第百三十一話〜第百四十話

第百三十一話「破壊神」

  ロープを強く握って上へと登って行くと、そこはもう大きな広間だった。
  辺りを見回すと、全く何もないただの広間。そして、今、登って来た場所のすぐ
後ろには『地下一階、破壊神の広間』と書かれていやがった。
  へっ、ここを抜ければ出口が待っていやがるのか。
  だが、そう簡単にはここから出られそうにもないな……。
  俺は広間の中央の床を破壊して現れた巨大なドラゴンを見てそう思った。
「とうとう現れたの。こやつを倒さなくては出る事は出来ないじゃろうな。とにか
く、死なない事を祈るだけじゃ!」
  ディト爺はすぐに走り出し、部屋の隅の方に行くと杖を持って構えた。
「斗菟剣技・破陣!」
  その刹那、杖から波動が出て、ドラゴンの腹の辺りに直撃した。それを合図に、
全員が動き始めた。
  黒い服を着た五人の男達はかなり速いスピードで走り、ドラゴンの周りを囲んで
一斉に攻撃を始めた。
  ある奴は右からドラゴンの注意を引いて囮になる。そして、その逆方向から三人
の男達が剣で体のあちこちを斬り裂く。
  ルシェルは黄金色に輝く短刀を持って物凄いスピードで危険を顧みず、奴の懐に
入り込むと、その光り輝く短刀で何度も切り裂く。
  すぐに奴が反応して巨大な腕でルシェルを叩き潰そうとするが、ルシェルは素早
く避ける。
  ドラゴンの体長は、約三十メートルってところか。勝率なんてわかりやしねぇ。
  だが、それでもルシェルやあの男達、そしてディト爺までもが怖れる事なく戦っ
ている。
「俺も今行くぜ!」
  いつまでもこんな所で見学していたら恥じだぜ。
  そう思って、俺は剣を強く握り締めると、走り出した。
  近付いて行けば行くほど巨大に見えるドラゴン。ドラゴンが尻尾を振りまわして
壁にぶつければ大きく揺れて、ドラゴンがその巨大な手で床を叩けばまた揺れる。
  恐怖に打ち勝つ勇気、それが何よりも大切か……。
  俺は素早く剣をドラゴンに向かって振った。だが、何故か剣からは雷光が出て来
なかった。
「な!?  どうなってんだ!?」
  俺が慌てていると、ディト爺が俺の近くまで走って来た。
「ふむ、爺チャンが作ったパーツを取り付けて剣から雷光が出ない様にしたのじゃ。
じゃが、その分剣で斬れば物凄い威力が期待出来るわい。今はそれとルシェルに賭
けるしかないのじゃ。わかってくれ……」
  仕方ねぇ。こうなったら命懸けで戦ってやろうじゃねぇか!
  俺は素早く走り出すと、ドラゴンの足元まで来た。そして、ドラゴンが巨大な手
で俺を潰そうと振り落とした刹那、素早く後退して避ける。そして、降ろした腕を
剣で斬り付けた。
  すると、斬り付けた傷口は物凄い光を放ってバチバチと音を立てた。
  これは、かなり雷の属性を帯びた強力な力だぜ……。
「ギャァァァァゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
  その刹那、ドラゴンが口を大きく開けて俺に向かって何かを吐き出そうとしてい
た。
  ブレスか!?
  すぐに走り出して部屋の隅の方へ行く。すると、ドラゴンは俺が今さっきまでい
た所に白いブレスを吹き付けた。
  ガガガガガガガガガガガ!!
「なんだ!?」
  ブレスが吹き付けられた場所は跡形もなく消え去ってしまい、穴が空いてしまっ
た。
「あれが奴のブレス、破壊のブレスじゃ。吹き付けた場所は全て破壊してしまう。
もし、それが人間に当たったとしたら、それは死を意味する。どれほど良い防具を
装備していようとも死に至ってしまうのじゃ」
  ディト爺はいつになく真剣な表情でドラゴンをじっと見ていた。
  くそっ、勝てるのか!?

第百三十二話「破壊のブレス」

  ドラゴンをじっと見詰めるディト爺は、突然何を思い出した様な顔をして声を上
げた。
「しまった!」
「どうしたんだ?」
  すぐに俺が問うと、ディト爺は表情を暗くした。
「儂が剣技を使えるのは、約三回ぐらいなのじゃ。ついつい乱用をしてしまって、
もう後がなくなってしまったわい」
「なんだ、そんな事か」
  俺はほっとしてディト爺の肩を軽く叩いた。
「なーに、心配すんなって。ディト爺がいなくても俺達で倒してやるぜ」
  そう言い残すと、俺はドラゴンに向かって走り出した。
「奴はブレスを吐くまでに必ず数秒間だけ動きが止まるのじゃ!  そのチャンスを
どの様にして使うかが鍵となるぞ!」
  ディト爺のアドバイスを受けて、俺は更に速く走り出す。
  そして、ドラゴンの背中に回り込むと、剣であちこちを斬り付ける。すると、ド
ラゴンは後ろを向いて俺の方を見た。その刹那、ルシェルが大きくジャンプして腹
を切り裂いた。すぐにドラゴンが正面に来たルシェルを叩き付けようとするが、ル
シェルの素早い動きに全くついて行けず、しまい大きく叫び出して怒り狂って暴れ
始めた。
  危険だと判断した俺はすぐに後退して壁際に移動した。だが、奴は尻尾で壁を破
壊する為、壁際にいると破壊された壁がどんどん上から降って来やがる。
  すぐに走り出して部屋の中央にいくと、そこにはドラゴンがいる。そのドラゴン
を囲むようにして男達が何度も何度も攻撃を繰り返している。
  仕方ねぇ、一々逃げ回っていたら無駄だ。こうなったら本気で戦うしかねぇな!
  俺は剣を強く握り締めると、ドラゴンの背中に向かって走り出した。そして、ド
ラゴンの背中に勢いよく剣で突き刺した。すぐに剣を抜くと、また剣で突き刺す。
それを何度も繰り返した。
  だが……。
「ブレスが来るぞー!」
  一人の男が大きく叫ぶと、全員一斉にドラゴンから遠く離れた場所へ移動する。
  すると、ドラゴンが大きく口を開けた刹那、正面に向かってブレスを吐き出した。
その先には一人の男がいたが、直前で右方向に回避した。だが、ドラゴンはブレス
を止める事なくその男を追う様にしてブレスを右方向に吐き出した。
  だが、そこでルシェルがドラゴンの背中に回り込み、短刀で斬り付けた。そして、
ドラゴンの背中をまるで急な坂道を登る様にして駆け上がり、頭部まで登って行く
と右目を短刀で突き刺した。
  すると、ドラゴンは突然大きく叫び出して、頭部に乗っているルシェルを殴ろう
とした。だが、ルシェルはフック突きのロープを素早く取り出すと、それをディト
爺がいた場所に向かって投げつけた。すると、ディト爺がいた場所の壁にはあのタ
コタコ君三世がいつの間にかいやがった。
  見事にタコタコ君三世にフックが当たると、タコタコ君三世は、
「ピッピー!」
  と、気の抜ける様な声を上げて、飛んで来たフックを何本もある足を絡み付かせ
て受け止めた。
  そして、ルシェルはドラゴンの頭部から大きくジャンプすると、一気にタコタコ
君三世の所まで行きやがった。しかも、タコタコ君三世の丁度下にはマットの様な
物が敷いてあり、衝撃を吸収する様になってた。
  見事に着地したルシェルはすぐにドラゴンに向かって走り出した。

第百三十三話「戦いし者達」

  ドラゴンに向かって走り出したルシェルは、男達に命じてドラゴンの背中を集中
して攻撃する様に言う。
  すると、男達は素早く走り出してドラゴンの背後に回り込むと、一斉に攻撃を開
始した。
「トラップ!  君も一緒に戦ってくれ!」
  ルシェルが走りながら後ろを向いて俺にそう言った。
  すると、いつの間にか隣に来たディト爺がポンと肩を叩いた。
「ほれ!  さっさと行くのじゃ!」
  ディト爺が全く表情を和らげる事なく言うのを見て、俺は気を引き締めて、再び
ドラゴンに向かって走り出した。
「トラップ!  剣の柄に付いているパーツを取り外せば、前と同じ様に雷光が出て
来て飛び道具として使えるのじゃ!  接近戦となったら必ずパーツを取り付けるの
じゃぞ!」
  ディト爺の言葉を聞いた俺は、走りながら剣の柄を見た。
「へへっ!  行くぜ!」
  ドラゴンは後方から攻撃を仕掛けて来た男達に気を取られていて、俺とルシェル
には全く気付いていない様子だった。
  ルシェルは、俺より先を走っていたが、走って来た俺を見てペースを合わして俺
と一緒に走り出した。
「いいか?  ドラゴンの心臓は硬い皮膚に守られている。しかも、皮膚を破ったと
ころでそこから叩けるチャンスは少ない。何しろ、奴が一番攻撃を仕掛け易い場所
だからな」
  ルシェルが走りながら俺に話し掛けて来る。
  ドラゴンはすぐ目の前に迫っていやがった。
「そして、ドラゴンを倒す場合、危険が伴うが、成功すれば確実となる場所が……」
  ようやくドラゴンのすぐそばまで来ると、ルシェルはドラゴンの頭の方を指差し
た。
「首だ!」
  すると、ルシェルはさっき見付けたあのフックを取り出して、ドラゴンの頭部を
狙うと、フックに付いているボタンを押して見事にフックを角に引っ掛けた。
  俺も続いてあのフックをポシェットから取り出すと、それを使って同じ様に角を
狙った。
  ドラゴンは、俺達には気付いている様子は全く見えなかった。
「破壊のドラゴンは、その破壊という本能だけで生きている。その為、いらない感
覚は殆どない。痛みを感じる、また、体に何かが触れたという感覚は殆どない」
  そう言うと、ルシェルはフックを使ってすぐに上がって行く。
  俺も続いて上がって行った。
  辺りを見回せば、かなり高い所に行っているのがわかる。どんどん上がって行き、
ドラゴンの背中を上がって行き、そして首の辺り来て、ようやく頭部に到着した。
  そうか、それでルシェルがドラゴンの背中を駆け上がって行ってもドラゴンは気
付かなかったのか。
  すると、ルシェルはフックを回収すると、すぐに首の辺りまで走って行く。
  足場が不安定なだけに、慎重に行かねぇとな……。踏み外したら死が待っている
からな。
  ルシェルが先に首の辺りに到着すると、ルシェルはすぐにあの黄金色の短刀で首
を突き刺した。そして、何度も切り裂く。
  俺はルシェルに続いて首を剣で何度も切り裂く。すると、ドロドロの液体の様な
血がどんどん出てきやがる。
「グギャァァァァァァァァァゥゥゥゥゥゥ!!」
  すると、ドラゴンは大きく叫び出し、下の方から巨大な手が俺達に向かって物凄
い速さで迫って来た。その刹那、ルシェルは俺の背中をドンと突き押した。
「わわわわわっ!?」
  俺は、ドラゴンの頭部からそのまま地面に落下……、と思いきや、下ではディト
爺がマットを敷いていてくれて、衝撃は殆どなかった。
「ふふふ、究極衝撃吸収マットちゃん三姉妹の御陰じゃな」
  上を見ると、ルシェルが同じく飛び降りて来て、見事にマットへと着地する。
「痛覚は殆どないものの、あそこまでやると痛みを感じる様だな……」
  すると、ドラゴンは下に落ちた俺達を見ると、巨大な腕を振り下ろして来た。
  素早く柄のパーツを取り外すと、ポケットに入れて構えた。
「でりゃぁぁぁぁぁぁ!」
「斗菟剣技・風陣!」
  その刹那、ディト爺と俺の見事なタイミングで雷光と風が一緒になってドラゴン
の腕を目掛けて物凄いスピードで飛んで行く。そして、それが同時に腕に直撃する
と、ドラゴンの右腕は大量の血を流しながらボトリと落ちた。
「ギャァァァァァァァァゥゥゥゥゥ!!」
  けたたましい叫び声をあげて、ドラゴンは更に暴れ出す。
  後方に回っていた男達の殆どはドラゴンの尻尾によって、まるで人形の様に壁に
叩き付けらていく。
  一人の男は壁に激突したまま動かなくなってしまった。激突した壁には大量の血
が生々しくべっとりと付いていた。
  すると、ドラゴンはその男の目を付けて、大きく口を開けた。
「ブレスだ!」
  俺はとっさに剣を降ってドラゴンの頭部を狙うが、何度も命中しているにも関わ
らず、ドラゴンは決してブレスを止め様とはしなかった。
  間に合わねぇ!

第百三十四話「種」

  ブレスを吐こうとするドラゴンを何とかして止めようとするが、決して止めよう
とはしなかった。
「これじゃ!  爺チャン特製急成長する城!」
  すると、ディト爺は何か変な種を取り出すと、今度はお茶が入った袋を取り出し、
それをルシェルに渡した。
  ルシェルは走り出して血だらけになって倒れ込んでいた男に近寄るのではなく、
出来るだけドラゴンに近い場所へと走り、すぐにその種を床に置くと、持っていた
お茶をその種に全て掛けた。
  そして、すぐにルシェルは右方向に走り出した。その刹那、ドラゴンがブレスを
吐きやがった!
  だが、ドラゴンがブレスを吐き出した刹那、ルシェルが種を置いた場所から急に
城の様な形をした物がどんどん大きくなっていきやがった。そして、ブレスは男に
当たる事なく、直線状にあったその城に命中して、破壊されたのはその急に出て来
た城だった。
  なんだ!?  城だと?  しかも種……。これは、何処かで聞いた事がある……。
  って、あの呪われた城とそっくりじゃねぇか!
  そう、昔行った事があるあの呪われた城そのままだった。種から成長し、大きく
なっていくという城の種。まさか、ディト爺が作った物だったのか!?
「トラップ!  前をよく見るのじゃ!」
  はっとして前を見ると、そこにはドラゴンが近寄ってきていやがった。
  すぐに剣を何度も振って雷光を出す。だが、ドラゴンはそれでも俺に近付いてき
やがる。
  こうなったら、俺の方から近付いてやろうじゃねぇか!
  俺はあのフックを取り出すと、角目掛けて発射する。すると、見事に引っ掛かっ
た。
  ボタンを押すと、一気に昇って行く。
  だが、ここでミスをしてしまった。それは、俺がドラゴンの正面から昇っている
事だった。
  ドラゴンは目の前をどんどん昇って行く俺を見て、残った左腕だけで俺を殴りろ
うとする。スレスレの所まで腕が来ると、俺は体を出来るだけそらして攻撃を避け
る。
  今度は俺を掴もうとする近付いてくる腕を見て、すぐに剣の柄にパーツを取り付
けようとした。だが、左手はフックを持っていて塞がっている。右手は剣を持って
いてどうにもなんねぇ。
  仕方なく近付いてくる腕目掛けて、剣を振って雷光だけで追い払おうとする。だ
が、全くと言っていいほどダメージが与えられねぇ。傷らしい傷が全く出来やしねぇ。
  だが、それでも何度も攻撃をする。無駄だとはわかっていたがやらなくては殺ら
れるしな。
「ギャャァァァァァァゥゥゥゥゥ!」
  ドラゴンは突然怒り狂い出し、大きく口を開けて俺の方を見る。
  やべぇ!  こんな状況じゃ逃げ場がねぇ!
  まだドラゴンの体長の半分も昇っちゃいねぇ!  間に合わねぇ!  殺られる!

第百三十五話「破壊を断つ」

  目の前にいるドラゴンは大きな口を開けて今にもブレスを吐こうとしていやがっ
た。
  ここから飛び降りたとしても、高さは十メートルはありやがる。運がよくても骨
折ぐらいはするだろうな。運が悪けりゃ死ぬかもしれねぇ。
  例え、ディト爺があのマットを下に敷いた所で、着地した時ぐらいにはブレスが
来やがる。
  結局、もう助かるのは不可能に近い……。
  そして、ドラゴンの口が何やら怪しげに発光し出す。
「ブレスが来るぞー!」
  下の方で男の声が聞こえた刹那、俺は死を覚悟して目を閉じた。
  ……が、俺は死ななかった。
「グギャァァァァァァァァァゥゥゥ!!」
  突然、ドラゴンの叫び声が聞こえてきて、それを聞いてすぐに目を開ける。そし
て、ドラゴンの方をよく見ると、頭部にルシェルが乗っているのが見えた。その手
には眩い輝きを放つ短刀を持っていた。
「光集いて我の力となれ!」
  ルシェルがそう言うと、短刀が更に輝き出す。すると、光が雷の如くドラゴンに
降り注いで行く。頭部に乗っているルシェルには全く被害はない様だ。
  ドラゴンはまた大きく叫ぶと、その大きな巨体が後ろに倒れて行く。
  俺はフック掴まったままだから、このままいくとドラゴンの腹に激突か!?
  だが、それは杞憂に終わった。ドラゴンが倒れて行くスピードはそれとぼ速くは
なかった。その他、ドラゴンの腹に激突と言ってもそれほど痛い事じゃなかった。
  ドンッ!  と腹にぶつかると、すぐに体勢を整えてドラゴンから一刻も早く離れ
ようとした。
  だが、ルシェルは倒れたドラゴンの首元を狙って短刀で切り付けている。そして、
あの男達はドラゴンが起き上がらない様に手や足をロープで使って柱に縛っていた。
  俺だけ逃げてちゃ格好悪いな……。全員がやってるってのに、俺だけが楽をして
たら……。
  そう思うと、ルシェルの元へと走り出した。
  ドラゴンの腹を走り、そして胸の辺りを走り、そして首元へとようやく到着した。
「この首元には、ドラゴンの破壊の心臓と呼ばれる物があるはずだ……」
  そう言いながら、ルシェルは短刀で必死に斬り付けている。俺も一緒に剣で斬り
付ける。
「それにしても、どうしてそんなに詳しいんだ?  有名なモンスターなのか?」
  俺が聞くと、ルシェルは突然黙り込んでしまった。
  ただ黙々と首元を斬っている。あきらかに何かを隠しているのがわかった。
「それについては、爺チャンが答えよう……。ただし、ここから出たらじゃ」
  いつの間にかディト爺が俺のすぐ後ろに立っていた。
  俺の気のせいかもしれねぇが、ディト爺は少し悲しそうな顔をしていた。
「破壊に進まなければ、こうなる事はなかったのに……」
  ディト爺は目を閉じてドラゴンの首に手を当てた。それは、まるで哀れんでいる
様だった。
「さあ、そろそろ眠りに就かせてやろう……。これ以上苦しみを与えるのはかわい
そうじゃ……」
  すると、ルシェルは短刀をドラゴンの首元に突き立てた。そして、ディト爺は杖
の仕込み刃を出すと、同じ様にドラゴンの首元に突き立てる。
「光は集いて闇を断つ……。闇は光りに浄化され、邪なる力を消し去る……」
  ディト爺はルシェルの短刀に左手を当て、杖に右手を掛けた。
「斗菟剣技・輝陣!」
  その刹那、ディト爺の杖とルシェルの短刀から膨大な光を放ち辺りを光で包み込
んで行く。
  目を開けていられなくなった俺は目を閉じていたが、それでも光が入ってくる。
  しばらくして、発光がおさまったのに気付くのにはかなり時間が掛かった。
  目を開けてドラゴンを見るが、既にそこにはドラゴンの姿はなかった。ただ、小
さな黒い毛の犬が横たわっていた。
  犬の首元からは血が出ている。多分、死んでしまっているだろうな……。
「これは?」
  俺が犬を指差してディト爺に尋ねると、ディト爺はその死んでしまった犬を抱き
上げた。
「こいつはの、爺チャンが昔飼っていた犬じゃよ。ある日、モンスターに殺されて
の、死んでしまったのじゃよ……」
  そして犬の体を、袋から取り出した布で覆うと、ディト爺はその犬を袋に丁重に
入れた。
「そして、爺チャンが馬鹿な事をしてしまったのじゃ……。それは、召喚……。魂
を、召喚した体に移せるのではないかと考えてしまったのじゃ……。発明や、色々
な魔法学知識に長けていた爺チャンはついついそういう危ない方向に手を出してし
まったのじゃ」
  そう言って、ディト爺は悲しそうな目になって上を見上げた。

第百三十六話「語り」

 上を見上げたディト爺は少し目を閉じていたが、すぐに話を続けた。
「召喚は成功じゃったか。じゃが……、呼び出してしまったのは破壊のドラゴンと
呼ばれるものじゃった。長い眠りから目覚め、奴は近くいあった死体となった犬の
体に入り、巨大な姿を現したのじゃ。召喚したのはドラゴンの魂であり、肉体まで
は召喚できていなかったのじゃ。何しろ、元は死んでしまったドラゴン。失敗して
しまったのじゃよ……」
  そこまで言うと、ディト爺はゆっくりとと歩き始めた。
  辺りを見回して、今までの戦いをどれほど酷いものなのか一目でわかった。
  床は破壊されていて、永遠に続く闇が見えている。壁は何かにえぐられたかのよ
うに破壊されていて、まともに残っている個所は少なねぇ。
  そして、壁際には一人の男が血だらけになって横たわっているのが見えた。二人
の男がその血だらけになった男に近付いて、大きな布で包んでいるのが見えた。
  結局、間に合っていなくても死んでしまっていたのか……。
  ルシェルがその男に近付いて、目を閉じて布に包れた男の体に手を当てていた。
「さあ、行くかの……」
  いつまでも辺りを見ていた俺の肩を軽く叩いて、ディト爺は先へ進み出す。
  この部屋の一番奥には階段が見える。そこが、出口への道だろうな。
  歩いてその階段へと向かって行く途中、さっきの話の続きを聞いた。
「そして、そのドラゴンと儂は戦ったのじゃ。じゃが……、力の差は歴然じゃった。
儂の家は一瞬にして破壊され、奴は好き勝手に暴れ始めたのじゃ。そこで、儂が発
明した最高傑作である退化薬を奴に飲ましたのじゃ。血を流し、何度も殴り飛ばさ
れ、左腕の骨が折れ、両足の骨を折れたわい。じゃが、自分が呼び出した災いをほ
おっておかれんかったのじゃ。じゃから、儂は死を省みず奴に薬を飲ましたのじゃ」
  ディト爺は左腕の袖をめくると、その腕を俺の顔に近づけた。それを見た俺は言
葉を失った。
  それは……、腕じゃなかったからだ。まるで少し太い棒の様で、肌の色というの
は全くない。ただ、古くなった木という感じがする。手の部分だけはちゃんとした
形をしている。色々な発明品を作っているディト爺だからこそ、こんな物を作れた
んだろうな。
「何度も戦っている最中に左腕を奴に噛み切られたりじゃ。痛みを堪え、足を使わ
なくても大丈夫な発明品を使って大きく空へと飛び上がり、奴の口元に近付くと強
制的に薬を押し込んだのじゃ。そして……」
  ディト爺は袖を元に戻すと、少し立ち止まった。
「奴は見事に退化していき、小さなドラゴンとなったのじゃ」
  ディト爺は再びゆっくりと歩き始める。後方にはルシェル達が布に包まれた死体
となった男を運んでいるのが見えた。

第百三十七話「背負いし業」

  ディト爺は、尚も表情を暗くしたまま話していた。
「で、小さくなってあの大きさか?」
  俺があのドラゴンについて聞くと、ディト爺は首を横に振った。
「いや、そうではないのじゃ。薬の効果は百年も持たないのじゃ。その半分以下の
四十年といったところじゃ。薬の効果が切れれば、元の大きさに戻り、力もまた同
様に戻る。力不足じゃった儂は、奴の力を一時的に封印し、四十年後に勝負を仕掛
けるつもりじゃった」
  すると、ディト爺は袋から何かを取り出した。それは、手のひらサイズの丸い玉
の様だった。
「もし、力が及ばなかったとしたら、その時は自爆用の発明品を使うつもりじゃっ
た……。こいつはな、どんなものでも吹き飛ばす威力をもっておもわい。四十年後
にあたる今日の為に、一年前に作った物じゃ」
  よく見てみるが、バクダンといった物じゃなさそうだ。導火線があるわけでもねぇ
しな。
「こいつに向かって儂の剣技を使えばたちまち大爆発じゃ。周囲に存在する全ての
ものを破壊し、焼き尽くす。勿論、儂も死んでしまうがの……」
  ディト爺はその玉を袋に入れると、うつむいて歩き出した。
「じゃが、奴がようやく死んだわい。リューズも……、いや、あの犬もようやく眠
りに就く事が出来たのじゃ……。これで、儂が死ぬ理由はなくなったわい」
  ディト爺は少し表情を明るくした。
  俺はディト爺の話を聞いて色々と考えていた。
  普段、あんまり真剣じゃなさそうだが、実はこんな重い物を背負っていたんだな。
自分が呼び出してしまった災いを……。
  よく押しつぶされなかったもんだぜ……。傷付いて、腕を失い、家を失い……。
罪悪感もあっただろうしな……。下手をすれば、辺りは破壊されてしまうからな。
自分が呼び出してしまったばかりに……。
「ディト爺、もしかして、ここに来た時から死を覚悟していたのか?」
  俺が静かに言うと、ディト爺は少し首を縦に振った。
「そうじゃ。それぐらいの覚悟がなければここには来れないかったじゃろう。それ
に、何の因果か、キスキン国の者達に目を付けられ、丁度四十年後に強制的に連れ
て来られようとはの……」
  ディト爺は暗い表情のまま歩いて行く。
  しばらく歩いていると、ようやく階段が目の前に見えて来た。階段を上がって行
く最中、更に話しを聞いた。
「四十年前っていうと……」
「儂が二十二の時じゃ」
  ディト爺が素早く答えた。
  という事は、二十二からずっと背負って来たのか!?  苦しみをずっと……。よく
やるぜ……。
  俺は暗い表情のディト爺を見ながらそう思った。
  ボケをしているだけかと思えば、実はそんな事があったのか……。誰よりも責任
感が強く、勇気がある奴だったなだな……。
「ディト爺、一つ聞いてもいいか?」
  俺が尋ねると、ディト爺は、
「なんじゃ?」
  と、顔を上げた。
「どうして、ずっと独り者なんだ?  いい人は周りにいたはずじゃねぇのか?  ディ
ト爺みたいな奴だったらいい人と……」
「ふむ、幸せになれた、そう言いたいのか?」
  ディト爺が俺の言葉を遮るようにして言う。それを聞いて俺は首を縦に振った。
「じゃがの、それはお主の価値観による考え方じゃ。人間、誰しも幸せになりたい
と願っておるじゃろう。そして、その幸せというのも人それぞれなのじゃ。結婚す
れば幸せという者は多いじゃろう。じゃが、儂は一人で色々な研究をして、発明品
を作っている生活が何よりも幸せじゃった」
  ディト爺は懐かしそうに話し始めた。まるで、昔話をしているかの様も見えた。
「気楽に生きて行き、日々発明品を作るのが何よりも幸せじゃった。結婚がどうと
か、そういうのは個人の価値観にも差がある。死ぬ事が出来れば幸せだという者も
いれば、何か一つの事を貫き続ける事が幸せと考える者もいる。幸せなんて、いく
らでもあるのじゃ……」
  ディト爺は、過去を懐かしんでいるかの様に話した。

第百三十八話「脱出」

  しばらく話しを止めて階段を黙々と上がっていた俺は、その階段の長さに少し疲
れていた。螺旋状に上へと続く階段は何処までも続く様に思えた。だが、ここから
ルシェルの仲間が来たのは事実だな。
  下の方にはルシェル達が仲間の死体を運んでいるのが見える。ディト爺は大きな
袋を持って俺の少し前を歩いている。
「なあ、ルシェルのあの短刀は一体何なんだ?」
  俺が前を歩くディト爺に問い掛けると、ディト爺は速度を落として俺に歩くスピー
ドを合わした。
「あれはな、儂が作った物じゃ。ルシェルの父親に渡した物じゃよ。そして、ルシェ
ルの父親はここに来て、箱に入れたのじゃ。その強力な力ゆえ、他者の手に渡るの
を怖れたのじゃろうな。そして、ルシェルが一人前になったらここに取りに来る様
に儂は頼まれていたのじゃ」
  どうりで強力な武器だと思ったぜ。ディト爺が作ったって言うのならわかるな。
「それにしてもよ……」
  俺は真剣な表情になってディト爺を見た。
「なんで城の種をもってんだ?  あれは……」
「それはここを出てからじゃ。お主が聞きたいのは謎の行商人とか言っておったの。
出会って間もない頃に聞いておったの……。全てはここを出てから話そう……」
  ディト爺はそう言うと先に歩き出した。だが、その先へと進むディト爺の肩を俺
は軽く叩いた。そして、ディト爺から借りていた剣を差し出した。
「ありがとよ。こいつの御陰で色々と助かったぜ。一人だけ命を守れなかったけど
よ……。結局、ディト爺が使った城の種も無駄だったな……」
  ディト爺はその剣を受け取ると、首を横に振った。
「何を言うか。命を守れぬども、その体を守れたではないか。ルシェルはそれだけ
でもよかったと言っておったわい。命を失い、そして体までも失われたらその者が
生きていた証は何処にある?」
  そして、剣を袋から剣の鞘を取り出すと剣をおさめて袋に入れた。
「月光はの、裏世界に生き者達に親を殺された犠牲者の集まりでもあるのじゃ。そ
の為、誰も彼らの死を悲しむ事はないのじゃ。戦いの中で行き、戦いの中で死ぬ、
それが月光じゃ。その彼らが生きていた事を証明するのは体だけじゃ……」
  そんな話を聞きながら、俺は無言のまま階段を上がり続けていた。
  と、ようやく階段の終わりが見えて来た。階段の終わりには扉が見える。そし
て、その扉には何か文字が書かれていた。
  階段をゆっくりと上がって行くと、次第にその文字が確りと見えて来た。そし
て、その扉に書かれていた文字とは……。
「な、何々……。『ダンジョン作成者:ディトルム・エルタジェム』だ……と!!」
  さっと、ディト爺の方を見ると、いつの間にか猫スーツを着て立っていた。そし
て、猫の様に足元にじゃれ付いて来た。
「ごろにゃ〜ん!」
「ごまかしてんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!」
  足元にじゃれ付いて来たディト爺を思いっきり蹴ると、ディト爺は階段を転がっ
て行ってしまった。
「儂は無実じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
  そう言いながらディト爺は階段を転げ落ちて行った。
  少しして、ルシェルが扉の前までやって来て俺を見た。
「ん?  爺チャンがこのダンジョンを作った事を知らなかったのか?」
  ルシェルはその事を知っていたのか……。
  扉の前で立ち止まると、ルシェルは更に話を続けた。
「このダンジョンはな、盗賊の為に巨大な罠として作ったそうだ。そして、その盗
賊というのが俺の父親だよ。十七歳という若さで何百という盗賊達を従えていたそ
うだ。その後、爺チャンに説得され、盗賊を止める事となり、今の俺がやっている
様な裏世界に生きる者達を殺す専門者となった」
  そして、ルシェルは扉にゆっくりと手を掛けた。俺も続いて手を掛けると、一緒
に扉を押して開けた。
  そしてその扉の開いた先には……。
「待ちくたびれたわい……」
「何で先に行ってんだよー!」
  何故か扉の先にいたディト爺を殴り飛ばすと、ディト爺はにやりと笑った。
「ふふふ、こんな事もあろうかと思って『爺チャンそっくり偽者君』を作っておい
たのじゃ」
「なんでこんな事の為に作っていたんだよー!」
  更にディト爺を殴ると、俺は辺りを見回した。
  ここは城の廊下。廊下にはいくつもの窓があり、そこからは懐かしい太陽の光が
差し込んでいた。

第百三十九話「メレンゲとの再会」

  ようやくダンジョンから出る事が出来た俺は外から差し込む太陽の光をしばらく眺めていた。
  懐かしいな……。太陽の光がこんなに懐かしいって思うのは初めてだぜ。
  そんな事を思いながらしばらく立ち尽くしていると、ディト爺が肩をポンポンと
叩いた。
「ん?  なんだ?」
  ディト爺の方に振り向くと、ディト爺はある方向を指差した。廊下にずっと先を。
そして、その先には人影が見えた。それは……。
「メ、メレンゲじゃねぇか!」
  その姿を見て、すぐに走り出した。
  メレンゲは俺の姿を確認したのか、その場に立ち止まってこっちを見る。
  そして、メレンゲの近くまで行くと、俺はメレンゲの顔面を力一杯殴り付け、メ
レンゲは後ろに吹っ飛ぶ様に倒れた。
「へっ、よくもやってくれたな……。この恨み、百倍にして返してやるぜ!」
  床に倒れたメレンゲの足を踏むと、逃げられない様にして更に殴ろうとした。が、
その手をルシェルが止めた。
「何しやがる!  こいつは俺達を罠にはめやがったんだぜ!」
  だが、ルシェルは俺の手をはなそうとはしなかった。
「止めろ。この者の話も聞け。俺は事情は全て月光達から聞いている。この者に全
て聞くといいだろう……。殴るのはそれからだ」
  それを聞いて、仕方なく殴るのを止めた。腕を下ろし、足を退けてやった。
  すると、メレンゲはゆっくりと立ちあがると、すぐに大きく頭を下げた。
「君達には本当にすまない事をした!  上からの命令とは言え、自分がした事は悪
い事だと思っている。許される事ではないとわかっている。君の気が済む様にして
くれ」
  メレンゲはずっと頭を下げたままそう言う。
「どういう事なんだ?」
  俺がルシェルに聞くと、ルシェルは後ろにいた男を前に出させた。
「この国は、既に権力争いは終わったのです。今から二日前の事です。今はミモザ
姫が権限を持っております」
  お、おいおい!  なんでそうなってんだ!?  俺は、確かマリーナからお守りを受
け取って……。
  慌ててポケットに入れていたお守りを取り出して、その中身を見た。だが、そこ
には何もなかった。
  まさか、マリーナに騙されたんじゃ……。
  俺が呆然と立ち尽くしていると、後ろから懐かしい声が聞こえて来た。
「あれ?  トラップじゃないか!?」
  その声を聞いてすぐに振り替えると、そこにはクレイが立っていた。
「お、おい、何でここにいるんだ?」
  俺は疲れきった様な声でクレイに尋ねると、クレイは不思議そうに俺を見る。
「お前こそ、どうしてここにいるんだ?  皆、ずっとお前の事を探していたんだぞ」
  つまり、クレイ達は俺がこの城の地下のダンジョンを必死に脱出しようとしてい
た事は全く知らなかったって事かよ!?
  俺は歩いてクレイに近付いて行くと、クレイの目の前で立ち止まった。
「で、どうやって先に進んだんだ?」
「それは、マリーナが塔に来たんだ。トラップは不安だからって言ってな。で……」
「その先は後にしてくれ……。こっちは疲れてんだよ。部屋があるんなら案内して
くれよ。仲間もいるん」
  そう言って、後ろの方にいたディト爺とルシェル、そしてあの男達を指差した。
「ああ、わかった」
  すると、クレイは歩き出して先に廊下を進んで行く。それに続いて俺も歩き出し
た。
  とにかく、今はゆっくりと休みたい……。色々あり過ぎて疲れたぜ……。

第百四十話「出発の朝」

  暖かな光が窓から射し込み、俺の顔を照らし出す。懐かしい日の光は、優しく俺
を包み込んでくれている様だった。
  昨日は、あれから風呂に入ったんだよな……。それで、風呂から出て、クレイ達
に今までの事を全て話してやって、そしてクレイ達の方の話しも聞いたっけ……。
  全て話し終わったら寝る事になったっけ。んで、ルシェルは結局途中で出て行っ
たんだよな……。仲間の遺体を葬るとか言っていたな……。それから……。
「ほれ!  いつまで寝ておるのじゃ!  昨日、お主が早く起きると言っておったの
に……」
  頭をガンガンと叩くディト爺の声を聞いた俺はすぐにカバッと飛び起きた。
「す、すまねぇ!  今はまだ誰も起きていねぇよな!?」
  すると、ディト爺はこくりと首を縦に振った。
「ふむ、皆、寝静まっておるわい……。じゃが、いいのか?  仲間に何も言わず出
発しても?」
  そう、昨日の夜、ディト爺が仕事があるって言っていたから、俺もその仕事を手
伝う話しになったんだっけ。
「いや、いいんだ。ここであれこれ言ったら引き止められちまうだろうし」
  ディト爺は背負った大きな袋をドンと床に置くと、近く似合った椅子に腰を掛け
た。
「で、そろそろ詳しく話してもらおうか?  あの行商人の事を……」
  俺が髪を手で揃えながら尋ねると、ディト爺は真剣な表情になった。
「ふむ、行商人……。いや、奴は、儂の弟じゃ」
「な、何だって!?」
  俺が大きな声を上げると、ディト爺は俺の口元に手を当てた。
  そ、そうか、今は誰も起きていない時間だったんだよな……。
「奴はな、儂が作った発明品を奪って行ったのじゃ。今から数年前の話じゃ。そし
て、奴は世界中を旅して儂の作った発明品を売りに回ったのじゃ。更に、儂の発明
品を真似て作った物もあったのじゃ……。それが、あの城の種じゃ」
  ディト爺は袋から種を取り出すと、その種を手のひらに乗せた。
「これはの、元々、植物を城の形に育つようにした物じゃった。じゃが、奴はその
種に感情を与えた……。その結果、城の種は意識を持ち、残虐的な意識を持ったも
のや、臆病なもの、様々な城の種が生まれていった」
  ディト爺は手に持った種を握り潰した。それは、怒りがこもっている様に見えた。
  つまり、あの種はディト爺が作った物をアレンジしたって事かよ……。厄介な物
を作ったもんだぜ。
「奴を止めるには、殺すしかないわい……。例え理性が残っていたとしても、また
同じ事を繰り返すじゃろう。そうならない様に、儂が止めなくては……」
「で、居場所はわかってんのか?」
  そう聞くと、ディト爺はにやりと笑った。
「ふふ、それぐらいわかっておるわい」
「で、ルシェルはどうするんだ?」
  俺が何処かへと行ってしまったルシェルの事を話しに持ち出すと、ディト爺は少
し考え込んだ。
「う〜む、それがじゃのルシェルは仕事があると言って何処かに行ってしまったわ
い。多分、山賊退治にでも行ったのではないかの〜」
「そうか……。じゃあ、結局二人での旅になっちまうんだな」
  俺が少し残念そうに言うと、ディト爺は首を横に振った。
「いやいや、ルシェルには来てくれと頼んでおいたわい。少し遅れるかもしれんが
必ず来るわい」
  すると、ディト爺は袋を背負うと、立ち上がって部屋を出て行く。
「お、おい、ちょっとぐらい待ってくれよ!」
  先に出て行くディト爺を追いかける様にして、俺は持ち物を確認すると、すぐに
部屋を出て行った。
  部屋から出ると、廊下には俺とディト爺以外は誰もいなかった。
  それは、あまりにも静かな朝だった。

 1998年12月19日(土)18時33分26秒〜12月28日(月)14時55分42秒投稿の、帝王殿の小説第百三十一話〜第百四十話です。この辺から新章に突入。

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