総司は、まだ、刀をおさめていない。
 懐紙がないことに気付き、どうやって刀の血を拭おうか、考えているのだ。
「・・・やるよ」
「これは?」
「それで、血を拭え」
 手渡されたのは、赤いハンカチ。
もちろん、こんな暗闇の中で、色がわかるわけがなく─総司がハンカチを知ってるハズもなく─とりあえず、総司は頭をさげた。
「ありがとうございます」
 と言って、総司は刀を清めた。
赤いハンカチに、赤い血が染み込んでいく。
「はい、これ」
「やる、とオレは言ったハズだが?」
Jは、それを拒んだ。
「でも・・・」
「いいんだよ」
少しの間、時間が止まる。
「一つ、聞きますよ」
「なんだ?」
「なぜ、クレイさんたちを狙ったんですか?」
「どっちが本当のおまえなんだ?」
 いきなり、質問をかえされる。
少したじろく総司。
「オレと戦った時、さっき質問した時のおまえ。
それと、さっきオレに律儀にもハンカチを返そうとしたおまえ。
どっちが、本当のおまえなんだ?」
「どちらも、私ですよ」
「天使と悪魔が共に住む男」
Jは、笑った。
「まさか、この世五人もいるとはな」
 彼は、頭の中に思い浮かべた。
自分の、仲間たちを。
 彼らの笑顔と、彼らの戦う姿を。
「質問、こたえてくれませんか?」
「なんの?」
「さっきの」
「断る」
「どうして」
「これから、死ぬからな」
 二人の間に、沈黙が流れる。
また、あの空気が戻ってきた。
 彼らが、戦っていた時の空気が─
「誰に、です?」
「誰に、だと?」
Jは、笑った。
「男が死ぬのに、他人の手はいらん」
 アダーガに手をかけるJ。
総司は、それがわかっていながら、手を出さない。
「じゃあな」
「さよなら」
 Jは、槍を逆手に持った。
そして─首を、貫いた─

「クレイさん!!」
 それから三十秒ほどして、総司は声をあげた。
彼の表情は、もう、戻っている。
「総司!?」
暗闇の奥から、声がかえってくる。
「総司!!」
 パステルの声が響いた。
それと、駆けてくる音。
 すぐ後に、大きく転ける音もおまけについて。
「キャッ!!」
「パステル、大丈夫か?」
クレイが、パステルの方に近寄ったらしい。
「クレイさん」
「えっ!?・・・ッテ!!」
疑問の声の後に、苦痛の声が聞こえた。
「灯り、つけてください」
 総司が投げたのは、いつ拾ったのか、カンテラだった。
彼は、そのまま、パステルたちの方向に近づく。
「えっと・・・」
 クレイは、カンテラに灯りをつける。
そして、パステルを抱えた。
「大丈夫か?」
「いった〜ぁい・・・」
 といって、自分がつまずいたモノを見る。
そして─
「キャァァァァァァァァ!!!!!」
 すさまじい声。
彼女がつまずいたモノ、それは─人間の死体。
「パステル」
 クレイが、手をさしのべる。
が、その手を、パステルは振りほどいた。
「パステル?」
「パステルさん?」
 彼女は、青い顔で立ちつくしいる。
そして、呟いた。
 誰にも聞こえない声で。
「ド・・・シ・・テ」
「えっ!?」
「ドウシテ!?」
「パステル?」
「どうして?どうしてどうしてどうしてどうしてどうして!?どうして!!?」
 繰り替えすパステル。
クレイと総司は、ただ、立ちつくした。
「・・・どうして、人を殺したの?」
 パステルは、クレイに目をやった。
が、彼の目は、総司をとらえている。
 パステルの視線も、自然と、そちらを向く。
「総司?」
「私が・・・・・・やりました」
 静かに言った総司。
近づくパステル。
 パァン
パステルの平手打ちが、総司の左頬をとらえた。
「どうして、殺したの?」
 口を開きかけた総司。
が、慌てて出かけた言葉を飲み込み、総司はうつむいた。
 そのまま、沈黙が続く。
まったく同じ時間が、流れていった。
「すみませんでした」
 呟く総司。
彼は振り返り、闇の中に消えていった。

           翌日彼らのまわりに
          沖田総司の姿はなかった


<十八>─彼らの心─

─おのれぇ!!─
─総司!一人も逃がすなよ!!─
─わかってます─
─庭に飛び降りたぞ!!─
─逃がすな!─
─庭の方はまかせろ!─
─総司、一人いったぞ─
─まかせてください─

─どうして!?─

 朝日が、目を射した。
開きかけた目をゆっくりと閉じて、そのまま、日陰に頭を移す。
 だが、眠気は訪れず、少しして、再び目を開けた。
「夢、か」
 昔の夢だ。
まだ、病気に犯される少し前の夢だ。
 まったく同じ光景が、流れていった。
あの人の叫び声、浪士の断末魔、舞う白刃、闇を染める血。
 けど、一つ、違う声が聞こえてきた。
─どうして!?─
 胸が苦しくなる。
いままでに、こんなにも自分を苦しめた言葉があるだろうか?
─どうして!?─
 その言葉に、こたえようとした。
けど─
 こたえることはできなかった。
何を言えばいい?
 人を殺したことに、何を弁解できるというのだ?
彼女は、自分たちを許すような人間ではないハズだ。
─どんなに優しい人間でも、人殺しを許すコトなどない─
 エベリンにある数少ない廃墟の一つ。
そこに、沖田総司は住んでいた。
 黒いズボン、そして、赤いシャツ。
元々は、白いシャツだったのだ。
 血で染まったのだ、それが。
白い部分を余すことなく、返り血で、赤く。
 それを脱ぐことなく、あの後、ここを見つけた。
そして─三日が過ぎた。
 このまま、餓死してもいい。
どうせ、死ぬ運命だったのだから─自分は。
 だが、刀だけは手放していない。
それで、死ぬことも考えた。
 が、所詮、死は一瞬。
ならば、苦しみながら死んでいきたい。
 彼女に対する、贖罪にもなりはしないけれども─

 あれから、三日が経った。
眠る度に、夢を見る。
 あの事件は─翌日の夕刊に、その翌日の朝刊にも、一面トップで出た。
十名の死体、内、一名は自害。
 全ての人間が、黒装束に身を包み、鋭利な刃物で殺害されている。
仲間割れの末、最後の一人も自害した。
 何らかの交渉でトラブルを起こし、戦闘となり、死亡した。
などの説が飛び交っているが、全ては、想像。
 自分が知っている真実は─あまりにも違った。
─すみませんでした─
 あの時の、彼の言葉が。
深く、胸を突き刺した。
 そういえば、初めて男の人を殴ったような気がする。
それは、気のせいかもしれない。
 けど、あの時、彼を殴って─
自分が痛かった。
 あの後、わたしは眠れなかった。
クレイは、あまりにも無口になり、トラップは、事情を聞くこともなく、ふらりと出ていき、一度も戻ってきていない。
 キットンとノルは、事情を聞き、街中を探し、シロちゃんも、彼らに協力している。
ルーミィは、その日一日中、泣きやむことなかった。
 そして、私は─
何をやるにも、なにもできない。
 三日が経っても、自分は、あの日のコトを鮮明に思い出せる。
そのかわり、クレイと帰った帰り道を、私は覚えていない。
 気が付いたら、ベットに横たわり、眠れずにいた。
不思議と、涙を流すことはなかった。
 私はそれほど、彼を軽蔑していたのだろうか。
そう思うと、わたしは、さらに胸が苦しくなってくる。
 彼に対する、気持ちすら定かにならないまま─

「・・・クソッ!!」
 机に拳を叩きつけた。
ハデな音と共に、机がバラバラになる。
 大きな鎚でたたき壊されたが如く。
「A(エース)、静まれ」
K(キング)が、静かに言った。
「・・・わかってる」
Aは、そのまま椅子に座った。
「けど、予想外だったわね。まさか、クレイ・S・アンダーソンにやられるのではなく、その、ソウジという男にやられるだなんて」
 Qは、まったく別のコトを考えている素振りだ。
ただ、この場にスペードのJ(ジャック)がいない。
 変わりに、ダイヤのJと一緒にいた男─黒と呼ばれたダークエルフが、彼らと一緒にいる。
「腕前は?」
「百年に一度の天稟を持ち、実戦経験も豊富。言うことナシです」
「非の打ち所がない、というところか」
「言えば、そうですね」
「どうして、おまえがヤらなかった?」
Aが、問いただす。
「彼が、報告をせよ、と言ったからです」
「あくまでも任務に忠実ねぇ」
笑ったのはQ。
「黒」
「なんですか?」
「クローバーを召集してくれ」
「了解しました」
 そう言うと、黒と呼ばれた男は、出ていく。
その足音の殺しかた、そして、前の闘いで、総司に気配をかんずかれなかった気配の消し方。
 さらに、全身に仕込んだあらゆる隠し武器。
それらから、彼が戦闘のプロ─またはアサシンだということがわかる。
「Qは、ハートを召集、クローバーとハートをつれて・・・」
 Kの次の言葉。
それは、歴史に刻まれる大事件の、一つとなる。
「アンダーソン邸を、襲撃しろ」

「まだ、見つからねぇ、か」
「えぇ、思ったよりてまどっちゃって・・・」
 一見、なんの変哲もない酒場。
開店前の店内に、一組の男女がいる。
「とにかく、探しだしてくれ。そしたら、すぐ、連絡」
「わかってる」
 トラップは、コップをあおった。
中身は、酒ではなく、ただのグレープジュース。
 彼は、クレイとパステルの異変を察した後すぐ、マリーナの家に行った。
曰く「総司を探しだしてくれ」と。
「けど、いったい、何があったの?」
「知らねぇよ」
マリーナの問いに、平然とこたえるトラップ。
「そんなもん、あいつの口から直接聞いてやる」
ジュースを飲み干したトラップは、すぐに立ち上がった。
「じゃ、オレは行ってくる」
「えぇ、行ってらっしゃい」
 マリーナに見送られ、トラップは出ていった。
彼が出ていったのを見届けると、マリーナは奥の部屋に入っていく。
 そしてそこに、一人の男がいた。
「見つかったんですって?」
「えぇ、少々手間取ったけどね」
 マリーナは、トラップに嘘を言った。
まだ、見つかっていない、と。
 彼女が何を考えているのか。
それは、彼女だけが知る。


<十九>─決意と疑惑─

「あぁ、あなたか・・・」
 四日目の朝。
目を覚ました総司が見たのは、逆光に移るマリーナの姿。
 彼女にしては珍しく、質素で、いかにも動きやすそうな服装。
「お久しぶりね」
「何日経ちました?」
「四日」
「どうしてここがわかったんですか?」
「いろんなツテを使って、ね?」
 事実、マリーナはありとあらゆる手を使った。
そのため、たった四日(正確には三日)という短い期間で探しだせたのだ。
 そのワケは─
「パステルさんたちは?」
「まだ探してる」
それを聞き、総司は苦笑いを浮かべた。
「どこまでも、優しい人だな・・・」
フッと笑う総司。
「ホント、バカみたい・・・」
マリーナは、総司の前まで歩み寄る。
「人殺しを、助けるなんて」
「知っていたんですか?」
「あなたが話したんでしょう?」
 そういえば、と総司は思い出す。
彼女の店に行ったときに、話したのだ。
 自分の過去を─
「そうでしたね」
「で、あなたはなにをやったの?」
「・・・知っているんでしょう?あなたのことだから」
 不敵に笑う総司。
 彼の表情から、暖かみが消えた。
「そりゃあ、新聞の一面トップに乗ってるくらいだからねぇ」
「なんですか?それは」
「なんのこと?」
「その・・・しんぶん、でしたっけ?」
「知らないの?」
「はい」
「冗談でしょう?」
「嘘つきは嫌いです」
 さすがに、絶句したマリーナ。
説明しようか、と一瞬思ったが、やめた。
 では、何を話そう?
そう思ったとき、先に総司が口を開いた。
「で、なんの用なんですか?」
 そう言われて、マリーナは思い出した。
自分が、なんのために、ツテまでつかってこの男を捜したか。
「思い出した」
 マリーナの表情が、変わる。
彼女は、仮面をかぶった。
 偽りの仮面を─
「何をです?」
「何をしに、ここまで来たか」
「それで?」
「とりあえずは・・・」
 マリーナは、腰の方に手を回した。
キチッ
 総司は、首を振った。
そして、右手に持っていた刀を、左手に持ち替えた。
「あなたの、命をもらいに来たの」

「どのくらいかかる?」
「二週間で召集できるだってよ」
 黒は、ルービックキューブで遊んでいる。
対して、Kは冷静に報告を聞いていた。
「やはり、クローバーか」
「まったく、クローバーのJはなにやってるんでしょうね」
「普段から、どこに行ってるかわからないヤツだからな」
 溜息をつくK。
彼はそのまま、椅子に深く腰掛けた。
 今日は、リーゼントではなく、寝起き同然の黒髪だ。
「よく許してるね。オレには許さないクセに」
「おまえは、常に必要だからな」
 笑うK。
「おまえの情報力は、な」
「Qだって、かなりのモノじゃん」
「おまえのほうが、扱いやすい」
 笑う黒。
「たしかに、オレの情報力はすごいよ。Qのと掛け合わせれば、たぶん今生まれた子供のコトも、一日でわかるだろね」
 黒は、ルービックキューブを机の上に置く。
「凄いなぁ、Aは。これを三十分以内で全部解くんだから」
「オレにもできん」
「不器用な人だからね、あなたは」
 と、黒は笑う。
「ところでさ」
「なんだ?」
 黒は、Kに近寄った。
そして、彼の真正面に、顔を送る。
「あなたは、誰?」
「どういう意味、だ?」
 彼らの間に、異様な緊張が高まる。
お互い、なにも手を出さないのは、信頼の現れか、それとも─
「スペードのソード、ハートのランス、クローバーのアクス、ダイヤのアダーガそれにAもQも、全員の身元を調査させてもらたよ」
「それで、なにかでてきたか?」
あくまで、余裕のK。
「全員の生い立ちは、だいたいわかった。けど、あんただけわからなかったんだ」
 黒は、ルービックキューブを砕く。
手で触れることなく、ただ、手をかざしただけで。
「グラン、って名前以外は、ね」


<二十>─出会いと再会─

「見つかりませんね」
「そうデシね」
 キットンとシロという、珍しい組み合わせ。
 彼らは─総司を探している。
クレイから話を聞き、彼ら二人と一匹は、ずっと探している。
 トラップはどこかに消え、クレイはいつもどこかに出かけ、パステルは一日中ボーっとしている。
 初めてなのかも知れない。
こんなにも、パーティ全員がバラバラになったのは。
「シロちゃんの鼻も頼りになりませんしね」
 一人、キットンは呟く。
ここはエベリン。
 さすがにシロの鼻といえど、これだけの人間の匂いをかぎ分けることは、かなり難しい。
「お役に立てないデシ」
 と、それが分かったときに、シロが言った言葉だ。
捜査を初めて四日目。
 彼らは、ついに出会った。
総司ではない、が。

「クソッ!!」
 トラップは、地面を蹴った。
まわりに人はいない。
 太陽は日に沈み、星が出始めている。
見事な満月が、空に登っている。
 だが、トラップの心は晴れない。
「四日、か」
 目はくまなく動き回り、なにも逃していない。
もう、エベリンの半分は、探した。
「広すぎるんだよ、ったく」
 砂漠に出るのなら、警備員に止められるはずだ。
だったら、エベリンの中にいるハズだ。
 が、エベリンは広かった。
それでも、四日間ずっと探しているのだ。
 それで、半分というのもおかしいが。
「・・・休憩、するか」
 見かけた酒場に入っていく。
彼は、気付いているのだろうか?
 この習慣が、捜査の足を引っ張っていることを。
一度入れば、二時間は出てこない。
「いらっしゃい」
 中には、客が一人しかいない。
金髪の若い男が、水割りを飲んでいるようだ。
「隣、いいか?」
「どうぞ」
 無愛想にこたえる男。
左手に持っているグラスを、一気にあおる。
「おかわり、おっちゃん」
「あいよ」
 左手のグラスを上げた。
「オレも、同じのお願い」
「あいよ」
 二十秒後、二つのコップが、男二人の前に置かれる。
「気が合うな」
「そうかもな」
 何気ない会話。
二人は、同時に酒をあおる。
「若い奴が、酒なんか飲んでたらいけないだろ」
「そっちも。まだ若いのに、説教はやめような」
「違いない」
ククッと笑う男。
「おまえは、いったい何を悩んでるんだ?」
「なんでわかるんだ?」
「酒を飲むときは、めでたい時と、ヤなコト会ったときって決まってるんだよ」
「あぁ、あった」
「なにが?」
「人が見つからない」
 男が、トラップの方を見る。
彼の前髪が、サラリと流れた。
「どこ行きやがったんだか・・・」
 トラップは、グラスを前にやった。
カラになっているグラスを、マスターが取る。
「おかわりな」
と、トラップは付け加えた。
「どんなヤツを探して居るんだ?えぇっと・・・」
 酔った勢いだろうか。
彼は、つい、名前を言った。
「トラップ」
「あぁ、トラップ、か」
 その時、男の顔が、笑った。
奥の見えない笑み。
 その男からは、何も読みとれない。
「今日は、酔いつぶれるか」
「あぁ」
 トラップは、グラスに入った水割りを、さらにあおった。
金髪の男は、微笑みを続けながら、さらに水割りをあおった。

「おやまぁ・・・」
「あら・・・」
 キットンは、思わず歩みを止めた。
相手も、歩みを止める。
「なにやってるんですか?こんなところで」
 相手は、背中に背負っているモノを背負いなおした。
キットンは、足下のシロを、確認する。
「グランさんこそ、なんでここに・・・」
 キットンの目の前には、少女を背負ったグランがいる。
今日の満月と同じ色をした、瞳をキットンに向けて。


 2000年3月23日(木)18時41分〜4月12日(水)21時19分投稿の、誠さんの長編小説「うたかたの風」(2)です。

「うたかたの風(3)」にいく

「誠(PIECE)作の小説の棚」に戻る

「冒険時代」に戻る

ホームに戻る