第百二十一話〜第百三十話

第百二十一話「破壊されし階段」

  しばらくその場に立ち止まっていると猫達は次第に移動して行き、ようやく残る
は三匹となった。
  まあ、これぐらいの数だったら苦戦はしねぇだろうから今の内に叩くのがいいだ
ろうな。
「ルシェル、そろそろ行くか?」
  俺は出来るだけ唇を動かさずに言う。
「そうだな、猫が全て居なくなるのを待っていたら通路が更に破壊される恐れがあ
る。これ以上は時間を遅らすわけにはいかないな……」
  ルシェルがそう言った刹那、俺は近くに居た猫に向かって剣を振る。すると、剣
から雷光がまるで駆け抜ける様に飛び出して行き、一匹の猫を黒コゲにした。そし
て、黒コゲになった猫は一瞬にして姿を石へと変えていった。
  それを合図にルシェルとディト爺が動き出す。
  ルシェルは素早い一手で猫を一刀両断する。
  ディト爺は素早い動きで猫を抱きしめる。
「フギャャャャャャ!」
  辺りにこだまする猫の断末魔の悲鳴は物凄く酷いものだったが、それをやってい
るディト爺の姿も酷いものだった。
  これは見ていられないので俺はすぐに視線を他の方向へと向け、現実逃避をして
いた。
「ふっふっふっ、先へ行くかの……」
  ディト爺はいつの間にか脱いだシャツを着る。
「一体何をしてだんだよ!」
  思いっきりディト爺を殴り付けるが、ディト爺はにやりと笑って俺を見る。
「ふふふ、お主もこの恐怖体験をしてみたいと言うのかの?」
  ディト爺はそう言ってじりじりと近寄って来る。
「寄るな寄るな寄るなー!」
  近寄るディト爺を殴り飛ばすと、ルシェルと俺は階段を上り始める。
「ああ〜ん、お兄さん達待って〜!」
「気色の悪い声を出すんじゃねー!」
  いつの間にか猫スーツを着込んだディト爺を見て一瞬驚いたが、これはいつもの
事だと自分に言い聞かせ、思いっきりディト爺を殴る。
  それにしてもよ、ディト爺と出会った御陰で多少の変な事なら動じない様になっ
ちまうとはな……。
  そんな事を考えながら階段を慎重に上っていると、突然、俺より先を歩いていて
ルシェルが立ち止まった。
「どうしたんだ?」
  不思議に思って階段を駆け上がって行くと、そこには信じられない光景が広がっ
ていた。
「お、おいおい、そんな……、こんなのありかよ?」
  そこは、奈落の底、つまり、階段が途中で破壊されていてなくなっていやがった。
  一体どうしろって言いたいんだよ!?  これじゃ先に進めねぇじゃんかよ!
  俺が怒りの余り、ドンッ!  と壁を殴り付ける。
「くっ、既に破壊されてしまっていたか……」
  ルシェルも悔しそうに言う。
  ……こんな所で終わりだって言うのか?  今までしてきた事は無駄だって言いた
いのか?
  人には限界がある。その限界に達した時は迷わずその道を捨てろ。
  そんな言葉が頭を過ぎった。何処かでそんな話を聞いた事がある。
  でもよ……。限界だからってその道を捨てればそれでお終いだ。今までの苦労は
全て水の泡って事になる。
  だったら……、だったら、新たな道を探せばいいじゃねぇか!
  俺は上の方を睨み付ける様に見る。
  すると、微かに明かりの様な物が見える。多分、階段があった時にはそこが出口
だったという可能性がある。
  だが、どうやってあそこに行く?
「ふむ、どうやら最悪の事態となってしまった様じゃな……」
  後方から、コツコツ、と音を立ててディト爺がやって来た。
  すると、ルシェルがディト爺の方を見て表情を暗くした。
「そうだ、まさか『アレ』がここまで暴走していたとは思いもしなかった……」
「確かに……。儂の計算ではまだ力は完全に解放されてはおらぬ様じゃ。もし、力
が完全に解放されておったらこのダンジョンはおろか、この城自体が全て破壊され
ておるじゃろうしな……」
  ディト爺とルシェルは何かを知っているかの様に話している。
「どういう事なんだ!  なんであの破壊してくる奴について詳しく知ってんだ!?」
  俺が食い掛かるようにディト爺に詰め寄ると、ディト爺は表情を険しくした。
「これはお主には関係のない事じゃ」
  今まであまり見せなかった真剣な表情をしたディト爺は、何かを隠そうとしてい
るより、俺を遠ざけようとしている様に思えた。
  仕方なく少し離れると、俺は天井を指差した。
「それは後で聞く。だが、まずはこの状況をどうにしねぇと。さっき見付けたんだ
が、この上に明かりが見える。多分、出口だろうな」
  遥か上に見える微かな明かりを指差した。
  すると、ディト爺がにやりと笑う。
「ふふふ、こういう事態の為の発明品があるのじゃよ……」
  そう言って、ディト爺は袋を床に置いてゴソゴソと袋の中を探り始めた。

第百二十二話「空飛ぶ靴」

  ディト爺は袋の中をゴソゴソと探り始めると、ディト爺は袋の中から何か変な靴
を取り出してそれを高々と持ち上げた。
「爺チャン特製究極ジャンプ太郎君第二百十六条じゃ〜!」
「何でそこで『条』が出てくるんだよ〜!」
  ディト爺を素早く殴ると、俺はその靴を手に取って見た。
  一見すると単なる靴に見えるんだが……。いや、ちょっと待てよ……。前にも同
じ様な物を出した様な。異常なまでのジャンプ力を持つ事が出来る靴が……。
「前と同じ物を出して名前を変えてんじゃねー!」
  またディト爺を殴ると、ディト爺はにやりと笑いながら俺を見る。
「ふふふ、これはちょっと改良しておっての、前作の物より優れておるのじゃよ。
何しろ、空中で浮く事が可能。更に、爺チャン特製魔力装置を取り付けており、少
しでも魔力を持つ物がこの靴を履けば自分の意志によって自由に空中を移動する事
が可能となるのじゃ」
「そんな便利な物があるんだったらとっとと出せー!」
  更にディト爺を殴ると、その靴を床に置いた。
  確か、俺は魔力が微量ながらもあったんだよな。ディト爺は魔力がありそうなん
だがな……。でも、変な事をしそうだしな……。
「俺には全く魔力はない。つまり、強力な魔力を持つ爺チャンが一番いいのかもし
れないな」
  そう言うと、ルシェルはディト爺を指差す。ディト爺は、にぃっ、と笑って見せ
る。
  おいおい、強力な魔力ってどういう事だよ……。ディト爺にそんなに魔力があるっ
て言うのか?
  俺が驚いた顔をしてディト爺を見ていると、ディト爺は真剣な表情になる。
「ふむ、爺チャンはな、これでも発明家じゃ。魔力を持っておってそれぐらい当然
じゃよ。じゃが……」
  そこで、ディト爺が言葉を詰まらせた。
「じゃが……、爺チャンは全く魔法が使えんのじゃー!」
「無意味な魔力を持ってんじゃねーよ!」
  思いっきりディト爺を殴ると、話し合いの結果、靴は俺が履く事になった。何し
ろ、ディト爺の強大な魔力では靴が暴走して異常なスピードで飛んでしまうからだ
そうだ。どうしてそんな厄介な物を作るのやら……。
  ふぅ、とため息をつくいて俺はすぐに靴を履いた。
「よいか、飛びたい方向を見るのじゃ。それだけで勝手に飛んで行ってくれる……
はずじゃ」
「ちょっと待てー!!」
  だが、時既に遅し。俺の体はゆっくりと宙に浮かぶと、靴から透明で澄み切った
翼が現れた。それは、まるで天使の羽を想像させる様な物だった。仄かに光を発し
ていて、ついつい見惚れてしまった。
  だが、次の瞬間……。
「どわーー!」
  俺は一瞬何が起こったのかわからなかったが、すぐにそれがどうなったのかわかっ
た。
  俺の体は一回転してしまい、靴が上になってしまった。つまり、今、俺は逆立ち
をしている状態だって事だった。
  上を見ればそこにあるのは床。下を見れば奈落の底。
  どうしてこうなんだよー!
  しかも、今度は靴がまるで自分の意志を持っているかの様に動き出し、俺の足か
ら抜け出ようとしていた。
「お、おい、どうなってんだよ!?  俺は何も考えていないのに靴が勝手に動いてい
るぜ!?」
「ふむ、どうやら靴に合成したモンスターは荒い性格だったようじゃな。まあ、失
敗とは付き物とよく言うし、失敗は成功の元とも言うしの」
  ディト爺が逆立ちをしている俺を見て呑気にそう言っている。
「だー!  早く何とかしろよ!」
  すると、ディト爺は俺の足からその靴を外すと同時に俺は一気に逆立ちの姿勢か
ら元に戻って床に足を付けた。
  上を見ると、靴が勝手に何処かへと飛んで行くのが見えた。
  ようやく解放された俺はその場に倒れ込んだ。

第百二十三話「タコ?」

  しばらくその場に倒れ込んでいると、ルシェルがあのフックを持って上を見上げ
ているのが見えた。
「何してんだ?」
  俺が不思議そうに聞くと、ルシェルはちらりと俺の方を見てすぐに上を見る。
「ああ、このフックならあそこまで届くかもしれないと思ってな」
「お、おい、そんなんで届くのかよ!?」
  それを聞いてすぐに飛び上がった。
  何しろ、俺が持っているようなフック付きのロープじゃ到底あんな所までは届き
はしねぇ。どれほど高いかはよくわからねぇが、かなりの高さだって事は間違いな
い。
「でもよ、失敗したらどうなるんだよ?」
  俺が辺りを見回しながらそう言う。すると、ルシェルは表情を全く変えなかった。
「そうだな、辺りには何処にも足場となる所がないから確実に死が待っているだろ
うな」
  あっさりと言うルシェルを見て俺は思わず呆れてしまった。だが、すぐににっと
笑ってルシェルを見た。
「へっ、手段が一つでもあるんならそれに賭けるってのが普通だな。さ、とっとと
行くか」
  俺はポシェットにしまっていたあのフックを取り出すと、何気なく辺りを見た。
  俺達が今居る階段という足場以外、殆どの所が破壊されてしまい、壁すら殆ど残っ
ていない状況だ。足場である階段も今にも崩れ去りそうな状況だ。
  そういや、あそこにフックを引っ掛ける場所でもあるのか?  ないんだったら無
理なんじゃねぇか?
  そう思いながら遥か上を見上げて、あの明かりのある場所を見た。
「でよ、あそこにどうやってフックを引っ掛けるつもりなんだ?」
  ルシェルを見てそう言うと、ディト爺が袋をゴソゴソと探り始めた。
「ふむ、こういう時の為に爺チャンが発明品を作っておいたのじゃよ……。確か、
袋の底の方にあったはずなんじゃが……」
  袋の底って、ディト爺の袋に果たして底はあるのか?
  そんな疑問を抱きながらディト爺を見ていると、ディト爺は、袋から何やらまた
怪しげな物を取り出した。
  それは、見た限りはタコといった形をしていて、本物と違って頭がふっくらとし
ていて、足がとても短い。本物より可愛らしい感じだな。
「これはじゃな、『タコタコ君三世只今参上!  この世に悪がいる限り、このタコ
タコ君三世只今参上!  が許さぬぞ!  さあ、何処からでも掛かって来い!  この
海荒らしが〜!』じゃ」
「毎回毎回変なネーミングと長過ぎる名前を付けてんじゃねー!」
  素早くディト爺を殴ると、ディト爺はタコを持ってにやりと笑う。
「ふふふ、そんな事をしているとタコタコ君三世に嫌われるぞ」
  にぃっ、と笑って意味ありげに後ろを向く。
「何を意味ありげに後ろを見てんだよー!」
  更にディト爺を殴ると、隣にいたルシェルがまた薄く笑んでいた。
「ふむ、そろそろ真面目にするかの」
  真面目になるのが遅いんだよ……。
  ディト爺はタコタコ君三世の頭を上へと向けると、タコタコ君三世の足の一本を
引っ張った。
  すると、タコタコ君三世はいきなりくるくると回って空中に浮かんだ。そして、
物凄い回転を何秒かしていると、ゆっくりと上へと上昇し始めた。
  速度はあんまり速くはねぇな。でも、今はこれに頼るしかねぇな。
  そんな事を思いながらタコタコ君三世を見ていると、上昇していたはずが空中で
ゆっくりとその足の回転を止めていった。
  だが、上昇はしなくなったものの、依然として空中に浮かんでいる。
「おい、止まってるが大丈夫なのかよ?」
  俺がディト爺に尋ねたその刹那、空中にいたタコタコ君三世の足はいきなり物凄
い回転を始めた。
「きゅっきゅ〜!」
  いきなり上げた可愛らしい声と共に、タコタコ君三世は一気に上昇をして行き、
とうとう目的の明かりが見えるあの場所へと着いたのが何とか確認出来た。だが、
それ以上は確認出来ねぇ。何しろ、明かりが見える場所は遥か上にあるんだからな。
「きゅ〜!  きゅ〜!」
  突然、タコタコ君三世が大きな鳴き声を上げた。
「ふむ、どうやらタコタコ君三世は無事に到着した様じゃな」
  ディト爺は満足そうに呟いた。
  ルシェルを見ると、もうフックを構えていて、準備万端といった状況だった。
「おいおい、タコタコ君三世のが何処にいるのか確認もしねぇで行く気なのか?」
  ルシェルに尋ねると、ルシェルは上を指差した。
  その指の先を見ると、何かが赤く点滅しているのが見えた。
「ふふ、タコタコ君三世には目的地に到着しだい、点滅するように仕掛けてあるの
じゃよ」
  ディト爺がにやりと笑いながら言う。
  まあ、何はともあれこれで先へ進めるな。

第百二十四話「ドラゴン」

  上ではタコタコ君三世が赤く点滅している。
  それにしても、アレにどうやってフックを……。
「ふむ、ルシェル、あのタコタコ君三世を直接狙うのじゃ。タコタコ君三世はちゃ
んと受け止めてくれるじゃろう」
  ルシェルはディト爺の言葉に従い、ゆっくりとフックを構える。
  おいおい、マジであのタコタコ君三世を直接狙えって言うのかよ!?
  俺が不安げにタコタコ君三世を見るが、今はそれしか手段はない事を思い出して
思わずため息がもれた。
  どうしてあんな変なのに頼らなくてはいけねぇんだ?
  そうは思っても、残された手段はアレのみだからな……。
  俺があれこれと考えていると、ルシェルは既にフックを使って登っている途中だっ
た。
  フックからは長くて丈夫なロープが出ていて、その先はタコタコ君三世まで伸び
ていた。
  ルシェルはただフックに掴まっているだけの様で、どうやらあのフックは自動巻
き上げ式らしい。
  しばらくしてルシェルは無事に上に到着したらしく、下に向かって、
「早く来るんだぞー!」
  と、叫んでいたのが聞こえた。
「何を慌ててんだろうな?  別にそんなに急ぐ必要は……」
  何気なく下を見ると、階段がさっきよりも崩れているのがわかった。
  もしかして、また破壊が始まったのか!?
  その刹那、階段が大きく揺れ始め、立っているのも辛い状況になった。横に居る
ディト爺は立っていられない為にしゃがんでしまっている。
  おいおい、まさか、あいつがまた来たのかよ!?
  更に地響きは大きくなっていき、もう俺でさえ立っているのは無理だった。
  ゴゴゴゴゴゴゴゴ!
  さっきよりも一層地響きが大きくなった刹那、闇から何かが飛び出して来て、そ
れが俺達の目の前に現れた。
  それはまるでドラゴンだった。漆黒の闇に浮かぶドラゴン、それは、あのブラッ
クドラゴンを思わせる姿だった。目は赤々と燃え上がり、漆黒の闇に一つの明かり
が灯されている様だった。
  動こうにも恐怖で体が固まってしまっていた。目の前に居る巨大な敵に、今まで
にない死という恐怖が襲って来やがった。
  ドラゴンの口から白い息が漏れている。それはまるで、何かの準備をしている様
だった。つまり、ドラゴン特有のブレスの準備が……。
  ディト爺もその場で固まってしまい、額からは冷や汗が流れ出ている。
  一体どうしたらいいんだ……。これは、今までにないピンチだぜ……。
  闇に浮かぶドラゴンは、ただ羽ばたいて飛んでいるだけにも見えるが、完全に俺
達の方を見ていて、今にも襲い掛かる体勢に入っているのがわかった。
  くそっ、どうすりゃいいんだよ……。
  すると、ドラゴンは口を大きく開けて今にもブレスを吹き出そうとしていた。
  やべぇ!
「ふむ、爺チャンの剣技が攻撃だけではないという事を見せてやるわい!」
  ディト爺が俺の目の前に立つと、剣技を放つ体勢に入る。
「止めろ、ディト爺!  死ぬぞ!」
  俺が止めようと叫んだ刹那、ドラゴンの口が一層大きく開かれ、怪しく輝いた。
「斗菟剣技・防陣!」
  それと同時にディト爺が剣技を放ち、そして物凄い大きな音と共に辺りからは壁
が崩れる音がしてきて、更には俺のすぐ後ろの壁が崩れ始めた。
  前を見るが、壁が崩れた為に大量の煙りが発生してよく見えなかった。
  一体どうなったんだ……。

第百二十五話「最悪の事態」

  目の前では何かが起こっているというのに、未だに砂煙が晴れてきやしねぇぜ。
どうにかならねぇのか!?
  そんな事を思いながらその場に尽くしていると、ようやく砂煙が晴れて来た。
「お、おい、嘘だろ……」
  その砂煙が晴れた光景を見て俺は固まってしまった。
  その光景とは、俺の目の前には巨大なドラゴンの顔があり、その口には血だらけ
になったディト爺が咥えられていた。
  まるで時間が止まった様だった。
  ドラゴンの口から赤々と流れる血。それは、紛れもなくディト爺の血だった。
  ピクリとも動かなくなったディト爺は杖を手に握り締めたまま、絶命している様
にも見えた。
  死の光景。その言葉が似合う光景だった。
  そのドラゴンは赤く光る目をより一層不気味に輝かせると、翼を羽ばたかせてゆっ
くりと上昇を始めた。
  くそっ、このままじゃ逃げられちまう!  でも、今の俺に何が出来るんだ?  こ
んな非力な俺に……。
  自分の力のなさを悔やんでいると、右手にずっと何かが握られている事に気が付
いた。
  ふとその手を見ると、立派な剣が握られていた。
「こいつは……」
  そう、ディト爺が俺に渡した剣じゃねぇか。この剣なら、あいつを倒す事が出来
るかもしんねぇ!
  そう思うと、剣を強く握り締めて上昇して行くドラゴンを睨み付けた。
  今やドラゴンはかなり上まで行っていやがる。だが、これ以上逃がしはしねぇぜ!
「くらいやがれ!」
  素早く剣を降ると、剣から力強く雷光が走り出る!  それは物凄い勢いでドラゴ
ンの尻尾に直撃した。
「ギャァァァァァァァァァァゥゥゥ!」
  ドラゴンの絶叫が辺りに響くと同時に、ドラゴンは下を向いて俺を睨み付けた。
  それを見た俺は、さっきまでの恐れも何処へやら、今では恐怖なんてひとかけら
らも無くなっていた。
「けっ、来るんならとっとと掛かって来やがれ!」
  俺が威勢よくドラゴンに向かって叫ぶと、ドラゴンは大きく羽ばたくと、俺目掛
けて一気に急降下して来やがった。
  更に、その上から誰かが剣を下に向けて落ちてくるのが見えた。
「でりゃぁぁぁぁぁぁ!」
  上から聞こえて来る声に反応してドラゴンはその場に止まり、上を見上げた刹那、
ドラゴンの頭部に剣がグサリと突き刺さった。
「ルシェル!」
  ドラゴンの頭に剣を突き立てたルシェルを見て叫ぶと、ルシェルはいつもより一
層真剣な表情になっていた。
「早く上に逃げろ!  爺チャンは俺が絶対に連れて行く!」
「わかった!」
  ディト爺が心配だが、今はルシェルに任せるしかねぇ!
  ルシェルから貰ったフックで赤く点滅しているタコタコ君三世を狙ってボタンを
押すと、フックから勢いよくロープが飛び出した。
「ぴっぴー!」
  すぐにタコタコ君三世の声が聞こえて来て、ロープがちゃんと届いている事を確
認すると、フックのもう一つのボタンを押した。すると、ロープがゆっくりと巻き
上げられていくのがわかった。すぐに俺の体も持ち上げられて行き、フックから手
を放さない様に確りと握った。
「ギャァァァァゥゥゥゥゥゥ!!」
  下では未だにルシェルがドラゴンと戦っていやがる。
  どうやら、まだディト爺を救い出せていない様だな……。何とかなんねぇのかよ。
  俺には何も出来ねぇって言うのかよ……。

第百二十六話「逃げるしかない?」

  フックが巻き上げられてようやく上に到着した。下を見ると、ドラゴンと戦って
いるルシェルの姿が小さく見える。
  くそっ、俺には何も出来ねぇのかよ……。
  しばらく眺めていると、ルシェルが上に向かってフックを撃つのが見えた。
  その腕には血だらけになったディト爺が抱えられていた。意識があるのかはこの
距離からじゃ確認出来ねぇが、多分、意識は失っているだろうな。
  ゆっくりと上がってくるルシェルの下の方にはドラゴンがいやがる。だが、よく
見ると、ドラゴンが口を開けて今にもブレスを吐こうとしていやがった。
  今ならルシェルとも距離があるから剣を降っても当たりはしねぇな。
  そう思うと、俺はさっと構え、ルシェルに向かってブレスを吐こうとするドラゴ
ンに向かって剣を降った刹那、剣から一筋の雷光が走り出た。それは、迷う事なく
ドラゴンに飛んで行き、一瞬の内にドラゴンの顔面に直撃した。
「グギャァァァァァァァァァ!!」
  けたたましい声を上げてドラゴンが下降して行くのが見えた。
  傷を負ったから逃げるのか?  それならいいんだが……。
  などと考えていると、ドラゴンが下降を止めてその場で羽ばたき始めた。そして、
まるで俺を睨み付けるようにして上を見ると、より一層羽ばたきを強くしたと同時
に一気に上昇を始めた。しかも、物凄い勢いで上昇していやがる。
  おいおい、このままじゃやべな。ここも破壊されちまうぜ!?
「トラップ!」
  その声を聞いてすぐ下を見ると、ルシェルが近くまで上って来ていた。
  だが、そのすぐ下では物凄い勢いで上昇しているドラゴンの姿が見える。
  すぐに剣を降ってドラゴンを撃墜しようとしたが、その素早い身のこなしによっ
て簡単に避けられてしまった。
「トラップ!  先を急ぐぞ!」
  ようやく到着したルシェルは、ディト爺が持っていた大きな袋を俺に渡すと、俺
の後ろにある出口らしき所に向かって走り出した。俺も続いてそっちに向かって走
り出した。
  そして、その出口らしき所に行くと、そこはまたしても通路が続いているだけだっ
た。
「おいおい、一体いつになったら出口に辿り着くんだ?」
  先を走るルシェルに向かって話し掛けたが、ルシェルは、
「わからない、ただ、俺が知っているのは、このダンジョンはかなり長いという事
だ」
  かなり長い……か。じゃ、もう半分以上は進んで来ただろうな。何しろ、ここの
入って何日経ったのかさえわからない状況だからな。
  そんに事を考えて走っていると、突然、後方から何かが崩れる音が聞こえて来た。
  俺は後ろを振り返るが、すぐに前を見て今見た光景をすぐに忘れたい気持ちになっ
た。
  それは、俺達が走っているすぐ後ろの辺り、つまり、ついさっきまで走っていた
場所が破壊されていたからだ。しかも、その少し奥には赤く光るドラゴンの目があっ
た。
  つまり、確実に追いつかれつつあるって事だ。
  真っ直ぐ伸びる通路は、まるで永遠に続く様に思えた。
「ルシェル!  何とかなんねぇのか!?」
「俺に言われてもな……。だが、一つだけ助かる可能性がある。それは……」
  ルシェルが何かを言い掛けた刹那、俺のすぐ後ろに突如としてドラゴンの顔が現
れた。
「うわぁぁぁぁぁ!」
  驚きながらも剣を素早く降ると、雷光がドラゴンの顔面にモロにヒットした。
「ギャァァァァゥゥゥゥゥ!!」
  すると、ドラゴンは突然大きく叫ぶと顔を引っ込めて何処かへと去って行った。
  それを見た俺は、今がチャンスだと思ってルシェルと共に力一杯走った。
  これで、もう二度と現れなきゃいいんだが……。
  そんな思いを胸に、俺は何処までも続く通路を走って行った。

第百二十七話「武器」

  後方を気にしながら走っていると、前方に下りる階段が見えて来た。
  おいおい、何で下に下りる階段なんだ?  ここまで来ておいて下りる階段なんて
あんまり気が進まねぇな。
  そんな事を思いながら階段を下りて行くと、下へと続く階段の終わりに扉があっ
た。
  しかも、ここからじゃよく見えねぇが、文字が書かれた紙が張られている。
  こいつは、もしかしたら……。
  すると、先を走っていたルシェルがその扉の前に到着して、すぐに俺の方を見た。
「おーい!  どうやら休憩所らしいぞ!」
  ルシェルがそう言いながら大きく手を振った。
  それを聞いて、俺はすぐに階段を駆け下りて行った。
  扉の前に行くと、紙には『休憩所』と書かれていた。
  早速、俺が扉を開けると、ルシェルが先に部屋に入って行った。続いて部屋の中
に入った俺は、部屋の隅にディト爺の発明品が入った袋を置くと、剣もその横に置
いた。
  ルシェルは、ディト爺を適当な場所に横たわらすと、ポシェットから何かの薬草
らしき物を取り出して、それをポシェットから取り出した小さな皿に乗せると、磨
り潰し始めた。
  何もする事のない俺は寝ている事にしようと壁にもたれ掛かった。すると、何処
からか、ガコンッ、という音が聞こえて来た。
「ん?  なんだ今の音?」
  俺が不思議そうに今もたれ掛かった壁を見るが、全く何も変化はない様子だった。
「俺を基準にして右方向から音が聞こえて来た……」
  ルシェルが薬草を磨り潰しながら答える。
  右っていうと……。俺からは左だな。
  左方向の壁を見ると、その壁に何か一個所だけ違う色の所があった。それは、普
通に見れば同じ様に見えるが、よく見てみると少しながら窪みもある。
  近付いてその窪みを押すと、突然俺の体は下へと落ちて行った。そして、すぐに
下の床に着地した。偶々立っていた為か、上手く着地出来たがミスってたら痛かっ
ただろうな。
  一瞬の事で一体何が起こったのかよくわからなかったが、どうやら俺が立ってい
た所がなくなった様だ。
「トラップ!  何処に行ったんだ!?」
  上からルシェルの声が聞こえて来る。多分、俺が落ちた事に気付いていないんだ
ろうな。
「ここだー!  落とし穴に落ちたみてぇだ!」
  辺りを見回すと、ここが小さな部屋だという事がわかった。
  そして、何より、この部屋で一番目を引いたのが……。
「おー!  宝箱じゃねぇか!」
  そう、この部屋の奥には宝箱があった。大きさはそれほど大きくなく、五十セン
チってとこだな。
  早速その宝箱を調べて罠がないかをチェックした。すると、厄介な罠がある事が
わかった。それは、この宝箱には鍵穴があり、鍵を使わずに宝箱を開けようとする
と爆発する仕掛けになっていやがった。
  こいつは厄介だぜ……。ここまで来て、宝箱の爆発で死んじまったら馬鹿だから
な……。しかも、かなり複雑だな。
  宝箱の前で悩むようにして見ていると、いつの間にかルシェルが後ろに来ていた。
「これは……」
  その宝箱を見たルシェルは、すぐさまポシェットから銀色の鍵を取り出した。
「お、おいおい、まさか……」
  俺が驚いた表情でルシェルを見ると、ルシェルはにっと笑った。
「そう、この宝箱は、俺がこのダンジョンに入った一つの目的でもあった。この宝
箱の中には、俺の父親が置いて行った、俺へのプレゼントが入っている……」
  宝箱の鍵穴に鍵を差し込むとゆっくりと回した。そして、ガチャッ、という音が
した。
  すると、ルシェルは鍵を引き抜くと、その宝箱の蓋を開け、その宝箱の中に手を
入れて何かを取り出した。
  それは、仄かに金色に輝く奇麗な短刀だった。その美しさに、俺は思わず見惚れ
てしまった。武器として使うよりも、美術品として扱うのが一番良いのではないか
と思うほどだった。刀身は鞘におさまっていて見えねぇが、十分価値のある物には
違いねぇ。
「こいつは?」
  俺がその短刀を見ながら聞くと、ルシェルはその短刀を鞘から取り出した。その
刀身は、澄み切った水の様に透明だった。だが、不思議な事に金色に輝いている。
「これは、俺の父親が使っていた武器だ。通常の剣とは違い、刃こぼれしない様に
ある有名な者が加工してくれたそうだ」
  しばらくその刀身に見惚れていると、突然ある事を思い出した。
「おい、ディト爺は!?」
  すると、ルシェルは、
「怪我の治療は終わった。よく効く薬でな、今は上で寝ているよ。傷口はそれほど
大した事はなかったからな。すぐに目が覚めるだろう」
  それを聞いた俺は、すぐにディト爺の元へと向かった。

第百二十八話「ディト爺の暴走」

  ディト爺の状態を確認するべく、俺はすぐに戻って行った。ここに来る途中に落
ちた場所は、親切にも頑丈なロープが天井から下の方まで伸びていた。それを使っ
て上に登って行くと、ディト爺が横たわっていた所を見た。
「あれ?  さっきまでいたはずなのに……」
  いつの間にかディト爺の姿はなく、何処かへと消えてしまっていた。
  まさか、一人であのドラゴンと戦いに行ったんじゃねぇだろうな!?
  慌てて辺りを見回すが、やっぱりディト爺の姿は何処にもない。
「ディト爺ー!」
  ディト爺を探す為に外へ出ようと急いで扉に駆け寄った刹那、上から何かが降っ
て来て、俺を強く締め付けた。
「いや〜ん、逃げないで〜、愛しのトラップ〜!」
「永眠しやがれー!」
  俺の体に抱きついて来やがったディト爺を、素早くひじ打ちで殴ると、ディト爺
はバタリと倒れてしまった。
  しまった!  まだ傷が完全に癒えていなかったか!?
  そう思って仰向けに倒れてしまったディト爺に近寄ると、ディト爺はガバッと起
き上がって俺に抱きついて来やがった。
「んふふふふふ〜!  爺チャンのあつ〜いキッスはいかがかの〜?」
「いるわけねぇだろー!」
  迫り来るディト爺の顔という強敵を殴り飛ばすと、ディト爺は壁に激突してしまっ
た。
  だが、すぐに立ち上がって壁際に置いていた袋に手を入れて、ゴソゴソと探り出
すと、すぐに何かを取り出した。それは、小さなビンに入った黄色い薬の様だった。
  それを高々と持ち上げたディト爺は、怪しく笑いだした。
「ふふふ、これぞ、爺チャンの最高傑作『ザ・変神君!  カエルになっちゃうよ〜!
ふふふ、元に戻るにはお爺チャンのあつ〜いキッスが必要なんじゃよ。なんだって!
それならそうと早く言ってよ〜!  ささ、爺チャンの……」
「わけのわかんねぇ話を作ってんじゃねぇ!」
  思いっきりディト爺を殴ると、その薬を取り上げた。
「それと、なんで『変神君』なんだよー!」
  もう一度殴ると、その薬を壁に向かって投げつけた。すると、ディト爺は悲しそ
うな目をして俺を見た。
「ううう、そんな事をしちゃいやじゃ……。そんな悪い事をするやつには……」
  そう言って、ディト爺はまたしても袋をゴソゴソと探り始め、また同じ様な薬を
取り出した。
「これぞ、何かあった時の為に作っておいた予備じゃ〜!」
「『何かあった時』って何があるんだよー!」
  ディト爺の頭を素早く殴ると、俺はその薬を取り上げて、また同じ様に壁に投げ
つけた。
  だが、また袋をゴソゴソと探り始めて、同じ様な薬をまた出しやがった。
「いい加減にしやがれー!」
  ディト爺の袋と薬を取り上げると、薬を壁に向かって投げつけると、袋は俺が持っ
ている事にした。
「なんでそんなに予備があるんだよ?」
  俺が少し呆れた様に聞くと、ディト爺はにやりと笑うだけだった。
「余計に怪しいんだよー!」
  またディト爺を殴ると、ディト爺は壁に激突してしまった。その刹那、何処かで、
カチッ、という音が聞こえて来たその直後、ディト爺の姿が一瞬にして消えてしまっ
た。
  いや、違う!  落とし穴だ!
  ディト爺がいた所を見ると、そこにはポッカリと穴が開いていた。
  多分、壁にスイッチがあって、それに偶々ディト爺が当たったんだろうな。それ
にしても、前にもこんな事があった様な……。
  そんな事を考えていると、穴からディト爺の叫び声が聞こえて来た。
  まさか、この下には罠が沢山仕掛けられた部屋があるのか!?
  すぐに穴へと飛び込もうとしたが、ここで飛び込んだら、またディト爺の罠には
めれていそうな気がして足が止まってしまった。
  しばらくその場で立ち止まって下から聞こえて来る音に耳を傾けた。すると……。
  ガチャンガチャン!  バシャーン!  ドゴーーン!  パリーン!  ドン!
  な、なんだ!?  この下にはどんな罠が仕掛けられていやがるんだ!?
  ゴンゴンゴンゴン!  バキューン!  ドゴーーン!  ヒヒーン!  コケーコッコ!
  なんで馬やニワトリの声が聞こえて来るんだ!?
  そんな事を思いながら更に聞いていると、また変な音が聞こえて来やがった。
  ニャーン!  モー!  ワンワン!
  更に下から人の声が聞こえて来やがった。
「さあ、各馬一斉にスタートしました!」
  突然下から聞こえて来た変な声に驚きながらも聞いていると、更に変な音が聞こ
えて来る。
  一体何が起こってんだ!?

第百二十九話「暴走の果てに…」

  しばらくして、ようやく変な音がおさまると、穴からディト爺の顔が見えて来た。
「おい、何であんな変な音がしてたんだよ!?  一体どんな罠があったんだ!?」
  俺が詰め寄るようにして聞くと、ディト爺はにやりと笑ってポケットから小さな
黒い箱を取り出した。
「ふふふ、これはじゃな、『究極滅殺兵器効果音君、コリャ〜驚いた!  こんな物
があったら担当さんも楽だね〜。で、これは一体いくらなのですか?  色々な効果
音が出るとの事ですから相当高いのでしょうね。いえいえ、今回は特別サービスと
いう事で、なんと、今なら一万ゴールドです!  え!?  一万ゴールドですか!?  そ
うです。更に、今ならこの怪しい踊るお笑い芸人付きです!  電話番号は……』」
「妙に長い名前を付けるんじゃねぇぇぇ!」
  思いっきりディト爺を殴ると、ようやく登って来ていたディト爺はまたしても穴
へと落ちていった。
  どうしてあんな変な名前を付けれるか不思議だぜ……。
「って、また穴に落ちてしまったじゃねぇか!」
  ようやくディト爺がやばい状況である事に気付いた俺は、すぐに穴を覗き込んだ。
だが、ディト爺の姿は全く見えねぇ。
  しばらくそのまま待っていると、再びディト爺の姿が見えて来た。ディト爺は必
死になってハシゴを使って登って来る。
  そして、俺がディト爺に手を差し伸べた刹那、ディト爺の唯一の足場であるハシ
ゴが、ブチッ、と音を立てて切れてしまった。
「ぬお〜!」
  ディト爺は変な声を上げると、力一杯俺の手を握る。俺もまた、ディト爺の手を
握った。
「大丈夫か!?」
  すると、ディト爺はにやりと笑う。そして、突然真剣な表情になって、カッと目
を開いて俺を見る。
「ファイトー!  イッパー……」
「また変な事をする気かー!」
  ようやく引き上げたディト爺の手を思わず放してしまい、ディト爺はまたしても
穴へと……。
「ビタンミン千ミリグラム配合〜!」
  謎の言葉を残してディト爺は消えて行った。
  しばらくして、ドシーン!  と音が聞こえて来た。
「どうしたんだ?  爺チャンの姿が見えない様だが?」
  そこへ、ようやくルシェルが姿を現した。ルシェルは来るなり辺りをキョロキョ
ロと見回していた。
  多分、ディト爺を探してんだろうな。
「ディト爺なら、この穴に落ちてしまったぜ。あんだけ元気があるんだったらもう
大丈夫だろうな」
  俺が呆れた顔をしてルシェルにそう言うと、ルシェルは慌ててその穴に近付いて
行った。
「おいおい、傷はまだ完全に癒えたわけじゃないんだぞ!  まだ安静が必要だった
というのに……」
  そう言うと、ルシェルは穴へと飛び込んで行った。
  おいおい、じゃあ、ディト爺はそんな体で暴れていたって事か?  恐ろしい化け
物だな……。
  ルシェルが戻って来るまで俺はしばらく待っている事にした。何しろ、ここから
下手には動かれねぇからな。外に出たら、またあのドラゴンが現れるかもしれねぇ
しな。
  俺は部屋の隅の方に行くと、そこでしばらく休む事にした。
  すると、あの穴からようやくルシェルが出て来た。その腕にはディト爺の姿があっ
た。しかも、ディト爺はまたして血だらけだった。
「どうやら、下に落ちてしまった時に体の色々な個所をぶつけただけではなく、下
には罠があってそれで怪我をした様だ……。しばらくはここで爺チャンの傷が癒え
るまで待つしかないな」
  そう言うと、ルシェルはディト爺を地面に置くと、また同じ薬を作り始めた。
  おいおい、派手に暴れておいて怪我をするなんて馬鹿じゃねぇのか?
  そんな事を思いながら俺はしばらく寝る事にした。これから先、もう休憩所がな
いかもしれねぇからな……。
  いつしか俺は深い眠りについていた。

第百三十話「援軍」

  いつの間にか眠っていた俺だったが、しばらくして目が覚めた。
  ここはあまり寝心地がよくねぇからな。それに、罠があるかもしんねぇから深い
眠りについていられねぇぜ。
  そう思って俺は立ち上がると、辺りを見回した。
  ルシェルはいつの間にか眠っていて、壁にもたれながら寝ていた。ディト爺の傷
は完全に癒えていて、今ではぐっすりと眠っていやがるぜ。
  もう出発は可能だな……。
  俺が何気なく上を見上げた刹那、天井がガタガタと揺れ始めた。
「何だ!?  ドラゴンか!?」
  その声に気付いたのか、ルシェルがすぐに目を覚まして立ちあがった。
「どうした?  何かあったのか?」
  俺は天井の揺れている個所を指差した。そこは、天井の中央だ。
  ルシェルがゆっくりと近付いていくと、更に揺れが激しくなって天井の一部が、
ガコンッ、と外れた。
  そして、そこから出て来たのは……。
「ルシェル様!  遅くなりました!」
  何と、黒い服を着た男が五人も出て来やがった。
  それを見て驚いていると、ルシェルがその男達に近付いていく。
「どうしてここが?」
「アリュス様がルシェル様の事を心配されていたので、我々の判断でここに駆けつ
けました。」
  すると、ルシェルは優しく笑んだ。
「そうか、アリュスが場所を教えたのだな。他の者達は?」
「現在、近くに野党が現れているとの事で、その者達と戦っております」
  何なんだこいつらは!?
  俺が状況把握が出来ないでいると、ルシェルはようやく俺の方を見た。
「この者達は、俺の部隊の者だ。通称『月光』と呼ばれている者達だ。少数精鋭部
隊でな、全員で十人いる。そして、その頭首が月光のルシェル……つまり俺の事だ」
「じゃあ、盗賊なのか!?」
  すると、ルシェルは首を横に振った。
「いや、盗賊というわけではない。物を盗むといった事は全く興味がなくてな、裏
世界に生きる者達を斬るのが俺達の使命」
  一人の男がルシェルに近寄ると、上に向かって指差した。
「ルシェル様、出口はこちらです。ここを登って行けば、大きな広間があります。
その広間の一番奥に出口があります」
  出口だって!?  つまり、もうここから出られるって事か!
「そうだな、もうここから出るとするか。目的の物も手に入れたしな」
  そう言うと、ルシェルは黄金色に輝く短剣を見た。
  そうか、ルシェルがここに来た目的はこの短刀にあったのか。じゃあ、今はもう
このダンジョンには用はないって事か。
「それにしても、よくこの城の警備を潜り抜けて来たもんだな」
  俺が感心した様に近くにいた黒い服を着た男に言うと、男は不思議そうに俺を見
た。
「ん?  何を言っているんだ?  城は既に安全になっているよ」
  なっ!?  どういう事だ!?
  すると、黒い服を着た男達がすぐに天井に開いた穴に向かってフック付きロープ
を投げつけて、簡単に登れるようにした。
  俺の隣にはいつの間にかディト爺が立っていた。
「ふふふ、ようやくこのダンジョンを出る時が来たようじゃな」
  ディト爺はにやりと笑って言ったが、すぐに真剣な表情になる。
「心して聞くのじゃ。このダンジョンにはまだ最後の難関が残っておる。それは、
あのドラゴンじゃ。奴は必ず儂等を追って来るじゃろう。そして、おそらくこの上
にある広間で戦う事となるじゃろう。勝利しなくてはここから出る事は出来ないじゃ
ろう」
  するとディト爺は俺が壁に置いていた剣を手に取ると、ポケットから何かのパー
ツの様な者をその剣の柄の部分に取り付けた。そのパーツは、まるでドラゴンの牙
の様な形をしていた。
  そして、ディト爺は剣を俺に手渡すと、天井からたれているロープにつかまって
上へと登って行った。
  この先に最終関門が待っているって事か。ようやく脱出出来るのか……。
  そう思いながら、俺は天井からたれているロープをつかむと、ゆっくりと登って
行った。

 1999年11月29日(日)18時55分31秒〜12月17日(木)18時24分45秒投稿の、帝王殿の小説第百二十一話〜第百三十話です。

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