闇を知る者(51〜60)

(51)〜炎使い〜

最初に動いたのは、クリス。
「せっかくチャンスをあげたのに。動かないなら、こちらから行くよ」
 刹那、鈍い音。
槍の石突き(切れる所と逆の方)がみぞおちに決まった。
 槍の切っ先は、微動だにせず、まだ鎌を止めている。
「ガフッ!!」
 続いて、顎に石突きが決まった。
まだ、切っ先は動いていない。
「なんて精密な動きなんだ・・・・・・」
 クレイが感嘆の声を上げる。
でも、無理ないと思う。だって、ホントに動いてないんだもん、槍の先は。
 そこを軸に、正確に円を描きながらガルバードにダメージを与えていっている。
反撃の余地、なし。
「どうした、攻撃しないのか?」
 ジリジリと、しかし確実にダメージを与えてる。
あっ、でも死ぬことはないんだよね。
「くっそっぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
 ガルバードが吠えた。
途端、飛ぶ。
 流石に、この行動に対しての攻撃は考えてなかったんだろう。
クリスは、逃げるガルバードを目で追っていった。
『闇の刃よ、散れ、切り刻め!!!』
 言葉どうりの現象が起きた。
黒い刃は、それぞれクリスを襲う。
「雑魚が・・・」
 頭上で右手(包帯を巻いてる方)を弾く。いわゆる指パッチン。
すると、そこから炎がわいてきた。
 炎がわく。まさにその通りだった。
それは螺旋を描き、下へと降りていく。
 そして、闇の刃を全て巻き取るように消えていった。
その光景を、苦い顔で見ていたガルバード。
「槍だけかと思ったら・・・・・・炎使いでもあったのか」
「炎使い!!?」
私が素っ頓狂な声を出すと、ジェームスが解説。
「言葉の通り、炎を操る人のことです。魔法詠唱無しで炎を呼ぶことくらい
軽くやってのけますよ。もっとも、炎だけを操るのですから、いろいろ弱点もあるらしいですけど・・・・・・」
「そう、確かに炎使いだけど・・・・・・」
少し間をおいて、
「でも、そのまま同じにすれば、他の炎使いが可愛そうだ」
 さっきより、確実に、確信に近づく。
少しずつ、しかし確実に。
 クリスの目は、赤に変わっていっている。

(52)〜最高の技を〜

※ここからは、第三者の視点で戦闘シーンをお送りします。

 ガルバードは空高く飛び上がった。
そこから、また、魔法を放つ。
 だが、その全ては、クリスが放つ炎に巻き取られ、消えていく。
「こちらの集中が切れるまでの持久戦か?」
「接近戦で勝つ見込みはない。冷静な判断だと思うがね」
 余裕の台詞。
だが、クリスは、槍を構える。
 その切っ先は、ガルバードの胸を指していた。
まるで、そこを貫こうとするが如く。
「だったら、接近戦にしてやるよ。なぁ〜に、一瞬のことだ」
 そういって、更に低く構える。
どこか、ビリヤードを思わせる構え。
「そこで構えようが、所詮、龍を見上げる虎。ここまで飛ぶことは出きん」
 刹那、クリスが飛んだ。
地面が爆発、かと思いきや、クリスが消えた。
─爆風を利用して、飛んだ─
 そうガルバードが理解したとき、すでに槍は胸を貫いていた。
翼の一つから槍の切っ先は飛び出ており、鮮血が溢れ出す。
 黒い血、気の弱い人が見れば、一目で昏倒するだろう。
そのまま、右手はガルバードの頭をつかみ、落ちていく。
─100キロの物も持つことはできる─
─しかし、上に持っている物が自分を落とそうと体重をかけているというのなら話は別だ─
 そのまま、落下。
頭蓋骨が砕ける音激しい音の後、黒い血がドクドクと流れていく音が静かに響く。
─死んだ、ただし人間なら─
 悪魔は立ち上がった。
さすがにそれにはクリスも驚いた。
「へぇ、それでも死なないんだ。なかなか頑丈だな」
「痛みは感じるがな、魂と心臓を共にやられるか、はたまた魔界の物質でしか、俺は殺せない」
「じゃあ、試しに人間界の物質で殺してみるとしようかな」
笑みを浮かべる。
「炎使いの目指す、最高の技」
 右手の炎が、包帯を避けながら増幅していく。
それは、ある一つの生物をかたどり始めていく。

(53)〜海を統べる者〜

「・・・・・・火龍、か」
 ガルバードが呟いた。
その通り、クリスの手には龍が巻き付いていた。
 パステルたちが知っているドラゴンとは違う、蛇のように細長い龍。
どこか、異国の地では、これが主流と言われている。
 サードの武器である刀の発祥の地、とも言われているが。
全てが火の龍。しかし、クリスの腕に巻かれた包帯すら、焼けている様子はない。
「炎使いが求める最高の技、それすなわち火龍。なるほど、やはりただ者じゃないな」
「う〜ん、悪魔にそう言われると、ね」
 複雑な表情を見せるクリス。
その目は、さらに赤く染まって言っている。
 まだ、紫のほうが強いが。
「それじゃあ、前言ったことが本当かどうか、試すとするか」
「かかってこい」
 何か策を思いついたような表情。
だが、クリスも余裕の笑みをたたえている。
「その笑みの意味は?」
「悪いことを考えたときにでる」
 ガルバードの問いに答えた後、クリスが仕掛けた。
火龍が放たれ、ガルバードが空に舞う。
 天に向かう龍は、ガルバードを燃え尽くすと思えたが、消えた。
「人間の魔力では、所詮その程度。悪魔を焼くことなど・・・・・」
 悪魔は絶句した。
第2撃、しかも火龍が2匹・・・・・・。
「かぁぁぁぁ!!!!」
 ガルバードが吠えた。
火龍は、見えない壁に阻まれ、飼い主の元へと帰っていく。
 そして、クリスを燃やしていった。
パステルたちの絶叫が木霊する。
「どうだ、自分の飼い犬に手をかまれるのはどういう気分かな?」
「最高の気分だよ、ペットがなついてくれることは」
 燃えさかる火炎の中、クリスは一歩一歩、歩いていった。
傍らには、火龍もいる。
「私に何度も逆らおうとしたが、そのたびに私がこいつを抑え込んだ。
なついてくるまで、随分と時間がかかった」
 火龍の頭をなでる。
嬉しそうに目を細める火龍。
 その光景は、パステルたちの腰を抜かすのには十分だった。
「本当に、長かったよ。なくした物もあった、得た者もあった」
遙かな過去を見つめるクリス。
「くそっ、おまえは何者だ。いくら『闇を知る者』といえども、強い、強すぎる!!!」
 この時、ガルバードは生まれて初めて「悪寒」というものを感じていた。
いや、悪魔が悪寒を感じるなど、皆無に等しい。
 そのため、この感覚がなにを意味するのか、ガルバードはその方が驚異であった。
「名前だけは知っていると思うけどね。やっぱり、クリス・メグリアーザの名前は知られてないね」
 もう、彼は『クリス・メグリアーザ』とは別の者になろうとしていた。。
彼を指す、もう一つの名前の人格に、変わろうとしている。 
「昔の通り名、教えてやろうか?」
 頷くガルバード。
まだ、自分のこの感覚に気付いてはいない。
 そして、パステル達も、彼の次の言葉を待った。
サードは、まだ眠っている。
 ジェームスだけは、目を伏せている。
まだ、気絶したままのトラップとリーク。
 そして、クリスが口を開いた。
「シー・キング、『海を統べる者』と呼ばれていました」

(54)〜なにが力だ〜

「シー・キングだと・・・・・・」
 悪魔の呟きと、パステル達の驚き。
パステルの脳裏には、あることが思い出されていた。
 2年前、サードが自分たちに自分の過去を教えたとき。
サードの親友であるゼフ。彼の刀(今サードが装備している)を造った人。
 その人は、たしかシー・キングの船に襲われて、行方知らずだっって・・・・・・。
サードを見る。
 まだ、寝ているサード。
─この人は、知っていたのだろうか。知っていて、この人と関わりを持っていたのだろうか─
 それは、本人たちだけが知っている真実、
パステルの思いはこうだった。
─まだ、この人の事の全てを知らない。だから、知りたい─
「それほどの力があれば、海を統べることも可能、か」
ガルバードの感心の声。
「なぜ、それほどの力がありながら、一介の鍛冶屋などに・・・・・・」
「なにが力だ!!」
強く、そして何かの思いを込めた声。
「大切な人すら守れない力なんて、無いに等しい」
その言葉の真意は、如何に。
「とにかく!!サードが知りたがっていた事、教えてくれるな?」
 知っているんのだ、クリスは。
彼の、過去を。
 だから、どんな思いでサードが悪魔を追いかけていたか。
同じ様な過去を背負うクリスには。
 わかっていた。
「それでも、ダメだ」
悪魔はがんとして首を縦に振らない。
「だったら、意地でも聞いてやるよ」
 右手から、もう一つの龍が出てくる。
それは、クリスの周りでさまざまな動きを見せていた。
「いくぜ」
「来て見ろ」
 龍が放たれた。
だが、ガルバードは余裕の表情でそれをくらう。
 そして、龍が弾けた。
「やはりな、さっきは咄嗟のことで驚いたが、私を焼くことはできないらしい」
第二、第三の龍も、すべて消されていった。
「それで終わり、か」
「いいや、まだだ」
 龍が槍に憑依した。
それは、左手に握られた槍を溶かすこともなく、槍を一体化している。
「バカな!!!そのようなことをすれば、武器の方が持たないはず」
「言ったはずだろう?飼い慣らしているって。微弱な魔法コーティングさえしておけば、
槍に憑依することだって可能だ」
 槍を構える。
燃える槍の切っ先は、文字どおり龍の牙と化していた。
「ちっ!!!」
 空に飛び上がるガルバード。
また、爆風を利用してそらに飛ぶクリス。
─かかったな─
 ガルバードの勝利の笑み。
途端、魔法が手から放たれる。
 直撃は、免れない。
「どうだ、避け切れまい。空中での闘いで、俺に勝てると思うなよ」
「勝てると思ったんだけどな、気のせいか?」
 声が、聞こえた。
しかも、まったく予想しなかった所から。
 飛んでいる自分。
地面に打ち落としたハズの相手が、まさか自分の上に・・・・・・。
 上を見る。
ちょっとした出っぱりに、右手一本に体重を預けている。
─直撃する寸前、もう一度爆発を起こし、避けた─
 相手の行動は、自分の予想するべき所ではない。
その上、さらに上をいっている。
「いくぜ!!!」
 右手が離れた。
そのまま、急降下。
 悪魔の頭上に。
「火・龍・降・臨・斬!!!!!!」
 避けることすらできず、悪魔は落ちた。
そして、一生の不覚を負うことになったのだ。

(55)〜第二ラウンド〜

※いったんパステルの視点に戻します

「死んだ・・・のか?」
 クレイがポツリと言葉を漏らした。
クリスは、槍を持ったまま、ガルバードを見下ろしていたが、
「いいや、気絶しているだけだ、けど」
「けど!!?」
「魔法は解けている。見てみろ」
 全員(寝ている人×2と気絶している×2以外)が駆け寄る。
すると・・・・・・。
「こっ、これは!!?」
「はぁ、何か変わっているか?」
「別に、おかしくは、ない」
「人になってるデシ」
「そうよ、さっきまで悪魔だったのに・・・・・・」
 そう、さっきまで悪魔の姿だったのに・・・・・・人の姿になってる。
クレイが言ったとおりの銀髪の長い髪、そえを後ろで結んでいて、それでけっこう端正な顔立ち。
 身長は、たぶんクレイくらい。
そう、悪魔にしては澄んだ声だと思っていたけど。
 まさに、その声だったら、かなり合っているって容姿なの。
「でも・・・・・・何で?」
「幻覚の魔法だよ」
「幻覚!!?」
「そう、敵に幻を見せて、惑わす魔法なんてあるだろう?系統はあれと一緒だ。
ある特定のものを、まったく別のモノに見せるようにする魔法。私は使えないが。
とりあえず、ここに現れた時点で、全員にその魔法をかけたんだろう。
自分を、二対四枚の翼を持つ悪魔に見せる、魔法をね」
「だから、俺たちが見たら、普通の人間の、この姿だったんだ」
 クレイが感心したような声を出したが・・・・・・。
でも、まだ疑問はいくらでもある。
「だったら、この人は悪魔じゃないってこと?」
「それは・・・・・・」
 クリスが言いかけたとき、ジェームスはシロちゃんを、クレイは私を抱え、そこを走り去る。
起きたのだ、悪魔が。
「お目覚めかい?けっこう短かったな」
 早速軽口をたたくクリス。
ガルバードは、自分の状況を把握した後、声を上げた。
「なんてことだ!!!人間ごときに、不覚・・・・・・」
 やっぱり、こっちの方が容姿と声があっている。
こっちの方が、やっぱり本当の姿なんだろうね。
「さぁ〜ってと、いろいろと疑問点もわいてきたぞ。教えてもらおうか、悪魔の秘密も」
「いくら、『闇を知る者』でも、それは許さん」
 静かにいって、鎌を拾う。
そして、クリスを見ながら、言った。
「おまえは、一つだけ勘違いをしているようだな」
鎌をかかえたその姿は、なんか、絵になる。
「幻覚の魔法が、それを持続させる事が、どれほど難しいことかを」
 消えた。
そして、いきなりの金属音。
「なっ!!?」
 驚愕するクリス。
そして、氷の笑みを浮かべるガルバード。
「さっきまでは、幻覚の魔法を持続させながら闘ったが」
 ものすごい連撃。
クリスでさえ、防戦一方だ。
「今度は、全てを戦いに向けられる」
第二ラウンド、開始。

(56)〜涙〜

※第三者の視点に戻します

「うらあぁぁぁ!!!」
「かあぁぁぁぁ!!!!」
 お互い、攻撃しているかも防御しているのかもわからない状態。
ただ、お互いが考えていることは一つ。
─トマッタラ、ヤラレル─
 思考能力は、ほとんど機能していない。
ただ、闘う本能と、生と死の狭間での危機感、長年の闘いからの条件反射。
 そのような、闘うためのモノ全てが、闘わせている。
やがて、戦局に変化が訪れた。
 ザッ
いきなり左足を前に出すクリス。
 フェイント、少しの動揺は与えたが、ほんの一瞬。
すると、次は地面に槍が突き刺さった。
 これには流石に意表を突かれた。
─なにをす・・・─
 右足が上がるのが見える。
─蹴りか、それは命取りだな─
 即座に、左腕をずらし、来るべき衝撃を待ち受けた。
が、衝撃がきたのは、顎。
 右足もフェイント。
上げ、そしてすぐに右足を下げ、そして槍を持ったまま、左足で蹴り。
 3度のフェイント、さらに右足の振り上げ、振り下げの反動を最大限に利用。
が、ガルバードは堪えた。
─相手は足を思い切りあげたのだ。隙は・・・・・・!!?─
 上から、何かが落ちてくる。
踵落とし。
 それに気付いたのは、自分がまた、地面に手をついたことを気付いたとき。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・・・・」
 相手は、すぐに息を整える。
普通の人間とは桁違い、いや、段違いだ。
 もう、人間の限界を越え、さらにその上に行く可能性を持っている。
─私たちが知っている伝承、それに酷似している、なのに、この人は─
「どうした、人間界の物質とかじゃ、死なないんだろう。それとも怖じ気づいたか」
 ニッと笑うクリス。
まだ、終わらせないぞ。そう言っているようだ。
「あんたは・・・・・・」
立ち上がり、鎌を横に構えるガルバード。
「あんたは、そんな力を持っていて、周りから避けられなかったのですか?
何か批判されたり、のけ者にされたり。
普通人間って言うのは、自分より優等なモノの存在を認めたくないハズですよ」
「わからないか?避けられるような仕事やってたんだよ」
クリスの元の職業、海賊。
「だったら、その仲間たちからは?」
「それはわからない。内心ビクビクしながら付き合ってたのかもな、けど・・・・・・」
全員、次の言葉を待った。
「私は、あいつらが好きだったから」
 頭を下げ、なにやら恥ずかしそうに後ろを向くガルバード。
もし、悪魔の姿のまま、これをやったら気持ち悪いだろうな、と思えるくらい、人間らしい動作。
─ソウカ、ワルカッタノハ、ワタシタチノホウダッタンダ─
上を向くガルバード。
─サケラレテサケタンジャア、ナニモカイケツシナイ─
そして、何か熱いモノがこみ上げてくる。
─イチドムキアオウ、ソシテ・・・・・・─
頬を、何かがつたっていく。
─ヤリナオセル、カナ─
「そうか・・・・・・」
 その場にいた全員がギョッとした表情になる。
─涙─
 悪魔のその目から、涙が流れた。
自分が、いままでバカな誤解をしていたこと。
 そして、自分の仲間たちも・・・・・・。
本当の理由なんてどうだってよかった。
 ただ、自分が、やっと『答え』を見つけたこと─。
ただ、それだけで満足だったのだ。
「で、どうするんだ。続きはやる?やらない?」
 挑発的な口調。
そして、悪魔は微笑んだ。
「えぇ、今までは、ただ、そちらが闘うからやっていましたけど」
鎌を縦に構え直した。
「今度は、1人の男として、尊敬すべき男を倒したい」
「尊敬すべき男、ねぇ」
 曖昧な笑みを浮かべた。
悪魔に、尊敬すべき男、と言われたせいである。
 そして、クリスは槍を構え、やめた。
「どうしたんですか?」
「いつまでもこんなもんで決着つけようとしてたら、一年かかっちまう。
魔法で、勝負をつけよう」
「いいんですか?悪魔相手に魔法勝負なんて」
「じょーとー」
 お互い、微笑みを交わす。
それは、互いに互いを認めあった結果だろう。
「ジェームス、全員避難させとけ。アレ使うから」
「はっ、はい」
 慌てて返事をしたジェームスは、クレイとノルに、トラップとリークを回収するように言った。
そして、あらゆる方向に鎖を投げつけ、大きな円を造る。
「よし、これで完璧だ」
パステルたちには何のことかわからないが、一種の防御の陣である。
「まだ、力隠してたんですか?」
「あんたも私相手に、幻覚魔法を維持させながら闘ったんだろう?」
「理由になりませんよ。気付いてなかったくせに」
この会話だけを聞く限りでは、仲のいい友達同士だ。
「それじゃあ、いくぜ。封印を、解く」
そう言って、右手の包帯に手をかけた。

(57)〜堕天使〜

「なによ、あれ・・・・・・」
 パステルが呟いた。
その威圧感に圧倒されているのだ。
 ジェームスの防御の陣がなければ、おそらく腰を向かしているだろう。
 周りの空気がかわり、トラップが起きる。
だが、まともに人体急所の一つを突かれたリークは、まだ起きる様子はない。
 クリスの右腕、そこから、黒い炎が溢れ出してきた。
包帯をほどき、何事かを呟き、そして、赤い炎は黒い炎へと変化していったのだ。
「魔界の炎・・・・・・」
「そう、魔界の物だからあんたも殺せる」
 これにはガルバードも驚いた。
小説の中でも、少し読んだことがある、とパステルは覚えている。
 地下の迷宮を探索していた勇者は、邪悪な炎を操る魔術師に会った。
その炎は、地上の物を全て燃やし、世界をも燃やすかと思われた。
 そして勇者は、自分の左腕を犠牲にして、魔術師を封印した。
たしか、そんな話。
「はやくおっぱじめようぜ、元々こっちのものじゃないんだ。維持するだけで大変だよ」
目は、さらに赤みを増した。
「あれだけで、十分なのに、まさかそこまで・・・・・・」
「だから言っただろう?他の炎使いと一緒にしたら、彼らの方が可愛そうだって」
少し、余裕を見せた後、
「そっちからこないのなら、こっちから行く」
 クリスが走った。
左手に槍は、握られていない。
「くっ!!」
 対するガルバードは、絶対零度を超えた冷風。
炎と風は、それぞれの勢いをそぎながら、かき消えていった。
「やりますね、まさか単発じゃないでしょうね」
「無限、って言いたいけど、限りはある」
指が弾かれ、黒い炎が舞う。
「だから、魔法対決にしたんだ。けっこうせっかちだから」
 再び、炎と風の共演が始まった。
今度は会話もなく、ただ繰り出しては消え、それの繰り返し。
「あの人は、いったいなんなの?」
パステルが呟く。
「シー・キング。『海を統べた者』です」
「それはわかってんだよ!!あれが本当に人間か!!?」
「人間、ですよ。あの人も私も」
「あれが人間!!?わらわせんな。化け物そのものだ」
「トラップ!!!!!!」
 パステルが怒鳴る。
その声に、闘う2人も思わずポカン。
「あっ、れっ・・・・・・」
戸惑い、慌てて手を振るパステル。
「続きを言えば?それまでまっといてやるよ」
クリスが言う。
「そうですね。一時休憩といきましょうか」
ガルバードが言う。
「んで、なにが言いたかったんだ?」
トラップが言う。
「あっと、えっと、うんと・・・・・・」
 いきなり振られ、困り果てるパステル。
いったい自分は、何が言いたかったんだろう?
「パステルさん、あなたがなぜ怒ったか。それを言って下さい」
 ジェームスのその言葉。
それは、パステルを落ち着かせるには十分だった。
「トラップ。クリスは、いくら強かろうが、人間だよ。それは曲げようもない事実なんだからね」
 そして、3人の中で何かが弾けた。
クリス、ジェームス、そしてガルバード。
「ガルバード、休憩終わり、再開するぞ」
「えぇ」
 なぜか、2人の顔が赤いのは気のせいか。
だが、そのような振る舞いはいっこうにみせなかった。
 そして、ガルバードはパステルに向かい、頭を下げた。
「あなたに逢えて、本当によかったですよ」
「えっ!!?」
思わぬ人(悪魔?)からのお礼に、戸惑うパステル。
「誉められたから、よかったんじゃねぇーの」
トラップの冷やかしは、どういう真意があったのだろうか。
「トラップ、やめとけやめとけ」
 なぜかクレイがつっこむ。
顔が赤くなった3人目、トラップ。
 ただ、前の2人とは理由は違う。
「とにかく、だ。これ以上遊んでいるわけにはいかねぇんだよ、だから・・・・・・」
「そうですね。だから・・・・・・」
両手が重なる。
「こうやって、魔力をため続けたんですよ」
 放たれる邪の魔法。
それは、クリスに直撃した。
「すみません、不意打ちをして。でも、私は悪魔ですから」
「かまわないよ、全然。私も同じ事を考えていたから」
 砂塵の中から聞こえてきた声。
それは、冷たさを兼ねている声だった。
「そうですか、こっちがちょっと速かった、って事ですね」
 両手をあげるガルバード。
対するクリスは、黒い炎が背中の方から、目の前で重なっている。
 そう、炎が重なっていたのだ。
くっきり、ラインがある。
 これが先程の魔法を打ち消したのだろう。
「それじゃあ、ちょっと不意をつくか」
 誰にも聞こえない声で、呟いた。
前に重なっていた炎は、開き、そこから炎が吹き出してくる。
 しかし、空に避けたのだ。
「どうします、こちらには飛行能力がある。そちらは、炎は使えても飛ぶことはできないでしょう
前みたいに、爆風で飛んでも、空中戦でもう、負けることはないですよ」
「飛んでやるさ」
 そして、さきほど重なっていた炎が開いた。
そして、クリスが飛んでいく・・・・・・。

※リーク・ハーゲンの視点で

「つっ・・・・・・」
 腹から喉にかけてズキズキする。
たぶん、急所の一つをつかれたせいだろう。
 自分は・・・・・・生きている!!?
あの後、サードが復活して、悪魔をたおしたのだろうか。
「あれっ、どうした、みんな・・・・・・」
 全員が、ある一点を見つめている。
天井の方、やや斜め気味に。
「いったい・・・・・・!!?」
 目に映った者。
2人、人が浮いている。
 さきほどの悪魔の姿はなく、かわりに若い銀髪の男と紫の髪を持つ男。
そして、目を引いたのは紫の髪の方だ。
 その容姿、前に見た本の中に、それは酷似している。
「堕天使・・・・・・」

(58)〜決着の時〜

「堕天使・・・・・・」
 いつの間にか気がついていたリークが呟いた。
まさに、それ。
 背中から生えている黒い翼は、炎が形取っており時折瞬いている。
少しずつ変わってきていたクリスの目は、完全なる真紅になっていた。
 天使の翼は白い、そして、天使でない黒い翼の天使、堕天使。
クリスは、まさにそれになっていた。
 もし、赤い炎ならば、さながら不死鳥と言ったところだろう。
「驚いたな、魔界でもこれほどの炎使いはいない・・・・・・」
 ガルバードが感嘆する。
その言葉に、おそらく偽りはないだろう。
「これを使うのは、私たち海賊団が解散する原因になったあの日以来か・・・・・・」
たとえ見た目は堕天使だとしても、心は、クリスそのものらしい。
「しかし、サードの知りたがっていた事を知るためだ」
 といって、指を弾く。
出てくる、黒い炎は、今まで以上の威力がありそうだ。
「さすがに龍にまで高めることはできないけど」
炎が大きくなっていく。
「おまえを倒すには、これで十分だ」
 クリスが空を走る。
炎の翼は、その機能を完璧にこなしているのだ。
「くッ!!!」
 激しい空中戦が始まった。
クリスの操る炎は、変化自在にガルバードを襲い、対するガルバードは、
さまざまな力を使い、それを防いでいる。
 防戦一方、といったところだ。
「っかぁぁぁぁ!!!!」
 いきなり、ガルバードの手中に鎌が現れた。
それは、クリスの前髪を払い、異様な空気を伝えていた。
「おいおい、武器を使うなよ」
「命が危ないと思ってね。正真正銘、本気で行きます」
 次の瞬間、ガルバードの背中から翼が生えた。
クリスとは違う、正真正銘の二対四枚の翼。
「翼!!?元々飛べるのに、翼が生えても意味ないだろう」
「この翼はね、魔法の増幅作用があるんですよ」
刹那、手の中に具現した黒い玉は、翼から出された紫電のようなモノで増幅されていった。
「まじいっ!!!」
 クリスも、慌てて両手の指を弾き、出てきた炎を合わせ、ガルバードに対する。
そのまま、静止。
 その部屋にいる全員が止まった。
ただ、パステルの頬から、顎に、汗が滴り落ちて言っている。
 汗が落ちた。
何も音のない空間に、汗が落ちる音が響く。
 刹那、両者が動いた。
互いの手中から放たれた魔法は、中央でぶつかり、拡散する。
 そのあおりを受けた2人は、翼で飛ぶことも叶わず、地面に叩き付けられる。
「ちっ、次が最後かな?」
「そうらしいですね、そちらが言うって事は」
 また、互いに構えた。
そして、魔法が増幅されていく。
 黒い炎と、黒い玉。
そして、黒い翼を持つ2人が。
 決着の時。
そして、放たれる魔法。
 中央で弾けるかと思ったとき。
そこに、『無』の空間が出来た。

(59)〜勅使〜

※パステルの視点に戻します

「なんだ!?」
 クリスが眉をひそめる。
中央にあった『無』は、広がっていき、やがて、全身をローブで隠した、何者かが出てきた。
「使者か」
 ガルバードが呟く。
その、使者と呼ばれた男(?)は、滑るような足取りでガルバードに近づいた。
「やれやれ、あんな手荒なお出迎えは初めてですよ。あなたのようなトラブルメーカーに対して、
魔王はなぜ私めを使者として遣わしたのか・・・・・・」
「ぐちぐち言ってないで、魔王からの勅使だろう?」
「これがそれにございます」
 といって、出てきた手には巻物が握られていた。
なんか、いかにもってやつ。
 それを、読んだガルバード。
「なぁ、これ、本当に魔王からの勅使か!!?」
「お疑いしますか、サライアム・D・ガルバード五官総長」
 どうやら、さっきのがガルバードのフルネームと肩書きらしい。
やっぱ、それなりに偉いんだろうね。
「わかりました。魔王の勅使、お受けしましょう」
「これで私の役目も終わりました。やはり、この仕事はやり終えた後は安堵しますな」
 といって、一瞬で消えた。
しばらく、呆然としていたが、やがてトラップが口を開いた。
「なんだよ、今の・・・・・・」
「話から聞くに、勅使らしいな」
 クレイが苦笑いしながら言う。
代々騎士の家系のクレイにとって、勅使とはやっぱり羨ましいだろう。
「で、いったい何だったんだよ?」
 クリスが槍を片手にガルバードに近づく。
目は紫水晶の戻っており、背中の黒い翼はもう、ない。
 いつものクリスだ。
「勅使さ。俺に命令が下された。そしてクリス・メグリアーザ。おまえをこの世界の案内人に任命する」
「・・・・・・・・・・なんだって?」
「だから、おまえは私の案内人だ。わかったか?」
 いちいち指で指しながら説明。
さっきまでの悪魔の印象は、どこにも、ない。
 強いて印象を言えば、都会のお兄さん系だ。
「まずな、事情を説明しろ、事情」
 トラップも近づく。
全然警戒してないな。いや、むしろ笑ってる。
「そうだな。いいか、私はこの世界をまわって、その報告をしろと言われた。
つまり、ついに、人間と悪魔の共存が計られるわけだ」
「人間と、悪魔の」
「共存、か」
 同じような夢を持った人が。
いま、まだ眠っている。
 彼の名前はサード・フェズクライン。
人間と神獣の共存を目指している。
「で、なんでそんな無茶苦茶なことを考えてるんだ?」
「無茶苦茶、ね」
 ふと、顔に陰りが見えた。
やっぱり、なんか事情があるんだろうな。
「昔は共存してたんだけどな。人間と人間として」
 そして、その話は。
ジグレス年号が使われ始めた頃まで遡っていった。

(60)〜闇を知る者〜

 遥か昔、そう、まだジグレス年号も使われていなかった時代。
人間は、文明を育んでいた。そして、魔法も。
 エルフたちは人間と関わりを持つこともなく、森の中で暮らし、モンスターは今ほど
凶暴ではなかった。
 ただ、人間たちの間で争いが起こっていたのは紛れもない事実であった。

「そう、そんな時代に、ある1人の『子供』が生まれたんだ」
「どんな、子供なの?」
「生まれてはならない子供、『唯一無二の一族』だ」
 それを聞いて驚いた。
それは、JBがサードに対して言った言葉でもあったのだ。

 翼のある少年。
ただの翼ではない。まるで悪魔のように、黒く、邪悪な気を放っていたのだ。
 両親は、それを必死に隠し通した。
だが、真実は、意外なところから漏れていたのだ。
 自分の子供が、ひょんな事から服を破かれ、背中の翼を晒したのだ。
もちろん、迫害された。
 両親とともに、子供も町を追放、放浪の旅路に出た。
だが、どこの町でもその噂でもちきりで、その家族は町に入れられることもなかった。
 野宿も限界が来て、悪性の伝染病にかかった両親は、やがて死に至った。
残された子供は、最後に一言死んだ両親の墓の前でこう呟き、人の前から姿を消した。
       ボクハウマレチャイケナイコドモダッタノ
           トウサンモカアサンモ
            ボクガイナカッタラ
          シアワセニイキテイケタノ
                ボクハ
              フコウノコドモ

「そんな・・・・・・」
 涙が溢れ出てきた。
あまりにも悲しい、この話に。
 涙を流すな、といわれても無理というものだ。
「そして、それをきっかけに、あらゆる地方で同じ様な子供が産まれてきた。
不幸を恐れた親たちは、それらの子供を全て捨てていった。1人で生きていく子供たち。
翼があるという事実は、消すことが出来なかった。私も、その1人だ」
 そういって、ガルバードは頭を抱えた。
怯えるように、まるで両親から暴力を受ける子供のように。
「親の顔も知らないで、気が付いたら森の真ん中に住んでいた。翼が
四枚あったから、さぞかし驚いたんだろうな。もうボロボロになった服だけが、
最後の愛情として残ってたよ」
 顔を上げる。
さきほどと同じように涙を流していた。
「町にも行った。でも、すぐに追い返された。行くたび行くたび、石を投げられて、
罵声を浴びて、あわや殺されそうにもなった。
翼が生えてること以外は、同じ人間なのに」
 心にとげが刺さったような感触。
私たちの、遠い祖先は。
 そんなことをしていたんだ。
「やがて、魔界の存在を知った。実は悪魔が絶滅していたって事もな。
そして、そこに移住して、同じ様な境遇のような人たちがいっぱいいることを知ったんだ。
別に人間を恨みはしないよ。ただ、人間との共存だけを夢見て。
悪魔として、今まで生きてきたんだ」
すると、クリスがポツリと呟いた。
「『闇を知る者』ですら知らない真実、か」
「そうだよ、その『闇を知る者』ってなんなんだ?」
 トラップが、充血した目で言った。
さっきまで泣いていたんだろうな、彼も。
「歴史とは何だ?」
 リークのいきなりの問題。
クレイがそれに答える。
「えっと、人類が歩んできた道のりを記したもの」
「そう、それが模範解答だ。俺たちから言わせれば戯れ言だがな」
「どういうこと?」
すると、リークが上を向きながら言った。
「さっきのガルバードの話、そして、『神獣狩り』の真実とか。それは歴史には刻まれない。
俺たち『闇を知る者』から言わせれば、歴史とは、人間の姿をうつす鏡。
そして、鏡でうつせないもの、闇。闇をうつしても、何も見えない。
そんな闇の中身を知る者たち。それが『闇を知る者』だ」
「そう、この世界には15人の『闇を知る者』が存在しているハズだよ。
リークを合わせれば16になるが」
「それじゃあ、『唯一無二の一族』ってなに?」
「それは、だ。詳しく説明すると、難しいが・・・・・・」
リークが返答に困っていると、変わりにクリスが答えた。
「簡単に言えば、この世に初めて生まれてきた一族のことだ。だから最初は
ハーフエルフも『唯一無二の一族』だったし、サードは今だってそうだ。
人間と神獣のハーフ、今のところは見つけたことはないからな」
 肝心のサードはというと・・・・・・。
まだ眠っているよ。
「おい、サード。いい加減起きたらどうだ?」
 トラップが揺り動かすが、起きる気配はない。
すると、クリスが立ち上がり、何と槍をサードに向けて構えた。
「なにをっ・・・!!?」
 次の瞬間、サードの鼻先に槍の切っ先がついた。
血が流れる様子もなく、でも、、鼻先にくっついている。
「どういう理由かわからないが、熟睡してやがる」
槍を肩に掛け、クリスが溜息をつく。
「とりあえず、ここを出よう。ノル、こいつを抱えていってくれ。ルーミィーはクレイが。
荷物は全員で分割すればいいだろう」

「あぁ〜、やっぱ外はいいなぁ〜」
 思いっきり背伸びをして、太陽をめいいっぱい浴びる。
ほーんと、1年以上外に出てないくらい懐かしい。
「でもよ、まさか最初闘った悪魔と一緒に旅することになるとはな」
「トラップ、だったかな?いいじゃないか。元は同じ人間だからな」
 ガルバードは、元はいい人なんだろうね。
だって、もうすっかり馴染んでいるもん。
「でもよぉ、あんな事実があるとな。キットン、どうだ。おまえも知識が増えたろう?」
 といって、クレイが言う。
そこで、全員がいやぁ〜な予感がしてきた。
「そういえば・・・・・・キットンは?」
「洞窟で、別れてから、見て、いない」
「ってぇー事は・・・・・・」
 全員が顔を見合わせ、うなだれる。
世紀の大捜索が、今、始まった。

 1999年8月10日(火)21時01分42秒〜8月22日(日)12時34分56秒投稿の、PIECEさんの長編「闇を知る者」(51〜60)です。

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